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立教大学 大学院に「人工知能科学研究科」が2020年4月に開設されます。
政府が発表したAI戦略では、AI人材の育成が大きなテーマと掲げられ、AIに関連した人材の育成に産官問わず、注目が集まっています。
「人工知能科学研究科」は日本初のAI・人工知能に特化した大学院として、人工知能・データサイエンスの知識や技術だけでなく、先端技術を活用してさまざまな社会課題の解決を実現するための実践力を育成していくとしています。
この記事では、人工知能科学研究科開設準備室長、理学部教授の内山 泰伸氏と、立教大学で特任教授に着任予定の三宅 陽一郎氏にインタビューを行いました。なぜ、立教大学は大学院にAI・人工知能専門の学科を開設するのでしょうか。
目次
立ち上げの経緯は若手教員の将来計画検討会がきっかけ
日本で初となる大学院”人工知能科学研究科”。国際性やリーダーシップなどリベラルアーツ教育に力を入れる立教大学が人工知能に特化した大学院を設立するに至った理由は何でしょうか?
内山氏:私が所属する理学部での宇宙物理学の研究にディープラーニングを導入したことがきっかけで、2017年頃にこの事例を立教大学で横展開していきたいと考えました。
そこで人工知能科学研究科のアイデアを、立教大学の理学部の若手教員の将来計画を検討する会で提案し、その後、、理学部全体の議論、そして立教大学全体での議論に広がりました。
内山氏は自身の経験をもとに、人工知能科学研究科の開設準備室長として人工知能科学研究科の設立の準備にあたってきました。
この研究科の特色に関して伺いました。
内山氏:通常の大学院とかなりコンセプトや思想が異なっています。
人工知能科学研究科という名前ではありますが、人工知能そのものの研究だけにフォーカスするのではなく、人工知能をさまざまな学術の進展に活用したり、、社会のさまざまな課題の解決に応用することを重視しています。
そのため、さまざまなバックグラウンドを持った、自分の得意分野に長けている人を歓迎します。 研究科に着任する教員も、人工知能だけでなく教育分野や経済の分野など、さまざまな分野からも集めました。
今はディープラーニングが人工知能で中心となっている技術なので、それをいろいろな分野に導入していこうという人を集めていきたいと思います。
AI・人工知能の技術は、あらゆる産業にインパクトを与えるとも言われています。だからこそ、AIに特化した人材だけではなく、AI以外で得意分野がある人材は、その分野へのAI実装をする上で貴重な人材となります。
なぜ学部ではなく大学院に学科を開設するのか
人工知能科学研究科を2020年4月に大学院に開設する立教大学。しかし、なぜ学部ではなく大学院に研究科を開設するのでしょうか。
内山氏:この研究科では「◯◯×AI」という考え方を重視しています。◯◯の部分が第一の専門と捉え、その〇〇にかけあわせるもう一つの専門としてのAIやデータサイエンスがあると考えています。
◯◯の部分は、人それぞれ異なり、大学院の学生の多くが、学部時代に、工学や経済学など〇〇に当たる部分を勉強してきています。
これは例えるなら2階建ての家のようなもので、学部の時代に1階部分を、そして大学院で2階部分を学ぶイメージです。
学部からAIの学習を中心にしてしまうと、学び方によっては他の学問とかけ合わせることが難しくなってしまいます。
したがって、AIやデータサイエンスの技術を、何かの分野に使いたいという人が、ディープラーニングを勉強して、実際に結果を出していくことを理想としています。
AI以外の分野に長けている人に向いている人工知能科学研究科だからこそ、AI以外の学問を学ぶ期間を経た人材が必要なようです。そして大学院は社会人を取り込みやすいことも重要です。
内山氏:社会人の方にも多く来ていただくことも積極的に推進しています。AIを何かの分野にかけ合わせをする時に、既に何かの分野で専門性がある人を受け入れることがよいと考え、それならば大学院の方がよいだろうと考えました。平日夜間と土曜日に授業を集中させているため、企業に勤務しながら通っていただくことができます。
人工知能科学研究科 カリキュラム
AIの活用を進めることにフォーカスし、AI以外の分野に長けている人を取り込んでいく人工知能研究科。以下のようなカリキュラム構成になっています。
人工知能関連の教科を中心に基幹科目から演習科目まで構成されています。2階建てのAI関連教育の提供を目指す人工知能科学研究科ですが、カリキュラム上はどんなポイントがあるのでしょうか?
内山氏:ディープラーニングなどの機械学習を軸に据えています。
データサイエンスの切り口だと、必ずしもディープラーニングがメインになるわけではありませんし、AI・人工知能に強い情報系の学科でも小さく扱っているケースが多いのですが、この研究科ではディープラーニングを中心に位置づけています。
ディープラーニングを学ぶ科目を必修と、「深層学習演習」などの講義も用意しています。なかなか他にはないレベルで重点的に取り組んでいます。
そして、他に重視しているのはAIにかかわる倫理、法律、プライバシーなどのELSI(倫理的、法的、社会的諸問題)です。AIの社会実装に重点を置くこの研究科では、アクセルを踏むだけでなく、こうした適切なブレーキも一緒に学んでいただくことが必要と考えています。そのために基幹科目には必修として「先端科学技術の倫理」という科目が設定されています。
また、人工知能科学研究科では、AI技術と社会をつなぐ人材の育成のために、研究と教育だけでなく、社会実装まで三位一体となった「社会実装」プログラムを用意しています。
社会実装プログラムは、企業でのAIプロジェクトで活躍している教員から実習指導を受けることができ、提携企業との共同研究の中で学びを発展させ、社会に生かす実践的な力を身に付けていくことが可能です。
内山氏:ゼミのような講義と捉えていただければわかりやすいです。
実際にAIに触れて課題に直面してもらうことで、AIの社会実装についてのリアルを知るのが大切です。
三宅氏:最近のゲームは、単にスクリーンだけではなく、社会の中に溶けていきます。そういったゲームの活用、AI・人工知能の活用を考える場にしたいと考えています。
内山氏:AIカメラを社会のさまざまな場所で応用するプロジェクトに立てようと思い、購買行動を分析して販促につなげるAIカメラを作った松下 伸行さんも教員としてお招きします。
スーパーなど小売業界で活用されるAIは「リテールAI」とも呼ばれ、店舗運営のコスト削減などの目的で活用が進んでいます。特に有名な事例はAmazonがシアトルにオープンさせて話題になった「AmazonGO」でしょう。
2018年2月、福岡県福岡市 アイランドシティに、トライアルが「スーパーセンタートライアル アイランドシティ店」をオープンしました。700台のカメラ、100台以上のスマートレジカート(セルフレジ機能・タブレット端末付き)を導入したまさに最先端のスーパーマケットです。
最先端でAIの社会実装に携わってきたスペシャリストから実践の目線で学ぶことができるのも一つの魅力です。
内山氏:松下さんには所属企業でも引き続き活躍していただきながら、立教大学の特任教授として参加していただく予定です。
松下伸行氏(現・株式会社エクサウィザーズ技術統括部)の研究は画像処理をメインテーマ。他にもIoTによるUXなどが研究テーマとなっています。
「社会実装」プロジェクトでは、今後も多くの企業との連携が進んでいくでしょう。どんな企業とコラボしていきたいのでしょうか。
内山氏:日本はものづくりが強い国なので、データがある企業だけではなく、これまであまりAIの導入が進んでいないような業界・企業にAIの技術を導入していきたい考えています。
ゲームは人工知能への興味の第一歩
また、人工知能科学研究科は「ゲームAI」にもフォーカスがあたり、ゲームAI領域のスペシャリスト、三宅陽一郎氏が特任教授として着任予定です。そこにはどんな意図があるのでしょうか。
ゲームAI開発者としてデジタルゲームにおける人工知能技術の発展に従事し、日本デジタルゲーム学会理事なども務める三宅氏に、人工知能の学びとゲームとの関係性について伺いました。
三宅氏:どんな学生さんも1回はゲームをやったことあると思います。1番最初に触れる人工知能はゲームか検索エンジンくらいなのではないでしょうか。
さまざまな人工知能を試す実験の場としてもデジタルゲームがあると思うので、すごい先生が集まったこの学科で、実験の場を学生をはじめとしたさまざまな方に提供できたらなと考えています。
完全な人工知能を作るには、脳としての人工知能だけではなく、体や環境との関係の研究も必要になります。
丸ごと一個の人工知能を作る時にはやはり、知能とは何か、生命とは何か、のように根本的な足元を見直すという作業がどうしても必要になってきます。
そこで、私は人工知能の足場ととしての哲学を探求してきましたので、特に文科系の幅広い学科がある立教大学で、ゲームの環境もうまく活用して本格的な人工知能の研究ができることを示せたらと思っています。
どんな人材を輩出していきたいか
人工知能科学研究科が輩出したいのは、データサイエンティストやAIエンジニアだけではないようです。
どのような人材を輩出したいと考えているのでしょうか?
内山氏:データサイエンティストや企業でAIの研究開発を担う人材ももちろん輩出したいと考えています。
しかし、現場とエンジニアをつなぐような、AIをビジネスや社会に応用する人も育てていきます。
エンジニアが言っていることがビジネスサイドにいまいち通じない、または逆にビジネスサイドにがエンジニアに要望などを伝えたくても、コミュニケーション不全が起きてしまいます。これを改善するためには、エンジニア側がビジネスサイドに歩み寄るか、ビジネスサイドがエンジニアに歩み寄るかが必要です。
ビジネスサイドが技術のことを理解する方がハードルが高いので、ビジネスサイドへの技術的な学習を特に促進していきたいと思っています。
三宅氏:どうしてもAI・人工知能の議論はふわっとしたものになりがちなので、AI・人工知能の技術と可能性と限界を理解した上で、着実に仕事で成果を出せる人を育成していきたいです。
今は技術や、アルゴリズム先行という風潮があり、技術にほかの議論が引っ張られがちだと思うんですよね。
AI・人工知能を相対的に見つつ、最先端の技術の要素技術としてAI・人工知能を使える人も重要です。
政府のAI戦略について
政府は2019年6月にAI戦略を発表しました。
数十万人の規模でAIに関連する人材を育成していくことが述べられており、今後、国内のAI関連人材育成への注目がさらに高まるでしょう。
このタイミングで設立を発表した人工知能科学研究科ですが、政府のAI戦略についてどのように捉えているのでしょうか。最後に伺いました。
内山氏:立教大学でも人工知能科学研究科だけでなく、なるべく多くの学部生にも、AIの実態を知ってもらうための取り組みはしたいと思っています。
これからの社会の変化のことを考えると、誰もがAIについて最低限のことは知っておかなければいけない状況です。しかし、AIはインターネット以上に表面的なふわっとした理解になりがちな領域でもあるので、今後それを正しく学ぶ機会を立教大学としても提供できたらと考えています。
さいごに
AI人材の育成に大きくフォーカスが当たっている2019年。機械学習などのAI技術だけにフォーカスがあたりがちですが、AI以外の特化した領域が必要とおっしゃっていたことが印象的です。
AIに必要なデータは、さまざまな業界の様子を映し出す一方、正しく理解するにはその業界特有の知識が必要です。
正しいAI活用を進めていくためにも、AI以外の領域も含めた包括的な教育を推進していくことが大切です。
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