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AI戦略の立案に関して、同氏が学んだ教訓は以下のような10項目に要約することができます。
- データ収集に早く着手した企業は、データによって市場を支配できるようになる。
- データはAIシステムを生み出し、AIシステムはさらに新たな種類のデータを生み出す。
- データとAIシステムが循環的に生み出されるAIエコシステムを構築することこそが、AI戦略の目標。
- データを持っているが活用法を知らない大企業と、データはないが活用法を知っているAIスタートアップは互恵的なパートナーシップを結べる。
- オープンデータは活用すべきだが、活用時には工夫が必要。
- より少ないデータでAIシステムを構築することに留意する。
- 100%エラーのないAIシステムはない。ゆえに、エラーの影響を知る必要がある。
- AIシステムから得られる新種のデータを活用すれば、新たな収益源を作れる。
- AI製品だけではなく、AIシステムから得られる知識を売ることも考えよう。
- 企業全体にAI文化が根付いた時、AIから得られる利益は最大化する。
以上の教訓のうち「データとAIシステムは循環的に生み出される」と指摘は、とくに重要でしょう。こうしたデータとAIシステムの循環を数多く構築できた企業が、今後のAIビジネスにおける勝ち組となることでしょう。
なお、以下の記事本文はAlexandre Gonfalonieri氏に直接コンタクトをとり、翻訳許可を頂いたうえで翻訳したものです。
大企業はどのようにAI戦略を構築するのか?AI時代にどのように競争上の優位性を構築するのか?そして、どのようにAIoTエコシステムを構築するのか?
以上の問いかけに関して、わたしはグローバルテクノロジー企業のコンサルタントとして過去2年間取り組んできた。この記事では、大企業がどのようにAI戦略を考え、構築するかを示したいと思う。
多くの企業は、AIについて成熟度の低い状態からAIファーストモデルに移行しようとしている。AIファーストな組織になることは非常に困難であるものも、目指す価値があることも証明されている…
データと競争上の優位性
大企業は経営的なAIの時代に到達したと思われる。大企業はすでに製品として完成し、自らの業務プロセスや製品に真に付加的な価値をもたらす一連のAIプロジェクトを抱えている。さらに、AIがもたらす結果を会社全体の新しい標準として確立し、継続的な改善サイクルに取り組んでいる。
AIについて考える以前に、いくつかのイニシアチブ(キュレートされたデータパイプライン、データレイクなど)を通じて、データカルチャーを常に改善するために多くの時間が費やされている。データこそ、AIエコシステムが機能し始めるために必要な基盤なのだ。
高品質なデータを貯蔵したデータレイクを持つ企業が最高のAIシステムを訓練できるのは、自明である。そして、最高なシステムからは最も幅広い使用法が見つけられる。こうしたシステムの幅広い使用は、最高のAIシステムを持つもっとも大きな企業のデータレイクにさらに多くのデータを提供する。
そのデータを使用して既存のモデルを改善し、さらにまったく新しいモデルを作り出し、強化的な好循環サイクルを築くのだ。ある分野や市場に関して大部分のデータを持っている企業は最高のAIシステムを訓練できることが多く、最高のAIシステムを持っている企業は、しばしば市場における大部分のデータを収集できる。
以上のようなデータをめぐる競争は戦略的に重要である。実際、一旦十分なデータが収集されると(そしてリアルタイムでのデータ収集のプロセスが効率的になってしまうと)、ある業界に参入しようとする新しい企業は、その業界にはじめに参入した企業によって制御されるデータに頼る以外、ほとんど選択肢がなくなる。
データとAIに関しては、先発者の優位性というアイデアはいっそう強力であると思われる。実際、後発者が広範かつ適切なデータセットにアクセスしようとすると、そのアクセスに伴う新たな労力は非常に手間がかかり、それゆえ商業的に困難なものとなるように強く運命づけられている。
われわれの目標は、データを支配するレベルに到達することだ。
多くの企業が多大な時間とカネを費やして蓄積してきたデータアセットは、まだ真に価値あるものとなっていないように見える。というのも、蓄積されたデータアセットはデータ支配というパースペクティブから市場を支配する方法をまだ提供していないからだ。
最良のシナリオは、専有データが(複製するのが困難かつ金銭的に高額となって)非常に価値あるものになる場合である。こうしたシナリオが想定されることこそが、ほとんどの専有データが無料ではない理由となっている。専有データのリポジトリを開発することは、時間の経過とともに価値とデータ資産の防御力をもたらすと思われる。データとは市場での地位を守る手段であることに留意して、戦略を構築しよう。
データの支配により、さまざまなAIベースのアイデアをテストすることも可能となる。予算上の理由から、小規模企業はそれほど多くのリスクを負う余裕はない。データの優位性が小さいほど、データ戦略をビジネス戦略と並行して推進することができなくなる。競合他社よりはるかに先んじてAIに投資した企業が、今やAI事業から利益を上げているのは偶然ではない。プロジェクト初期段階から見て利益が上がらないAI事業に関するPoCを終了させるにも、準備が必要なのは明らかなのだ。
AI事業を早く始めるほど、競合他社が追いつくのが難しくなる。より良い予測はより多くの消費者を引き付け、より多くの消費者はAIを訓練するのに使えるより多くのデータを生み出し、より多くのデータはより良い予測につながる、というような好循環が生まれるのだ。AI事業の採用が早すぎるとコストがかかるが、採用が遅すぎると戦略的なミスになる可能性がある。
しばしば過小評価されるほかの重要な要素として、パートナーシップを開発する必要性というものがある。他の組織、大学、データプロバイダー、または政府部門と提携することによって、より戦略的なデータを蓄積する方法を考えるのに多くの時間が費やされている。相互に有益な関係を確立すると、その関係から企業にとって独占的なデータとそのデータに関連する利益が得られる。
大企業とスタートアップ
大量のデータを持っているにも関わらず、大企業は効率的なAIシステムの構築にいまだに悪戦苦闘していることにわたしは気づいた。一方AIスタートアップには、モデルを訓練するための関連性があり高品質なデータが欠けている。この状況は大企業とAIスタートアップの双方が相互に必要としており、しばしば互いにコラボレーションする環境を生み出す。
大企業はどう扱うべきかわからない大量のデータを抱えており、たいていの場合、データに対して何を行うべきかを理解する助けを必要としている。対してAIスタートアップは、もしオープンデータしか使えない場合には、アルゴリズムを訓練するのに真に必要としている関連性があり高品質なデータを使えないかも知れない。
オープンデータ
また、オープンデータを使用する傾向があるのは少数の大企業だけであることにわたしは気づいた。実際のところ、公的機関によってオープンに公開された種類のデータは質が悪いことが多く、そんなデータでも有用であると証明するために広範囲にクリーニングし、他の独自のデータセットと組み合わせる必要がある、と多くの企業は感じている。
しかしながら実際のところ、多くのAIシステムはまず初めにオープンデータあるいは公的にアクセス可能なそれに基づいて排他的に訓練される。たとえば、ウィキペディアなどのオープンソースやTwitterなどのソーシャルメディアから抽出したテキストを使って自然言語処理システムを訓練することが可能だ。
より少ないデータでより多くのことを
また、より少ないデータでプロジェクトを開発するのに役立つ可能性のあるすべてのものに多くの注意を払おう。確かに、データ不足を助けるデータ拡張技術や転移学習はすでに信頼されているが(※訳註2)、将来的にはデータを活用する新しい方法のおかげで別の変化が見られるだろう。
ビジネスモデルとデータ
意思決定者は、従来のビジネスモデルは絶え間なく破壊が繰り返されるビジネス環境では今やまったく機能しないことを認識している。AI戦略を構築する際のカギとなる課題のひとつは、有用なデータを収集し、それらを使用して自社の立場を強化する方法を見つけることだ。データを収集する最も興味深い方法のひとつは、機械学習と関係なく価値のあるものを構築し、それをデータ収集のためのコストで販売するか、無料で提供することである(※訳註3)。通常、この戦略は多くの場合、スタートアップのビジネスモデルとして使用される。
「データトラップ」を構築する以上のアイデアは、最初にユーザに多くの価値を提供することで大量のデータを収集したい場合に役立つ。データの廃棄は、AI製品を使うことで生じる副産物に過ぎない。
2019年のスーパーボウル当日、ドミノピザは食べているピザをスマホで撮影してシェアすると、ポイントを付与するキャンペーンを実施した。このキャンペーンの目的はピザの画像を大量に集めることにあり、その目的は見事に達成された(この事例の詳細については、US版NVIDIA公式ブログ記事『ライフ・オブ・パイ:ドミノピザにおけるAIの実装方法』を参照)。
また、AIビジネスモデルに関する議論の焦点はデータからインテリジェントな製品やプロセスに合わせるようにしよう。確かにデータは基盤となるかも知れないが、そうした基盤はその上にあるもの、つまりよりインテリジェントな製品とビジネスプロセスをサポートするように設計される必要があるのだ。
われわれの目標は、AIを通じてすべての製品またはバックエンド業務を強化し、エンドユーザに対して真の付加価値を生み出すことである。「AIを始めなければならない」というヒトの声をよく耳にするが、これは間違いだ。AIビジネスを始めるにあたっての問題の一部は、すぐに導入可能なAIビジネスケースのようなものがないことにある。そんな便利なものがない代わりに、AIビジネスケースにはソリューション全体の一部としてAI技術と手法を使った特定のビジネスシナリオ、問題、またはユースケースがあるのだ。
ほとんどのAIプロジェクトでは、ブランドイメージ(精度、効率など)を維持することと、モデルによって提供される全体的な精度との間の適切なバランスを見つけることに多大な注意が払われている。100%エラーのないモデルなどない。モデルは常に幾ばくかの間違いを犯すが、エラーがもたらす帰結を知る必要がある。エラーはブランドイメージにどのような影響を与えるか?エラーに対して顧客はどのように反応するのか?…
新しい収益源を作る
また、AIのおかげで自由に利用できる新しい情報を活用して、新しい収益源を創出することを探求しよう。さらには新規なデータを活用するというアプローチによって、企業全体の成長を実現しよう。このようにAIとデータを使う企業は、自社所有のデータと外部データを組み合わせることによってアクセスできる新しい市場領域を継続的に特定する。
AIファーストなビジネスモデルへのシフトは、長期的な競争上の優位性を構築する戦略となる。なぜならば、企業が同じことをする代わりに新しく、ほんの少しでもより良いことを実行するためにAIを使った場合、AIは成長をもたらすもっとも価値あるものとなるからだ。
たとえば、チャットボットを使ってAIを適用してWebサイトのエクスペリエンスを向上させるのは素晴らしいことだ。しかし、ますます多くの企業がこれと同じ施策を行っているので、あまり差別化とならない。常に顧客体験を変え、まったく新しいものを提供するようにしよう。
知識を売る
また、AIイニシアチブのおかげで作られた洞察をどのように販売できるかについてもよく考えよう。AIのナレッジキャプチャ機能は、企業が物理的な製品の販売からナレッジの販売に切り替える機会を生み出す。たとえば最先端の工場では、同じ工業セクターにおける競合他社に対して知識やプロセスに関するホワイトラベル(※訳註4)を販売するためにAIシステムを活用することができる。
文化の構築
AIは単なる技術的ソリューションではない。AIの周りに文化を築くには、多くの時間が費やされる。そして実際、企業内の各部門は互いに反目するのではなく、今では革新的な知識を共有してカスタマイズされたまとまりのある顧客体験を提供するようになってきている。
プロセスを強化するために、機械学習で会社のオーバーホールを推進することも決断しよう。データセットの拡充とチャレンジを奨励することは、潜在的な人材採用における強力な魅力になることも認識しよう。
AI導入の初期段階から先に進む時、多くの企業はデータ、才能、テクノロジー自体から生じるいくつかの障害のために、予定通りに終わってしまうか、減速してしまう。AIは新しい市場を開き、新しい収益源を生み出す独自の能力を提供するのだが、そんなAIによる利益はそれが企業全体に大規模に実装された時に最大化される。
わたしは、AIのための戦略だけでは不十分だと強く思っている。AIを使って戦略を立案することが重要であり、さらにはAIを用いて戦略的機会を探し出し活用する点こそが大切なのである。そして、慎重に選択されたKPIを最適化することが、AIの戦略的目的となるのだ。
原文
『Lessons I’ve Learned Developing An AI Strategy』
著者
Alexandre Gonfalonieri
翻訳
吉本幸記(フリーライター、JDLA Deep Learning for GENERAL 2019 #1取得)
編集
おざけん