パーム (Palm) 創業者が語る「強いAI」を実現する秘密の鍵(”the secret to strong AI”)

強いAI」を実現する秘密の鍵(”the secret to strong AI”)としてAI研究者たちは最近、人間の脳からヒントを得ようとし始めている。

ジェフ・ホーキンス(Jeff Hawkins)

ジェフ・ホーキンス(Jeff Hawkins)は、パーム (Palm) ならびにハンドスプリング (Handspring) の共同創業者としても知られるエンジニア/ビジネスマン。ドナ・ダビンスキー(パームCEO、ハンドスプリング共同創業者兼CEO)、ディリープ・ジョージ(後にヴィカリオスを創業)と共に2005年に設立したヌメンタでは脳の仕組みについての研究ならびに研究の成果をふまえたコンピュータアルゴリズムの開発を続けている(Wikipedia)。

彼が「AIが今後も成功を収めるために現在の限界を乗り越え、より汎用性の高いものとなるには」をテーマに書いたブログを本人の許諾を得て翻訳した。( 進藤)


最先端のAI研究者たちは、現在のAI研究の方向性に疑問を抱き始めている

ディープラーニング」や「畳み込みニューラルネットワーク」のような人工知能(AI)技術は、画像認識や自動運転車、その他の困難な課題への取り組みにおいて、素晴らしい発展を遂げてきた。AI分野での投資や買収が活発になるなかで、多数のAI企業がこの興奮の波に乗るために登場してきた。

とはいえ、最先端のAI研究者たちは、現在のAI研究の方向性に疑問を抱き始めている。AIは確かに素晴らしい進歩を遂げてはいるが、現在のAI技術には限界があるのだ。たとえば、ディープラーニングネットワークを適切に動作させるためには通常、大量のデータを学習させる必要がある。いっぽう、人間はわずかな要素から新しいことを学ぶことができる。このため、ディープラーニングネットワークでは応用の幅が制限されることになる。

また、AIは基本的に高い正確性を持っているが、まったく見当違いな間違いをすることもある。たとえば、AIシステムは画像にわずかな変化を加えただけで、歯ブラシを野球のバットと勘違いしてしまうことがある。AIの活用法によっては、こういった間違いは人の死や怪我につながる重大なトラブルをもたらす可能性がある。

現在のディープラーニング技術をスケールアップするだけでは、一般的知能(general intelligence)を実現することはできない

このような限界に直面したことで、AI分野の指導者たちは、これまでとは異なるアプローチが必要な可能性を示唆し始めている。AI研究の権威として知られるジェフリー・ヒントン氏は最近、AIに関する現在のテクニックについて「大いに疑問符がつく」とし、AI研究を一からやり直す必要性に言及している。ヒントン氏は「今までの成果は捨て去り、改めて最初からやり直すべきだ」と語っている。また、ディープラーニングネットワークのトップ研究者であるフランソワ・ショレ氏は、「現在のディープラーニング技術をスケールアップするだけでは、一般的知能(general intelligence)を実現することはできない」と結論付けている。

ショレ氏は、人間の知能には限界がないものの、ディープラーニングには根本的な限界があることを示唆している。確かに、人間の脳は驚くほど柔軟なものだ。人間は自動車を運転するだけでなく、高層ビルを建設したり、農場を管理したり、コンピューターをプログラミングすることもできる。コーヒーカップのようなシンプルな物体を持ち上げ、指を使って器用に扱う人間の能力さえ、既存のあらゆるAIシステムの能力を凌駕している。人間は多くの複雑なスキルを学び、それらを組み合わせたり、続けざまに行ったりすることができる。

いっぽう、ディープラーニングシステムがうまくこなせる作業の種類は比較的少なく、同時に複数の作業をこなすこともできない。AIが新たな作業をこなすためには、あらためて一から学習させる必要があるのだ。人間は汎用性の高い学習マシンだが、AIシステムはそうではない。AIが今後も成功を収めるためには、現在の限界を乗り越え、より汎用性の高いものとなる必要がある。

AI研究者たちは最近、人間の脳からヒントを得ようとし始めている

AI研究者たちは最近、人間の脳からヒントを得ようとし始めている。グーグル傘下のディープマインドの共同創業者であるデミス・ハサビス氏は「人間の脳は、われわれが目指す一般的知能が実現可能であることを証明する唯一の存在です。このため、脳がいかにして現在の能力を持つに至ったかを解明するのは、力を注ぐ価値があることだと考えています」と語っている。

これには私も同感だ。私は脳について30年以上にわたって研究してきた。2004年には、脳理論がどのようにAIに必要とされるかについての書籍「On Intelligence」(邦題『考える脳 考えるコンピューター)を発表し、2005年には、大脳新皮質のリバースエンジニアリングに取り組むヌメンタ社を仲間と創業した。大脳新皮質は、人間の脳でももっとも大きく、知能との関わりが深い部分だ。

脳は、現在のAIシステムよりはるかに多くのことを行っている

ヌメンタでは、脳細胞がどのように連携して認知や動作を可能にしているのかを研究することで、知能とは何かを理解しようとしている。脳の働きとAI技術の仕組みには類似する点があり、これはAI研究が正しい方向に向かっていることを示唆している。しかし、両者には大きな違いもある。脳はAIシステムに比べて圧倒的に優れているだけでなく、脳の物理的構造はAIで活用される人工ニューラルネットワークの構造よりもずっと複雑なものだ。脳は、現在のAIシステムよりはるかに多くのことを行っている。

ヌメンタの研究によって、脳に関するいくつかの重要な動作原理が明らかになってきた。われわれはこれらの動作原理を最終的にはAIに組み込む必要があると考えている。たとえば、脳の各ニューロン(神経細胞)には数千のシナプス(ニューロン同士をつなぐ繋ぎ目のこと)があるが、これらのシナプスの主な役割については、これまで謎に包まれていた。

ヌメンタでは、ニューロンが予測を行うために大部分のシナプスを活用することを発見した。これらの予測は細胞内で生じるもので、人間が未来を予測する上で非常に重要な役割を果たしている。AIに活用される人工ニューロンにこの機能はなく、脳と同じような多様な予測をすることはできない。また、脳が主に新たなシナプスの形成という学習の形をとる理由もわかった。訓練によって既存のつながりを修正するディープラーニングの学習に比べて、この形ははるかにパワフルだ。人間が新たなことを素早く学習できる、そして以前に学んだことに影響されずに学習できるのはこのためだ。

『強いAI』を実現する秘密の鍵(”the secret to strong AI”)

知能に関するヌメンタの重要な発見は他にもいくつかあるが、ここでは、もっとも最近の、そしておそらくもっとも重要だと考えられる発見について説明したい。ヌメンタでは、「人間は触ることによってどのようにものを認識しているのか」というテーマで研究を行ってきた。そしてこの研究から、われわれは大脳新皮質の新たな性質を導き出した。この性質は、触ることだけではなく、見ることやその他大脳新皮質が行うあらゆることに関わっている。私はこの性質のことをときに「見つかっていなかった構成要素(the missing ingredient)」またはこのエッセイのタイトルにつけた「『強いAI』を実現する秘密の鍵(”the secret to strong AI”)」という名前で呼ぶことがある。われわれは最近、この発見に関する学術論文を発表したので、今回はその内容をかいつまんで説明する。

https://numenta.com/blog/2017/11/14/secret-to-strong-ai/ より

この画像を見てほしい。どう見てもカップだが、もちろんこれは実際のカップではなく、平面上の線の集合だ。驚くべきことに、脳にとっては、この画像を三次元のカップと認識することなく、それ自体、つまり平面上の線の集合として認識することは難しい。脳科学者たちの間では、大脳新皮質は画像の情報を目から受け取り、いくつかの段階を経て、より複雑な特徴を引き出し、そして画像を認識する、と考えられてきた。

ディープラーニングネットワークの働き方もこれと同じだ。このプロセスはパターン認識と呼ばれ、ディープラーニングネットワークが得意とする作業である。このようなシステムは、多数の画像で訓練をした後なら、新たな画像を見せてもそれが何かを判断できるものの、ある物体についてラベル付けされた以上のことは理解しない。

いっぽう、人間は画像を見たとき、すぐにそれが立体的なものであると認識する。たとえば、画像のカップを異なる角度から見たらどう見えるかを想像でき、なかに液体が入っている可能性や、触ったらどんな感じがするかさえ予想することもできる。ディープラーニングネットワークは画像をラベル付けという形で判別することは得意だが、その物体自体を理解するわけではない。それに対し、大脳新皮質はその物体の構造やそれがどのような振る舞いをするのかなどを理解する。

大脳新皮質が平面的な画像を現実の物体の心的表象(頭のなかでのイメージ)にどのように変換させるかは、最近まで誰にもわかっていなかった。ヌメンタは脳がこの変換を行う仕組みを解明した。われわれの推論では、大脳新皮質へのあらゆる入力は「位置(location)」を表す信号と組み合わせられる。あなたがカップの画像を見るとき、この画像の各部分、それぞれの線が三次元のカップの対応する位置に割り当てられるのだ。これはコンピューターが物体のCADモデルを作成する方法にも似ている。われわれの説なら、人間がカップを三次元で認識する理由や、カップを他の角度から見た場合の見え方やカップの感触を想像できる理由を説明できる。また、人間の視点が動き、画像の異なる部分に固定されても、その対象がカップであるという人間の認識は変わらないが、このこともわれわれの説を使えば説明できる。つまり、インプットされた特徴が三次元のカップに対応する正しい位置に割り当てられていれば、その画像が網膜のどこに現れても問題ではないということだ。

この発見の意義について研究してきたわれわれは、これこそが脳の働きについての多くの謎を解明できるものだと考えている。この性質は、触ることや見ることについての研究から導き出されたものだが、位置信号を決定する神経構造は大脳新皮質のあらゆる部分に存在する。そしてこのことは、大脳新皮質におけるすべての処理が「位置」と関連付けられている可能性さえ示唆している(ただし、これらの「位置」が現実世界における物理的位置に対応しているとは限らないが)。また、人間が抽象的な概念を扱うとき、現実の物体を扱うのと同じ神経メカニズムを使っていることも示唆している。概念を扱うことが一般的知能の中核をなす機能であることは言うまでもない。

脳理論分野での発見がAIに統合されるには何年もかかるかもしれない。だが時間の問題だ

AIがどの程度脳の仕組みを模倣する必要があるかについては、数十年も前から議論が続けられてきた。脳と関連性が低い近年のディープラーニングの成功は、「AIは脳理論なしに進歩できる」という主張を支えてきた。しかし、この成功はディープラーニングの限界を表面化させ、これまでとは異なるアプローチが必要であることを明白にした。脳は、この限界を乗り越える新たなアイディアを探すための理想的な場所だ。アマゾンのジェフ・ベゾスCEOも最近「人間は、現在のマシンラーニングやマシンインテリジェンスの方法とは根本的に異なることをしている」と語っていた。

汎用的AIを開発するために、脳のあらゆる働きを模倣する必要はない。しかし、脳が採用するいくつかの動作原理を無視するわけにはいかない。これらは汎用的知能を発揮するあらゆるシステムにとって不可欠なものだ。われわれは研究を通して、これらの不可欠な動作原理を発見してきた。特に、最新の発見については、もっとも重要なものであるということが判明することだろう。この発見は、「脳への感覚入力がどのように処理されるか」や「脳がどのように世界に関する知識を描き出すのか」について、これまでの考えを完全に変えるものである。

今後より多くのAI専門家が現在のAIに関するテクニックの限界を認識するようになるなかで、彼らは汎用AIの実現に向けたロードマップが脳理論の世界で急速に形成されつつあることも認識するだろう。脳理論の分野における発見がAIに完全に統合されるにはこの先何年もかかるかもしれない。しかし私にはそこに至る道筋がはっきりと見えている。


著者:ジェフ・ホーキンス(Jeff Hawkins) パーム (Palm) ならびにハンドスプリング (Handspring) の共同創業者 原文:The Secret to Strong AI URL:https://numenta.com/blog/2017/11/14/secret-to-strong-ai/ 原文公開日:2017年11月14日 訳者:坂和 敏 / 中村 航 編集:AINOW編集部 進藤

編集トピック:脳科学とAIのつながりは言われてきたけれど

新しい話ではない。日本においても脳科学の知見をAIに活かそうとする取り組みは古くから行なわれてきた。その中で「脳の再現万能派」「脳の再現限界派」とでもいう論争が繰り広げられているのはご存じの通り。ホーキンスの本ブログは「統合」という言葉を使って2原論としての見解ではなくアプローチの違いでしかないことをドライにとらえている点で、示唆に富んでいる。


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