2021年から「メタバース」の注目が急激に高まっています。
2021年10月には、Facebookが社名をMetaに変えたことが世界中で話題になりました。そのほかにも日本国内の企業が次々にメタバース領域に参入しています。
今回は、「デジタルツインレーベル」や「極予測AI人間」などデジタルツインやCGを使ったサービスを発信している株式会社サイバーエージェントにおいて、CG研究に取り組む AI Lab研究員の武富氏、子会社でバーチャルヒューマンなど3DCG制作を担う株式会社CyberHuman Producutions 取締役の芦田氏に、メタバースに関わる取り組みや、今後の課題についてインタビューを行いました。
芦田直毅氏 株式会社CyberHuman Productions 取締役 2013年株式会社サイバーエージェント新卒⼊社。広告プランナーを経て、2017年6⽉、3DCGを活⽤した動画広告クリエイティブ制作に特化した株式会社CGチェンジャーを設立し代表取締役として就任。2019年8⽉より現職。 |
武富貴史氏 株式会社サイバーエージェント AI Lab リサーチサイエンティスト 拡張現実感、バーチャルリアリティ、コンピュータグラフィックス関連の研究に従事。2011年3月 奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科にて博士号を取得。2011年から2018年まで奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科助教。2018年から2020年まで華為技術日本株式会社東京研究所シニアエンジニア。2020年11月より現職。 |
目次
サイバーエージェントが取り組むメタバース・デジタルツインの研究
初めに、メタバースとデジタルツインの違いについておさらいをしていきます。
メタバースの意味は、「メタ(meta/超越した)」と「バース(universe/宇宙)」を組み合わせた造語です。
メタバースは、多人数が参加可能で、参加者がその中で自由に行動できる仮想空間を指します。例えば、バーチャル伊勢丹新宿店やMetaが提供しているサービス「Horizon Worlds」などが挙げられ、すでに多くのサービスが存在しています。
デジタルツインとは、リアル空間から収集したデータを活用して、仮想空間にリアル空間を再現することです。デジタルツインは従来の仮想空間と異なり、より現実世界をリアルタイムで再現できることが特徴です。
ーーサイバーエージェントはAI Labを通してメタバースをはじめ多くの分野を研究されていますよね。現在はどのような研究をされているんですか。
武富氏:最近では、3Dモデルの生成によってメタバース空間のコンテンツを生成する研究をメインで進めています。
メタバース事業に参入するにはさまざまなコンテンツが必要です。しかし、今はコンテンツ作成をクリエイターに頼りきっているので、AI技術を使いクリエイターの負担をできるだけ減らし、自動化できるように研究をしています。
具体的には、人の顔写真から3Dのモデルを生成する技術に取り組んでいます。人の顔はある程度形が決まっていて統計モデルが作りやすいため、まずは比較的簡単な顔の3D変換から自動化しています。
ーーサイバーエージェントではデジタルツインやメタバースをどのように事業へ利用されていますか。
芦田氏:デジタルツインでは、タレントやアーティストなど、著名人の公式3DCGモデルを制作し、著名人の「分身」となるデジタルツインをキャスティングする「デジタルツインレーベル」というサービスを2021年8月から開始しています。2023年までに著名人500人のデジタルツインの制作およびキャスティングを目指しています。
さらにメタバースの分野では、2022年2月25日に、バーチャル店舗開発に特化した、株式会社CyberMetaberse Productions(サイバーメタバースプロダクション)を設立し、メタバース空間に店舗を作り、新たなショッピング体験を提供する事業を発表しました。リアル店舗やECとは異なる、新たな販売チャネルとしてメタバース空間におけるバーチャル店舗の在り方を確立し、NFTを活用したデジタルコンテンツ制作や独自の暗号資産の発行支援まで行う予定です。
またリテールの業種によって課題は違いますが、AIを活用した小売向け無人店舗ソリューションを提供する、株式会社CA無人店舗という子会社もあり、デジタルヒューマンを活用した無人店舗におけるソリューションとして、無人レジの説明や在庫の有無など、比較的自動化しやすい接客の一部をデジタルヒューマンに任せたいという要望をいただいています。
ーーメタバース空間でものを買った際に所有権を証明するためにNFTの技術の重要性が高まるかと思います。この分野ではどのように事業を進めていきますか。
芦田氏:おっしゃるとおり、デジタル空間で売買するときは所有権の証明が必要で、NFTが活用される事もあると思っています。
サイバーエージェントの取引先には、現実世界で活躍されている企業やブランドも多く、それらの企業がバーチャルでお店を持ち、元々リアルで販売していた商品をメタバース空間で販売する支援をしていきます。それに加え、付属品としてデジタルのアイテムを追加し、メタバース空間でしか味わえない価値をプラスするイメージです。
また、デジタル空間や3Dデータを活用した売買が可能になれば、今まで以上に実際のサイズ感や色合いを確認することが可能です。
このように、現実世界で活躍されている企業やブランドの本業を伸ばす形でのバーチャル店舗活用を伸ばしていければと思っています。
サイバーエージェントが目指すインターネット広告の未来
ーーCMや広告でデジタル化したモデルが活用される事例はほぼ出てきていません。どのような理由があるんですか。
芦田氏:写実性の担保はできているんですが、問題点は時間がかかりすぎることです。
ハリウッドやNetflixは、制作期間が長く、制作予算も何十億円をかけ、人物モデルを作成できるかも知れません。しかし、そこまでの費用を払って制作できる制作スタジオは多くありません。
デジタルツインを作成する期間は近年1ヶ月ほどに短縮されましたが、違和感がないように動いてもらおうとすると調整に時間がかかります。数秒の話すシーンを作るだけでも、現状は5〜6人が数ヶ月かけないとできません。
武富氏:膨大な時間がかかるのは、人物モデルを動かした際の違和感(いわゆる不気味の谷)の原因が明確になっておらず、無意識下での動きの再現に時間がかかるのが理由の一つだと思います。
現在は、見た目と無意識化の動きをCGクリエイターが制作していますが、クリエイターだけで解決しようとすると膨大な時間が発生するため、対象となる人物の個性的な動きを自動的に抽出して反映できるような技術の開発を進めています。
ーーこれから取り組んでいきたい課題を教えてください。
芦田氏:YouTubeなどの動画広告は全員が同じ映像を見ていますが、将来は一人ひとりの好みに合う映像を届けたいと思っています。ただ、1本に対し多くの時間をかけている現状に加え、さらにバリエーションを用意するのは大変です。
武富氏:3DCGを使った動画広告の作成は、服装や髪型、背景などを自由に変更できるというメリットがありますが、制作に多くの時間がかかるという現状があります。一方で、GAN(敵対的生成ネットワーク)を用いた画像生成技術は、編集の自由度に制限がありますが、3DCGを介さずに低い制作コストで表情のコントロールなどを実現することができます。
当社では「極予測AI人間」 という効果予測AIで企業やブランド毎に適した架空のAI人物モデルをオリジナル生成するサービスを提供しているのですが、今後は3DCG、GANなどの画像生成の双方のメリットを活かして、人物動画広告の大量のバリエーションを効率的に制作することが可能な技術の開発に取り組みたいと思っています。
ーーサイバーエージェントは、広告領域でCGやメタバースの技術をどのように活用をしていきますか。
芦田氏:広告枠の販売に加えて、CGやメタバースを活用したお店のデジタライズのサポートを行ったり、広告枠以外のサービスでもを支援して広告主の事業を伸ばしていきたいと思っています。
しかし、未だ正解がわかっていない領域なので、トライ&エラーをしていきたいと思っていますし、一緒に挑戦してくださるパートナーさんは多いので、さまざまな業界の知見をとりいれて新しいデジタル空間を作っていきたいと思います。
武富氏:メタバース空間でのバーチャル店舗の運営は、実店舗の運営と違い実際の購買行動などに応じて即座に店舗レイアウトなどを変更することがメリットだと思います。
今後は、購買行動などの情報を利用して自動的に最適な店舗レイアウトを生成することや購買行動に影響するようなデジタルヒューマンの動作生成などCGを活用したメタバースならではの課題を発掘し解決していきたいと思います。
今後の展望
ーー今後の展望について教えてください。
芦田氏:メタバース空間は現実世界と違って、理論上全てのデータを取ることができるので、集めた情報をもとに店舗のレイアウトや商品の陳列・紹介、接客内容、店舗内で行われるイベントなどをアップデートしていく事で、ユーザーの体験性や店舗の収益性が上がるような運営をして、デジタル空間においてユーザーやブランドが価値を感じる店舗を作っていきたいと思っています。
これができる会社は他にないと思っています。プラットフォームを提供している会社はたくさんありますが、作ったものに対して運用改善をしていけるのが広告・ゲーム・メディアなどの領域で運用改善を行ってきたサイバーエージェントの強みが生きる部分だと思います。
武富氏:デジタルヒューマンを用いた動画広告やメタバース空間では、多彩な表現が可能になります。最新のCG技術を用いることにより、実写と区別がつかないレベルのコンテンツを作成することが可能です。
しかしながら、制作コストに関しては課題があります。今後は、一般的なCGパイプラインの改善のみならず、機械学習を用いた新たな制作ワークフローの構築に取り組みたいと考えています。また、購買データなどを考慮したCG制作パイプラインの構築にも取り組みたいと考えています。
デジタルツイン冨永愛が初の広告キャスティング!|デジタルツインレーベルを用いた初の取り組み
サイバーエージェントは、2022年7月28日にデジタルツインの冨永愛さんが初の広告キャスティングをいたしました。ここでは、デジタルツインレーベルを用いた取り組み事例についてご紹介をします。
サイバーエージェントと三菱地所レジデンス株式会社は、2022年7月28日にデジタルツインの冨永愛さんが入居する、新築分譲マンション「ザ・パークハウス」の仮想空間「SUPER MODEL ROOM」の特設サイトをオープンしました。
特設サイトでは、「SUPER MODEL ROOM」の住民として入居しているデジタルツインの冨永愛さんが、ルームツアーの案内人となり「こだわりの暮らし」を紹介していきます。ブラウザ内では、開放感のある「リビング」や快適でシンプルな「キッチン」のほかに、計9つの空間を自由にめぐることが可能です。
全ての部屋は、現実世界の時間と紐づけられているため、ユーザーは特設サイトを訪れる時間によって、昼夜で変わる日差しの角度など、変化する部屋の雰囲気を体験することができます。
また、「SUPER MODEL ROOM」の機能のひとつである、チャットボットではデジタルツインの冨永愛さんに、お気に入りの家具について質問をしたり、コメントの投稿ができます。
音声は全て自動生成!|AI Labが持つAI音声合成技術
今回の特設サイトで再生されているデジタルツインの冨永愛さんの音声は、「AI Lab」が持つAI音声合成技術にて実現され、わずかなニュアンスの違いを表現できる抑揚技術により、全ての音声を自動生成しています。
AI Labの音声合成システムは、一般的な話し方の特徴を捉えることを目的に、多くの音声を独自システムで集めます。そのデータと機械学習によって作成したベースモデルを合成して、自然な発話を構築します。その結果、冨永愛さんご本人の音声をより効率的に学習し、音声の追加収録をすることなく自然な発話を可能にしました。また、リップシンクした映像生成においては、合成された音声データから母音を推定し、発話タイミングに合わせて自動的に自然な口の動きを適用する技術を活用しています。
さいごに
今回サイバーエージェントは新たにメタバース空間における企業の販売活動を支援する株式会社CyberMetaverse Productionsや、建築家・隈研吾氏が顧問に就任し、メタバース空間におけるバーチャル建築物や空間デザインの研究・企画・制作を行う「Metaverse Architecture Lab (メタバースアーキテクチャラボ)」を設立するなど、本格的にメタバース事業に参入を始めました。
メタバースは、今後NFTアートやAI技術などとのかけ合わせで、さらなる発展が期待できる分野で、多くの著名人が2022年はメタバースがトレンドになると予測しています。
メタバース事業は、これから多くの企業が参入する可能性があり、最も注目される技術の1つになると思います。この記事をきっかけにメタバース市場について考えてみてはいかがでしょうか。