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2月11日(土)に開催された全脳アーキテクチャの勉強会を取材してきましたのでレポートさせて頂きたいと思います。
汎用人工知能を作るヒントは、やはり人間の脳を解明することが必要不可欠です。今回のイベントで、工学的な目線だけでなく、脳科学の分野からも人工知能開発における知見を得ていきたいと思いました。
「第17回 全脳アーキテクチャ勉強会 ~ 失語症をめぐって ~」
https://wba-meetup.doorkeeper.jp/events/57007
目次
全脳アーキテクチャ・イニシアティブ代表 山川宏氏より開会の挨拶
人類と唱和する人工知能のある世界を目指して
冒頭、全脳アーキテクチャ・イニシアティブ代表 山川先生より2017年、全脳アーキテクチャの方向性についてお話を頂きました。
汎用人工知能の目指すべき方向性として、下記のキーワードを掲げられておりました。
・Common Good
みんなの公共財であること。
・Value Alignment
人間のようなやさしさを持った価値観を持っていること。
「失語症と発達性ディスレクシア」プログラム委員長 浅川伸一氏(東京女子大学)
プログラム委員長 浅川先生からは、本日のテーマである「失語症と発達性ディスレクシア」について、全脳アーキテクチャで取り上げるテーマの意味についてお話を頂きました。
脳はまだわからないことが多く、複雑であるので、理解を深めるために脳科学の知見から脳のモジュールについて、もう一度確認をしておくべきであると。
「脳内神経線維連絡と失語症」 近藤正樹氏(京都府立医科大学)
普段は学生の教育と研究、神経内科の臨床に携わられており、ご多忙の中、お越しいただきました。近藤先生からは、失語症という病気とその原因について、脳のどの部位で起こっているのか具体的な解説をして頂きました。
失語症とは
- 何を言っているかわからない
- 言葉が出ない・出にくい
- 言葉が理解できない・理解しにくい
- 口頭言語(話し言葉)と文字言語(書き言葉)の障害
このように、思うように言葉を話したり、書くことができない病気で、脳卒中の患者で1割程度、失語症を患っているケースがあるそうです。
そして、失語は大きく分けると主に3つの種類があります。
- 運動性失語(言葉がでない)
- 感覚生失語(言葉が理解できない)
- 伝導失語(音韻の誤りがある、復唱の障害)
脳の病巣部位としては、左半球の障害で特に、左シルヴィウス裂周辺で起こるそうです。脳の障害が及ぼす部位によって症状が異なっているそうです。
前方型:運動性 言葉がしゃべれない症状が主体
後方型:感覚性 言葉が理解できない症状が主体
失語症の評価は、自発語の状態,呼称/復唱/理解,書字,読字を観察することで判断することができます。例えば、このような質問を投げかえると、失語症の方は、正常に応答することができません。
- わざといいえで答える質問を行う。
- 身近にある物品の名前をいくつか呼称してもらう。
- 口頭命令を行う。
発語の様子は、音声の録音データを基に実例を聞かせて頂きました。
拡散テンソル fiber tracking / tractgraphy
後半は、失語症を発症している時の脳の評価方法として、Fiber Tracking法、Tractography(トラクトグラフィー)を用いた手法について解説頂きました。
Fiber Tracking法:
MRI画像のピクセル内で拡散している方向を確認していく
Tractography(トラクトグラフィー):
MRI画像から白質の神経線維束の走行を推定する方法
Tractography
参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Tractography
失語症の予後とtractgraphy
Tractgraphyを用いた失語症の症状と経過の検討、言語機能と弓状束の関係についても解説頂きました。脳の各部位については、下記をご参照ください。
【参照】:「Sideswipe」
http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kazoo04/20151201/20151201203333.png
人間の言語機能は、言語発生(話す)に関与するブローカ野と言語理解(聴く)に関与するウェルニッケ野が関連しており、この2つの領域を結ぶのが弓状束と呼ばれる回路です。この弓状束や脳の周辺部位が損傷することで失語症が起こります。
ブローカ野周辺領域で損傷が発生すると話すことが困難になる「運動性失語」になると言われており以下のような症状になります。
- まったく話せない、あるいはたどたどしい話し方になる
- 一言二言の短い文しか話せない
- 相手の話を聞き、理解することはできる
- 復唱(相手が言ったことをそのまま真似して返す)は可能
一方、ウェルニッケ野周辺領域が損傷すると、言葉を聞いて理解することのできない「感覚性失語」になると言われており、以下の症状になります。
- 非常に流暢に話せるが、言い間違いが多かったり、相手には言いたいことがほとんど伝わらない
- 話を聞いても相手が何を言っているのかよくわからない
- 復唱(相手が言ったことをそのまま真似して返す)することができない
- 読み書きにも障害が発生することもある
このように脳のどの部位が損傷することで、失語症になるのか、tractgraphyなどの手法で脳の解明が進められているそうです。
言語関連経路についての検討
最後は、どのようにして失語症が起こるのかについて,言語機能に関連した脳内経路の今日までの仮説をお話頂きました。
Lichtheimの言語モデル
【参照】:http://dnpa.s3.xrea.com/aphasia.gif
先程のウェルニッケ野(A)から入ってブローカ野(M)へ連絡する経路を図式したもので、Bはより高度な言語の概念中枢となっている。このBを経由しない経路が障害されると,復唱が困難になり,「運動性失語」や「感覚性失語」とは異なる「伝導失語」が起こるとされるそうです。このように、失語の種類は失語関連経路の中の異なる部位の障害によって生じると考える,失語分類と研究が行われてきました。
最近では,弓状束が二つの経路に分けられるとするモデルがtractgraphyの研究から提唱されたり,側頭葉から後方に行って頭頂葉を経由して前頭葉に至る背側経路と側頭葉から前方に行って前頭葉に至る腹側経路があり異なる言語処理を行っているとするモデルが登場している(二重経路仮説)。失語症の発症において,大脳皮質の破壊だけでなく、大脳皮質をつなぐ白質線維の損傷の重要性も注目されているとのことです。
まとめ
- tractgraphyの方法について
- 脳内神経経路の評価で予後の予測できる可能性がある。また、損傷された神経連絡の修復過程を推測する情報が提供される可能性がある。
- 言語に関連した脳内神経連絡について、二重経路仮説のいくつかの報告を紹介。
Nextremer様からのCM
今回は、量子アニーリングに対する取り組みについてをお話を頂きました。
量子アニーリング(Quantum annealing)とは?
最適化問題という、すべての経路を計算していたら膨大な時間のかかる計算を量子力学の波の現象を用いて高速に計算する手法のことで、量子焼きなまし法とも言われているそう。
例えば、よりよい広告を配信したい場合など、顧客の膨大な行動履歴をもとに、組み合わせ最適化問題を解くことにより、効果的で効率の良い広告を配信するなどの研究が行われています。
そして、この量子アニーリングを実装したマシン「D-WAVE」が近年注目を浴びており、GoogleやNASAも、人工知能の研究に「D-WAVE」マシンを用いていることは話題になりました。日本での研究はまだ始まったばかりですが、今後の研究成果に期待です。
「発達性ディスレクシア – 生物学的原因から対応まで」 宇野彰氏(筑波大学)
失語症と発達性ディスレクシア
宇野先生からは、同じ脳の言語障害である「失語症」と「発達性ディスレクシア」の違いから解説を頂きました。
失語症: 後天性の大脳損傷が原因 「話す」「聴く」「書く」「読む」に障害が起こる。
発達性ディスレクシア(読み書き障害): おそらく先天性、明確な大脳損傷はなく、「読む」「書く」に特化した障害で「話す」「聴く」に関しては問題がない。
有名人では、トム・クルーズ、スピルバーグ氏が発達性ディスレクシアであると公表しており、世間的に注目を集めた。しかし、発達性ディスレクシアだと他の機能が優れているということは確認されていないそう。
なぜ起こるのか?
脳の左右非対称生が主な原因であり、左側頭葉と頭頂葉の結合部、および左側頭葉と後頭葉の結合部で問題が起きている。発達性ディスレクシアの人は左後頭領域での活動が低いことからも解明が進んでおり、また、国(言語)によって出現頻度が関係ありそうとのこと。
【発達性ディスレクシアの「読み」障害の出現率】
英語圏:7-15%
ドイツ圏:5%
日本:ひらがな 0.2%
カタカナ 1.4%
漢字 6.9%
年次における発現性
1年生では単語を区切って読むが、年次が上がると単語をまとまりとして音読する。発達生ディスレクシアの子は学年が上がっても読み書きの能力が上がらない。その為、成人になるにつれて、日常生活や仕事において、文字を読み書きする際に支障をきたす。
読み書きが困難なもどかしさに苦しむ小学生
今回は、宇野先生が文部科学省からの資金で作成された動画を基に、小学生の国語の授業中に起こる発達性ディスレクシアの症状について解説を頂きました。
動画の中で、男子生徒が先生に教科書を音読するよう指名されます。
しかし、生徒はスムーズに文章を読むことができず、先生から予習をしていないと誤解されて苦しむ表情が見て取れました。
音読時に読み方の特徴としては、一字ずつひろい読みをしたり、似た形のひらがなを間違えているようでした。
会場を使った即答テストが面白い
動画を見た後に、カンタンな即答テストが行われました。会場の全員が目をつぶり、目の前のスクリーンに映し出された文字を目を開けたら直ぐに読むというもの。
スクリーンには、「ヘリプコター」という文字が映し出されており、目を開けて回答した方は「ヘリコプター」と言って、言い直しておりました。
私たちは、見慣れている文字列だと単語をまとまりとして読む傾向があり、一文字ずつ読んでいるわけではないため、このような言い間違いを脳がしてしまうのだそう。脳と言語の関係を改めて実感することが出来ました。
脳部位と改善における取り組み
発達性ディスレクシアの改善には、脳の活発にならないところをバイパスするトレーニングする方が改善するのではと考えられているそうです。
今後期待される展開として、脳機能評価を用いた客観的な診断法が確立されることも大事とのこと。現在、神経心理検査や問診等によって診断されている、発達性ディスレクシアの診断プロセスを脳機能評価を併用することで、診断の精度が高まり、誤診や障害の見逃しを軽減することが期待されていきそうとのこと。
取材後記
脳における言語機能は重要で、様々なモジュールが複雑に関わりあっていることを改めて認識しました。今回、脳についての言語処理の理解から全能アーキテクチャにおける考察までは、時間がなくディスカッション出来ませんでしたが、再度整理してみたいと思いました。
第17回 全脳アーキテクチャ勉強会 ~ 失語症と発達性ディスレクシア ~