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2024.08.19

生成AIとUXデザインの融合|エクスペリエンスデザイナーが描く未来のユーザー体験

最終更新日:

生成AIの急速な発展により、私たちの日常生活やビジネスのあり方が大きく変化しつつある中、ユーザー体験(UX)デザインの重要性がますます高まっています。AIがもたらす変革の波は、デザインの領域にも及び、新たな可能性と課題を生み出しています。

このような時代において、ビジネス、ユーザー体験、そしてAIを融合させたデザインプロセスに広範な経験を持つ川村将太(しょーてぃー)氏に、生成AIとUXデザインの融合がもたらす未来について話を伺いました。

しょーてぃー氏は、大学時代からサービスデザインの研究に携わり、新しいイノベーション手法の開発に貢献。楽天グループでのUXデザイナーとしての経験を経て、現在はフリーランスとして活動し、AI関連の講演やアドバイザリー業務、デザインとAIの統合、新規事業のサポート、AI教育など、多岐にわたる分野で活躍しています。また、トヨタコネクティッド株式会社では1,300人規模の企業全体のAI戦略を指揮し、株式会社ARCHTYPではCAIOとして企業のAI/DXの内製化支援に取り組んでいます。

本インタビューでは、生成AIがUXデザインにもたらす変革、これからのデザイナーに求められるスキル、そして未来のユーザー体験の展望について、しょーてぃー氏(@shoty_k2)に見解を伺いました。

UXデザインとUXの違い:生成AI時代の新たな視点

まず、UXデザインとUXの違いについて明確にしておく必要があります。しょーてぃー氏によると、この二つの概念は以下のように区別されます。

UX(ユーザーエクスペリエンス):

「ユーザー」がサービスや製品を通じて得る体験全体のこと。

UXデザイン:
「提供者」が、ユーザーがサービスや製品を通じて最適なUXを得られるように設計すること。

この区別は、特に生成AI時代において重要です。UXデザイナーの役割は、ユーザーが提供者の「望ましいUXを得られる可能性を高める」ように設計することにあります。

生成AI時代のUXの鍵:期待値のデザインとメンタルモデル

ーー生成AIを活用したプロダクト・サービスのUXデザインにおいて、最も重要な要素は何でしょうか?

しょーてぃー氏:現段階で最も重要な要素は、「期待値のデザイン」だと考えています。これはUXデザインの中では当たり前の考え方なのですが、生成AIが登場すると多くの人がこの設計を忘れてしまう傾向にあります。生成AIに対してユーザーは過度な期待を抱きがちで、「何でもできる」と感じてしまうのです。

しかし、実際にはAIにも限界があります。そのため、ユーザーの期待値をうまくコントロールし、適切なレベルに保つことが重要になります。これはユーザーの失望を防ぎ、長期的な満足度を高めるために不可欠なのです。

具体的には、生成AIに対して人々は過度に期待を抱きやすいので、むしろ制限をかけて、全てができそうには見せないようにすることが重要です。例えば、AIを助けてあげる必要がある、サポートしてあげる必要があるように見せることで、ユーザーの期待値を適切にコントロールできます。このように、期待値と実際に使ってみた後の感想との乖離を上手に設定してあげることが必要です。

また、もう一つ重要な要素として、「メンタルモデル」があります。これは、人が物事の仕組みや動作の原理を理解して、それをもとに行動すればいいかを判断する羅針盤のようなものです。具体的には、ユーザーが対象物(プロダクトやシステムなど)の構造や動作原理を頭の中で表現したモデルのことを指します。ユーザーは自身のメンタルモデルに基づいて、対象物がどのように振る舞うかを予測し、それに応じた操作を行います。

例えば、ステレオのオーディオが、左に回すと音が絞れて、右にまわすと音が大きくなるというのもメンタルモデルの一例です。マリオのゲームでは、右に進むと進む方向、左に行くと戻るという認識があると思いますが、これもまたメンタルモデルです。

生成AIを活用したプロダクトでは、このメンタルモデルの構築が特に重要になります。例えば、チャットUIがうまく機能しない理由の一つに、ユーザーが「話しかける」というメンタルモデルを持っていないことが挙げられます。その解の一つとしてキャラクターを設けるなどがあります。

ただし、キャラクターを導入すれば全てが解決するわけではありません。生成AIの可能性を最大限に引き出しつつ、ユーザーの混乱や失望を防ぐためには、「期待値のデザイン」と「メンタルモデル」構築の観点を慎重にバランスを取りながら設計していく必要があります。それこそが、生成AIを活用したUXデザインの鍵となるのです。

AIを活用した新しい価値発見ツール「Value Discovery」

川村氏が携わったプロダクトの一つである「Value Discovery」は、生成AIがアイデアから『価値の仮説』を生成するサービスです。このツールは、プロダクトマネジメントやUXデザインのフレームワークを生成AIに適用した興味深い事例といえます。

ーーValue Discoveryについて、詳しく教えていただけますか?

しょーてぃー氏:Value Discoveryは、PM DAOという組織で開発したプロダクトです。このプロダクトは、組織のビジョンでもある「誰もがプロダクトを通して価値を作れるようにすること」を目的に作りました。

通常、「誰のために何を作るか」というプロセスを踏んで事業やアイデアを作り出すのは、実はかなりハードルが高くなります。特に、ユーザーに対する解像度を上げることや、適切に言語化することは難しい。

そこで私たちは、ユーザーが持っている具体的なアイデアを入力すると、そのアイデアが誰に刺さるのか、そのペルソナはどんな状況にいて、現在どんな代替手段を使っているのかといったことを「逆引き」するようなサービスを作りました。

ーーそれは非常に興味深いアプローチですね。どのような特徴がありますか?

しょーてぃー氏:Value Discoveryの特徴は、「下流から上流へ」というアプローチです。通常のプロダクト開発プロセスでは、ターゲットユーザーを定義し、そのニーズを分析してから製品やサービスを考えます。つまり、「上流から下流へ」です。しかし、このプロダクトでは逆のアプローチを取ります。

具体的なアイデアから出発し、そのアイデアに興味を持ちそうなユーザー像や市場を生成AIが提案します。これにより、アイデアの持つ潜在的な可能性を幅広く探索することができます。

また、このツールは非常にミニマルな設計になっています。基本的には入力フォームと結果表示だけのシンプルな構成です。

ーーValue Discoveryにおいても先ほどの『期待値のデザイン』を実践されているのでしょうか。

しょーてぃー氏:はい。Value Discoveryでは、期待値のデザインを重視しており、ユーザーの入力に対して段階的に評価を入れていきます。例えば「このアイデアはもっと書き直すといいんじゃないですか」や「あなたの入力では良質な仮説生成には足りないですよ」といったフィードバックを提供します。

これにより、ユーザーは自分の入力の質と、それに応じた結果の質を理解できるようになります。また、AIの判断プロセスを部分的に可視化することも有効です。これにより、ユーザーはAIがどのように思考しているかを理解し、より適切な期待値を持つことができます。

期待値のデザインは、生成AI時代のUXデザインにおいて非常に重要な要素です。適切に設計することで、ユーザーとAIの良好な関係を構築し、より満足度の高い体験を提供することができるのです。

ーーValue Discoveryの活用事例や反響はいかがでしょうか?

しょーてぃー氏:現在、ユーザー数は国内だけで3,000名以上です。特にスタートアップや起業家、コンサルティング企業や大手企業の新規事業開発の方に使っていただいています。

さらに、企業や教育機関向けの研修や人材教育にも活用されています。例えば、実践女子大学さまの講義の一コマとして、Value Discoveryを使ったものづくりの講座を提供しました。また、株式会社マネーフォワードさまのデザイン部門向けに、このツールを使ったワークショップも行いました。他にも、地方創生の文脈でも活用されており、岡山市と共同開催したアイデア創出ワークショップなどにも活用されています。

Value Discoveryは、プロダクトマネジメントやUXデザインのフレームワークを生成AIに適用することで、アイデアの根底にある本質的な価値の可能性を幅広く探索することを可能にしています。

このようなツールの登場は、生成AI時代におけるUXデザインの新たな可能性を示唆しているといえるでしょう。

AI時代の体験設計の新たな指標:エクスペリエンス・スコープ

生成AIの登場により、ユーザー体験の設計はより複雑化し、多次元化しています。このような状況下で、どのようにAIを活用し、どのような体験を設計すべきか。川村氏は「エクスペリエンス・スコープ」という概念を提唱しています。

ーー「エクスペリエンス・スコープ」について詳しく教えてください。

しょーてぃー氏:生成AI時代のエクスペリエンス・スコープとは、生成AIが作業、プロセス、体験、サービス・ビジネスモデルに与える影響を体系的に捉えるフレームワークです。縦軸にAIの統合度(機能的補助からスキル/構造変容)、横軸にタスク、プロセス、体験、モデルを置き、8つの領域に分類しています。

このフレームワークは、生成AIを活用したサービスやプロダクトの体験設計において、どの領域にフォーカスするべきかを可視化するのに役立ちます。

例えば、最も基本的なレベルでは、生成AIをメール作成などの単純なタスクの機能的補助として使用することが考えられます。また、プロセスレベルでは、複数のタスクを連携させて業務フローを最適化するような活用が考えられます。

最も高度な活用は、サービスやビジネスモデル自体をAIによって変革していく領域で、新しいサービス・ビジネスモデルを生み出し、産業を再定義するといったアプローチまで考えられます。

ーーこのフレームワークを使うことで、どのようなメリットがあるのでしょうか?

しょーてぃー氏:エクスペリエンス・スコープを活用することで、自社や自身のプロジェクトが現在どの領域にフォーカスしているのか、また今後どの方向に展開していくべきかを明確に可視化することができます。

例えば、多くの企業が現在取り組んでいるのは、主にタスクレベルでの機能的補助です。これはもちろん重要な第一歩ですが、真の競争力を得るためには、より上位の層や、スキル・認知の拡張といった領域にも挑戦していく必要があります。

自然なAI体験の実現:プロンプトの最小化と自然なインタラクション

生成AIの活用が進む中で、ユーザーインターフェースのあり方も大きく変化しつつあります。特に注目されているのが、プロンプトを必要としない、より自然なAIとのインタラクションです。川村氏は、このプロンプトの最小化と自然なインタラクションこそが、次世代のAI活用の鍵になると考えています。

ーープロンプトの最小化と自然なAI体験について、どのようにお考えですか?

しょーてぃー氏:プロンプトスキルは作り手には重要ですが、エンドユーザーには不要であるべきだと考えています。我々が目指すべきは、ユーザーがシステムと自然にインタラクションできる世界観です。

しかし、現状では多くのAIサービスがプロンプト入力を前提としており、これは本来目指すべき自然なインタラクションとは逆行しています。ユーザーに自然言語で指示を書き続けさせるのは、不自然な会話以上に負担がかかります。

さらに、多くのユーザーは自分が何をしたいのか、何をゴールとしているのかを明確に言語化することが難しいのが現状です。そのため、次のステップとしては、ユーザーの目標をAIがヒアリングやコーチングを通じて引き出していく仕組みが重要になると考えています。

ーーそのような自然な体験を実現するために、どのようなアプローチが考えられますか?

しょーてぃー氏:一つのアプローチとして、AIエージェントの活用が挙げられます。AIエージェントは、個性があり、記憶を持ち、自律的にタスクを分解して計画し、行動できるAIを指します。

AIエージェントは、ユーザーの意図を理解し、適切なアクションを提案したり、バックグラウンドで作業を行ったりすることができます。これにより、ユーザーの思考を代替したり、一緒に協調したりする直接的なサポートが、今後可能になります。

例えば、ユーザーが旅行の計画を立てたいと思った時、AIエージェントが過去の旅行履歴や好みを分析し、候補地の提案から予約まで一貫してサポートするような体験が考えられます。この時、ユーザーは複雑なプロンプトを入力する必要はなく、自然な会話を通じて目的を達成できるのです。

また、リアルタイムでパーソナライズされた体験の提供も重要です。ユーザーの状況や感情を理解し、それに応じて最適な情報や機能を提供するような、動的で適応的なインターフェースの実現を目指しています。

ただし、現状では完全なAIエージェントの実現はまだ難しい面もあります。そのため、まずは一部のワークフローを自律的に行うような、エージェントらしさが低い、小さなエージェントから始めていくのが現実的なアプローチだと考えています。

近い将来は、AIエージェントを前提とした体験設計(Agentic UX)が重要になってくると予想されます。ユーザーとAIエージェントの協調作業や、AIエージェントによる自律的なタスク実行が一般化する可能性があり、操作の主体がユーザーからAIエージェントに移る場合もあるでしょう。

このような変化は、UXデザインにも大きな影響を与えます。従来のUXデザインは人間中心設計が基本でしたが、AIエージェントとのインタラクションを中心とした新しい設計アプローチが必要になってくるのです。

未来のUXデザイン:体験のバンドル化と認知バイアスへのアプローチ

ーー生成AIの進化により、今後のUXデザインはどのように変化していくと予想されますか?

しょーてぃー氏:生成AIの登場により、UXデザインの考え方自体が大きく変わってきていると感じており、大きく3つの変化が起こると予想しています。

1つ目は「摩擦が重要となる」ことです。従来のUXデザインでは、シームレスな体験設計が重視されてきましたが、今後はむしろ「フリクション(摩擦)のデザイン」が重視されると考えています。これは一見すると直感に反するかもしれません。しかし、生成AIがどんどん多くのタスクを自動化していく中で、ユーザーが自分で意思決定をしている感覚、介入している感覚を持つことが非常に重要になってくるのです。

例えば、ギャンブルやゲームの世界を考えてみてください。パチンコやガチャなどには、一見無駄に見えるような演出やアクションが含まれています。しかし、これらはユーザーの高揚感を生み出し、体験に対するざらつきや中毒性をもたらす重要な要素なのです。

2つ目が「体験のバンドル化」という考え方です。現状では、旅行へ行くという体験をするまでに、旅行計画、宿泊予約、飲食店予約などの一連の行動が、個別のサービスに分かれています。これらは本来ユーザーにとって一つの体験として捉えられるべきものですが、システム側の都合でサービスが縦割りで分断されているのが現状です。

しかし、今後は生成AIの活用により、これらの行動をひとつのバンドル(まとまり)として提供できるようになります。具体的には、AIエージェントがユーザーの目的を理解し、関連する一連の行動をバンドルとして実行します。

これにより、ユーザーは個別サービスを使い分ける手間がなくなり、より本質的な体験が可能になります。サービス提供側も、バンドル化によってユーザーに高い価値の統合された体験を提供できるようになります。

このようにユーザー体験が向上することで、サービスがより「面白く」なると考えています。つまり体験のバンドル化とは、従来別々だった関連する行動を、AIを活用してユーザーのアウトカムを実現する一連の体験としてまとめあげることを指します。

ーー最後に今後の自身の展望についてお聞かせください。

しょーてぃー氏:今後の展望として、特に注力したいのが「認知バイアスへのアプローチ」です。私たちは自分の思考の枠組みや経験に囚われがちであり、それが新しいアイデアや体験の創出を意図せず阻害していることがあります。

例えば、チームでブレインストーミングをしても、出てくるアイデアは一定の範囲に留まってしまいます。そこで、生成AIを活用してこの認知バイアスを乗り越える試みを行おうとしています。

具体的には、アイデアの構造化を支援するツールの開発に取り組んでいます。これは「FlipPerspective」という開発中のサービスで、自分のアイデアやこだわりを入力すると、生成AIが多数の別の視点やアイデアを出力してくれます。そして、それらを生成AIの力によってトレードオフになっている構造を探し出すのです。

自分1人やチームだけではバイアスの影響を完全に払拭することは難しいため、生成AIの力を借りて認知バイアスに立ち向かうことで、自分が気づいていない新しい軸や発想を見つけ出せると考えています。

また、意味の設計やコーチングなどの領域にも、同様のアプローチを適用できるのではないかと期待を寄せています。認知バイアスと向き合うことで、これまでにない斬新な発想や意味、価値を生み出せるはずです。

この取り組みを通じて、認知バイアスとどう向き合い、それを乗り越えていくかという課題に、今後1〜2年をかけて取り組んでいきたいと考えています。最終的には、人間の意思決定のコアな部分に生成AIを組み込むことで、私たちにできることが大きく変わっていくのではないかと考えています。それは単にサービスを作るというレベルを超えて、思考のフレームワーク自体を変革していく試みになるでしょう。

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