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2020年1月20日、合同会社DMM.comは、株式会社AlgoAgeの発行済み株式の51%を取得し、資本業務提携(連結子会社)としました。
およそ40の事業を手がける、日本有数の事業会社DMMと、機械学習などの技術に強みを持つベンチャー AlgoAgeが、なぜ組むことになったのでしょうか。
この記事では、合同会社DMM.comCTOの松本勇気氏、株式会社AlgoAgeCEOの安田洋介氏、CTOの大野峻典氏の3名のインタビューの模様をお伝えします。
同社が組んだ理由の裏は、「一次情報を取り、実験を繰り返すこと」を重視する思いがありました。
目次
日本最大の事業会社 DMM.comと機械学習アルゴリズムに特化したAlgoAge
DMM.comは、その20年以上の歴史を経て、日本有数の事業会社に成長しました。現在では。証券事業やゲーム事業、エネルギー事業など、さまざまな展開をしており、事業数はおよそ40にのぼります。
そんなDMM.comは、自社サービスに本格的に機械学習技術を取り入れ、所有する膨大なユーザデータをもとに、さらなる事業価値の拡大に挑んでいます。
株式会社AlgoAgeは、東京大学坂田・森研究室で機械学習、自然言語処理を専攻していた安田洋介氏と東京大学松尾研究室で機械学習を専攻していた大野峻典氏が創業した気鋭のAIベンチャーです。
さまざまな分野のクライアントを有し、それぞれの分野で個別課題に合わせた機械学習アルゴリズム開発を行うほか、汎用性の高い課題をターゲットに、自社開発の機械学習ソリューションを提供するMLaaS事業を展開しています。
MLaaS:Machine Learning as a Service(マシーン・ラーニング・アズ・ア・サービス)
DMM.comは全社横断のデータ分析組織を設立
松本氏は、グノシーのCTOを経て、現職 DMM.com CTOに着任しました。今となっては、エンジニアリング以外の領域でも総務や経営管理、マーケティングなどの一部も担い、その手腕を発揮しています。
DMM.comは、現在では、証券やゲーム、エネルギーなど、40近くの、さまざまな事業を展開をしています。
そんなDMMは、2020年2月にデータ本部を設立し、事業を超えたデータ活用に踏み切っています。
松本氏:データ本部では、横串のデータ基盤を作り、DMMにあるさまざまな事業のデータを見ています。
データを集約することで大きなメリットがあります。
動画や書籍、オンラインサロンなど、DMMが提供するさまざまなサービスを利用するのに、ユーザーは1つのIDを一貫して使用しています。
事業を横断して、データを見ることで、マーケティングなどに生かすことも可能です。
今、例えば、検索エンジンやレコメンドアルゴリズムなどを事業横断で開発しています。
膨大なデータから、予測や可視化を行う機械学習技術では、データを一元管理することで、事業部を超えて新たなサービス開発に生かしたり、さらに精度の高いレコメンドが可能になるなどのメリットがあります。
機械学習のプロジェクトを推進する際に、事業部ごとに独自のデータ基盤を整備している場合、必要なデータを揃えるために、関係する事業部にデータの提供を依頼することになり、非常に工数がかかります。
また、事業部毎にデータを独自管理していると、一元化して分析することができません。1つのユーザIDなどで、同一の人物だと認識できる状態を作ることで、事業部の枠を超えたデータ活用が可能になります。
DMM.comでは、すべてのサービスにおいて、ユーザが同じアカウントでログイン可能なため、DMM.comのどのサービスを使っていても、ユーザの行動が一元的に分析できるようになっています。
さまざまな事業にAIを展開するAlgoAge
株式会社AlgoAgeは2018年2月1日に設立された、機械学習技術に特化したベンチャーで、ソフトウェア全般の技術を持っていることも強みです。
主にさまざまな産業分野の各企業が抱える課題を把握し、ソリューションの設計から機械学習のアルゴリズム設計まで幅広く担っています。特にヒアリング能力に長けた同社は、さまざまな分野から直接、課題などの一次情報を取得しています。
また、汎用性が高く、さまざまな企業に共通するような課題に対しては、機械学習ソリューションを提供するMLaaS※事業を展開しています。さまざまな企業に共通する課題は、個別にプロジェクトを立ち上げて、機械学習の導入を模索するよりも、手法をプラットフォームを通して標準化することで、安価で手軽に課題の解決を行うことが可能です。
※MLaaS:MachineLearning as a Service
主に以下のようなMLaaSサービスを提供しています。
【単体提供しているアルゴリズムモジュール】
【上記含む汎用的なアルゴリズムモジュールを持つキット】
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同社の強みについて、AlgoAge CTOの大野氏は以下のようにコメントしています。
大野氏:AlgoAgeは、機械学習等アルゴリズムの、様々な業界における活用に知見を持っています。各分野におけるソリューション開発の知見を活用し、個別企業への開発のみならず、産業単位で利用可能な汎用的なアルゴリズムを開発も行っております。
業界内の事業に共通する、アルゴリズムで解決可能な課題を見つけ、開発しています。
DMM.comとAlgoAgeがタッグを組む鍵は「一次情報」
日本最大級の事業会社となったDMM.comとAlgoAgeはなぜ、資本業務提携に至ったのでしょうか。
AlgoAgeとの提携に関して、松本氏はAlgoAgeの一次情報を得て課題解決する力に注目したと強調しています。
松本氏:AlgoAgeは、各産業に特化して、丁寧に事業を回しています。ビジネスにおいては、安定したキャッシュフローを生み出せるかが重要です。ニーズが顕在化していないのに、やみくもに機械学習ソリューションだけを作っているのでは売れません。
AlgoAgeは、ソリューションを提供する前に課題の特定(コンサルティング)をしっかり行い、解決策の一つとして機械学習技術を使って、収益にするビジネスを推進する力が強いです。この丁寧なビジネスの流れは、経営者としてクレバーだと感じました。
各産業で丁寧に機械学習の導入を推進しているAlgoAgeがDMM.comのリソースを使えば、さらに面白いことができると考えています。DMM.comのように膨大なデータを所有する企業が、アルゴリズムを作れるテック企業と組む意味はとても大きいです。
安田氏:コンサルのような動きを丁寧に行うことは大切にしています。
クライエントから、「なんとなくAIでこうすれば事業メリットがあるのではないか」と、問題設定や、見込まれる効果などが曖昧な状態で依頼が来ることも多いです。
ビジネス上の課題が何なのか、どうすれば課題が解決されるのかをほぐしていかないと、機械学習を使っても、ピント外れになります。
では、DMM.comと資本業務提携を組んだAlgoAgeにはどのような意図があるのでしょうか。
大野氏:AlgoAgeは受託事業で堅実に利益をあげることができています。
そして、あげた利益の一部を、汎用的なモジュールを作るMLaaSに投資することで、会社としても大きく成長し、より社会への貢献を大きくするを目指しています。
各産業で汎用的な課題を解くMLaaSを展開していく上で、まずそれぞれ産業の一次情報を取得し掘り下げて理解していくことが重要です。
各事業・業界にどのような課題があり、何が機械学習と相性良く、解決によって事業を加速させることができる課題は何か、に関して、事業のリアルな情報から仮説を立て、検証していく必要があります。
これまでのプロジェクトからAlgoAgeにアルゴリズムの知見は溜まってきていた中、多様な事業ドメインを持ち、テクノロジーを用いた仮説検証に積極的な土壌を持つDMMが魅力的に映りました。
安田氏:DMM.comは多くのサービスを抱える事業会社ですが、事業が大きいだけでなく、意思決定が早い点も評価できました。
本件買収も、ほんの数回の打ち合わせで基本的な条件合意まで至り、その意思決定のスピードには驚きました。
一般的には、買収後にスタートアップのスピード感と、大企業の慎重さが折り合わず、お互いの不満が溜まるということを耳にしていました。
しかし、むしろDMM社であればスピードを落とすどころか、大きく加速出来そうだと確信できたのはとても大きかったです。
機械学習アルゴリズムの多くの知見をためるAlgoAgeですが、DMM.comもデータ本部の設立をはじめ、社内にも優秀なエンジニアやデータサイエンティストのチームを作り上げています。
その中で、なぜAlgoAgeとの資本業務提携を選択したのでしょうか。
松本氏は「手数」の重要性を語りました。
松本氏:DMM.comの機械学習チームもかなり優秀だと自負しています。しかし、DMM.comの機械学習チームはエンターテインメント系の事業でのアルゴリズム開発や、レコメンドエンジンの開発が中心です。
AlgoAgeは、もっと広い領域で機械学習アルゴリズムの構築を行ってきました。画像認識や強化学習、生成などが得意な部分も魅力です。
この提携により、実験する手数をとにかく増やすことが可能になります。これは現在のビジネスを勝つための最も重要な戦略と考えています。
例えば、このアルゴリズムを伸ばしたいという時に、別のモデルを3つ作れれば、精度があがる確率もあがります。このように、お互い競争しあいながら、よりより機械学習モデルを生み出せると良いなと思います。将来的には、社内にKaggleを作ってしまいたい。そんなイメージです。
DXに踊らされるな ーいちばん大事なのはソフトウェアを活用できるかどうか
DMM.comは、学費無料で講師のいない新たなエンジニアリング教育の取り組み「42 Tokyo」の設立を筆頭で進めるなどAI分野に新たな風を吹かせています。
▼参考記事「目指す姿は「社会に接続する学校」学費無料、経歴不問の42 Tokyoが目指すエンジニア教育」
また、AlgoAgeはさまざまな分野での機械学習モデル構築に取り組んできました。
AIやDXなどのワードに注目される昨今、どんな課題を感じているのでしょうか?
松本氏:AIやDXなどの言葉がよく使われますが、いちばん大事なのはソフトウェアを活用できるかどうかではないでしょうか。
日本は、99%が中小企業で、その中にはソフトウェアをどう使えばいいかわからない会社も多いでしょう。機械学習は、ソフトウェアにも増して理解が困難です。
ここで生じてくる問題は、わからないものに対しては、問いをあげられないということです。
そんな中、一社一社が、正しくソフトウェアが使え、データや機械学習を導入するという事例を作っていくこと、ソフトウェアが大前提の時代であるという認識に変えることができると思います。
これからは、ソフトウェアを使うことが不可逆な前提になっていきます。
ソフトウェアをベースに新しい事業が生まれるようになれば、この時代でも生産性を上げることができるでしょう。
安田氏:今、技術的な最先端を見つめながら、その社会実装していく事業をしている我々からすると、長期的には多くの産業であたりまえに使われているであろう、ゲームチェンジを起こすような技術がどんどん出てきていると感じています。スマホが人々の生活を一変させたように。
それを最大限活用していくには、事業の中でどのような価値が生まれているか正しく理解し、その価値を最大化することを目的として、技術ありきで事業を新しく設計し直すことが必要になります。
この時に、これまで積み上げてみたものが不要になり、資産だったものが一気に負債化することもあります。長期的合理性の上では新しく設計し直すことが最適だとしても、サンクコストが最適な意思決定を妨げ、合理的に行うべきプロジェクトに取り組めないというケースも多々あると感じます。これは、日本の大きな社会課題だと感じています。
※サンクコスト(埋没費用)回収不能になった投資費用
その中で、DMM.comは、スピード感をもってビジネス上合理的な意思決定ができる文化を持っていることに加え、松本さんのもと、テクノロジーで最適なあり方を再設計していこうとする方針を明確にしています。これは、我々が目指している、技術の社会実装を推進していく方向性と強く合致していて、多くのモデルケースを作っていける機会が手に入ると感じています。
実験を積み重ねることがソフトウェア時代の当たり前に
「いちばん大事なのはソフトウェアを活用できるかどうか」と強調する松本氏の言葉が印象的です。AIやDXなどの短期的に取り組むのではなく、大前提としてソフトウェアを駆使することで、AIやDXなどの活用がさらに進むきっかけにも繋がります。
安田氏は、失敗する不確実性が大きいという機械学習プロジェクトの特徴を振り返ります。
安田氏:機械学習は、精度がどれくらい出るか、性質上、やってみるまでわからないものです。
そのため、不確実性をゼロにすることはほぼ不可能です。なので、不確実性を無くすのではなく、コントロールするという考え方をする必要があります。
例えば、ある方法でうまくいかなかったケースにはどう対処するかを十分に準備し、可能な限り複数の実験を同時に走らせてリスク分散するなどです。
そういったリスクマネジメントの観点を含めたプロジェクト設計は、とても重要度が増しています。
松本氏:不確実性が大きいなかで、実験の数を重ねる重要性は私も感じています。
大事なのは信頼性を科学すること、信頼性をエンジニアリングするという考え方です。
国内では、100%約束通りを求めることが慣習になっていると感じます。しかし、ソフトウェアエンジニアリングの世界では、失敗することを前提に、それをコントロールするという考え方をします。ソフトウェア上では実験が安全に行えます。
例えば、新しい施策を全ユーザーうちの1%だけにリリースしてバグがないことを確認する。その後30%、50%と増やしていくなかで、元のやり方とどちらがうまくいくか検討できます。
このように今までのワークフローをソフトウェアに置き換えることで、実験の手段を手に入れられます。実験を繰り返すことで、より良いワークフローやサービスを見つけられます。
言い換えると、コントロールできる範囲で日々1%の改善をする。日々1%の改善をすれば2〜3年あれば大きな差がついているでしょう。
この考え方を浸透させるのが課題だと考えています。
安田氏:私たちは、ソフトウェアの開発から機械学習に入っているのが強みです。基本的にソフトウェア関連のことは守備範囲です。
今までのtoB向けのソフトウェアは、作り切ったパッケージを販売し、なにか問題があればメンテナンスをするという流れも多かったと思います。今はテクノロジーの発展が早いので、不具合があるパッケージ商品はすぐに負債になってしまいます。
データを元にソフトウェアを常にアップデートし続ける前提で、データ基盤やソフトウェアを設計するのが大切です。
松本氏:より良いソフトウェアの改善を目指すためには、できる限り人手を減らし、ソフトウェアに置き換えて実験数を増やすことが必要です。その肝となるのが機械学習です。
これまではのソフトウェアは、AかBかを判断するものでした。機械学習を使えば状況に応じて、さまざまな判断ができるようになります。
おわりに
AIやDXが注目される今、最先端のテクノロジーに目が行きがちです。一方で、利益を生むためには業務の課題に技術を適応させる必要があります。
AIやDXなど大きな言葉が注目される今、むしろ必要なのは、データ基盤の整備やソフトウェアの導入です。
データを活用させる準備が整うことで、はじめてデータが生かされ、ABテストに代表されるような実験を繰り返して精度をあげられます。
これからのビジネスでは「ソフトウェア」✕「実験数」の価値をいかに最大化できるかが鍵と言えます。