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2017.12.19

人工知能と共に生きる未来 ~ロボット制御に学ぶこれからの社会の姿~(合同会社アイキュベータ代表,博士(工学) 松田 雄馬氏)

最終更新日:

この記事は2017年 アドベントカレンダー企画「AIの未来予測」の記事です。寄稿してくださったのはストックマーク合同会社アイキュベータ代表,博士(工学)の松田雄馬さんです。

人工知能ブームが全盛の今、その多くの技術は、これまで既に実現されていた技術を改良したものに留まっており、新しい社会像を提案するまでには至っていないのが現状ではないだろうか。その背景として、人工知能とは何なのかを捉える上で、人間の「知能」そのものへの理解が不十分であり、そのために、人間社会の在り方への理解が不十分になってしまっているという学術的な問題点がある。

筆者はこれまで、拙書「人工知能の哲学」をはじめとする書物の中で、「知能」に関する考察を行ってきた。本稿では、「知能」に関する簡単な考察を行うなかで、知能を持つ我々人間と、技術との関わりについて論じていくと共に、これからの未来についての考察を行っていきたい。

ゴミ収集ロボットに学ぶ人間の「知能」

昨今、「人工知能やロボットが人間の仕事を奪うのではないか」との懸念がまことしやかにささやかれている。事実、人間が従来行っていた作業の多くの部分は、既に自動化が進んでおり、その意味では、人間の仕事の多くは、人工知能やロボットに奪われているという表現は、あながち間違いではないかもしれない。

ここではまず、その最たる例を紹介したい。

豪州など一部の地域では、既に、ゴミ収集に至るまでの自動化がなされている。ゴミ収集さえも自動化されるこの時代、最早、人間には何の仕事も残されなくなるのではないかという懸念も無理のない話である。さて、そうしたゴミ収集の様子を一度、ご覧いただきたい。

この動画で注目していただきたいのは、14秒付近で、単にゴミ収集を「失敗した」こと自体ではなく、失敗した後に、ゴミ収集ロボット(アーム)が、失敗したことに「気付く」ことすらできないということである。

逆に言うと、人間は、失敗するかどうかはともかくとして、失敗したということに「気付く」ことができる「知」を持っているということが言える。筆者は、これこそが、人間の持つ「知能」の源泉ではないかと考えている。

「中央制御」の限界

ゴミ収集ロボットは、何故、「気付く」ことができないのだろうか。

ロボットの動く世界はコンピュータ上とは異なる実世界であり、「無限定空間」と呼ばれる。無限定空間とは、コンピュータ上のように、常に全く同じ条件を再現できる(限定できる)ものではなく、どのような環境の変化が起こるのかが予想できない(限定できない)空間という意味である。

ロボットは、コンピュータ(CPU)によって制御されているので、ゴミ収集のロボットアームは、常に同じ動きを再現する。その一方で、実世界は、常に予想のできない環境の変化を起こすので、突然小石が飛んでくるかもしれないし、ゴミの量や重さが、予想を上回って(または下回って)しまうかもしれない。それに、マシンの予想できない場所に、突然ゴミが詰まって動作が止まってしまうかもしれない。

勿論、前もって予想できる環境の変化に対しては、その変化を検知できるセンサーを備えたり、その変化をフィードバックして動作を変更したりといった制御が可能である。ただ、この方法は、まるで、自分で考える能力のない部下や生徒に、逐一、手続きを一から十まで「もしこのようなことが起こった場合はこのように対処しないさい」という細かい場合分けに至るまでを厳密に指示するといった方法と同じであり、指示漏れがあった際には、相変わらず「我関せず」という態度を取られてしまうのである。このような指示の方法では、上司や先生が疲れ切ってしまうのと同じで、ロボットを開発するエンジニアは、「完璧な」システムを世に出す前に疲れ切ってしまうだろう。

こうしたコンピュータ(CPU)による制御は、広い意味で「中央制御」や「集中制御」と呼ばれる。これは、乱暴に表現すると、中央に「賢い人」を集め、末端は、その「賢い人」の決定に従う、というような設計思想が前提となっている。中央制御は、「賢い人」が、すべての情報(完全情報)を入手できるという前提では、極めてうまく動作する一方で、末端の情報が必ずしもすべて中央に届かなかったり(必要十分なセンサーを前もって用意できなかったり)、中央があらゆる状況に対応できるほど賢くなかったり(アルゴリズムがあらゆる場合を網羅できていなかったり)する場合には、必ずしもうまく機能しない。もっとも、必要十分なセンサーやアルゴリズムを網羅するというのはそれほど生易しい話ではなく、「ゴミを収集する」ためだけに、ありとあらゆるセンサーを用意するという設計思想は、そもそも経済的ではないであろう。

自律分散であるにも関わらず統制が取れる生物の謎

こうした「中央制御」の問題を解決するために、「では、末端が自由に意思決定できるようにすれば良いではないか」と考えるのは早計である。学校の中で先生が何も指示しないと簡単に学級崩壊が起こってしまうのと同様に、ロボットや人工的に作られたシステムは、末端に制御を丸投げしてしまっては、予想できない動きをするだけでなく、その動きを修正する必要があるかどうかすらも、わからない状態に陥ってしまう。

それでは、中央制御の問題は、どのようにすれば解決できるのだろうか。

この解決の鍵を握る「システム」が、生物である。例えば、人間という「生物」を見てみよう。人間も、脳というCPUのようなものが「中央制御」を行って、身体を動かしているように見えるかもしれない。しかしながら、実際、脳をつぶさに観察すると、「中央制御」とはほど遠い性質が明らかになってくる。

脳は、120億もの神経細胞(ニューロン)と呼ばれる細胞の群れであり、一つ一つの細胞は、不揃いで、同じ動作を再現できるかどうかも心許ない、頼りないものなのである。しかしながら、そうした不揃いの細胞たちが群れることによって、一つの「村社会」を形成し、それぞれが一つの生物として生きながらも、全体として「人間」という一個体として動くというメカニズムを持っているのである。

人間の身体は更に複雑である。神経細胞ですら、頭部だけでなく、身体中に張り巡らされており、すべての細胞を合わせると、人間の身体は、60兆にも達すると言われている。そうした、一つ一つが生物である細胞は、自律分散的に動いているにも関わらず、全体として統制の取れた動きをしている。

自律分散であるにも関わらず統制が取れる生物は、どのようなメカニズムによって、それを達成しているのだろうか。

自律分散でありながらも統制の取れた生命システムのメカニズム

中央制御は、見方を変えると、それぞれの部品(部位)のおかれた環境を、外側(中央)で予測して与えたうえで、その予測された環境に対しての動作を、中央の指示通りに行うという制御方法だと言える。

それに対し、生物の置かれている環境では、環境を教えてくれる者もいなければ、動作を指示してくれる者もいない。自分自身を「規範」とする意外に方法はない。こうした実世界の無限定環境の中で、自分自身を規範とする生命のメカニズムを持つことができれば、人工的なシステムであっても、「中央制御」に頼ることなく、与えられた目的に従って、自律的に動くことができるようになっていくだろう。

「人工知能と共に生きる未来」

それは、人間が機械に対して目的を与え、それに従って機械が自律的に目的を達成し、それによって更に人間が高度な目的を考え、実現していく。そのように、互いが互いの強みを活かしあうように働きかける方向に、技術も社会も進歩していくであろうと筆者は確信している。

筆者プロフィール

松田 雄馬(まつだ ゆうま)1982年9月3日生誕(ドラえもんと同じ誕生日)。徳島生まれ、大阪育ち。博士(工学)。2005年京都大学工学部地球工学科卒業。同大学在学中、中国北京大学に短期留学。2007年京都大学大学院情報学研究科数理工学専攻修士課程修了。同年日本電気株式会社(NEC)中央研究所に入所。MITメディアラボとの共同研究、ハチソン香港との共同研究に従事したのち、2008年、東北大学とのブレインウェア(脳型コンピュータ)の共同研究プロジェクトを立ち上げる。2015年情報処理学会にて、当該研究により優秀論文賞、最優秀プレゼンテーション賞を受賞。同年、博士号取得。2016年NECを退職し独立。現在、「知能」や「生命」に関する研究を行うと共に、2017年4月、同分野における研究開発を行う合同会社アイキュベータを設立し、物体認識、エッジコンピューティングを中心とする新規事業を創出。同年、株式会社ユニロボット及び株式会社ケンタウロスワークス技術顧問に就任。人工知能に関する謎を「生命」という視点から紐解く「人工知能の哲学」(東海大学出版部)を刊行。

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