あなたは、IBM社の開発したAI「Watson」を知っていますか?
Watsonは、2011年にアメリカのクイズ番組で優勝し、2016年には白血病患者の病名を特定して、1人の命を救うなど、さまざまな話題を集めた注目のAIです。。
現在、Watsonは社会のさまざまな場面で活躍しています。この記事では、Watsonの歴史や仕組み、活用事例などを幅広く紹介していきます。
目次
IBM Watsonとは?
Watsonとは、IBMが開発した知能システムです。その名前は、IBMの創業者Thomas J. Watsonに由来します。
Watsonの得意分野は、人間の自然言語を用いて質問に答えたりする質問応答、あるいは、膨大なデータを扱って人間に必要な情報を提示する意思決定支援です。
Watsonは、人工知能(AI)と紹介されることもありますが、厳密には「拡張知能」であると定義されることもあります。
拡張知能とは?AIとの違い
拡張知能(Extended Intelligence, EI)とは、個人や社会の人間との繋がりや関わりを重視した知能システムのことです。
従来の人工知能(AI)という見方では、知能システムや機械に対して人間と異質な側面が強調されたり、人間vs機械といった対立構造で語られることが多々あります。
拡張知能という言葉は、そうした見方ではなく、「知能システムや機械は、私たちの知識や生活を拡張していくものだ」という見方こそがふさわしいという思想を表現しているのです。
拡張知能は、私たちにとって望ましい結果や進歩的な知識をもたらします。Watsonは、こうした目的を持った運用を目指しているのです。
開発の経緯
さて、Watsonはどのような経緯を経て開発されたのでしょうか。
IBMは以前から、人工知能の分野での「グランド・チャレンジ」に大きな関心を寄せていました。「グランド・チャレンジ」とは、たとえそれ自体は役に立たないものであっても、その実現によって世間から大きな注目を集めることで、結果的に社会全体の技術的な進歩が期待されるようなプロジェクトのことです。
IBMは、Watsonの開発の目標の一つに、アメリカのクイズ番組「Jeopardy!」で優勝することを掲げました。
アメリカのクイズ番組で一躍有名に
2011年2月、Watsonはクイズ番組Jeopardy!の歴代チャンピオン2人に圧勝しました。このクイズ番組は、さまざまな分野の知識を尋ねるだけでなく、言葉遊びや、ひらめきのセンスも問われます。
例えば、「Colorful fourteenth century plague that became a hit play by Arthur Miller.(14世紀の色彩を帯びた伝染病で、アーサー・ミラーのヒット作品になったものは?)」という出題に対する答えは、「The Black Death of a Salesman(セールスマンの死+黒死病)」となります。このような種類の質問に回答することは、一般的にコンピュータが苦手とされています。人間的なユーモアセンスは、機械的に処理することが難しいのです。
しかし、Watsonは確信の度合いに応じて回答する問題を選別し、戦略的に番組での勝利を狙うことが可能です。最終的にWatsonは、シミュレーションで歴代チャンピオンに約70%の確率で勝利するまでになりました。
IBM Watsonができること
Watsonは、一般的にはAIの一種として紹介されますが、IBM社はWatsonを「コグニティブ・コンピューティング・システム」としています。
コグニティブ・コンピューティング・システムの3つの特徴
一般的なAIは、技術的な発展や革新を目的としていますが、コグニティブ・コンピューティング・システムは、「人間の能力を補助すること」を主要な目的にしています。これは、先述の「拡張知能」のアイデアと類似していますね。
コグニティブ・コンピューティング・システムは、特に次の3つの技術に関心を持っています。
自然言語処理
人間が日常的に用いている言語のことを「自然言語」と呼びます。
コンピュータが人間の自然言語を処理すること、そして人間が自然言語に対して持っている意味をコンピュータ上でシミュレーションすること、このようなプロセスを自然言語処理と言ういます。
仮説提示
入手した情報を処理して、それをもとに仮説を提示することは、例えばビジネスの現場においては非常に重視されているプロセスです。
コグニティブ・コンピューティング・システムは、これを大量のデータをもとにして行います。その結果、人間の偏見(バイアス)に左右されない新しい仮説や、誤りの少ない仮説を提示することができるのです。
学習
学習のプロセスは、AIやコグニティブ・コンピューティング・システムにとって最も核心となる技術です。学習の仕組みやアルゴリズムは、日々新たな研究がなされています。
▼機械学習について詳しくはこちら
IBM WatsonのAPI
Watsonには、さまざまな日本語版のAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)があります。その中から、いくつかを抜粋して紹介します。
質問応答システム
「Watsonと言えばこれ」というAPIです。入力された質問文を自然言語処理し、その答えを提示します。
リアルタイム翻訳機能
「Watson Language Translator」は、翻訳元の言語を自動検出し、ニュースや会話、特許文書等の用途に応じた翻訳を行うことができます。
性格や感情の分析
「Watson Tone Analyzer」は、テキストから感情と文体のトーンを検出できるAPIです。
ツイートやメールなど、コンテンツの種類を最初に指定して、分析したいテキストをコピー&ペーストするだけで、そのテキストのトーンを検出することができます。
画像・音声認識
「Watson Visual Recognition」は、画像認識のためのAPIです。このAPIの特徴は、わかりやすいGUI操作で、誰でも簡単に画像データの学習ができる点にあります。
「Watson Speech to Text」は、音声認識のためのAPIです。この音声認識APIは、多言語の音声をテキストに書き起こすことができます。また、特別な語彙や言い回しを追加可能です。
このAPIは、会議の議事録の書き起こしや機械の音声操作、リアルタイムでの音声字幕表示など、音声を通した機械操作やコミュニケーションが必要な場面で使用できます。
音声合成
「Watson Text to Speech」は、テキストを音声に変換するAPIです。さまざまな言語や声色に対応しています。
音声合成APIは、テキストをもとに相手と対話することができます。例えば、コール・センターにWatsonを導入して適切な対応を音声案内することによって、顧客の電話の待ち時間を大幅に減らすことができるでしょう。
IBM Watsonを利用するには
IBM Watsonは、法人だけでなく個人でも使用できます。Watsonは、その導入の手間やコストが抑えられていることで知られています。
環境
「IBM Watson Studio」という環境を紹介します。
Watson Studioは、AIを活用する上での機能がすべて集まっている統合開発環境で、AIをあらゆるクラウド上で構築できます。わかりやすいAPIによって、AIに慣れていない人でも簡単にWatsonの機能を利用することが可能です。
また、従来のAI開発で用いられていた諸技術をWatson Studio上で用いることができるため、Watson Studioは経験者や専門家にとっても魅力的な環境だと言えます。
例えば、PyTorch、TensorFlow、scikit-learnといったAIフレームワークや、 JupyterノートブックなどのAI開発に相性のいい開発環境、Python、R、Scalaといったプログラミング言語などを使用できます。
導入コストは?
Watson Studioには、各種料金プランが用意されています。特筆すべきは、個人の入門向けプランが無料で利用できるということでしょう。
導入のハードルが低い
一般的に、AIを導入するためには大量のデータセット(ビッグデータ)と、その学習のための専門的な知識が必要だとされています。IBMが発表した「学習済みWatson」というサービスは、Watsonを導入するハードルをかなり低くしました。
IBMは、幅広い業界や職種の利用者や企業と協力して、その業界に特化した「学習済みWatson」のラインナップを充実させています。これを利用することで、大量の学習データの蓄積や専門的な機械学習のスキルがなくても、簡単にWatsonを導入することができます。
IBM Watsonの活用事例
では、実際のWatsonの活用事例を見ていきましょう。
白血病のタイプを的中
「Watsonが白血病のタイプを的中させ、適切な治療方法を提案した」というニュースが2016年に報じられました。
東京大学とIBM社は、がん研究の論文をWatsonに学習させて、診断に役立てる研究を行っていました。
その研究の中でWatsonは、治療の経過が芳しくなかったある患者に対して、遺伝子情報の入力をもとに10分で適切な病名を言い当てました。そして、治療方法を変更することを提案し、それを受けた臨床チームが別の抗がん剤を投与したところ、患者の容体が好転しました。
このニュースをきっかけに、AIが医療分野や他の社会における分野に貢献する可能性が盛んに論じられるようになりました。
出典:https://www.nikkei.com/article/DGXLZO05697850U6A800C1000000/
広まる日本での活用事例
現在、Watsonはさまざまな分野で活用されています。
先述のように、Watsonはコグニティブ・コンピューティング・システムという設計のもと開発されたため、人間能力を拡張させること、あるいは人間社会に貢献することを目的にした活用事例が主要なものとなっています。
カスタマーサポート
Watsonは、接客AIやチャットボットとして用いることで、カスタマーサポートの現場で活用可能です。IBMは、「Watson Assistant」という顧客対応専門のプランを提供しています。
Watsonのカスタマーサポートサービスは、汎用性が高く、さまざまな用途で活用することができます。例えばコールセンターの音声案内や、質問に回答していくことでトラブルの原因を特定するようなサービスです。
Watsonを活用した具体的な例として、JALが提供しているバーチャルアシスタント「マカナちゃん」を紹介します。マカナちゃんは、ハワイ旅行のアシストに特化したサービスで、会話を交わすことで利用者ごとにカスタマイズされた旅行の情報やプランを受け取ることができます。
安全性の診断
2021年7月、三井化学とIBMが、Watsonを搭載した労働災害危険源抽出AIを工場で稼働させると報じられました。過去の労働災害やトラブルの情報をもとに、社員が行おうとしている作業に関して、リスク相関性の高い事例の照会、類似事例を迅速に抽出できます。
出典:https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2021/2021_0708.htm
業務効率化
明治安田生命は、「お客様の声システム」という顧客の問い合わせや苦情を一元管理するシステムにおいて、Watsonを導入しています。
2020年3月の発表によると、「お客様の声システム」で管理しているテキストデータ等のビッグデータをWatsonに分類・分析させることによって、年間約1500時間の業務効率化を実現しました。
Watsonは使いやすいUI(ユーザー・インターフェイス)とAIによる作業のサポートが充実しているため、専門的な知識を持たない担当者(エンドユーザー)自らWatsonを利用することができます。
出典:https://www.meijiyasuda.co.jp/profile/news/release/2019/pdf/20200330_01.pdf
おわりに
Watsonは、「人間の能力を補助すること」や「社会に貢献すること」を主要な目的としていました。
IBMはWatsonの開発を通じて、単にAIの技術的な発展だけでなく、AIは私たちにどのような恩恵を与えるのか、AIと私たちはどのようなかたちで社会で共存するのか、に関心を寄せています。
企業や社会のAI活用は、これからますます注目が集まる分野でしょう。