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2018.11.22

日本企業のAI戦略とダイナミック・ケイパビリティ

最終更新日:

みなさんの勤める会社では人工知能(AI)の導入は進んでいますか?

残念ながらAIを自社に導入しようとしていても成功しているという会社は少ないのでしょうか。

事実、総務省が平成30年に作成した「情報通信白書」によれば、AIを導入済みもしくは導入を検討中の企業はアメリカ、イギリス、ドイツでは約30%だったのに対して、日本では約22%しかなかったそうです。

平成30年版 情報通信白書をもとにAINOW編集部作成

しかし、世界ではますますAIのビジネスへの実装が進み、もはや企業は戦略を立てるにあたって、AIを組み込んでいく必要性が増しているのは言うまでもありません。

日本でのAIのビジネス活用は早急の問題です。

今回は、日本企業がAI社会に適応して生き残っていくために必要な組織戦略を考えるにあたって有力な最新の経営学であるダイナミック・ケイパビリティ論を取り上げながら議論してみたいと思います。

企業のAI導入の課題

アメリカや中国などの海外のトップIT企業やその他のさまざまな業界の企業ではAIが積極的に導入され、業務の効率化が進んでいます。しかし、日本の企業ではAIの導入がまだまだ進んでいないのが現状です。

その原因の1つとして、技術進歩のスピードと社会制度の発展のスピードが違うことがあります。そのため、AIの進歩のスピードに社会が追いついていないのが現状です。

大規模にAIを導入しようとすれば、AI専門の技術者の採用やAI専門部署の設置、その影響を与えるその他の部分の業務の調整など、企業としての組織構造や制度などを大体的に変革することが必要で容易なことではありません。

一部業務でのAI導入であれば小規模から可能ですが、全社的にAIを導入するとなっては非常にコストが高いといえます。

しかし、世界は急速にAIを中心としたデジタル技術によって取り巻かれており、ITによってあらゆる業界が巻き込まれていくデジタル・ボルテックスの時代です。

ソフトバンク社長の孫正義氏が「AIを制するものが未来を制する」と言ったように、AIに対してどこまで取り組むかが将来の日本企業の明暗を分けると言えます。

【総額9兆1700億円】ソフトバンクのAI群戦略とは

AI時代に求められる企業のダイナミック・ケイパビリティ

AIを企業内に本格的に導入するためには、組織としての大体的な変革が必要になります。AIは社内のあらゆる業務を効率的に変えるだけでなく、人の働き方も大きく変える可能性があるためです。そのため、企業はAIが導入された後の状態に適応した形に変革する必要があります。

そんな時に有力な考え方がダイナミック・ケイパビリティ論です。

ダイナミック・ケイパビリティとは

ディビッド・ティース(引用:http://newsroom.haas.berkeley.edu/prof-david-teece-receives-5th-honorary-doctorate/)

ダイナミック・ケイパビリティはカリフォルニア大学バークレー校のデイヴィット・ティースが提唱する最新の経営コンセプトです。これは企業は変化の激しい環境の中では、組織が保有する資源やケイパビリティ を環境に合わせて再構成することで競争優位を実現することができるというコンセプトです。

この論は経営戦略論や国際経営論、組織の経済学から生まれた分野ですが、未だ発展途上にあり、曖昧でわかりにくい部分も多いのも事実です。しかし、従来の経営論に代わる存在として国内外の多くの研究者から注目を集めています。

そのようなダイナミック・ケイパビリティですが、環境に適応して企業内の資産や知識を(場合によっては企業外部の資源まで)を再構成し組み合わせることで、持続的な優位性を築き上げていく戦略的な経営能力と言うことができます。

なぜ現在ダイナミック・ケイパビリティが重要なのかを理解するために、今までの経営戦略論の歴史を振り返ってみる必要があります。

経営戦略論の系譜

マイケル・ポーター(引用:https://business.nikkeibp.co.jp/article/NBD/20121205/240606/?ST=pc)

まず、経営戦略論の原点として、ハーバード学派の経営学者マイケル・ポーターの競争戦略論
があげられます。
S-C-Pパラダイムやファイブ・フォース・モデルなどがありますが、それらは主に企業の行動は環境によって決定されるという考えが特徴で、アメリカのビジネス・スクールをはじめ経営学の王道として広く普及していきました。

しかし、次第に環境が企業の行動を決定するのではなく、企業の行動が産業構造に影響を与える例も目立つようになって来ました。

そうして新たに生まれた概念がワーナーフェルトの資源ベース理論です。これは、企業の優位性はその企業が持っている希少で他社には模倣できない固有の資産によって確立されるという考えです。また企業固有の資産に関して、ジェイ・B・バーニーの「VRIO」、つまり企業の資源が固有性である条件として、その資源が価値(Value)、希少性(Rareness)、Imitability(模倣されないか)、Organization(資源を活用できる組織)を持っていなければならないという考えも生まれました。

しかし、資源ベース理論にも限界が指摘され始めます。企業が固有の資源にだけに固執すれば、長期的に見て組織の硬直化、つまりレオナルド・バートンのいう「コア・リジディティ」に繋がる可能性があるということです。

そこで、環境決定的はポーターの競争戦略論と企業固有の資源に着目した資源ベース理論から新たに生まれたのがダイナミック・ケイパビリティです。

そして、近年のAI化により環境の変化の激しい社会で、ダイナミック・ケイパビリティは改めて企業にとって重要な能力であると言えます。

ダイナミック・ケイパビリティとAI化の波への対応

ダイナミック・ケイパビリティとは環境に適応して企業が既存の資産や知識を再構成し組み合わせることで、持続的な優位性を築き上げていく戦略的な経営能力ですが、細かく分けて3つの要素に分解することができます。

引用:http://www.dhbr.net/articles/-/3068?page=3#cancel

①環境の変化に気付く能力(Sensing)

②機会を捕捉する能力(Seizing)

③資源を再構成する能力(Transforming)

この3つの活動を通して企業は環境に適応して常に変化し、持続的優位性を保つことができます。

企業のAI導入に関して言えば、自社の業界へのAIの進出という環境の変化に気づき、自社のビジネスでAIを活かす機会を捕捉し、そしてAIが活躍するのに適した組織への変革というサイクルを繰り返すことでAI化した業界での優位性を確立することが言えます。

今後はこのようにAIの技術的進歩に適応した企業が未来に生き残っていく企業です。

共特化の経済性原理

ダイナミック・ケイパビリティ論では「共特化の経済性原理」を発揮させることが重要だとされています。

共特化の経済性とは2つのものを1つに組み合わせることで、それぞれを独立して使うよりも高い効用を得ることができるという原理です。例えば、ゲーム機とゲームソフト、キャンバスと絵の具といった関係がそれに当たります。つまり1+1>2の関係を作り出すことです。

特にAIに関しては、AI技術と既存の事業や技術、資源との組み合わせで共特化の経済性を発揮させ、新たな価値を生み出すことが重要です。

近年進行しつつあるデジタル・ディスラプション(IoTやAI、センサーなどのデジタル技術を駆使した既存の産業への破壊と再構築)は特にAI技術と既存の産業の共特化によって起こっていることが多いのではないでしょうか。

(例)

  • 自動車会社による自動運転車の開発ーAI(画像認識)と自動車の共特化
  • AIを生かしたタクシーの配車サービスーAI(需要予測)とタクシーの共特化
  • 腫瘍を自動で認識するX線画像やMRIーAI(ディープラーニング)と医療技術の共特化

上記の例以外にも、今後はAIは社会の様々な部分に進出し産業を新たに再定義していきます。

次は日本の国内の企業でダイナミック・ケイパビリティ を発揮して、AI社会に適応しながら発展している例をご紹介します。

富士フイルムの事例

富士フイルムは画像処理技術という自社のコア技術にAIを導入することで、医療を中心に様々な分野に新たな流れを作りつつある企業です。

コンピュータ支援診断(CAD)

引用:https://fujifilm.jp

例えば、富士フイルムが画像診断にAIを生かして患部を素早く高い精度で発見することを目指す「コンピュータ支援診断(CAD)」は医療の分野に大きな発展をもたらすことを期待されています。今まで、脳梗塞や肺癌といった病気を画像から医師が発見することは非常に難しく、時間と労力のかかる作業でした。しかし、画像から瞬時に患部を発見する「肺癌CAD」を導入すれば、医師はAIの判断を後から確認するだけで良いため、大幅な省力化を実現することができます。

社会インフラ画像診断サービス「ひびみっけ」

引用:https://fujifilm.jp

「ひびみっけ」は画像解析技術にAIを活かすことで、社会インフラの異常を画像から瞬時に発見し、異常の種類や大きさも含めてクラウドにデータとして保存することができるサービスです。

今まではひび割れやチョークといった人では気がつきにくい異常の発見のために大きな労力を必要としていた定期点検も、「ひびみっけ」を導入することで効率的に異常を発見して修繕することができます。

このように富士フイルムは画像処理技術という自社のコア技術にAI技術を組み合わせて共特化の経済性原理を発揮するダイナミック・ケイパビリティ を持つ企業であるといえます。

DeNAの事例

 

 

 

引用:https://dena-automotive.com

AIの導入のために組織変革を実現して、成長している企業として挙げられるのがメガベンチャーIT企業DeNAです。

DeNAはもともと、1999年にオークションサイト「ビッターズ」から始まった企業ですが、その後ゲーム事業やEコマース事業、スポーツ事業など幅広い業界に進出し、多角化企業としての地位を築いていきました。
そして今、DeNAはAI事業によって「第二の創業」を目指しています。

どのようにAIに取り組むのか

AIを活かした事業戦略

ダイナミック・ケイパビリティ を発揮し、AI時代に適応した企業へと変革を遂げた企業としてDeNAがもっとも興味深いといえます。

DeNAが力を入れて取り組んでいるのが、AIの既存事業への応用と他社事業との連携です。

例えば、DeNAが以前から手掛けているゲーム事業では強化学習を生かして作業の効率化に力を入れています。

また、他社事業との連携としては、日産自動車と連携して無人運転車を使った配車サービスである「Easy Ride」に取り組んでいます。

また、他にもヘルスケアや創薬など幅広い業界へのAI活用に取り組んでいます。

AIに取り組むための組織変革

DeNAは本格的にAIに取り組むため、2016年に全社横断的なAI推進に取り組み始めました。

そのために実施したのが、AIシステム部とAI戦略推進室という2つの部署の設置です。

DeNAには当初からデータ分析に長けたエンジニアを多く抱えていました。どちらもそのような人材を活用し、全社横断的にAIに取り組むために設置された部署ですが、AI技術のR&D、データ分析はAIシステム部が、AIのビジネス活用や新規事業開発はAI戦略推進室が担当しています。

DeNAの強みである高いIT技術を組織変革を通して、全社的に様々な事業と共特化させることで、AI時代に適応したIT企業としての進化を遂げようとしているところです。

まさしく、DeNAはダイナミック・ケイパビリティを発揮してAIの時代に向けて自己変革をしているといえます。

 

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