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テクノロジーの進化とビジネスの常識
AIエンジニアとビジネスサイドがかみ合わない、と聞く。それぞれが相手のせいにしている。顧客が AI をわかっていない、AI スタートアップはビジネススキルが低い、などである。
優秀なエンジニアはこの対立を上手にコントロールする。守るべきところを守り、曖昧なところを上手に伝える。運用することを見据え、プロダクトに落とし込む。これらの細く危うい綱の上をサーカスのごとく歩んでいく。顧客からの信頼を得ながら成果につなげていく。
このような対応は、IT業界では営業やコンサルタントが行っていた。しかしながらAIの開発では地雷が多すぎて、エンジニアが直接でていかなくては進められなくなってきている。テクノロジーの進化がこれまでのビジネスの常識と摩擦を起こしているためである。以下、具体的に見ていこう。
事業サイクルの短期化
世の中の事業サイクルは短期化している。あなたも耳にタコができているかもしれない。
かつては状況を見極めた上で意思決定すればよかった。今は「小さく早く失敗しろ」と言われる。前者はシステムの初期投資が大きかったためであり、後者はクラウドで初期投資が小さくなったためである。前者はフォロワーの戦略であり、後者はフロントランナーの戦略である。
現在ネットにかかわる市場では、勝者が決まると一位と二位以下には大きな差が生じることが多い。実質、一位の総取りである。そのためフロントランナーの戦略が好まれる。他方で市場の勝者が決まるまでの間、後発が第一グループにおいつくことは比較的簡単である。しかし第一グループは大混戦である。最初に頭一つ抜けることを誰もが狙っている。
この競争は、市場のニーズを仮説検証し、オペレーションとテクノロジーのフィージビリティを確立する早さが成功の鍵となる。様々な要素が不確実なプロジェクトの中にあって、全体を見ながら個々の要素に注意し、確実なものをかためて不確実なものを潰していき、不安を感じながら勇気をもって前に進める。率直に言って矛盾の塊である。しかしながらこの矛盾を御することが市場を制する前提になる。
ITとAIのプロジェクト管理
よくあるパターンだが、ある日社長が「こんなことをやろう」と夢を語ることから企画が始まる。総論賛成なのだが、肝心なところは曖昧である。それを具体化すべく、関連する部署のマネージャーや企画の担当者がとりかかる。
IT の企画の場合、要求を具体化し、機能に落とし込む。詳細仕様レベルでは Yes/No にまで落とし込まれる。その本質はロジカルシンキングである。新規のプロジェクトでは必ずしもデータは必要ではなく、後で確認できればよいことが多い。移行プロジェクトでデータ移行がある場合は新旧データの整合性が必須で、その作業はクリティカルで神経をすり減らされる。
AI の企画の場合、要求を具体化するものの、最初は機能の概要レベルに落とし込むだけである。詳細仕様レベルでは Yes/No に落とし込めず、その間にグラデーションがある。その本質は確率統計である。データは必須であり、その質と量がプロジェクトの命運を左右する。しかしながら、そのデータはAI目的で収集されていないことがしばしばである。
AI の門外漢が IT と同じように取り組むと痛い目を見る。AI のプロジェクトは仮説だらけで多くの仮説を検証していくことが必要である。プロジェクトは探索的であり、プロジェクトチームは学習することが前提となる。プロジェクトはアジャイルなイテレーションが前提となる。ともすると、いつまでたっても光が見えないトンネルの中を進むような感覚をおぼえる。その過程はマーケティングリサーチや製品企画に近い。
小さな断絶
AI の企画には新しいサービスを生み出すものと、既存の業務を AI で自動化するものに分けられる。前者はニーズという曖昧なものを相手にする必要があり、後者が確実なものとして好まれる。残念だが、それは必ずしも正しくない。
縦割りな組織で企画のプロジェクトを進めることは難しい。高度に専門化された組織では、よその部署の専門家が何をしているかわかりにくい。彼らは小さく断絶されている。
社長の言っていることが曖昧、現場が何をやっているか正確にわからず、AIスタートアップも「やってみないとわからない」。それぞれの確信度が8割あったとしても、全体では0.8×0.8×0.8=0.512であり丁半博打とさほど変わらない。確信度が7割だとすると、0.7×0.7×0.7は0.343であり分の悪い賭けである。一回でピンポイントの答えを求めることは不可能である。確信度をあげるために丁寧にヒアリングし、探索することが必須になる。
企画担当が社長の言うことを具体化し、現場がやっていることを具体化しても、AIのテクノロジーの観点が抜けていると巻き戻ってしまうことがしばしばである。AIのテクノロジーで具体化しても、現場の理解が浅くて巻き戻ってしまうこともしばしばである。あとから社長が出てきてひっくり返されることもある。地雷の3乗からなるAIプロジェクトではどうでもいいところで半年は時間を浪費する。AI エンジニアは期待値をうまくコントロールしないと、責任転嫁されて炎上する。AI エンジニアは自分の身を守るために、最初からプロジェクトに関わらざるをえない。
テクノロジーの進化と世界観の変化
これまでテクノロジーの進化はビジネスの「より早く」に応えてきた。AI にいたって人間の認知タスクを代替するようになり、いよいよ人間がボトルネックになってくるだろう。
その結果、要素還元主義や歯車のような機械的な世界観では通用しなくなってきている。頭のよいスーパーマネージャーが一回で答えを出すやり方ではない。シャーロック・ホームズのように小さな手がかりを集め、問題を切り分け、真実にたどり着くことである。我々は限界のある人間だからである。
二、三十年後に仮説生成ができるようになっても、シンギュラリティが起きても、また新しいボトルネックが発生するだろう。それは人間のものの見方がときどきの現実にそぐわなくなっているからだろう。AI がもたらす未来は、要素還元主義・合理主義的な世界観から、人間が限りあるものであるという、当り前のことを思い出させるものではないだろうか。自分が埋め込んだバグに悶えるプログラマーのように、多くの人が己のアホさ加減と向き合うことになると思う。
これをもって「AIの未来」というテーマの答えとしたい。