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少子高齢化に伴う労働人口の減少や、日本政府が取り組む働き方改革の一環で、HRテックに注目が集まっています。
HRテックは勤怠管理や評価だけでなく、マネジメントや採用まで幅広く人事領域における技術活用を指す言葉です。ビッグデータや機械学習などのAI技術、その他インターネット関連技術の発展に伴い、国内でもさまざまなHRテックサービスが生まれています。
しかし、HRテックでも、特にAI技術への注目が高い一方、まだ活用が進んでいるとは言えず、さらにはAIを取り巻く問題も生じています。
日本IBMの労働組合「JMITU」の日本IBM支部は4月3日、同社のAI技術を活用した人事評価や賃金決定の仕組みについて、団体交渉に応じないのは不当な団交拒否に当たるとして、東京都労働委員会に救済を申し立てました。
上記記事によると、日本IBMは2019年8月14日、IBMのAI「Watson」によって従業員を評価して賃金を決める仕組みの導入をグループ社員に通達しました。「JMITU」は繰り返し、団体交渉を通じて、AIの学習データや、AIが上司(評価者)へのアウトプットの開示を求めたほか、日本IBMが人事評価の要素として定める「職務内容」「執務態度」などをAIがどのように判断するか説明を求めてきたといいます。
今回は、応募者を分析し、適切な採用手法を 提案する人材分析プラットフォーム「HRアナリスト」を運営するシングラー株式会社の代表取締役CEOである熊谷 豪氏にHR(人事)領域の課題やAI活用の進度について語っていただきました。
目次
1. HR領域ってどんな課題があるの!?
まずは、HR(人材育成や採用活動、人事評価などの人事領域)において、どんな課題があるのかやHRテックの例について伺いました。
HRの課題には大きく分けて2つのパターンがある!
まず、多くの人事が解決したい課題には大きく分けて2つのパターンがあります。
1つが”オペレーション”に対する課題で、2つ目が”意思決定”についての課題です。
HRといっても採用、労務、教育など非常に幅広いため採用を例に取りましょう。
オペレーションとは、採用で言うと候補者に対してメールを送るという作業や日程調整などのルーティン作業のことです。
意思決定は、採用において「この人は採るべきなのか?」という選択をすることです。教育であれば「どういう教育をするのか?」、評価であれば「評価基準をどうするか?」ということです。
そして、これらの各課題にテクノロジーでアプローチしていくのがHRテックです。
しかし、このHRテックの導入でありがちな失敗があります。それは課題ではなく業務ベースでテクノロジーを導入しようとすることです。
「この業務にハマるツールって何?」という考えでHRテックを選ぶと多くの人事は失敗します。逆にHRテックを導入することで手間が増えてしまうこともあります。
自社の課題がどのような課題なのかをしっかり認識し、課題ベースでHRテックを選ぶ必要があります。
HRテックにはどんなものがある?
HRテックのカテゴリ
前述の2つの課題(オペレーションと意思決定)には、さらにそれぞれに「強化・改善」と、「代替」のパターンがあります。
漠然と「オペレーションをなんとかしよう」と考えてしまうと、HRテックの種類がありすぎて選ぶのはとても難しい。そこで、オペレーションを「強化・改善」したいのか、「代替」したいのかを見極めることができれば、使うべきサービスがわかります。
ほとんどの場合、ここをごちゃまぜにしてしまってサービス選びに失敗している企業が多い印象です。
2. どのようにテクノロジーが活用されている!?
事例
■オペレーションの事例
たとえば採用のオペレーションに課題があり、”強化・改善”したいのであればATS(採用管理システム)があります。ATSは候補者のリストアップ管理や、候補者へのメール送信などを自動化することにより、採用活動における時間効率の強化・改善を行うツールです。
採用の上記課題を”代替”したいのであれば、RPO(リクルートメント・プロセス・アウトソーシング)を活用することになるでしょう。
労務管理(従業員の賃金や福利厚生など)の煩雑さに課題があり、”強化・改善”したいのであれば、オペレーション業務を一括管理する労務管理システムがあります。
こちらも”代替”する場合は外部の社労士事務所などに外注することになります。
■意思決定の事例
たとえば採用の選考の質に課題があり、”強化・改善”したいのであればHRアナリストがあります。HRアナリストは、面接を強化・改善するサービスです。
採用の上記課題を”代替”したいのであれば、結果による足切りの意思決定を代替できる適性検査やSPIなどを活用することになります。
活用するには使う側のリテラシーも重要
AIなどのテクノロジーは、使うべき会社が使うことが重要です。
「テクノロジーを導入すべきだ!」「AIを導入すべきだ!だから入れよう」ではなく、ある課題に対して「AIを使えば解決するならAIを使う」「テクノロジーを使えば解決するならテクノロジーを使う」という考え方が大切です。
そしてそのためには、HRテックを導入する企業や人事担当者が、自分たちの課題がどこにあるのか?どう改善・強化したいのか?もしくはどう代替したいのか?をきちんと洗い出さなければいけません。
「どのような課題を持っていて、どんな解決をしたいのか」を把握したうえで、前掲の表のようなツールを導入したほうがいいでしょう。
例えば採用面接で、「自社の面接の質を強化・改善したい、内定辞退率を改善したい、歩留まり率をあげたい」というニーズがあるのであれば、HRアナリストを使ってもらえればいいでしょう。どの候補者を選ぶかを、自社の基準ではなくツールに代替させてしまうのであれば適性検査。採用面接や採用活動そのものを代替したいのであればRPOなどに意思決定を任せてしまうのも選び方の1つです。
この場合、前者であれば現場の面接官が実際にHRアナリストの出力結果をもとに面接を行うので、自社に質の高い面接のノウハウが溜まります。一方で適性検査やRPOの場合、全てをサービスや外部に任せるため自社にはノウハウはたまりませんが、面接によって社員が動けなくなることを防ぎます。
こういった部分まで、自社の課題と照らし合わせてツールやサービスを選ぶことが重要です。
3. その中でもAIの活用が少ない現状
HR領域でAIの活用が進まない3つの理由
■理由1「処理する側の感情」
AIは基本的にデータをAIに食べさせ、それをブラックボックスで処理して出力が出るので、AIを使うことによって”なぜそういう結果が出たか”がわかりません。
たとえば採用なら、人事はなぜその候補者を採用するのか説明ができなくなります。
評価や配属においても、なぜその社員がそのような評価になったのか、なぜその部署に配属するのかの理由がわかりません。
上司や社員から理由を問われても、「AIがそういっているからです」としか言えないのです。
世の中の人事が「よくわからないんですけど、AIがそう言っているので」という決め方についていけるのか、という問題があります。
■理由2「処理される側の感情」
採用の場合、候補者は企業から「AIが不採用ですと言っているから不採用です」という説明を受けて納得できるでしょうか。
そういわれたところで気持ちのよい候補者体験になる可能性は低いでしょう。
実際に、ある程度人が見て「こういう理由で不採用になりました」と言われたら納得できるかもれません。しかし、「AIが不採用と言ったから」という企業が、企業として愛されるのかという問題があります。
特にサービス業になってくるとそのサービスや商品を好きだから買うという人が多い中で、その不採用理由を企業として使うには問題があるのではないでしょうか。
弊社の運営するHRアナリストも、この理由からAIを導入していません。
■理由3 そもそもそんなに必要ない
実は、多くのサービス提供側がAIやハイテクノロジーをサービスに導入したいとは思ってはいるものの、AIを多用するとオーバースペックになるというのが現実です。
顧客の課題に対してWebアプリのサービスで包括できるものがほとんどなのです。
ロジックに突飛なものはあるかもしれませんが、テクノロジー自体がハイテクなものは見当たらないというのが僕の所感です。
サービスのコア技術に関しては、独自の技術やテクノロジーを活用しているものはあると思います。お客様のどういう使い方に対してどういうロジックの動きをするのか、というのは各サービスの特徴が現れるのですが、そこにAIががっつり動いているかというとそうではないでしょう。
HRテックのコア技術は人間がそのツールを使うことをベースに設計されています。
実際に、ATSの場合、コア技術である候補者の進捗管理などは、現場の人間が把握したうえでツールに情報を入力するので、そこを全てAIが自動化してるわけではありません。
AIは日程調整の日にちを出力するとか、”このタイミングで候補者にメールを送ると返信率が高いよ”といった通知をしてくれるなど、コア技術と離れたサブ的なポジションでAIが使われている場合が多いです。
HRテックにおいて、AIはあくまでサポート的に使われているのが現状といえると思います。
4.今後AIの活用を進めていくにはどうしたらいい!?
AIは手段の1つ
「AIの活用を進めていくには」、これはよく聞かれる質問です。
しかしこの質問自体が、AIを導入することを前提にした質問になってしまっていると思います。
例えば交通網の発達した東京都内で、移動手段で車を使うのにどうしたらいいですか?という質問をしているのと変わりません。これだけ電車網が発達しているなら電車使ったほうが効率的ですよね。なぜか車を使うことがベースになってしまっているんです。
AIも一緒で、AIを使うためにどうすればいいかではなく、課題に対してどういうツールを使うことが重要で、そこにAIが入ってるかどうかの話なだけです。
「目的地に行くためなら車だろうが電車だろうが目的地に着ければいいよね」という話なんです。
使い手のAIへの理解が必要
AIが流行った時期に、たくさんの人事の方がAIに飛びつきました。しかし、結果を出せずに「使えないな」と思っている人がたくさんいると思います。
なぜなら、そもそもAIに”学習時間が必要”だということに気づいてる人が少ないからです。
AIは裏側で大量のデータを食わせなければいけないのに、そこを理解せずに、導入したらすぐに正しい答えだしてくれる”魔法のような機械”だと思ってる人が多いのです。
実は、HRアナリストもAIの開発を凍結したことがあります。
最初はAIの導入が計画上にありましたが、開発の途中で凍結しました。なぜ凍結したかというと、上記の理由から顧客がついてこれないという決断をしたからです。
特にHRアナリストは意思決定の位置にいます。そうすると先ほどの2つの理由が発生します。
実際にお客様もAIというとなんとなく「ほしい」とは言うのですが、いざ実際にそういう状況が起きることを説明すると、どの方も「無理」と言います。関わる人たちの感情が付いていけません。
HRテックとAIのこれから
私の所感では、今後AIはオペレーションにはどんどん導入されていくと思っています。
実際にコア技術そのものとして使われるというよりは、前述の通り、サポートする立ち位置での導入が増えていくと思います。
それに対して意思決定に関しては、AIの導入はこれから先もそんなに進まないと思っています。
理由は前述のとおり、意思決定にAIを入れる際には必ず「2つの感情の問題」が付き纏うからです。それゆえにAIの導入は相当ハードルが高いので、劇的な人間の価値観の転換がない限りは活用されることはあまりないのではないかと思っています。
■AI専門メディア AINOW編集長 ■カメラマン ■Twitterでも発信しています。@ozaken_AI ■AINOWのTwitterもぜひ! @ainow_AI ┃
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