戦略とKPIとAI

日経新聞で AI の記事を見る日が続いている。記事を見ていると、典型的なAI活用サービスがそろい始めたように思える。しかしながらキャッシュポイントが想像しづらい実証実験がある。余計なお世話だが、「おもしろそう」という勢いだけで突き進んでいないか心配をしてしまう。ときには未来予想や社会論があるが、抽象度が高すぎて現実味が薄く感じられる。たとえばAIで仕事がなくなりベーシックインカムが必要になる話は、思考実験としてはおもしろいが、仮説の上に仮説を重ねているような印象を受けてしまう。現実的には「理論は現実に従う」くらいに受け止めることがちょうどよいのではないかと思う。斯様にAIの情報は玉石混合である。余計なお世話だと承知しているのだが、分かった気になった経営者が担当者へ仕事を丸投げしていないか、などと心配してしまう。

AI に取り組みたいという企業の担当者と話すと、技術検証に取り組む以前の段階にあることが少なくない。控えめに言って8割の企業でマーケティングリサーチと戦略の立て方に不備があるように感じられる。逆に技術検証に取り組む以前に重箱のスミをつついて新しいアイデアを殺してしまう企業もある。良いバランスをとる企業は稀であり、そのような企業に所属する者は幸運である。

多くの場合、AI の企画を任されることはつらいものだ。最初はイノベーションを起こそうと意気込んでいても、なかなか成果をあげられず、周囲に理解者がいない孤独を味わうかもしれない。そもそもイノベーションはアイデアひとつで大当たりを狙う夢ではない。体系的な仕事である。一回で当たるとは限らないが、継続的に狙い続ける仕事である。本稿では銀の弾丸を提供しない。仕事として取り組む上で必要な、戦略のキホンのキについて述べる。イノベーションの機会やマーケティングリサーチについては別の機会に述べる。

経営戦略の概論

かつて経営戦略論にはポジショニング派とケイパビリティ派があった。(書籍『経営戦略全史 50 Giants of Strategy』https://www.amazon.co.jp/dp/B00CPLJK6C/

前者は市場を重視し、コスト競争とニッチを解決策とした。後者は組織を重視し、その能力に集中することを解決策とした。言いかえると、前者はどのニーズに答えるかを重視し、後者は自らの強みを重視した。互いに相手の欠点を批判していたようだが、実際には両方が重要である。

緻密にポジショニングとケイパビリティを設計しても、現在はかつてない早さで両方が陳腐化する。企業は自らにあった勝ち筋を迅速に発見・構築しなくてはならない。企業の中枢にいる経営者が年に一回計画を立てるのでは間に合わない。市場と組織の両方に向き合う者が小さく実験を繰り返すことが近道である。現場レベルの試行錯誤をボトムアップから吸い上げ、フィードバックすることで方向をそろえることが重要である。これはアダプティブ戦略とよばれる。

市場と組織に迅速に対応するには、小さなチームで小さな実験を繰り返すことが望ましい。その鍵となるのはプレイング・マネージャーである。思いつきではなく、規律をもって実験を続けなくてはならない。ごまかしではなく、真摯に現場・現物・現実と向き合わなくてはならない。

そして経営者は彼らの声に真摯に耳を傾けなくてはならない。戦略には彼らの問題意識を反映しなくてはならない。彼らが腹落ちして行動できるが、彼らが創意工夫できる余地があり、柔軟に軌道修正できなくてはならない。そのような戦略には幅がある。しかしながら幅がありすぎると、北海道を目指すのか、ハワイを目指すのか、大きくずれるのでは心もとない。ビジョナリーでもないのに方向を絞りすぎるのも不安である。私の感覚だが、45度くらいの幅で進みながら、小さく修正をかけるのがやりやすいように思える。

そして経営者は彼らの声に真摯に耳を傾けなくてはならない。戦略には彼らの問題意識を反映しなくてはならない。彼らが腹落ちして行動できるが、彼らが創意工夫できる余地があり、柔軟に軌道修正できなくてはならない。そのような戦略には幅がある。しかしながら幅がありすぎると、北海道を目指すのか、ハワイを目指すのか、大きくずれるのでは心もとない。ビジョナリーでもないのに方向を絞りすぎるのも不安である。私の感覚だが、45度くらいの幅で進みながら、小さく修正をかけるのがやりやすいように思える。

現状分析と成長シナリオ

現状を分析し、未来の成長シナリオを描くことが基本である。現状分析では市場のポジショニングと組織のケイパビリティを見ていく。これを端的に表しているのがSWOT 分析である。市場の機会と脅威、組織の強みと弱みを2×2のマトリクスで分析する。市場と組織の両方に勘どころがない場合や客観的な評価を得たい場合は、さらなる分析をする必要がある。

教科書的な手法はいくつもある。5フォース分析、ポジションニング分析、競合分析、成功要因分析、顧客分析、パフォーマンス分析、ビジネスモデル分析、因果関係分析などなどがある。これらの分析からさらに踏み込んで、費用対効果の高い課題を発見することが重要である。注意すべきなのは分析ばかりで目的を見失ってしまうことである。分析の目的は、顧客があなたの製品・サービスに価値があると感じてもらうことである。現場のプレイング・マネージャーがあなたの製品・サービスの価値を最大化することである。

SWOT 分析の後には成長するためのシナリオを描く。大きく成長する企業には好循環のサイクルが働いていることが多い。それを端的にあらわしたものが  Virtuous Cycle Model である。例えば、Amazon や Uber の成長戦略は以下のように書けるだろう。

図1 Amazon の Virtuous Cycle Model

図2 Uber の Virtuous Cycle Model

図1,2ともにサービス向上のサイクルが回転し成長することによって、コストリーダーシップを実現している。

これらの図から最初に集中すべきことが明確になる。Amazon であれば選択肢の増加が鍵であり、販売者を集めることに集中していたと思われる。Uber であれば、地理的なカバレッジが鍵であり、タクシーの運転手を集めることに集中していたと言える。

ものごとはポジティブな影響だけではない。ネガティブな影響も考えられるだろう。発生確率と影響度を考え、無視できないものであれば事前対策と事後対策を施す必要がある。気づきづらいことであるが、Virtuous Cycle Model の好循環を逆転し、ネガティブループを起こしかねないものも要注意である。

このように考えているうちに針小棒大なリスク管理や「あったほうがいい」施策が大量に生まれてくる。このような施策は多くの場合やらなくても変わらないことが多い。「やらなくてはならない」施策を好循環のループにそって実行し、必要最小限のリスク対策に集中すべきであろう。

KPI の設定

戦略が策定できたら、成長の過程を追うことが必要になる。そのためにKPIを設定する。大枠としてはユーザ、製品・サービス、組織、会計が考えられるが、事業や戦略によって様々であろう。

ユーザに関するKPIはターゲットによって異なる。B2Cサービスであれば、マーケティング・ファネルをベースに考える。複数のチャネルのコンタクトポイントから資料請求や購入にいたるまでを考える。ファネルの遷移は確率的で、マーケティングや業界ごとの標準的な数値からKPIを策定する。B2Bサービスであれば、ビジネスプロセスをベースに考える。それぞれのプロセスに粒度があり、各社のケイパビリティに合わせたKPIを策定する。

製品・サービスは、最初は顧客が満足する最低限の機能を開発することになる。ローンチした後は、顧客のフィードバックを得ながら機能の追加と廃棄を進める。もっとも顧客に刺さり、成長するドライブになるものを探索していく。次第に事業が成長してくると組織の規模を増やすことになるかもしれない。売上が伸びるとともに人件費やオフィス代が増えていく。こうした状況を時間軸にのせて、ユーザ、製品・サービス、組織の情報が整ってくる。これらをもとに財務三表をつくることができる。少なくとも月ごとの PL は作成するべきだろう。

財務三表からそれぞれのKPIを行き来しながら、現実的に継続可能かチェックすることになる。少なくとも現実ライン、上振れライン、撤退ラインのKPIを設けておく必要があるだろう。上振れラインと撤退ラインはリスクマネジメントにおける対策の発動条件としても使える。これらのKPIはシビアに見るべきである。上長の受けをよくするためにユーザの成約数をあまく見つもったり、開発エンジニアのコストを安く見つもったり、などの罠がある。自分で判断できない場合、それぞれの土地勘がある人にアドバイスをもらう必要があるだろう。

KPIとAI

設定されたKPIを改善したり、何らかの機能を実現するために AI を活用することがある。KPIはビジネスプロセスやサービスの一機能と対応する。これらとAIの典型的なタスクとの間で、粒度を合わせる必要がある。ビジネスとAIの両方の知見が必要である。しかしながら大抵の場合は両方の知見を持っていることは稀だろう。ビジネス側がAIの知見を上手に引き出してKPIをブレイクダウンするか、AI側がビジネスの知見をヒアリングしてアルゴリズムにあたりをつけることになる。いずれにせよ、両者の間を橋渡しすることが求められる。

KPIが決まったとしても、その時点で技術的に実現可能か未定であり、検証が必要である。ビジネス理解とデータ理解から始まることになるが、そのプロジェクトマネジメントについてはAINOWの記事「プロジェクトマネジメントとAI開発に寄稿したとおりである。

プロジェクトマネジメントとAI開発

起こりうる検証結果に対して、いくつかの結果を想定し、施策を用意しておくとよいだろう。定性的であるが、以下のようなものが考えられる。

  1. 処理速度は人手よりも早く、精度は人手よりも高く、ミスも無視してよく、費用対効果が高い
  2. 処理速度は人手よりも早いが、精度は許容範囲であり、人手によるクロスチェックである程度の運用カバーするが、ある程度の費用対効果がある
  3. サーバスペックを高くすれば処理速度が早くなるが、精度は許容範囲であり、人手によるクロスチェックである程度の運用カバーするが、十分な費用対効果が得られない
  4. 処理速度は人手よりも早いが、期待したほど精度が得られず、人手によるクロスチェックする件数が多すぎて、十分な費用対効果が得られない

1.になることが理想だが、2. は現実的なラインであり、3.、4. は撤退ラインだろう。それぞれのオプションでKPIを設定し、コスト面から妥当性をシミュレートしておく。いつまで改善のイテレーションを続けるか、期限を設定しておくことが重要になる。投資してきたコストを考えるとドライに判断できないことも多くある。ときには判断を先送りし、改善の傾向を見守り、意思決定することもあるだろう。
いずれにせよ、鍵となるのは適切な粒度でKPIを策定することである。曖昧な目標に対して得られるものは、曖昧な結果か妥協の産物である。仮置きであっても、人手による作業などをベースラインにして費用対効果を比較検討することが必要だろう。

クロージング

戦略はよく分からない分野である。様々な事例をデータ解析にかければ陳腐な結論が出るし、卓越した成果を観察すれば客観性に欠ける。現場・現物・現実に合わせて変更すべきものと変更すべきでないを見極めるなければならない。行動方針を、その時その場で、個別に作り上げなければならない。よい戦略の要件は、限られた時間やリソースで卓越した成果をあげることと言ってよいと思う。

この記事は AI に携わるプレイング・マネージャーのために書いた。コンサルタントや学者の書いた書籍も勉強になるが、戦略を現場に落とし込むのは骨がおれる仕事である。本稿は抽象度がやや高い。経験が浅い者では腹落ちしないと思う。しかしながらプレイング・マネージャーが迷ったときにヒントになることを意図したものである。彼らの役に立てれば幸いである。

合同会社ハイロード・コンサルティング
坂井尚行

 

合同会社ハイロード・コンサルティング

AI にかかわるコンサルティング、PJ 管理などを行う。

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