近年、日本企業はデジタルトランスフォーメーション(DX)の波に乗り遅れ、グローバル競争で後塵を拝してきました。そんな中、生成AI(Generative AI)という新たな技術革新の潮流が押し寄せてきています。この波を乗りこなし、日本は再びデジタル先進国の仲間入りを果たすことはできるのでしょうか。
こうした状況下で2024年1月、従来の垣根を越えた業界団体「Generative AI Japan」が設立されました。産官学が結集したGenerative AI Japanは、企業の取り組みを下支えしながら、育成や情報共有の場を提供していく考えです。
本記事では、馬渕氏へのインタビューを通じて、Generative AI Japanが目指す方向性と具体的な取り組みについて探っていきます。日本の産業界は、同団体を通じてデジタル敗戦から脱却し、生成AIの分野で世界をリードできるのでしょうか。その可能性を追います。
目次
生成AIによる新ビジネス創出に向けた課題と取り組み
専門人材不足と学びの場の欠如という2つの課題
企業が生成AIを利用する上で直面する主な課題について、馬渕氏は次の2点を挙げました。
1つは「専門人材の不足」、もう1つは「学びの場がないこと」です。
馬渕氏:「生成AIの活用には、高度な専門知識を持つ人材が不可欠です。しかし現状、そうした人材は非常に少ないといえます。経済産業省の調査によると、2020年時点でAI人材は全国で3,000人ほど。今後は年間10万人規模で必要になると言われていますが、供給が追い付いていません。
背景には、大学などの教育機関で生成AIを学ぶ機会が乏しいことが挙げられます。技術の進歩が早く、カリキュラムの整備が間に合っていないのが現状です。企業の側でも、社内で体系的に学べる環境が整っているところは少ないと言えます。
各社バラバラに勉強会を開いているだけでは非効率です。業界全体で知見を共有し、体系的な学習の場を設ける必要があります。」
人材育成とナレッジ共有の場の提供
こうした課題の解決に向け、Generative AI Japanが重視するのが「人材育成」と「ナレッジ共有」の2点です。馬渕氏は次のように語ります。
馬渕氏:「弊団体では『ユースケース・技術動向研究会』を立ち上げ、最先端の活用事例に触れられる勉強会を定期的に開催しています。第一線で活躍する専門家を招き、具体的なユースケースによる技術活用ポイントの共有を通し、学びあいを進めています。
また、会員企業間の情報共有を促進するプラットフォームの構築にも着手していきます。生成AIの導入で生じた課題や、活用事例のノウハウなどを持ち寄ることで、企業の垣根を越えたナレッジの交換を図る狙いがあります。
他社の生の声を聞くことで、自社の取り組みの参考にできます。業界全体の知見を集約し、オープンに共有していく場を作ることで、生成AIビジネスの創出を加速させたいと考えています。」
Generative AI Japanは、こうした取り組みを通じて”学びの場”を提供し、専門人材の層を厚くしていくことを目指しています。最先端の知識と実践的なスキルを兼ね備えた人材を輩出することで、日本企業の生成AI活用を後押ししていく予定です。
生成AI活用を加速させる産官学連携
企業間の協業と共創を促進し、日本の産業競争力を高める
生成AIによる新ビジネス創出には、1社単独ではなく業界を挙げた取り組みが不可欠です。Generative AI Japanは、会員企業同士の協業や共創を促進することで、日本全体の産業競争力の底上げを狙います。
馬渕氏:「生成AIの活用はまだ新しい取り組みです。企業間で情報を共有し、Win-Winの関係を築くことが重要です。弊団体では大企業からスタートアップまで幅広い企業に参加してもらい、組織の垣根を越えた協業を促していきます。
日本企業の強みは、豊富な現場データを持っていることです。業界を越えてデータを持ち寄ることで、より高度なAIモデルが作れるはずです。
また、共創を通じて事業化のスピードを高める効果も期待できます。AIベンチャーの技術力と、大企業の顧客基盤やブランド力が融合することで、スムーズな市場投入が可能になります。こうしたオープンイノベーションの考え方が重要です。Generative AI Japanが仲介役となり、異業種間の化学反応を促していきます。」
ガイドライン整備と政策提言で安全かつ公正な利用環境を実現
こうした協業を進める上では、生成AIの利用に関するルール整備も急務となります。安全性や公平性、プライバシー保護など、克服すべき課題は多いでしょう。Generative AI Japanでは、企業が安心して利活用を進めるための仕組みづくりを考えていきます。
馬渕氏:「日本政府はAIフレンドリーな方針を打ち出しており、Generative AI Japanとして、企業が安心して利活用を進めるための仕組みづくりにつながる提言を行っていく考えです。業界団体と政府が一体となって、生成AIの健全な普及に向けた土台作りを進めていくことで、よりよい形での社会実装も進むと考えています。
同時に、グローバルの動向も注視していく予定です。生成AIは国境を越えて発展していく技術であることを踏まえ、日本の取り組みを海外に発信し、各国の政策当局とも対話を重ねていくことを想定しています。
日本から安全性や信頼性の高いAIモデルを発信することで、国際的な議論を主導していきたい。ルールメイキングの面でも、日本がリーダーシップを発揮する狙いです。」
日本の強みを生かした生成AIソリューションの開発
特化型言語モデルの活用で日本発のイノベーションを
生成AIの開発競争が世界的に激化する中、日本企業が差別化を図るには独自の強みが必要不可欠です。その1つが「特化型言語モデル」の活用だと、馬渕氏は指摘します。
馬渕氏:「汎用的な言語モデルは、OpenAIやGoogleなどの海外ビッグテックに大きく水をあけられているのが現状です。しかし、特定の業界やタスクに特化したモデルなら、日本企業も十分に太刀打ちできるはずです。
特化型モデルとは、医療や金融、製造業など、ある領域に即したAIのことを指します。例えば、医療分野の論文を大量に学習させることで、医療従事者の業務を支援する高性能なAIアシスタントを作ることができます。
日本には各分野の専門的なデータが豊富に眠っています。それを活用すれば、強力な特化型モデルが開発できるはずです。」
分野横断的なデータ連携の仕組みづくりから、AIエンジニアの育成、実証実験の場の提供など、包括的なサポートを考えることが大切であると考えます。
Generative AI Japanの会員企業に期待されること
人材育成や知識獲得、協業機会という具体的メリット
Generative AI Japanに加盟することで、会員企業にはどのようなメリットがあるのか。馬渕氏は次の3点を挙げました。
馬渕氏:「1つ目は、生成AIに関する最先端の知見やノウハウに触れられることです。弊団体の主催する講演会やセミナーを通じて、第一線の専門家から直接学ぶ機会が得られます。
2つ目は、他社との協業や共創のチャンスです。会員企業同士が持つ技術やデータを持ち寄り、新たなソリューション開発に挑戦できます。
業界の垣根を越えて、Win-Winの関係を築ける場を提供します。オープンイノベーションの実践の場として、Generative AI Japanを活用してほしいですね。
3つ目は、生成AI分野の人材育成・獲得につながる点です。優秀な人材確保に悩む企業にとっては、大きな魅力になるでしょう。
生成AIの社会実装には、まだ多くの課題があります。ユースケース共有などを通じて、業界のスタンダードづくりを主導できる可能性があり、会員企業にはリーダーシップを期待しています。」
期待するのは受け身でない積極的な情報発信と貢献
一方で、馬渕氏は会員企業に対し、受け身ではなく積極的な発信の姿勢も求めています。
馬渕氏:「日本の業界団体は、とかく参加者が受け身になりがちです。しかし、生成AIは待ったなしの状況にある。会員企業には、知見の共有や情報発信において、能動的に動いていくことが大事になると考えています。
例えば、自社の生成AI活用事例を積極的に公表することが、より多くの学びにつながると考えています。守秘義務の観点から二の足を踏む企業も多いですが、Generative AI Japanとしてはオープン化のメリットは大きいと考えています。
先進的な取り組みを広くアピールすることで、業界をリードするポジションを取れます。結果として、自社のブランド価値向上にもつながるはずです。」
こうした呼びかけに応じ、日本企業が結束することで、生成AI分野におけるプレゼンスを高められるはずだと、馬渕氏は力強く語ります。
おわりに
AI民主化を通じた日本企業の課題解決とグローバル競争力の獲得
そして、Generative AI Japanの展望について馬渕氏に尋ねました。
馬渕氏:「私たちが目指すのは、生成AIの民主化です。大企業だけでなく、中小企業やスタートアップ、個人の開発者まで裾野を広げ、イノベーションの芽を育てていく。そんな健全なエコシステムを日本に根付かせたいと考えています。
AIの恩恵を一部の企業に限定せず、広く社会に行き渡らせることが重要です。
日本企業の抱える課題は山積みです。人手不足や少子高齢化、地方の衰退など、AIの力を借りなければ立ち行かない領域ばかりです。Generative AI Japanは、そうした社会課題の解決にも資するような、実装重視の活動を展開していきます。
同時に、Generative AI Japanは日本がこれから生成AIのグローバル市場での競争力獲得も見据えています。
日本の生成AI活用を国内で完結させるつもりはありません。あくまで、世界を意識した取り組みであるべきです。日本発の製品やサービスで、海外市場に切り込んでいく。そんな勝ち筋を描いています。」
日本発の革新的な生成AIビジネス創造に向けて
最後に、馬渕氏は次のように述べました。
馬渕氏:「Generative AI Japanには、日本の英知を結集した『知のプラットフォーム』になってほしい。企業の垣根を越えた産官学の交流を通じて、誰もが参加できるオープンイノベーションを巻き起こしていく。そこから生まれた革新的なアイデアを、ビジネスの種として世界に向けて発信する。そんな流れを作っていければと思います。
今はまだ発足したばかりです。しかし、必ずや日本発の革新的な生成AIビジネスを生み出し、世界を驚かせるような成功事例を創出したい。Generative AI Japanを、その実現に向けた強力な推進力にしていきます。」
執筆:國末 拓実
編集:おざけん