9月29日にオンライン配信イベント「Forbes JAPAN DX SUMMIT」が開催されました。
イベントを締めくくるClosing Keynote Sessionでは「AI×Business ──DXのコアテクノロジーとしてのAIとは?──」というメインテーマで、AIがDXで果たす役割や活用について議論されました。
このセッションには、日本ディープラーニング協会(以下、JDLA)理事長の松尾豊氏とDeepLearning.AI 創業者のアンドリュー・ン氏が登壇し、zero to one 代表取締役CEOでJDLA人材育成委員の竹川隆司氏はモデレーターを務めました。
ン氏はスタンフォード大学の教授であった2012年にコンピューターサイエンスのコースをオンライン上で公開して以来、共同でeラーニングサービス営利団体「Coursera(コーセラ)」を設立するなど、 AI人材の育成と開拓において10年以上世界を牽引してきた人物です。
さらにン氏は、2017年にDeepLearning.AIを設立し、非エンジニア向けのオンライン講座「AI for Everyone」を2018年に立ち上げました。
JDLAは、この英語で配信されている通常の「AI for Everyone」に、JDLA制作・松尾講師の日本向けコンテンツを加えた特別版としての新講座「AI for Everyone」を2021年5月に立ち上げました。ローンチの1ヶ月後の6月には、累計受講登録者数が10,000人を突破する人気の講座になっています。
このようにAIの活用や人材育成の重要性を世界に最前線から発信している松尾氏とン氏が登壇した今回のセッションに関して一部をレポートします。
※本記事では、講演内容の一部割愛や表現の変更をしております。
目次
セッション:DXのコアテクノロジーとしてのAIとは?
DXの現状について|AI技術の向上がDXの推進をに重要な役割を果たしている
セッション冒頭では、DXが近年日本で重要なキーワードとして普及してきていることについてン氏、松尾氏がそれぞれ所感を述べました。
松尾氏は日本で官民のDXへの取り組みが活発化していることについて触れました。
松尾氏:今年の9月1日に日本政府がデジタル庁を発足し、行政サービスのデジタル化と行政の基幹システムの効率化を進めようとしています。ここ数年、トヨタやパナソニックを含む多くの製造業は早くから AI の可能性に注目し変革を行ってきましたが、最近では金融や保険業商社などでもDXの動きが加速しています。
ン氏は、これからはデータの活用が課題になってくることを説明しました。
ン氏:アメリカではこれまで多くの企業がDXを話題にしてきました。この概念に対して多くの企業や産業が何年も取り組み続けてきたと思います。私から見た多くの企業の現状としては、ITインフラの整備は着実に進んでいます。ですが、ITインフラが必要十分になることは絶対にないように思うのです。
アメリカや日本そして世界中の多くの企業が直面している課題は、ITとデータインフラがある程度整った今、いかにデータを収集するか、そしてそのデータをどう活用するかです。『あと2年あればIT インフラが構築できるので、完成したらAIに取り組みます』と何名かのCEOに言われてことがありますが、これはほぼ必ず失敗を招きます。なぜならITインフラが十分になることはないからです。アメリカや日本のほとんどの企業は、まず今あるデータを用いて小さくても付加価値を生むような成果を出して、そこの学びをもとにITインフラを改善し続けるほうが望ましいです。
そして、議論は企業や組織内でDXを推進したり加速させたりする上でのAIの役割について移りました。
AIがDXのコア技術であると思うかという竹川氏の問いに対して、ン氏は「コア技術である」と答え、ここ20年でデジタル化やクラウドの登場によって、多くの企業がコンピューターとデータ処理能力を備えるようになったことから、今ではAIを用いて大きな価値を生み出すチャンスがどの大規模産業にも存在していることを話しました。
また、松尾氏もAIはDXの可能性を大きく広げている技術であると述べた上で、画像認識や文字、音声認識など処理に関してディープラーニングを用いた様々なタイプの予測モデルがあったり、ロボットの操作や自然言語の生成などの例をあげ、「こうしたAI技術の精度向上がDXの推進に重要な役割を果たしている」と説明しました。
グーグルも当初はディープラーニングに対して懐疑的だった
次に、これまでさまざまな企業の立ち上げやプロジェクトを手伝ってきたン氏は、DXに成功したアメリカの企業事例を問われ、世界的IT企業のグーグルを挙げました。
ン氏:忘れられがちですが、現在では優れた技術を持つグーグルでも、当時はAIトランスフォーメーションをする必要がありました。何年も前に私がグーグルのブレインチームを立ち上げた際、当時はグーグル内部の人を含めた全員がディープラーニングに対して懐疑的でした。
初のプロジェクトの1つで音声認識に取り組んだのを覚えています。 音声認識の制度を高めるためにグーグルスピーチチームとして研究していましたが、それは当時、ネット検索や広告ではなかったのでグーグルの最重要プロジェクトではありませんでした。ですが、クイックウィンをもたらしたことでグーグル内でより多くの人々がディープラーニングの力を理解し始めました。
その最初の成功のおかげで、私は2つ目の重要な共同プロジェクトを計画できました。それは、外観文字認識を用いてグーグルストリートビューの画像から住居番号を読み取ることで民家や建物の位置をグーグルマップ上でより正確に把握するのが目的でした。2つ目のプロジェクトが成功を収めたとき、収益に関して明らかに直接的な影響を及ぼすオンライン広告チームと(ン氏の所属する研究チームとの間で)本格的な話し合いが始められました。
現在では世界で支配的な影響力をもつIT企業群のひとつであるグーグルでも、かつてはAIをコアテクノロジーとして重視していなかったのです。グーグル社内でプロジェクトを進めるうちにAIの重要性が認知されるようになり、今では高度なAI技術で世界のAIサービスを牽引しています。
ン氏は、このグーグルの事例からわかることとして、「現在では優れたAI企業であってもその組織が技術を学び、取り入れた過程は存在したということ」だと語り、ヘルスケア企業や工業生産企業、メディア企業などデジタル化とは遠いと考えられてきた産業でもAIを受け入れつつあると話しました。
AI人材育成の重要性|AIのポテンシャルを発揮するには非エンジニアの役割が不可欠
セッションの後半にはAIやDXプロジェクトを率いる人材の育成にも話が展開されました。
ン氏、松尾氏は共にAI人材の育成活動にも力をいれてきた人物です。ン氏が2018年に、JDLAがその日本版を2021年5月にローンチしたAIリテラシーを習得するためのオンライン講座「AI For Everyone」の狙いや活用事例についても、セッションの中で語られました。
ン氏は、この10年間のAIの教育者としての道のりを問われ、「世界中で何万人という人々が自らの時間を割いてAIを学び、それによりAIシステムを構築したり、あるいはAIについて戦略的に知識を得ていることに感銘を受けています。」とAI知識の広まりを評価した上で、自身の取り組みについて以下のように答えました。
ン氏:非常にクリエイティブなデジタルメディアでは何千人といる従業員にオンラインコースを受けさせました。翌年には多くのイノベーションが生まれ、そしてAI機械学習プロジェクトへの応用も見られました。また、ある国の大統領が自身の内閣の全員で実際に「AI For Everyone」を受講させ、その後数年にわたり配慮ある法令を政府が定めるようになったという事例もあります。
つまり、企業のマネージャーや経営陣、はたまたCEOや国のトップ、企業の全従業員であっても関係なく人々が学んで新しい技術をビジネスに活用することで前進させるクリエイティブな考えが生まれています。
一方、日本では松尾氏が先駆者としてAI人材の教育を牽引しています。松尾氏は2015年に東京大学でディープラーニングの講義を始めており、その卒業生の中にはAIのスタートアップを立ち上げて成功している方も多くいます。
松尾氏:産業の健全な発展のためには、何らかの資格を作ることが重要だと考えていました。G検定とE資格という2つの資格を設け、さらに4万人の合格者が参加する「CDLE」という大きなコミュニティも立ち上げました。この数は日本全体で考えると多くはありません。そこでさらに裾野を広げるべく、アンドリュー先生の「AI For Everyone」を日本語版にしてリリースさせてただいたところ、これまでに多くの人々を集めています。
ン氏は、この「AI For Everyone」の開発者であり、世界中でこれまで約70万人が受講した実績があります。エンジニア人材だけでなく非エンジニア、つまり「みんな(Everyone)」にまでに教育の対象を広めたその意図について問われると、ン氏はこう答えました。
ン氏:AIがポテンシャルを最大限発揮するためには、エンジニアは必要ですが、非技術者の方にも大きな役割を担ってもらう必要があります。AIがこれほども広まったことで、ほぼ誰もがその影響を受けています。だからこそビジネスリーダーや様々な機能的役割を担う人が技術についてできることとできないことを理解することが重要なのです。
AIを理解しているビジネスリーダーほどより良い判断が下せると思っていますし、どの産業でもDXの過程にはAIが存在することを考えれば、色々な役割を持つリーダーや個人にとってもAIがいかに重要であるかを理解することが求められます。広い知識の土台を持つことで私たちは社会としてより良い判断が下せるでしょう。
ン氏「AIの具体化が市民一人ひとりの責務」 松尾氏「変化を厭わない姿勢を」
そして終盤には、日本がこれからDXを加速させていく上で必要なことについて、ン氏が世界中の成功事例からその秘訣を答えました。
ン氏:1つ目は教育です。最適な第一歩として「AI For Everyone」で発想力のあるブレーンストリームができました。
2つ目はコミュニティです。1人では何も学べません。そこでJDLAなどの組織がディープラーニングをに取り組む日本中の人々を集めたり、オープンに発想を共有したりと、ただ誰かの役に立ちたいという思いでお互いに助け合うような学習の場が重要です。
3つ目、企業にはぜひ今を好機と捉えてクイックに取り組んで欲しいです。大きく狙って失敗する企業を多く見てきています。最初のプロジェクトの目的は、より大きな次のプロジェクトに向け学びを得るためであることを忘れないでほしいです。貴重な経験になり得ると思いますし、時にはボトムアップの意見が結果につながることもあります。
そして、政府による支援とリーダーシップは非常に重要な役割を担っていると思います。日本政府が DX に資金を投じてきた様子を以前から注視してきたのですが、それをとても心強く感じています。アメリカでもディープラーニングの普及には政府の資金提供は大きく貢献しました。日本の場合、圧倒的な強みを持っている産業が多く存在します。私が日本で何かを構築するとしたらすでに日本が得意とする産業を選ぶでしょう。例えば、日本の製造業で発達したハードウェアエコシステムなどです。日本の強みである技術者人材と強固な産業基盤を考えれば、他の企業では敵わないような日本独特の力を引き出せる可能性があると思います。
最後にン氏、松尾氏は最後に視聴者や日本のビジネスパーソンにメッセージを送りました。
ン氏:100年前の電力の普及によって全産業に変革がもたらされましたが、AIは現代版の電力のようなものだと思います。社会の一員として最善を尽くして技術を学び、国民や私たちのビジネスにどう影響するかを考えることが重要になってきます。そして、皆の利益のためにどう舵取りするかという意味で、AIの具体化に力を貸すことは、私たち一人ひとりの責務だと思います。
松尾氏:変化を厭わない姿勢や文化が重要だと思います。 ディープラーニングなどの技術は学べば良いのでさほど難しくありません。「AI For Everyone」は今日から始められます。これまでの事業やワークフロー、社風が変化を起こすのを厭わず、新時代に順応する姿勢が最も重要だと思います。
おわりに
このセッションでは、ビジネスにおいてDX推進を行なっていく上でAIという技術を理解・活用することの重要性が語られました。
AIの権威とも呼ばれるアンドリュー・ン氏がセッション内で「今後もっと広い業界においてAIが受け入れられつつある」と発言しているように、このDX潮流を背景にさまざまな領域でデジタルシフトが起こっています。
このチャンスをしっかり捉え、AIで成功するために多くの企業でAI人材の育成や新たなビジネスのあり方が求められています。
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