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カラクリ株式会社は、2023年2月7日、OpenAIが提供するGPT-3を活用し、同社が提供する「KARAKURI chatbot」の質問パターンを自動生成する機能を搭載したと発表しました。「KARAKURI chatbot」は、カスタマーサポート領域に特化し、国内でも高い満足度を誇るAIチャットボットツールです。
2022年10月にOpenAIによって大規模言語モデルを活用した対話サービス ChatGPTが発表されて以降、カスタマーサポートの領域は、特に変革されていくと言われています。大規模言語モデルによって、カスタマーサポートはどのように変わっていくのか、この記事では、カラクリ株式会社 CTO兼CPOの中山智文氏のインタビューをお届けします。
GPT-3を使った質問パターン自動生成
新型コロナウイルスの拡大や、EC市場の拡大、SaaSの普及などによりカスタマーサポートのニーズは高まり続けています。カスタマーサポートにおける大規模言語モデルの可能性について、中山氏によると「テキストコミュニケーション」が背景にあるといいます。
中山:カスタマーサポートやオンライン接客の重要度は日に日に高まっています。
あわせて、電話ではなくテキストコミュニケーションを通じたカスタマーサポートが拡大しており、大規模言語モデルと親和性が高いと考えています。
一方で、カスタマーサポート向けのチャットボットとしては大規模言語モデルをベースとした対話型AIをそのまま利用するのはまだ役にたたないと思います。なぜなら、ChatGPTから自社独自のナレッジを返答してほしい場合は、まず質問文を使ってナレッジを検索し、ヒットした部分をChatGPTに読み込ませ、そこからChatGPTに回答を生成させるということを行いますが、その生成された文章は間違ったり、情報が不足することが多いです。
特にカスタマーサポートで聞かれる質問への返答には細かい条件があります。
例えば、保険の分野では、50代の女性と20代の男性では異なる回答内容を用意する必要があります。この年齢や性別などの前提情報を質問文に入力するユーザーは少ない上に、大規模言語モデルのチャットボットが聞き返さずに回答されることも多いです。もちろんプロンプトエンジニアリングで変わるところではあると思いますが、一般のチャットボットを管理する方がそういったスキルを鍛える必要性が出てきます。
カスタマーサポートの分野では、このようなケースが多いこともあり、用意された回答から正しい回答を探してくるという従来のチャットボットのアプローチはしばらく続くと思います。
そこで、今回は回答文をAIに生成させるのではなく、回答文はあくまで人間が作成した定型文を活用する形を維持し、想定される質問文のパターンを生成させ、多くのバリエーションに簡単に対応できるようにしました。
同社の「KARAKURI chatbot」の質問パターンを自動生成する機能では、チャットボットのQ&Aの質問パターン案を自動で生成可能です。
同社のプレスリリースによるとチャットボットの回答精度が下がる要因の1つに、「ログインできない」「サインインできない」「パスワードがわからない」など、同じ意味でも、異なる言い回しがあり、それに対応しきれないことが挙げられるといいます。
また、スペルミス、変換ミスなどに対応できない例もあり、より正確な回答のためには、さまざまなパターンを事前に学習し、人間が好ましいと感じる出力を生成する必要があります。そこで、同社はGPT-3を活用し、チャットボットの学習データのバリュエーションを増加させ、さらにスムーズかつ正確な回答を目指して機能を実装しました。
中山:注目したのはGPT-3の汎化性能です。学習データが少なくても、理解する力が高く、これを生かしたいと考えました。GPT-3の汎化性能を生かすことで、1つの言葉から複数の学習データをつくるデータ拡張が手軽にできるようになります。
汎化性能:モデル学習時に与えられた訓練データだけに対してだけでなく,未知の新たなデータの両方をうまく予測できる性能(能力)のこと
LLMの導入によるCS業務の効率化はどうなる?
カラクリが導入したのは、質問パターンの自動生成機能ですが、チャットボット自体がChatGPTなどの大規模言語モデルの導入されたプラットフォームに代替される可能性はあるのでしょうか。
中山:カラクリでは、GPT-2が発表されたときから、自社サービスに活かせないか検討を重ねてきました。実際に現在β版として開発しているオペレーター向けサービスにGPT-2 は搭載されています。
カスタマーサポート向けチャットボットの自動回答にそのまま活かせるかという点においては、先ほど申し上げたように現時点の大規模言語モデルでは難しいです。生成した文章を間違えることもそうですが、運用コストの問題もあります。
しかし、将来全くないとは言えません。GPT-4もリリースされ、今まで以上のスピードで精度が向上しています。
ベクトル検索をして、その検索結果からうまく言葉を作って返すというような、生成の際に間違いにくいテクニックがでてきているので、そのまま使える未来も遠くないかもしれません。
特にカスタマーサービスは、OpenAI社が大規模言語モデルの活用により変革が起こる業界だと名指ししていることもあり、大きな改革が予想されます。
大規模言語モデルによって変革の可能性が高まる中で、中山氏はこれからの大規模言語モデルの活用に関して、「カスタマーサポート業務に携わるオペレーターの支援に注力していく」としています。
中山:カラクリでは、CXを良くするためにはEX(従業員体験)をよくすることが重要だと考えています。この大規模言語モデルの発展はこの分野に最適なソリューションと考えています。
カスタマーサポートに従事するオペレーターの仕事はメンタルの負荷やスキルアップにむけた教育に時間がかかるなど、さまざまな課題が存在します。
私たちは、AIを活用してオペレータの仕事を置き換えるのではなく、一人ひとりの生産性を高めるソリューションの提供を考えています。なぜならAIが対応したほうがよい業務、人だからこそできる業務がそこにはあるからです。
大規模言語モデルの活用は2018年から研究開発をしておりますが、やはり人間の承認が必要なシーンが多くあります。だからこそオペレーターの入力支援やナレッジ検索、手続きなどの操作を代替する機能などに本技術を活用していくことを考えていきたいです。
また、これからのAI分野の発展に関して、中山氏はUXの重要性も語りました。AIの技術が高まり、一つのエージェントとして振る舞うようになる中、AIがどのような振る舞いをすればいいのか、どのようなAIであれば使いやすいのかなど、さまざまな観点での研究が求められます。
中山:AIを活用したUXの研究はこれから1番重要になってくるフェーズだと思います。GoogleなどのプレイヤーはAIのUXの研究などで世界をリードし、「People + AI Guidebook」も公開しています。UXがよくなければ多くの人が利用することの足かせになるので、重要な要素になると思います。
カラクリでも、チャットボットの管理画面のUIやUXにこだわるなど、昔から注力してきた分野です。
顧客体験としても、例えばチャットボットの振る舞いにこだわっています。当社のチャットボットはチューニングをしすぎて、本当は0.1秒もかからずにユーザに返答できてしまうんです。しかし、そのまま機能させるとユーザーがEnterボタンを押した瞬間に返答が返ってきてしまうことになります。これは気持ち悪いですよね。
なので、あえて返答の間隔を空けるなど、人が心地よいと感じる工夫はしていますね。
※「People + AI Guidebook」:「People + AI Guidebook」は Google が異なる分野の専門家を集めて取り組んでいる People + AI Reasearch(AIと人間がお互いにどのような影響を与えるかの研究)から得られた成果をまとめたガイドブック。AI技術を人間のニーズや行動に合わせて設計、開発を推進することを目的に作られ、主にUX(ユーザーエクスペリエンス)の向上などに必要なAIシステムの設計、開発の手法が記載されている。
まとめ
大規模言語モデルの発展によって、大きく変化しそうと思われるカスタマーサポート分野ですが、一朝一夕に業界の様相が変わるわけではありません。カラクリは、大規模言語モデルの得手不得手を理解し、質問パターンの自動生成などに適材適所で技術活用を進めています。
また、大規模言語モデルが発展すると同時に、AIがエージェントとしての振る舞いをするようになります。今後は、大規模言語モデルなど「学習量」の勝負だけでなく、どのようなUXであればユーザが喜ぶのかなど、さまざまな観点で次の発展が求められます。
カスタマーサポートのオペレーター業務の未来は、どれほど明るくなるのか、カラクリのこれからの事業展開に期待が高まるインタビューでした。