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5月に朝日新聞 DIALOGが開催した「AI FORUM」を取材しました。AI業界でも著名な登壇者が名を連ね、多くの参加者で賑わっていました。
今回は北野宏明さんのセッション内容を紹介します。
北野さんは、ソニーコンピュータサイエンス研究所で社長を務める人物。ソニーのAIBOの開発にも携わった過去があり、国際的に人気を博すロボット競技大会のロボカップの発起人としても有名な人です。
北野さんの講演のテーマは「人工知能のグランドチャレンジ」。
今回はその内容を紐解くとともに、セッションの中で出てきた「MoonShot型の研究アプローチ」や「日本の勝ち筋」について深く紹介していこうと思います。
使われるようになってきたAI
人工知能が使われるようになってきています。1番最初のAIだった探索という手法は今でもカーナビの経路探索などに使われていて、AIと捉えることは少ないでしょう。
AIともてはやされていても、社会で使われ始めるとAIと言われなくなるという傾向があります。
人間は疲れもするし、間違えるし、怖がります。AIはそれがありません。
将棋の電脳戦でAIに敗北した佐藤8段は、「なぜか勝てなかった」とインタビューで言っています。これは完全にコンピュータが人間を超えた象徴的なニュースでした。
囲碁でも、AlphaGoがイ・セドルに勝利して、柯潔(カ・ケツ)に勝利したときも、彼らは力負けしました。
2011年にWATSONがクイズチャンピオンに勝利しました。クイズは擬似完全情報問題で、探せば答えがどこかある問題です。チェスも将棋も囲碁も、AIが勝てたのは目の前に情報がすべてあるからです。
次のAIのチャレンジは、自動車やサッカーなど探しても答えのない実物理世界問題です。
これらは全ての情報があるわけではありません。自律的な判断が求められます。
そしてカメラなど各センサーで得られる情報にはノイズ(ゴミ)や誤りがあります。さらに複数の人や車などが同時に動いています。さらに正解がありません。
もし自動運転などを実用化していくのであれば、現実世界を認識し、適切なデータに落とし込まないといけません。今画像認識の分野ではアノテーション(教師付け)を人が行ってAIが使える形に変え、アノテーションされた膨大なデータを機械学習することで、一部人間を凌駕する判断が可能になっています。
しかし、アノテーションでも群衆を群衆として捉えるのか、それぞれの人を捉えるのか、所持しているバッグまで捉えるのか、それは目的によって異なり、アノテーションの作業にも違いが生まれます。細かくアノテーションして現実世界をデータに落とし込もうとすれば、大規模な計算環境の整備が必要になり、膨大な固定コストがかかることになります。
AIを検討するときに、目的にあったデータが本当に準備可能なのかが重要なポイントになります。地球上の全ての現象を全て数式で表すことができ、データベースに格納することがもしできたら、その時はAIは人間を超えてしまうでしょう。しかし、まだまだ夢の話です。
研究開発プロジェクトの2つのパターン
開発プロジェクトには2つのパターンがあると言われます。
StarSeeker型とMoonShot型です。
ロボカップという競技大会があります。2050年にW杯で人間に勝って優勝することを掲げ、それに向けて毎年ロボットのチームによるサッカーの大会が行われています。
当時はハードウェアをソニーが作成し、ソフトウェアの部分だけ公募して16大学に提供して、プログラミングで競っていました。
しかし、その後、ロボカップは企業がロボットからソフトウェアまで一貫して作る大会になり、世界的に公募して十数社が参加するようになります。
参加していたフランスのチームの人がAldebaran社という会社を立ち上げました。「NAO」というロボットを作る会社です。
ヒューマノイドで、二足歩行ですが、ASIMOやボストン・ダイナミクスほどではありません。
しかし、二足歩行の制御など基本的な研究が進むきっかけになりました。
この会社がソフトバンクに約100億円で買収され、ソフトバンクロボティクスのPEPPARになりました。この会社が今ソフトバンクロボティクスになっています。
ロボカップでは、直径10〜15センチのロボットで行うスモールサイズリーグも行っていました。7台〜11台で行います。
これに5連勝したコーネル大学のチームがあり、その先生がこの技術を使って「キバシステム」という会社を作りました。
ロボット技術を物流に応用した会社です。リアルタイムで棚の配列が変わる技術です。
この会社は5年後にAmazonに買収され、今Amazonロボティクスになっています。
日本では川崎に作っている倉庫がこの技術を応用しています。
重要なのは、W杯で優勝するロボットチームを作るというビジョンに向けて多くの人が研究を重ねた結果、全く違う分野でも活用が進むことで社会に利益が還元されたということです。Amazonやソフトバンクに買収されるだけでなく、たくさんの会社が自分の事業を拡大しています。これからも多くの会社が誕生し続けるでしょう。
月行くときののように目指すものを明確に定義しながら、その途中でさまざまな技術発展が起こる。このようなプロジェクトをMoonshot型プロジェクトだと北野さんは呼びます。
今後必要なのはMoonshot型モデルなのかもしれません。
最近レベルが上がっているのは機械学習
レベルが上がっているものは機械学習です。今の人工知能が根本的に従来と違うところは機械学習のレベルが上がったからです。
機械学習は、入力と出力のペアを大量に学習することで、判断ができるようになります。また、強化学習は報酬を作ることで出力がなくても判断ができます。
機械学習の一手法である深層学習は、隠れ層でさまざまなベクトルに対して反応しています。
たとえば猫の写真をルールベースで記述するのは大変です。猫を見たことがない人に、猫とわかるように記述するのはすごく大変ですよね。どういう特徴を記述すべきかわかりません。
ヒゲはヒゲでもどんな髭かを記述しなくてはならず、キティちゃんも猫です。
しかし、データを与えるだけでその記述を発見してくれるのが機械学習です。
最近では、深層学習と強化学習をくみあわせる深層強化学習の例が増えてきました。
深層強化学習によって人間に見えないものが見えるようになってきました。
ハンチントン病では、ある遺伝子が増えてしまうときに、それによって行動異常が起こります。
罹患者を24時間モニタリングして、遺伝子を解析すると、遺伝子異常と行動の相関が機械学習を使ってわかるようになりました。
また、医療ではカルテなどのデータを使って解析などができます。つまり、大規模データで、患者群をクラスタリングして、患者の精密な分類ができるようになりました。
ブルーやグリーンなど色を使って可視化して、少ないけど特徴的なグループがなにかを判断したり、さまざまな知見を得ることができます。これは医者にはできない技術です。
AlphaGoにおける深層強化学習は、深層学習でパターン認識をして、こういう盤面では過去にどんな対戦があったかを学習して、さらに自分の中で報酬を決めて強化学習をしています。
囲碁はルールが明確で、勝ちか負けかで評価ができるので、それを報酬にして、学習して人間と対決します。
膨大にある囲碁の打ち手のすべてが100だとしたら人間が今まで経験したのは10くらいでしょう。AlphaGoはそのうちの30くらいの手を知っています。
AlphaGo同士の対戦を見ると人間が滅多にやらない手が多いことがわかります。
AlphaGoは人間の力を参考にしないことでさらに強くなりました。ランダム性を取り入れたんです。
これを音楽に転用したフローマシンというものがあります。1万4000曲を学習して音の動きを学習しています。ビートルズ風の曲も作ることができます。
もし仮にすべての音楽1000だとすると10くらいがビートルズの曲で、30はビートルズ風の曲。
KUMISOLOというビートルズ風の曲だけのライブがありました。人間では思いつかなかった音も出てきて、音楽の幅が広がりました。
これらの例から分かるようにAIは人間のクリエイティビティのサポートをしてくれます。
新しい囲碁の打ち方もクリエイティビティです。AIは人間のクリエイティビティのサポートになる可能性が非常に高いといえます。
ビッグデータだけではだめです。AlphaGoはビッグデータに依存し、ビッグデータが判断の幅を広げる邪魔をしていました。
今後は、データの外でできることがこれからもっと求められてきます。仮想データ生成が必要になってきます。
<blockquote>既存データ
+
新規データ
+
仮想データの生成
(学習空間の重鎮)</blockquote>
また、レアケースに関しては、ビッグデータでは学習ができません、多く発症する症例は学習できますが、少ない症例は学習することが難しいです。
これからはビッグデータは使うことも重要ですが、それだけではな足りない部分があるということを意識しなくてはいけません。
日本の勝ち筋
現在、AIにおいてはアメリカと中国の戦いといっても過言ではありません。アメリカの会社が気にしているのは中国の動向です。
テンセントやWechatは膨大なデータがあります。それは中国の人口が多いからです。
中国の公安は、AIスタートアップと組んで、億人単位の個人認証をできるようにしています。
中国のような国家体制はAIと親和性が高いです。共産党による統制が行き届いているからです。これはアメリカや日本ではできないことです。社会の形が非常に重要になってきます。
「日本の勝ち筋は見えています。」(北野さん)
実世界技術は基本的に一朝一夕にできません。実世界をデータに落とし込んでいけるか。それをいかに早く実現するかが大事です。
製造などのトラディショナルな業界では実世界技術を持っている会社が多いので、次の世代の産業に展開していく動きを加速させないといけません。
また、AIは新たなすり合わせです。機械学習にどんなデータを入れるかを考えないと機械学習は成り立ちません。そのために、現場の知恵が必要になってきます。
そして、センサーを作り込む必要があります。それと同時に、一回センサーを入れると学習し続けないといけなく、一度作ると取り替えが効かなくなります。
もう一つ、Eコマースでデータ分析をした巨大企業と、実世界で使われるAIとのすり合わせが入ってきます。ある程度標準化されるとこれが流通する可能性が出てきます。AIシステムが普及するということは本質的にはトップレベルの能力が流通することを意味しています。
例えば自動走行では、車に乗るときの選択肢はタクシーに乗るか自分で運転するか、友達に頼むかになります。
そうすると頼める人の能力が私達が得られる能力の上限になります。もし、自動走行が実現すれば、トップレベルのドライバーの運転技術をダウンロードして誰でも使えるようになります。自分が頼める人の能力が最上限だったものが、最も適切な能力を選択するという社会になります。これは根本的な産業構造の変化になります。
また、AI Readyな会社にならないといけません。今後は、AIシステムが組織の形態や社会システムの再設計にまで波及すると思います。能力が流通する社会になって、プラットフォームでいろいろなデータをとることが重要になると、今のやり方では通用しなくなります、
AIは道具です。石や骨を使っていた時代から、産業革命などを経て考える道具ができ、さらには知識を生み出したり、能力を拡張する道具になっていきます。産業の形態が変わっていきます。
可能性があると同時にリスクもあるが、リスクといっても人間が滅ぼされるような夢のリスクではなく、顕在化しているリスクについて考えることが大切だと考えています。
できるだけ早くAIを展開していくことが重要です。
■AI専門メディア AINOW編集長 ■カメラマン ■Twitterでも発信しています。@ozaken_AI ■AINOWのTwitterもぜひ! @ainow_AI ┃
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