近年は、PBL(課題解決型学習)という学習方法を取り入れる企業や教育機関が増加しています。武蔵野大学データサイエンス学部(MUDS)もその1つです。
MUDSにおけるPBLは、学生の成長に大きく貢献しています。2021年3月に開催された「第13回データ工学と情報マネジメントに関するフォーラム(以下、DEIM2021)」で、MUDSの4名の学生が「学生プレゼンテーション賞」を受賞しました。
他大学の学生や大学院生、研究者が参加する大会でMUDSの学生は、どのように研究成果を発表して表彰されたのでしょうか。
今回は、DEIM2021で学生プレゼンテーション賞を受賞した池上藍羽さんに、研究成果やMUDSの学生が評価される秘密についてインタビューしました。
「古典」と「データサイエンス」を掛け合わせた研究
ーー池上さんはどのようなテーマで研究したのですか。
池上さん:『三大歌集における歌語の共起語変化による美的観念変遷発見』というタイトルで、和歌をテーマにした研究に取り組みました。
私は心理学に興味があり、人間の感性をテーマに研究したいと考えていました。人間の思考や知識、感情は「言葉」に宿っていることから、言葉を分析することで、人間の感性や思考の変化がわかるのではないかと考えました。
花を題材にした和歌を例に挙げると、どのような状態を美しいと感じるかに関して時系列変化を分析することで、和歌から美的観念の時代変遷を読み取ることができるのではないかと思い、この研究に取り組みました。
古語は時代によって、使われる単語や文法が異なるため、変化を見ることはとても面白かったです。
ーー「古典×データサイエンス」というテーマで研究するに至った経緯を教えて下さい。
池上さん:「古典×データサイエンス」は他の分野に比べて先行研究が少ない分野だと思うので、この分野で何ができるのかを教授に相談しました。また、私自身も今まで日本史や古典を勉強していたため、その知識を活かして何ができるのか、何を研究したいのかを考えるところから始まりました。
言語学について学ぶ中で、言葉が違うとそれぞれ見えている世界が違うのではないかという考え方があることを知りました。例えば、日本語では「蝶々」と「蛾」は区別されていますが、フランス語ではそれらを区別せずに「パピヨン」と呼んでいます。
その考えを古典に当てはめると、現代語で私たちが見えている世界と古語で表現されている世界では、何かしら違いがあるのではないかと思いました。このような想いから、言葉の違いから思考や美的観念の変遷を読み解いていこうと研究の方針を固めました。
三大歌集の研究から見えた「美的観念」の変遷
ーーどのような研究成果が得られましたか。
池上さん:私は、和歌において核となる存在である「歌語」に着目した研究を、2つの実験を通して進めました。
1つ目は「三大歌集で使用されている歌語の割合」です。
「地理」と「時」に関する歌語はすべての歌集に共通して多くみられたのですが、『万葉集』に関しては、「状態」や「衣食住」、「動植物」に関する歌語が他の歌集に比べて多いことがわかりました。『古今和歌集』では他の歌集に比べて「心」に関する歌語が多く用いられて、『新古今和歌集』では「天象」と「心」に関する歌語が多く用いられていました。『古今和歌集』において多くみられた「心」に関する歌語は、『新古今和歌集』では減少していました。
これらのことから、『万葉集』においては、美しいことや花が散ることなど、ありのままの「状態」を表現する、写実的な和歌が多く存在したと考えられます。
『古今和歌集』は、「心」に関する歌語が多いことから、心のうちをいかに和歌に反映させるかが重要になってきた時代だと考えられます。
『新古今和歌集』では、「心」に関する歌語が減少しているため、心のうちを直接表現するのではなく、婉曲的な表現を用いるように変化したのではないかと考えられます。
池上さん:2つ目は「三大歌集における歌語の共起語変遷」です。
この実験では、「ハル」における共起語変遷に関して興味深い結果が出ました。「ハル」という言葉は『万葉集』では「サク」と共起していたのですが、『古今和歌集』と『新古今和歌集』は「チル」と共起していたのです。
この結果から、「花が咲き誇っている状態」から、「花が散る状態」へと美的観念が大きく変化したといえると思います。
MUDS流のPBLの裏側
MUDSの学生が評価されるワケとは
ーー今回、DEIM2021でMUDSの学生が4人受賞されたのは、何が要因だと思いますか。
池上さん:研究成果を発表する機会が多いからだと思います。MUDSの授業では、人前で発表する機会や資料を作る機会がかなり多いと感じています。グループワークが多いこともMUDSの特徴の1つなのですが、それ以上に発表する機会の多さが大きな特徴です。
また、資料作成に関しても、発表回数を重ねるうちに、より洗練されたプレゼン資料を作成できるようになります。
研究成果を発表する機会が多いため、資料作成や伝え方のコツなど、先輩や周りにいる人から吸収できる環境があります。これがDEIM2021の成果につながった一つの要因であると感じています。
試行錯誤を重ねて精査する
ーー「未来創造プロジェクト」で、課題発見から研究成果をまとめるまでの流れについて教えてください。
池上さん:1年生の後期から本格的にスタートして、まず研究のテーマを教授と話し合います。早い人は1~2週間、遅くても1カ月ほどで具体的なテーマと方針を固めて、それから技術的なことを学び始めます。
毎週進捗を報告して、テーマを選定した理由や研究の手法、期待される成果などをまとめて教授に相談する機会がありました。そこで教授や先輩からフィードバックをいただけたので、1年生や2年生にとって縦のつながりの大切さを感じるとても重要な機会だったと思います。
▼学生が主体となるMUDSの「未来創造プロジェクト」について詳しく知りたい方はこちら
ーー研究する上で、大変だったことや課題となった点はありましたか。
池上さん:プログラミングの経験がなかったので、技術的な課題がありました。また、大学の講義や課題との両立が大変でした。講義はオンラインで行われていたので、不慣れなこともあり、研究が行き詰まった場合はどうしよう、どう相談したらいいのだろうと悩むこともありました。
ですが、未来創造プロジェクトの中で、教授と進捗の共有をしたり、他の学生の話を聞く事ができたので、いい刺激を受けながら研究を進めることができました。
ーー成果をまとめる時に工夫したことや意識したことについて教えてください。
池上さん:私が1番意識したことは、情報系の「DEIM2021」という学会において、和歌に関する知識があまりない人にも、いかに分かりやすく伝えられるかと試行錯誤したことです。
先行研究があまりない和歌をテーマにしているため、和歌や歌語を丁寧に説明する必要があると考えたのです。そのため、MUDSは理系の学生が大半を占めているので、その人たちに私の話や研究が理解できるかどうか聞いていただき、わからない点や説明が足りない点を洗い出し、修正を重ねました。
今後の展望
ーー池上さんがこれから研究したい内容や、今後の展望を教えてください。
池上さん:DEIM2021で表彰いただいた研究は、和歌にフォーカスした研究でした。今後は、より多くの人が古典文学に対する興味関心を高めるための分析可視化ツールを実現させたいと考えています。
私はもともと日本史が好きなので、和歌以外にも古典文学資料と日本史の文献資料から相関を導出することによって、時代背景に関する新たな仮説や知見を引き出していきたいです。
また、詠み人知らずのような作者が不明、または匿名の作品をデータサイエンスの観点から著者背景に関する研究を行うことで、歴史学や文学の研究に大きく貢献できるのではないかと考えています。
古典文学作品の中には作者不詳の作品が多くあります。使用されている言葉や、文法、内容といった特徴を用いることで、著者背景の新たな発見が可能なのではないかと考えています。
さいごに
MUDSの学生は、トライアンドエラーを繰り返すことで、研究方法や、成果の伝え方の精度を上げています。それは学内だけではなく、DEIMという大きな学会でも評価される程です。先輩や教授との距離が近く、頼れる人物がそばにいるMUDSだからこそ、アウトプットしてフィードバックをもらい、成長につなげることができるのではないでしょうか。
池上さんの研究領域は、先行事例が少なく「言葉・表現」という難しい領域ですが、今後の研究は日本文学の研究に大きな影響を与えることが期待できます。MUDSの今後の動向にも注目です。
駒澤大学仏教学部に所属。YouTubeとK-POPにハマっています。
AIがこれから宗教とどのように関わり、仏教徒の生活に影響するのかについて興味があります。