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日本の運送業界が泣いています。宅配における再配送の割合は約20%にのぼり、走行距離の25%、年に約2000億円にのぼる損失を生み出しています。
ECサイトが急激に発達し、あらゆるものが簡単にWebで買えるようになった今、さらに増加すると予想されます。一方、物流業界では、現状で既にドライバー不足という課題が存在しており、今後、物流業界が破綻せずに利用者が今と同じサービスを受け続けるためには、宅配物をいかに効率的に配送するかが鍵になっています。
今回取材を行ったのは、AIのプロジェクトを企画から一気通貫で手掛ける株式会社日本データサイエンス研究所(以下、JDSC)。同社は普及が進む電力メーターから得られるデータを活用して不在宅をAIで予測し、不在配送を減らす取り組みを行っています。
今回はこのプロジェクトの陣頭指揮を執る株式会社日本データサイエンス研究所の大杉慎平氏にインタビューを行いました。
- 株式会社日本データサイエンス研究所 CDSO(Chief Data Science Officer)
- 東京大学にてApplied Computer Science修士号取得。在学中にTeach For Japanを共同設立後、マッキンゼーアンドカンパニ ーにて、製造・インフラ産業を対象とした技術戦略支援に従事。その後、東京大学 Applied Computer Science 博士課程へ。現 株式会社 日本データサイエンス研究所CDSO就任、東京大学での研究活動を兼務。
一気通貫でAIプロジェクトを担うデータサイエンス研究所
まずはじめに株式会社日本データサイエンス研究所の概要を伺いました。
ーー株式会社日本データサイエンス研究所について詳しく教えてください。
大杉氏:AI業界では、プロセス間の分断によって、十分なインパクトが創出できないケースが見られます。
事業構想や施策構築は経営企画やコンサル、AI構築ならAIベンチャー、システム実装はSIer、など、さまざまなプレイヤーが分立・分断されていることで、本来はインパクトがあるプロジェクトでも、どんどん伝言ゲームで当初の目的と実装で形が変わってしまったり、インパクトが小さくなってしまったりします。
一貫して、上流計画の修正も含めて取り組まなくては、AIでインパクトを生み出すことはできません。これが理由で困っている企業が多いと感じる中で、一気通貫でAIプロジェクトを担う事業を始めたのが弊社です。
さらに従来のサービスでは、費用に見合った収益があるのか、あるいは本当に収益が上がるかどうかも不確定の状態で、デジタル化、AI構築のために多額の費用を投資する必要がありました。弊社は人月単価ではなく、成果に基づき、AIの正しいインパクトを生み出し、その対価をいただくという形で、クライアント企業の利益貢献にコミットしています。
約2000億円の損失を生み出す不在配送 利用者にも不利益が
ーー日本の不在配送に関して、宅配物は今後も増えていくと思いますが、現時点でどんな現状なのでしょうか?
大杉氏:今、不在配送は、全体の2割ほどで、その損失は2000億円にのぼるとされています。誰かがこの約2000億円のコストを受け取ってるのではなく、純粋に時間・費用として失われているのです。
これで一番苦しむのは配達者です。配達者は、配送成功数に応じた報酬が多く、不在配送では1円も入ってきません。時間指定して不在のケースもあるため、困っている人が多くいます。
一方で利用者としても、受け取るためにわざわざ家で待機していなければいけないことも、大きな不都合となっています。また、ドライバー不足の中、今後も宅配便が増えていくことを鑑みると、物流業界として、今と同じサービスを維持することが難しくなります。不在配送は、まわりまわって利用者の不利益に繋がってしまうのです。
そのため、利用者にとっての「あたりまえ」が10年後も20年後も続く未来にのために、不在配送問題の解決は不可欠だと考えています。
不在配送をスマートメーターのデータで解決
ーー不在配送の課題をスマートメーターのデータを用いて解決する取り組みは斬新的で、他にも活用の可能性があると感じました。なぜ、スマートメーターを活用するに至ったのでしょうか?
大杉氏:修士課程での研究テーマが、スマートメーター のデータ活用による電力需要予測モデルの構築でした。
当時は、東北大震災直後で、計画停電の実施など電力需給が切迫する中で、このスマートメータのデータを活用して、課題解決に寄与できないか模索していたのです。
その後マッキンゼーで国内産業の生産性向上に取り組む中で、不在配送を含む物流産業の課題も知りました。大学で博士研究を再開するにあたり、修士課程ではまだ未整備であったスマートメーター普及が進展していたことから、電力データ活用による不在配送問題の解決ができないかと考え、研究として取り組みました。
ーーご自身の研究テーマだったこともあり、このプロジェクトに至ったんですね。このプロジェクトではくまなく一戸一戸のデータを集める必要があるように感じますが、今スマートメーターはどれほど普及しているのでしょうか。
大杉氏:例えば東京電力管内では、2020年度中に全戸設置され、2024年には日本全国で設置が完了する予定が示されています。
検針の自動化が主目的ですがこのデータを活用して多様化する社会課題の解決や産業生産性の向上に繋げようという動きがあります。
大杉氏:東京大学で実際に、電力使用状況から在不在をAIが予測し、荷物を受け取りやすい時間帯で配送できるよう、ルートを配達者へ示す実験システムを作りました。
このシステムを用い、大学で配送試験を行ったところ、配送成功率は98%に登り、不在配送は9割近く減ることがわかりました。総移動距離も5%減少し、総配送時間も15%減少する結果になっています。
ーーこのプロジェクトに関して、在宅か不在かを高精度に予測できればプライバシーの懸念の声も挙げあられると思います。なにか工夫している点はあるのでしょうか?
大杉氏:プライバシーも考慮し、配達者には配送ルートのみを表示し、不在先はわからないようになっています。
また現状の配送では当然、2割の不在先は特定されている状態ですが、このシステムを使うことで、逆に不在が特定されにくくなります。大学での配送試験からも、不在がより特定できなくなる結果を得ました。
とはいえデータは個人の持ち物であり、今後行っていく実証実験でも実験協力に了承頂き、許諾を得た家庭のみを対象に行う予定です。
大きな経済損失と利用者の不便が生じていることは明らかであるので、利用者の理解のもと、取り組みを広げていきたいと考えています。
ーーいつ頃から本格的に運用しはじめる予定ですか?
大杉氏:実証実験や電力データ活用の制度整備をふまえると、2022年頃から本格的な運用になるのではないかと考えています。
電力データだけで高精度に不在を予測
ーー家庭によって設置している家電製品が異なるかと思います。合わせて消費電力も幅があったり、冷蔵庫のように常時電源をONにしている機器もあります。それでも予測が可能だったんですね。
大杉氏:電力消費は、ある程度家庭で似通う部分があります。とはいえ振る舞いの異なりをカバーするために、今までもさまざまな家庭の電力データを集め、精度を上げられるように工夫しています。
ーー膨大なデータを学習させるとなると計算コストも高くなってしまいそうです。精度と計算コストはトレードオフかと思いますが、膨大な電力データはリアルタイムに処理可能なのでしょうか?
大杉氏:機械学習の世界においては、電力データはかなりシンプルなデータです。自動運転で扱われるような大量の映像データのリアルタイム処理に比べれば、データも処理もスリムですね。
ーー今後の展望を教えてください。
大杉氏:現在、各電力会社などが加盟するグリッドデータバンク・ラボに加盟させて頂き、今後の電力データ活用について相談させて頂いています。今後の実証実験の成果などを踏まえ、社会課題の解決につながるよう発信いきたいと考えています。
不在配送解決の他には、独居のご高齢者を対象に、要介護状態になる前のフレイル状態を、電力データから検知し、予防に活かそうという取り組みも行っており、東京大学・三重県連携の元、実証実験を行っています。
いずれのケースでも、電力データの活用促進にあたっては、個々人の理解が重要です。社会問題の解決や、生活をより良くするのに役立つという理解を得ていく活動も行っていきたいと思います。
おわりに
インターネットを通して簡単にものを買えるようになった今、少しでも確実に荷物を受け取れるように、コンビニでの受け取りが可能になったり、指定した場所に荷物を届ける置き配の仕組みが取り入れられるなど、などさまざまな取り組みが行われています。
しかしながら、不在配送の問題は未だに解決していません。
AIの活用によって不在配送の問題が解決すれば、宅配における根本的な問題の解決につながる可能性があります。
電力スマートメーカーの普及によって、新たなデータ資源が得られることで、今後の不在配送問題がどのように解決されてるのか、今後も注目です。
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