最終更新日:
現在、世界中で新型コロナウイルス(COVID-19)が流行し、消費者の行動様式は従来の需要予測モデルでは対応できないものに変化しており、緊急事態に対応できるAIの重要性が増しています。
パロアルトインサイトと株式会社リンガーハットは、緊急事態に対応できない既存の需要予測モデルの弱点を克服するために、”緊急事態にも対応できる需要予測モデル”を開発しました。
今回は、パロアルトインサイト CEO石角友愛氏と株式会社リンガーハット DX推進チーム責任者 是末英一氏に、需要予測モデルの詳細、従来の需要予測モデルとの違いについてインタビューを行いました 。
パロアルトインサイト CEO石角友愛(いしずみ ともえ)氏
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経て、2017年にパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードを務める。
著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)など多数。
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
株式会社リンガーハット DX推進チーム責任者 是末英一氏
リンガーハットHP:https://www.ringerhut.co.jp/
目次
日本のAI導入は始まっていない?|需要予測マーケットの課題
ーー日本国内では、2020年頃から2021年にかけて多くの企業が需要予測モデルを導入し始めていると思いますが、石角氏はこの需要予測のマーケットについてどのような変化を捉えていらっしゃいますか。
石角氏:IPA(情報処理推進機構)の資料では、2019年の日本の企業のAI導入率は4.2%でした。それが最新のDX白書2021年によると、20.5%に増えています。アメリカ企業は44.2%ということで、まだ2倍以上の差があるものの、ここ1,2年で日本でも飛躍的にAI導入やその先にあるDXが浸透しているなと感じています。しかし、全ての小売りが需要予測モデルを取り入れているかというとまだまだなので、そういう意味ではまだAI導入は始まっていない状況が大前提だと思います。
その一方、単純なITツール導入という形で需要予測モデルを導入している小売業者は結構あるのではないかと思っています。しかし、コロナで消費者の需要が一気に変わってしまったため、緊急事態対応型の需要予測モデルを作らなければいけない状況になってしまったのが、今日本の企業やアメリカの企業が直面している状況です。
これは、非常に前向きな課題だと思います。たとえば2020年10月に、アメリカの PwCコンサルティング会社が企業内のAI戦略に携わる米国の役員1032名を対象に実施した調査によると、52%の企業がコロナを理由にAI導入計画を加速させたという結果が出ました。
また、86%が2021年にはAIが自社で主流の技術になっていると回答していて、たとえばアメリカのペプシコ傘下にあるスナック菓子メーカー最大手のフリトレー (Frito-Lay) は、5年間かけて行う予定だったデジタル・データドリブン化を、6ヶ月で行ったという面白い事例もあります。
短期間で実装したからこそ、具体的な課題が出てきたのが、リンガーハットのプロジェクトの背景です。
AI導入を進めるには?|日本のAI導入を進める要因
ーー日本国内ではまだまだAI導入が済んでいないとのことでしたが、具体的に日本がAIを導入し始めた時期はいつ頃ですか。また、AI導入が進む要因について教えてください。
石角氏:日本の会社がAI導入を始めたのは、2016年頃から2020年にかけてなのですが、2016年にAIを導入している企業は本当に少数で、大半の会社がAI導入をしたりAI実証実験を始めたのが2017年からと考えられますが、それでもまだ全体の5%ぐらいの会社でした。
今回の「緊急事態対応型需要予測モデル」の開発では、新型コロナウイルスはもちろん、今後起こりうる大震災などの緊急事態にどのように対処するかが非常に大事なポイントでした。緊急事態下では今までの消費動向が突然変わることも大いにありえます。
さらに言えば、緊急事態宣言等により、消費動向に加えて販売条件が一気に変わることもあり、たとえば「営業時間を夜の8時までにしてください」という要請にいきなり対応しなくてはいけません。
こういった想定外の事態を「ブラックスワン現象¹」と呼びますが、ブラックスワン現象が起こってしまうと、過去のデータから学ばせた従来のAI需要予測モデルが全く役に立たなくなってしまいます。
AIは入ってくるデータが変われば出てくるデータも変わるので、緊急事態により売上などの入ってくるデータが変わるならばAIも変えなければいけないんです。その当たり前のことに気づくきっかけになったのが、今回の新型コロナウイルスのパンデミックだったと思います。
ーーこれまでのリンガーハットの需要予測の取り組みについて教えてください。
是末氏:私たちが需要予測に対して取り組みを始めたのが2018、19年あたりなんです。きっかけは、私がシステムの担当者になったときにトップの方から、「システムを使って店舗の業務や作業を減らしてください」と言われて、その時に事務作業を減らせないかと思ったことからです。
まず初めに、店舗に訪問をしてお話を聞いたところ、やはり発注や売上予測、あとはセールス分析などの事務作業にかなりの時間を割いていることがわかりました。当社は店長だけではなくパートさんやアルバイトさんも発注作業をするのですが、在庫を切らしたくないという考えから多めに発注をしていて、廃棄ロスが結構出ていたのです。
そこで、まずは発注作業の改善がスタートかなと思いました。発注作業で1番重要なのは売上予測なのです。いくら発注モデルを作ったところで、ある程度売り上げが固まらないと正しい数値が現れないので、まずは経営の基本となる需要予測から取り組むことにしました。
ーー従来の需要予測モデルの精度について教えてください。
是末氏:従来の需要予測モデルは95%ぐらいの精度でした。需要予測が外れたときも理由のわかる外れ方なんです。テレビで取材されたり、急に台風がきたり、予測しづらいけど理由がわかっているときのみ精度が落ちました。予測のできる外れ方だったのでそれなりに精度が高かったと思います。
ーーそんな中で、新しい需要予測モデル作りに取り組む理由をお聞かせください。
是末氏:従来の需要予測はそれなりの精度がありましたが、コロナ禍になって機能しなくなったんです。従来のモデルは過去3年分のデータを使って予測した時系列モデルになっていたのですが、コロナでは急に「今日から時短営業をしなさい」と要請が来たりいきなり緊急事態宣言が出て町から人がいなくなったりとかすると、前例がないため予測のしようがなくなってしまいます。
すると、データよりも経営陣の意見が採用されてくるので、ある程度ロジックに基づいた予測を我々で提供できないかなと考えたのがきっかけで、2021年4月ぐらいから今回のプロジェクトを開始しました。
新たな需要予測モデルの特徴
現在の需要予測モデルの取り組み
ーー新しい需要予測モデルは、現在どのように使われているんですか。また従来のモデルとの違いは何かありますか。
是末氏:まだ店舗導入前(※2022年2月8日の取材時)ということもあってですね、従来の需要予測モデルの予測値に0.6,0.7倍掛けたモデルと、今回新たに開発したモデルを並行して使っています。
今回需要予測モデルを発注システムとセットで新たに導入をしまして、売り上げのベースや店舗ごとのイベント調整の仕方などを導入時に説明をしました。従来の予測の導入前は、平日は一律10万円の売り上げ、土日は30万円の売り上げとざっくりでしたが、需要予測モデルの導入後は、月曜日は7万8000円ですとか火曜日は8万5000円ですとか曜日ごとに具体的な数値を表すことになったので、店舗の方々にはより使いやすくなったのではないかと思います。
また、新しい需要予測モデルでは地域や立地特性の見直しを行っています。
精度が高かった理由
ーー新しい需要予測モデルで、精度が高かった要因は何ですか。
石角氏:一般的な従来の需要予測モデルは、ヒストリカルデータという、過去数年間のデータを使ってモデルを作っています。ですが、ヒストリカルデータを使ってしまうと緊急事態前の何年間または、何十年間のデータにかなり引っ張られてしまうので、現在のコロナのような出来事が起こった時には、より短期間のデータに重み付けをして学ばせることがすごく大事でした。
需要予測は意思決定の上流工程にあります。たとえば、「消費者需要に基づき出荷量を調整し生産計画を立てて、過剰生産や在庫を減らす」「需要予測に基づきお客様センターの対応スタッフの人数や配置を決めて労務関連に生かす」という風に、需要予測というのは、ビジネスの意思決定の上流工程にある、非常に大事なAIなんです。
そのため、需要予測が正しくできると、その後の生産計画も効率的に行うことができ、生産計画がうまくいくと物流の効率化や人材配置もうまくいき、いろいろな事業部に展開できます。このように、ビジネスの心臓のような位置にある、非常に大事なAIモデルである需要予測モデルをしっかり作りこむのは、経営全体で見ても大事なポイントになってくると思います。
そのため、様々な条件の中でテストを繰り返しながら、どうやったら精度が高くなるかを24時間体制で自動的にモニタリングして、常に改善し続けるというのも避けては通れない大事な過程です。
開発で苦労した点・工夫した点
ーー新しい需要予測モデルを開発するにあたって苦労した点は何ですか。
石角氏:リンガーハットは全国に700前後の店舗を展開していて、店舗によって消費動向がだいぶ違います。たとえば「駅前にある店舗」「住宅街にある店舗」「ショッピングモール内の店舗」「イベントセンターの隣にある店舗」では、それぞれ消費者の行動が違うため、店舗ごとの特徴をどうやって需要予測に反映していくのかを、議論を重ねて分析をしながら考えなければならない点に苦労しました。
ーーなるほど。リンガーハットさんが従来貯めてきたデータを使って、いかに土地ごとの特性を考えるのかが大切なんですね。
石角氏:そうです。土地による違いを詰めて分析できていない会社はすごく多いなと思います。たとえば、日本全国で展開しているスーパーマーケットの場合、全ての店舗で同じ需要予測モデルを使用していると莫大な機会損失があると思います。
市販で販売されていて、誰でもすぐに導入ができるような既製品の需要予測モデルの場合、カスタマイズできない部分がどうしても残ってしまうため、この問題への対処が難しいのではないでしょうか。というのも、既製品の需要予測モデルだと、店舗ごとにカスタマイズした変数を入れてモデルの調整をする必要があるかと思うのですが、店舗ごとに需要予測モデルを調整する人材がいないという会社が多いのが実情です。
それを外注で補おうとするとコストもかかり、社内のAI人材が育たないため、本当にそれでいいのかを見直す会社が少しずつ増えてきていると感じています。
ーー開発でUIや店舗ごとに工夫した点はありますか。
石角氏:はい。UI側の開発も当社に依頼して頂き、総合的にシステムを作っているのですが、AIモデルを作るだけではなく、実際に誰でも使える形を意識しています。
個人的に、AIビジネス6割ぐらいは、AIモデルの開発とは別のところにあると考えています。つまり、いかに素晴らしいモデルを作っても、ビジネスユーザーが使ってくれず、現場に実装できなければ、経営的に、ROIが成立しないのです。
このように、データサイエンティストが素晴らしいモデルを作るだけではAIのビジネスにはならないからこそ、UIをきわめて、店長さんが使いやすい形を追及しています。
また、ロールアウトプランも重要です。700店舗に一気に新しい需要予測モデルを使ってもらうのではなく、ベータ版を作ったら、まずは数店舗のみに導入して、需要予測モデルがしっかり機能しているのかを検証します。
新たなシフト管理アプリを作成|需要予測モデルを生かして新たなSDGsの取り組み
ーー今後SDGs関連で、新しい需要予測モデルを生かしてやっていきたいことはありますか。
石角氏:店舗ごとの需要予測に基づいて正しくシフトを作成するソフトウェアが、市場にあまりないため、これから作りたいと思います。シフト作成の最適化という意味でも非常に画期的だと思います。
従来のシフト作成は現場レベルの情報だけに基づいて行われていると思うのですが、これからリンガーハットさんと作るシフト管理のシステムは、店舗ごとの需要予測モデルと紐づけて全てのワークフローを効率化することができるので大きな意味のあることだと思います。
今後の展望
ーーこれからどのようにプロジェクトを進めていきますか。
石角氏:最初はリスクを最小限に抑えてアルファ版から出して、アルファ版が出たらベータ版を出すようにして、少しずつ全国展開していく形です。全国展開では、導入する店舗の選定も戦略的に行わなければなりません。単純にエリアごとに区切って需要予測を導入するのではなくて、技術的な検証事項と運営上のオペレーション上の検証事項という2つの視点でどこに導入をするのか決めていきます。
また、現場の方のサポートも不可欠になってきますので、最初は需要予測モデルに対してより理解がある店舗に使ってもらいます。現場の方のフィードバックをもとに、さまざまな角度から問題点を抽出して、デザインして、実行することが大事だと考えています。
また、自動発注とシフト管理を見直したいと思っています。まずはシフト管理でちゃんと結果を出して、需要予測がすべての根幹になる一番上流工程にある大事なAIモデルであるという点を認識してもらいます。さらに、需要予測が安定した成果を出せれば、さまざまな発展の可能性があるということも同時に理解していただき、人員配置の最適化だけではなく、物流や生産管理、予算管理など、さまざまなことを改善していきます。需要予測は、さまざまな応用が利くので、DXを考える企業は、需要予測を極めることが非常に大事だと考えています。
最後に
現在、日本企業のAI導入は遅れており、コロナ渦の影響で増加傾向にありつつも、世界的にはまだまだ劣っている状況です。
しかし、今回取材したような需要予測AIは、食品ロスや在庫の最適化による過剰生産防止や、従業員のシフト管理などさまざまなことに活用できるため、これから導入が増加していくAIであると感じました。
将来の予測が困難である「VUCA時代」において、今回パロアルトインサイトとリンガーハットが共同開発した緊急事態対応型のような需要予測モデルは、今後さらに精度が高まり、さまざまな問題を解決していくでしょう。
この記事をきっかけにAI導入を検討してみてはいかかでしょうか。
パロアルトインサイトへのお問い合わせはこちらから