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現在、日本では約70%の人がメガネやコンタクトレンズなどの視力矯正器具を使用していると言われています。
大手メガネブランド「Zoff」を運営する株式会社インターメスティックは、メガネは単なる視力矯正具だけではなく、さまざまな可能性があると捉え、Zoff Eye Performance Studio(以下、ZEPS)」を設立し、メガネの新しい価値創出に取り組んでいます。
ZEPSでは、ブルーライトの影響を受けやすいエンジニアなどの職業のパフォーマンスの向上を目的としたフレームレンズの開発や、選んだメガネが似合うかどうかを数値化し、事業につなげる取り組みが行われています。
さらにZEPSは「メガネや店舗にIT・AI技術を援用することで人間の可能性を拡張し、顧客体験を洗練すること」を目指しており、そのビジョンを達成するために株式会社ACESと業務提携を締結しました。
東京大学松尾研究室発のAIスタートアップ企業。ディープラーニングを活用し、人が関わるさまざまなシーンをデジタル化することで、社会の課題解決と価値創出を行うDX事業を展開している。
ACESは、ZEPSの研究においてAIの設計から活用までをサポートしています。
今回は、Zoffの逆井氏とACESの田村氏に、ZoffとACESの業務提携で目指すことや、メガネとAIのこれからについてインタビューしました。
視力矯正としてのメガネから「人間のパフォーマンスを向上させる存在」へ
現在、さまざまな業界でデジタル技術を活用した変革が起きています。メガネの分野も同様に変革が求められ、Zoffはデジタル技術を活用し、メガネの存在意義を再定義すべく研究に取り組んでいます。
メガネは、視力矯正器具として開発されましたが、現在はファッションアイテムとして着用する方も多く、デザインにこだわったメガネも多く販売されています。その他にもスマートグラスの取り組みが度々報道され、メガネの存在意義は変革の時代を迎えているとも言えます。
ZEPSもメガネをただの視力矯正器具としてではなく、「人間のパフォーマンスを向上させる存在」とするべく、デジタルデータを活用してメガネの新たな価値の創出に取り組みます。
ーー株式会ACESとの具体的な取り組みについて教えてください。
逆井氏:ACESとは、新しい商品、機能、サービスの3つの分野で開発を進め、ビジネスにつなげていきます。
私たちのような小売業は、常に新しい価値を顧客に創造していく必要があります。しかし、メガネは(視力矯正器具としての役割もあるため)他の小売業よりも顧客に寄り添わなければいけないと感じています。
そのために、この3つの分野で1番重要になるのがサービスです。Zoffのサービスをいかにアップデートしていくかが鍵になってくると思います。
ーーどのようなきっかけで共同研究を始めたのですか。
逆井氏:2021年で会社が創立されてから20年が経過します。それを節目に溜まっていたデータの棚卸しを行い、私は、約400時間分の店舗の防犯カメラの映像や店頭でお客様をひたすら見ていました。
その結果、人の購買行動に言語化出来る本質の理由はあまりないと感じました。なぜそれを買ったのか?という問いについて、“気に入ったから”というのがシンプルな本心だと思います。
“気に入った”とは何だろう?とお客様をひたすら見続けた時、そこに存在していたのはさまざまな“悩み”です。そしてその”悩み”にもいくつもの種類があるという事が理解できました。
AIで何ができるかではなく、AIで何を知るのかが大切だと考えています。つまり、何を”特徴データ”にするかという事です。
それは机上ではなく、感じてからでないと意味が無いと思います。メガネは目の前のお客様ひとりのためにお作りするものです。単に視力1.0を出すことでは無いと我々は思っています。
だから、そのお客様の生き方や背景を知らないとお客様が求める世界を提供できない。Zoffのサービスとは何かを考えた結果、感情価値を最大化することが未来に必要だと思いました。
人が人を介してモノの価値を伝えるのが商売の基本です。ACES様には人がより人の価値を最大化できるための感情AIの研究を支えていただきたいと考えています。
田村氏:Zoffさんからのお問い合わせをきっかけに、業務提携の検討を始めたのですが、Zoffが描く構想やACESが提供できる価値、叶えたい世界観がマッチしたので、協同でプロジェクトを進めさせていただくことにしました。
ディープラーニング技術の発展は、「機械に目をもたらした」と言われています。私たちは「機械の目」であるAIと、人の視力を補助/拡張してきたメガネを組み合わせることで、メガネの可能性を広げていきたいと考えています。
ーー共同研究のテーマを教えてください。
逆井氏:私たちは主に3つのテーマをもとに開発を進めていきます。
1つ目は、「日常生活やスポーツシーンにおける、目のパフォーマンスや身体能力向上を目的としたフレーム・レンズの開発」というテーマです。
メガネが生活の質を上げるために、どのようにアプローチするべきかをアナログとデジタルの両面で研究しています。
例えば、アナログ面でいうと「集中メガネ」というものを制作したことがあります。ただ視界を狭めるだけなのですが、集中できる環境を整える事ができます。この考え方を応用し、デジタル面ではスマートグラスの研究にも着手しています。
2つ目は、「光学・デジタル的なアプローチでの研究開発の推進」というテーマです。
これは視力へアプローチするテーマです。人が見ている映像は目ではなく、脳が見ています。そのため脳がどう感じているかということが大事になります。
私たちがそれをどう捉えるかということが1つの課題であり、そこにアプローチしていきます。
3つ目は、「機械学習・ディープラーニング・IoTなどを利用した生産・流通・販売基盤の構築」というテーマです。
ITやAIの技術を活用することで、メガネのサプライチェーンの仕組みも変化させていきたいと考えています。
メガネの需要管理・生産管理がどのように変化するかが分かるような核となるアルゴリズムを構築する予定です。
まずは顧客との接点の改革から
昨今、注目されるDXでは部分最適のデジタル技術活用ではなく、全体を通してデータやデジタル技術を活用し、業務プロセスや事業モデル、そしてサプライチェーンなどを改革し、競争優位性を確立することが重要視されています。
Zoffも、まずはメガネの製造から流通までのサプライチェーンの改革に取り組みますが、まずは顧客との接点となる「店舗」の改革に取り組みます。
ーーZoffもDXして新しい価値の創出も目指しているのですね。
逆井氏:ソリューションを作ることだけではなく、Zoffのビジネス全体が変わらなければDXとは言えません。
表に出るサービスだけではなく、内側のサプライチェーンの仕組みを変えていかなければと考えています。
そこで、まずはACESの力をお借りして、AIや機械学習を活用した「レコメンド機能」の研究にも着手しています。
メガネの選択には複雑性が伴います。機能としての面だけではなく、ファッションとしての意味も持ち、メガネによってその人の個性が現れると言っても過言ではありません。
メガネを販売する上で店舗での顧客との接点を重要視し、店舗でのメガネとの出会いをどのようにデジタル化して、変革を起こせるかがカギになります。
ーーメガネが似合うか似合わないかということは、実際に着用するまでわからないため、EC化することが難しい領域ですよね。
田村氏:だからこそディープラーニングを活用して解決する必要があります。
ディープラーニングは、複雑なものを複雑なまま処理できます。人間が判断できないことでも、ディープラーニングなら判断できます。
私たちは「メガネと人の顔」という切り口で、感性をデータ化して数値で表すことに挑戦しています。
「自分はどんなメガネが似合うのか、どんなメガネで自分を表現するか」ということを、デジタル上でも楽しめるのが、未来のファッションだと思っています。
人が言語化できないことをデータで表し、事業につなげたり、顧客体験を高めていくことが大事な考え方だと思っています。
ーーZEPSと開発を進める上でのポイントを教えて下さい。
田村氏:顧客の接点をどのようにデジタル化するか、顧客体験をどのように高めていくかがフォーカスポイントになっています。
「メガネを買う」という点ではなく、「メガネを使用して生活する」という線で考えると、顧客とのはじめの接点は店舗での購入シーンです。
私たちは、生活者の悩みをサービスにつなげるためにデータを活用しています。そうすることで、顧客が抱える悩みや不満の本質を知ることができるからです。
「売る」「買う」という点ではなく、メガネを購入した先で活用するシーンを見据えてプロジェクトを進めていきます。
また、ニーズとシーズの解像度を上げて、そこにディープラーニングが得意なことを任せて開発に取り組んでいきます。
メガネとAIの未来
ーーメガネとAIを組み合わせた新たな価値をどのように創出していくのでしょうか。
田村氏:メガネをファッションの要素として捉えた時に、メガネとデジタルを組み合わせることで未来はどう変わるのだろうと考えました。
そしてその差分を見つけて、足りない部分を補えるAIを作っていくということを一つひとつ取り組んでいきます。
未来のメガネの活用方法として、ファッション以外の活用方法も見つけ、私たちが実現できる範囲を広めていきたいです。
「今と未来を比較した時にこのような差があるから、この差分を埋める」とみんなですり合わせをしながら、プロジェクトを進め、それをどのように事業化するかを話し合いながら一緒に進めていきます。
ーーAIを活用することで、ファッションアイテムとしてのメガネの開発はどのように変化するのでしょうか。
逆井氏:Zoffのお客様は、「ファッションアイテムとしてメガネを作りたい人」と「視力の低下により、メガネを作らなければいけない人」の2層に分けられます。
ファッションアイテムとしてヒットするメガネを作るためには、過去のデータを引っ張り出すだけでは作れません。
メガネにはファッションだけでは語れない部分があります。機能とファッションの2層のメガネ選びは根本的に異なるため、それぞれの2層の需要を理解する必要があります。
ヒット商品を作るためには、2つの層で売れている商品の傾向を捉えて、どのようなトレンドがあるのかを学習していく必要があります。
また、私たちはお客様がどのようなことに悩んでいるのかをリサーチして商品開発に取りかかっています。
ーー顧客の悩みは、具体的にどのようなデータからリサーチするのですか。
田村氏:顧客の悩みを解決するためには、まずは顧客一人ひとりの背景を知ることが必要だと考えています。つまり「メガネを購入する人がどのように生活しているのか」ということです。
そのためには、まず「顧客とコミュニケーションを取る出会いの場をデジタル化する」必要があります。
メガネの形状以外にも、このような考え方を取り入れて、今後のメガネの変化を読み取り、我々の動き方をZoffと話し合っていきます。
今後の展望
ーー今後の展望を教えて下さい。
逆井氏:Zoffは2021年で創立から20周年を迎えるので、2021年中に成果を出したいです。
私たちは、ゼロからイチになるモノを創りたいと考えていました。この20年でやっとマイナス値からゼロになったのではないかと思っています。
今後は、視力矯正具としてだけではなく、ファッションアイテムとして誰もがメガネをかけたくなる、かけた方がいいと思うような存在にしたいです。
田村氏:私たちは、Zoffが大切にしている顧客起点の考え方に共感しています。
今回の業務提携を単なる業務改善や効率化で終わらせず、小売業のDXを経てパーソナライズされた最高の顧客体験を提供すること、ひいては眼や人間の可能性を拡張することを目指していきます。
さいごに
今まで、「メガネが似合うか似合わないか」という問題は、見る人間の感性で左右されるため、最適解が見つからない問題でした。
しかし、機械学習を活用することで、人の顔の構造以外の複雑な情報も考慮したメガネのデータ化が可能になるかもしれません。
また、ZEPSは着用者のスキル、パフォーマンスを引き上げるメガネの開発に取り組んでいるため、今後は私たちの視力に関係なくメガネを着用する未来が訪れるかもしれません。
研究や開発を「点」ではなく「線」として考え、ユーザに新たな価値を提供する、ZoffとACESの開発から目が離せません。
駒澤大学仏教学部に所属。YouTubeとK-POPにハマっています。
AIがこれから宗教とどのように関わり、仏教徒の生活に影響するのかについて興味があります。