ほとんどのヒトがAIと機械学習の現状を理解していないことについて

AIはもはやバズワード以上の存在だが、実のところ、それは知られているどんな機械よりもむしろウミウシ(海中に生息するナメクジ)に近い。

筆者が所属するAxiom ZenはAI等の最新テクノロジーを使ったアプリ開発を手がけているスタートアップの会社名。本論考は、AlphaGoがプロ棋士に勝利したような驚異的なAIの成果は特定の領域でしか通用せず、直ちに他の領域に波及するわけではないことを指摘する。そのうえで、AIの現状を生物学になぞられて説明する。その説明によると、AIはまだウミウシ(海に生息するナメクジ)の段階にあり、ヒトには遠く及ばない、とのこと。また、AI開発とは遺伝子を操作して、特定の環境に適応したナメクジを生み出すようなものだと言う。

人工知能とは何か

人工知能(Artificial Intelligence:AI)という言葉は正式には1950年代に造られたのだが、その概念は古代エジプトの自動装置やギリシア神話における自動人形にまでさかのぼるものである。AIを定義しようという試みとしては1956年のダートマス会議とテューリング・テストが有名であるが、AIの熱心な擁護者たちは、この概念について世間に明確かつ平明に説明しようと努力を続けてきた。

AIは神秘、驚異、さらには無限の可能性を秘めているように見えるものとして語られてきた。しかしながら、AIは依然として一般大衆には分かりづらく、しばしばAIがもたらす未来は否定的なものとして描写されてきた。ハリウッド映画に繰り返し登場する恐怖をもたらすAIに対抗するためには、人工知能とは何かについて明確に理解しなければならない。

それがAIかどうか知る方法

もっとも完全で汎用的なAIの形態を考えた場合、それは学習する能力を含む人間のあらゆる認知能力を持っているということになるだろう。しかし、実際の機械は、AIが持っているのに相応しい能力のほんの2、3の断片しか持っていない。

人工知能とは

人工知能とは機械の特徴のことであり、その特徴はたいてい知的な挙動を見せるコンピュータ・プログラムと見られている。この文脈における「知性」とは、世界内の条件や世界内で生じる出来事を変化させることによって、何らかの目標を達成する能力を意味している。こうした知性の定義はコンピュータ・サイエンスでも同様であり、それゆえAIの研究分野とは知的なシステムをデザインする研究ということになる。

以上のような知性に関する専門的な定義にもとづけば、AIには学習する能力は要求されない。もっとも極端なAIの事例として、機械におけるすべての知的な挙動がプログラマーによって直接的にハードコーディングされている、ということもありえるのだ。事前にセットされたアルゴリズムが機械に目標を達成させることを可能とする限りにおいては、この機械はAIの定義にかなっている。実際、今日主流となっているAIシステムの多くは以上のようなアルゴリズムによる制御にもとづいたシステムなのであり、そうしたシステムにおいてはエンジニアがそのシステムにすべての知性を提供するのである。

機械学習とは

機械学習とは、明示的にプログラミングされることなく知的な挙動を見せる機械を制作する科学分野のことである。具体的には、エンジニアがソースコードを変更する必要がないにもかかわらず、機械が自律的にデータから学習し自らを改善する能力を機械学習は提供するのだ。

あまり専門的ではない言い方をすると、AIとはゴールであり、機械学習とはAIを実現するために通る道、あるいは機械が自ら学習するようになること、と言うことができる。多くの事例において、機械学習は事前に集められたデータを使って学習し改善するモデルと関わっている。集めたデータを使いながら、機械は経験にもとづいて予知と決定ができるようになる。そして、データを予知と決定に生かすモデルをアップデートし続けることによって、機械は環境の変化に対応するように自律的に学習するにいたるのだ。

AIはヒトほど自律的ではない

AIができないことを明らかにするためには、AIは何ができるかを説明する必要がある。エンジニアはAIに知性を与えることでこれを手作業で作ることができるのだが、AIシステムを開発する際にはますます機械学習が重要となってきている。というのも、専門家の領分でもあるような未知の問題の解決策をさがす時に、機械学習はエンジニアが手作業に費やす時間を減らすことを約束してくれるからだ。いずれにしても、AIシステムを開発する多くの場合において、AI開発に費やす時間はAIを直接的に設計することから解決策をAI自らが学習する機械学習を設計することにシフトしている。もっとも、ヒトによる開発はまだまだ非常に必要とされている。

以上のような機械学習によってAIが自己解決能力を獲得することは、一見すると完全な解決策のように見える。われわれ人類は学習することができるAIを創造し、そのAIは問題の解決策を学習し、その結果として、関連するどんな問題についてもその解決策を見つけてしまうというのだからAIはもはや完璧ではなかろうか?実際、GoogleやMicrosoft、そしてAppleのような巨大企業はそう考えているように思われる。そうした企業は、AIシステムこそが顧客が抱える問題の多くを解決するといって、AIがすべてを解決するという直観的な期待に投資することをひとびとに納得させるのである。かくして巨大企業はAIに巨額投資をし、その投資に対する大きな見返りを約束するのだ。

最近の10年間において、AIの学習システムは対象認識、音声認識、音声統語、言語翻訳、画像生成、そしてゲームプレイといったものを劇的に解決してきた。こうした数々の解決を可能としたアルゴリズムの能力は、革命的なものとして宣伝されてきた。機械学習に関する技術的背景に精通していないひとびとには、専門的な仕事を実行するように機械が進化したことが、まるでAIが実行できる統合された能力のセットを急激に増やしているようにしばしば感じられることだろう。しかし、この理解はまったく正しくない。

今日、毎日のように何らかのAIアルゴリズムが新しい問題を解決し、既存の問題に関してもより良く解決しようとしている。例えばGoogle傘下のDeepMind社が開発したAlphaGoは、世界最強クラスのプロ囲碁棋士イ・セドルを倒した。この活躍を知り、技術に関する素養の(Axiom Zen社の)ある顧客は次にように言った。

われわれ人類は、囲碁においてヒトを凌駕する方法を学習した汎用的AIを持つことになったのだこのAIさえ使えば、自動車排気システムの設計を最適化することができるだろう。

しかしながら、以上のような顧客の推論は次のような仮定にもとづいている。その仮定とは、ある問題を解決するために機械学習のアルゴリズムが一度でも開発されてしまえば、そのアルゴリズムを他の異なった問題の解決にも容易に応用できる、というものである。しかし、この仮定は成立しない。

実際には、以上で言及した(対象認識や囲碁のプレイといった)AIに関する革命的な成果は、そのどれもが地球上でもっとも賢いひとびとが何年にもわたって開発した高度に専門化された機械学習アルゴリズムによって達成された。そうした成果は、特定の仕事を遂行するという限定されたゴールのために設計され、チューニングされたものなのだ。そして、機械学習アルゴリズムはただひとつの仕事しかしないのだ。

ディープランニングのように多くの分野のアプリに繰り返し応用できる基礎的な方法論も確かにある。とはいうものも、ほとんどのAIアプリでは、様々な機械学習の手法を統合することが求められるのだ。それゆえ、機械学習システムを作るには特定のアプリから集めたデータに適合するように、そのシステムを仕立てることが求められ、また効率的な解決策を発見できるように機械学習のアルゴリズムを訓練する必要があるのだ。そして、機械学習システムの構築とアルゴリズムの訓練のそれぞれのステップにおいては、ソフトウェア・エンジニアとAIが解決する問題に関する専門家の助けを借りた(しばしばひとり以上の)機械学習の専門家が必要とされるのである。

AI開発には軍隊(軍隊のような計算資源とそれを使いこなす能力)が必要

AlphaGoは、少なくとも17人が数年にわたりその開発プロジェクトに関わったことで誕生したものである。その17人のうちの何人かは、機械学習の研究分野をリードしている人たちである。またDeepMind社以外の情報筋によると、イ・セドルとのゲーム中AlphaGoを動作させるために1920個のCPUと280個のGPUが使われたと報じられている。

巨大AI企業は、世界的に著名な機械学習の専門家とソフトウェア・エンジニアを一組にしたような開発チームを複数抱えているものである。そうしたチームは、特定の分野における機械学習のアプローチのなかでもベストと思われるものをさらに改善する方法を研究するという目標のもとで、その特定の分野の研究に従事しているのだ。

モダンAIは全能マシンというよりはむしろウミウシ

生物学は、今日のAIがもつ特徴を描き出す直観を提供してくれる。生物学者とは、「ある生物が何らかの体験をきっかけとして棲息している環境の意味を変えてしまった後、その変わった環境に対して生物が反応の仕方を変化させるという一連の現象のメカニズム」を研究している。このメカニズムは、一言で言い換えれば、学習メカニズムとなる。

生物学者たちは、(軟体動物あるいはウミウシを含む)アメフラシ科の生物の研究における共通の課題として、アメフラシ科の生物の神経組織を発火させることを決定する遺伝子の研究を行っている。そうした研究によると、同じ体験をさせても(生物学における体験はAI研究におけるデータを意味する)異なった挙動を示す二種のアメフラシ科の生物がいる。この挙動の違いは、アメフラシ科の生物における遺伝子構造の違いに依存している。大雑把に言えば、機械学習とはアメフラシの遺伝子を操作することに相当する。つまり、機械学習の専門家は(ちょうどアメフラシの遺伝子コードに類似している)機械学習のアルゴリズムを書き換えることで、機械がもっている能力と様々な現象に対応する傾向性を変えるのだ。それゆえ、機械学習の発展過程は、高度な認知能力を備えている哺乳類あるいはヒトよりは、アメフラシのような無脊椎動物の挙動に似ているのである。

現在にいたる2年間で、AIの研究者たちは新しい課題に自律的に対応する機械学習の技術を開発し始めている。しかし、この研究中の技術は極めて萌芽的なものに過ぎない。そのことを言い表しているDeepMind社の科学者の発言を以下に引用する。

近年進歩した、メモリの効率的な利用技術、探索能力の改良、抽象的な階層構成の学習、そしてそれらを可能にする計算アーキテクチャに関する研究は、機械学習の未来を楽観視できる土台を提供してくれる。

以上の発言を別の言葉で言い換えれば、将来的にはより汎用的なAIを実現するというゴールに到達するだろうということを信じるに値する理由をわれわれはもっているのだ。

【03月29日編集部注】読者の岩政さんより、DeepMind社の科学者の発言に関し原典を元にしたアドバイスをいただき、旧訳「最近の記憶、内省、表象の組成、そしてこれらを組織化する過程に関する研究は、機械学習の未来を楽観視できる土台を提供してくれる。」から新訳「近年進歩した、メモリの効率的な利用技術、探索能力の改良、抽象的な階層構成の学習、そしてそれらを可能にする計算アーキテクチャに関する研究は、機械学習の未来を楽観視できる土台を提供してくれる。」に修正した。岩政さん、ありがとうございました。

申し訳ありません、それはできません、デイブ(※)

(※)「2001年宇宙の旅」にてHALが、主人公Daveを裏切ったときのセリフ

以上の論考を通して、もっとも言いたいことは次のようなことだ。現時点では汎用的なAIに未加工のデータをつぎ込むことはできないし、AIにデータをつぎ込んだだけでは、そこから意味のあるものが生まれることは期待できない。そんなことができるAIは存在しない。反対に、非常に強固に定義された問題をAIに提供した時にのみ、AIはその問題の適切な解決策を学習できるのだ。AIで成功したいのなら、計画を練り、数学的に健全な問題設定を行い、データを使って効率的にAIを訓練し、そのうえ多くの機械学習に関する専門知識、さらにはソフトウェアを開発する能力が求められるのである。

私たちAxiom Zenは今後もAIを手短に作ってきたステップに関する記事を提供していきます。乞うご期待。

【03月29日編集部注】読者の岩政さんより、「私はそれが出来ないことこそ恐れているのだよ、デイヴ(※)」が「2001年宇宙の旅」にてHALが、主人公Daveを裏切ったときのセリフである旨をアドバイスいただいた。岩政さん、本当はこちらが指摘したかったそう(笑)ありがとうございました。

原文:『What most people don’t understand about AI and the the state of machine learning』
https://medium.com/axiomzenteam/what-most-people-dont-understand-about-ai-and-the-the-state-of-machine-learning-ed007a987108
著者:Alexander Hentschel 原文編集:Yasmine Nadery
訳者:吉本幸記 編集: おざけん


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