目次
はじめに
2022年11月末に一般公開されたChatGPTは、2023年になって急速に企業での活用が試行錯誤されました。そして、GeminiのようなChatGPTに類する生成AIが台頭したことによって、生成AIの企業活用はさらに進みました。2024年は、生成AI活用から確かな効果を得る「本格稼働の年」になると予想されます。
以上のような状況をふまえて、本記事では2024年上半期に発表された生成AIに関する日本と世界のレポートを参照しながら、同年における生成AIの活用状況と経済効果についてまとめていきます。本記事には生成AIに関するユースケースや施策が盛り込まれていますので、生成AIの活用を検討している企業と担当者に役立つことでしょう。
なお、見出し「サマリー」を読めば、本記事の内容をてみじかに理解できます。
サマリー
本記事で論じる内容は、以下の表のように要約できます。生成AIの活用状況とその経済効果に関して、日本と世界で大きな差異は認められないものも、生成AIの活用頻度はとくに日本を含むアジア・太平洋地域で大きく増加しています。
生成AIの活用状況 |
生成AI導入による経済効果 |
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日本 | ・企業における生成AIに対する理解や関心は高まっており、新たな生成AI技術についてもフォローしている。 ・ChatGPTは知名度と活用度においてトップだが、その他の生成AIサービス・モデルも活用され始めている。 ・生成AI活用のユースケースは、依然としてテキストベースの用途が主流。 ・生成AI活用における第一の課題は、生成AI技術やユースケースに精通した生成AI人材の不足である。 ・生成AI活用推進度を業界別に見ると、活用が進んでいる「パイオニア」層がある一方、活用に消極的な「様子見」層もあり、一様ではない。 |
・生成AI活用による効果は、業務効率化だけではなく新規事業の創出も可能とする。 ・生成AI活用によって期待以上の効果を得るには、適切なユースケースへの活用とデータ整備が不可欠。 ・日本のAI市場は2028年頃まで成長が見込まれ、そうした成長は生成AIがけん引する。 |
世界 | ・世界の企業におけるAI活用率は急上昇しており、急上昇の要因は生成AI活用が進んだことにある。 ・生成AIの使用頻度は増加しており、とくにアジア・太平洋地域で増えている。業界別で見ると、通信業やテクノロジー業が高い一方で、金融業とヘルスケア業は少ない。 ・よく使われる生成AIのユースケースには、マーケティングとセールス、製品と/あるいはサービスの開発、ITがある。 ・生成AI導入までに要する期間は、多くの業界においておおむね1~4ヵ月間である。 ・生成AIから効果的に利益を得ているハイパフォーマンス生成AI企業は、データの扱いに注力していた。 |
・生成AI活用によるコスト削減と業務効率化は、ユースケースによって異なるものもおおむね30~50%程度の効果がある。 ・業種ごとに異なるものも、生成AI活用によって営業利益率が改善する。 ・生成AI導入の容易度と影響度は業種によって異なり、4つの業種グループに分けられる。 ・生成AI導入が容易であり影響度も大きい業種にはエンターテイメントがあり、楽曲制作や合成顔代替において営業利益率への効果が期待できる。 |
日本の動向
業界によって差がある生成AI活用の推進度。テキストベースのユースケースが主流
日本の産業界における生成AI活用状況については、PwC Japanグループが2024年6月17日に発表した「生成AIに関する実態調査2024 春」(以下、この調査を「2024年春」と表記)で詳細にまとめられています。この調査は、以下のスライドにまとめられているように、売上高500億円以上の企業に所属する課長職以上912名を対象にアンケートを実施したものです。
上記調査では、まず生成AI全般に関する認知度を尋ねました。以下のスライドで挙げたような生成AIに関するサービス・キーワードについて知っているものを回答してもらったところ、ChatGPTが54%と最も高く、ついでGPT-3.5およびGPT-4が続きました。また、2023年12月に発表した同様の調査(以下、この調査を「2023年秋」と表記)では項目になかったGeminiやSoraが認知されていることもわかりました。したがって2024年春では、2023年秋より生成AI全般の認知度がより広範かつ専門的になったと言えます。
生成AIの理解について尋ねたところ、「これから活用が広がってくる注目すべき技術」という回答が61%であり、2023年秋の57%より増えたことから、生成AIは注目を集め続けていると言えます。
生成AIの自社での活用、および他社での活用に関する関心度を尋ねたところ、どちらの質問においても2023年秋より「とても関心がある」と回答した割合が増えました。
生成AIによる業務の代替については、「多少置き換わる(20~40%)」という回答が44%ともっとも多く、反対に「完全に置き換わる(100%)」はわずか3%であることから、生成AIを原因とする失業はほとんど懸念されていないことがわかります。
アンケート対象者が所属する企業における生成AI活用の推進度合いについて尋ねたところ、「社外向けには提供していないが、社内業務等で生成AIを活用している」が28%であり、2023年秋より6%増加しました。その一方で「検討中」という回答が24%であり、2023年秋より5%減少しました。この結果から、生成AIの社内活用が順調に進んでいることがわかります(※注釈1)。
生成AIを活用中あるいは活用を検討中のユースケースは、報告書の要約のようなテキストベースの用途が上位を占め、画像や音声、プログラミングといった非テキストベースの用途が続きます。
生成AIを活用している部署について尋ねたところ、「特定の部署に限定せず、全社的に活用する」という回答が50%にのぼり、2023年秋と比べて全社的な活用が増えたことがわかりました。
生成AIを活用済みあるいは検討中と答えた回答者に対して、その導入時期について尋ねたところ、2024年3月末までに導入済みが60%を占めていました。
導入している、あるいは導入を検討している生成AIサービス・モデルについては、ChatGPTという回答が32%でトップであり、次いでAzure OpenAI Service、(APIとしての)GPT-3.5あるいはGPT-4となりました。その一方で、2023年秋では1位であったCopilotシリーズが減少するなか、新たにGeminiなどが回答にあがりました。
生成AI活用において自社だけで解決することが難しいと思われる課題については、「必要なスキルを持った人材がいない」が1位、「ノウハウがなく、どのように進めれば良いか、進め方が分からない」が2位となり、2023年秋と同様の結果となりました。
生成AI活用推進度を業界別に集計すると、通信業界とテクノロジー業界では過半数の調査企業が生成AIを社内外で活用していることがわかりました。全業界では43%が活用している一方で、小売や商社での活用は1/3未満でした。
業界別の生成AI活用推進度に関して、2023年秋から2024年春にかけての変化を比較すると、4つの特徴的な業界層が抽出できます。通信業界やテクノロジー業界は生成AI活用をリードする「パイオニア」層である一方、小売業や商社は生成AI活用に消極的な「様子見」層であることが判明しました(※注釈2)。
以上のような活用状況に関する調査結果にもとづけば、以下のような所見が得られます。
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適切なユースケースとデータの整備によって、生成AIは効果的に活用できる
前出のPwC Japanグループが発表した「生成AIに関する実態調査2024 春」では、生成AI活用による経済効果についても調査しています。
生成AIを活用済みあるいは活用推進中と答えた回答者に対して、生成AIの活用によって生じた、あるいは見込まれる効果について尋ねたところ(複数回答可)、「生産性の向上」が64%、「コスト削減」が56%となりました。さらに「新しいビジネスモデルの創出」という回答も39%となり、生成AIの活用は業務効率化のみならず新規事業の創出につながっていることがわかりました。
生成AI活用による効果の度合いについては、「期待を大きく上回っている」「期待通りの効果があった」を合わせると57%となり、過半数の活用企業が期待以上の効果を得られていました。
生成AI活用によって期待以上の効果を得られた回答者に対して、効果が得られた要因について上位3つを答えてもらったところ、「業務の棚卸し効果の大きい生成AIユースケースを設定できた」が31%、「生成AIにインプットするデータが十分に整備されていた、もしくはデータ整備を十分に行った」が22%で上位を占めていました。
以上の調査結果は、個々の企業における生成AI活用にもとづいたミクロ的なものでした。生成AI活用による経済効果をマクロ的に調査したレポートとして、IDC Japan 株式会社が2024年4月25日に発行した「国内AIシステム市場予測、2024年~2028年」があります。このレポートによれば、2023年の国内AIシステムの市場規模は6,858億7,300万円、前年比成長率は34.5%であり、こうした市場の成長をけん引したのが生成AIでした。
2024年の国内AIシステムの市場規模は前年比31.2%増の9,000億6,300万円と予測されており、市場成長の要因はやはり生成AIシステムの開発と商用化です。さらに2023年から2028年における年平均成長率は30%となり、2028年には2兆5,433億6,200万円の市場規模になると予想されます。
また、日本経済新聞が2024年1月31日に報じたところによれば、日本国内の金融機関における生成AI関連の投資額は2023年の114億円から、2028年には9倍強の1041億円に達すると予測されています(※注釈3)。
こうした投資額増加は、大手金融機関がけん引します。具体的には「稟議(りんぎ)書や契約書の作成支援のほか、社内の照会対応や、顧客向け情報提供資料の作成支援といった領域」で生成AIの活用が進むと考えられます。
なお、国内金融機関の生成AI活用動向のさらなる詳細は、日経BPが2024年1月31日が発行した「金融DX戦略リポート2024-2028」でまとめられています。
以上のような経済効果に関する調査結果にもとづけば、以下のような所見が得られます。
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世界の動向
ハイパフォーマンス生成AI企業は、データに注力していた
世界の生成AI活用状況については、McKinsey & Companyが2024年5月30日に発表した記事「2024年初頭におけるAIの現状:生成AIの採用は急上昇し、価値の創出が始まっている」で報告しています。この記事は、地域や業種、企業規模などが異なるあらゆる分野を代表する1,363人を対象として実施したアンケート調査の結果をまとめています。
McKinsey & CompanyはAIの活用に関する調査を2017年から実施しており、調査対象者が所属する企業が少なくとも1つのビジネス機能においてAIを活用している割合の推移を集計したのが、以下のグラフです。2018年から2023年までは50%前後で推移していましたが、2024年になって72%に急上昇しました。2023年からは生成AIの活用率も調査しましたが、その活用率は2023年の33%から2024年には65%に急上昇しています。したがって、2024年のAI活用率の急上昇は生成AIのそれに起因すると推測されます。
調査対象者に生成AIの使用頻度を尋ねたところ、「仕事で定期的に使う」「仕事と仕事外で定期的に使う」「仕事外で定期的に使う」の合計が2023年では38%だったのに対し、2024年は55%に上昇しました。業界別に見ると、通信業(Media and telecon)とテクノロジー業が使用頻度が高く、金融業とヘルスケア業が相対的に少ないことがわかりました。さらに地域別に見ると、日本を含むアジア・太平洋地域が64%ともっとも高く、この地域は2023年からの使用頻度の伸び率が大きかったのでした。
生成AIを活用しているユースケースについて尋ねた結果(複数回答可)をまとめたのが、以下の図です。マーケティングとセールスが34%、次いで製品と/あるいはサービスの開発の23%、ITが17%でした。上位3つの関してはさらに細分化されたユースケースについても集計しており、例えばマーケティングとセールスではマーケティング戦略ためのコンテンツサポートで使われていました。
生成AIシステムを稼働させるまでに要する期間を業界別に集計すると、多くの業界で1~4ヵ月間を要することがわかりました。サプライチェーン/在庫管理業界と製造業界については、4ヵ月以上を要することが多いこともわかりました。
McKinsey & Companyは、EBIT(※注釈4)の10%以上を生成AIに依存している「ハイパフォーマンス生成AI企業」の割合も調べました。EBITの一部を生成AIから得ている企業は876社であり、そのうち10%以上を得ているのは46社でした。こうしたハイパフォーマンス生成AI企業は、調査対象全体(1,363)の約3%に過ぎませんでした。
生成AIから何らかの価値を引き出したと回答した企業830社に対して、生成AIをめぐって直面した課題を尋ねたところ(複数回答可)、ハイパフォーマンス生成AI企業とその他の企業では顕著な違いがありました。前者でもっとも多かった回答が「データ」の70%であったのに対して、後者は「戦略」の39%でした。この結果から、生成AIを有効活用する際にはデータを重視すべき、という教訓が見てとれます。
以上のような活用状況に関する調査結果にもとづけば、以下のような所見が得られます。
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生成AI活用による影響が大きいのはソフトウェア開発、エンターテイメント。導入が難しい業種も存在する
生成AI活用による経済効果については、前出のMcKinsey & Companyの記事でユースケースごとに集計しています。コスト削減から見てもっとも効果が大きかったのは人事部門(Human resources)の50%であり、次いでサプライチェーンと在庫管理の46%でした。収益増加から見た場合、リスク、法務、コンプライアンスの62%がもっとも高く、ITの56%が続きます。すべてのユースケースについて平均値を算出するとコスト削減が39%、収益増加が44%となり、どのようなユースケースにおいても生成AI活用による効果が認められることがわかります。
McKinsey & Companyの調査はアンケートにもとづいたミクロ的なものですが、生成AI市場全体を考察したマクロ的な調査として、PwCグローバルが2024年6月27日に発表したレポート「生産性か開拓か?あなたの業界のGenAI採用プレイ」があります。
以上のレポートは、生成AI活用から生じる営業利益率(※注釈5)の増加予測を業種ごとに算出してグラフ化しています。もっとも営業利益率増加が見込まれるのは、ソフトウェア開発です。この業種ではすでにコード生成AIの活用が始まっていることからも、この予想は妥当と言えます。
ソフトウェア開発に次ぐのが、ラグジュアリー販売(Luxury Goods)です。この業種では、パーソラナイズ広告や製品デザインに生成AIが活用されます。こうしたコンテキストにおける具体事例として、日本のDX専門メディア『DOORS -BrainPad DX Media-』が2024年4月15日に公開した記事では、GUCCIが実施した電話接客サービスへ生成AIの導入を紹介しています。この施策により、同社は一夜にして売上を30%アップさせたと言われています。
ラグジュアリー販売に続くエンターテイメントも、映画におけるディープフェイク活用に見られるように生成AIの活用が進んでおり、後述するように今後も生成AIによって業種全体が変革されると予想されています。
多くの業種において生成AI活用による好ましい経済効果が予想されるものも、生成AI活用をめぐる難易度は業種ごとに異なります。また、業種ごとに生成AI活用による営業利益率の増加予測が異なるのは、生成AIが既存業務の改善に留まるか、それとも業種自体を解体・再構築するほどのインパクトがあるのか、というようにその影響力に違いがあるからです。
PwCグローバルは、横軸を生成AI導入の容易さ、縦軸を生成AI導入によって破壊的再構築が生じる影響度としたうえで、前出の調査した業種をプロットしたグラフを作成しました。その結果、生成AI導入をめぐる以下のような4つの業種グループが明らかになります(詳細は、出典元レポートのインタラクティブグラフを参照)。
採用が困難 |
採用が容易 |
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影響が甚大 | 破壊者(Disruptors) ラグジュアリー販売、創薬、法律専門サービスなど |
先駆者(Trailblazers) ソフトウェア開発、エンターテイメント、マーケティングなど |
影響が限定的 | マルチタスク実践者(multitaskers) 通信、小売販売、小口金融業務など |
合理的実践者(Streamliners) ホスピタリティとレジャー、投資運用、製品製造など |
先駆者に分類されるエンターテイメントについては、以下の図のように業務タスクごとに生成AI活用による営業利益率が予想されています。生成コンテンツとしては画像や動画に先行していた楽曲制作(Song production)や、ディープフェイクに代表される合成顔代替(Synthetic facial alteration)は1.8%で上位にランキングされています。
以上のような経済効果に関する調査結果にもとづけば、以下のような所見が得られます。
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まとめ
本記事では、生成AIの活用状況とその経済効果について、日本と世界に分けて論じてきました。以上に論じた内容をふまえて、以下に生成AI活用に関して役立つ知見を列挙して本記事のまとめとします。
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生成AIは進化の途上にある技術であり、以上にまとめた知見は絶えず更新されるべきものです。それゆえ、AINOWは、今後も生成AIの企業活用に関する情報を発信していきます。
記事執筆:吉本 幸記(AINOW翻訳記事担当、JDLA Deep Learning for GENERAL 2019 #1、生成AIパスポート、JDLA Generative AI Test 2023 #2取得)
編集:おざけん