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2020.06.18

今話題のDeepL翻訳 -威力と限界を徹底解説 -

最終更新日:

日本語対応したDeepL翻訳は、従来の翻訳AIに比べて自然な日本語を出力することで注目を集めています。同AIの登場は、翻訳業務が完全自動化される未来を予感させるものなのでしょうか。

この記事では、AINOW翻訳記事担当者が実際にDeepL翻訳を使って翻訳記事を作成した経験にもとづいて、DeepL翻訳の威力と限界を考察します。そして、今後の翻訳AIの進化がもたらす影響と未来における翻訳業務のあり方も論じます。

DeepL翻訳とは何か

DeepL翻訳とは、ドイツ・ケルンに本拠地をもつDeepL社が2017年から公開している多言語対応翻訳AIです。2020年3月19日には、対応言語に日本語と簡体字中国語が追加されました。

DeepL翻訳は世界各国のメディアから絶賛され、例えばUS版techCrunchは「翻訳スピードは他社の翻訳ツールに遜色なく、精度とニュアンスは他に勝る」と評し、フランスの有力紙ル・モンドは「フランス語らしい」表現ができる、と述べました。多数の日本メディアも、同AIを高評価する記事を公開しています。

DeepL翻訳には5,000ワードまで無制限に利用可能なオンライン版、Windows PCあるいはMac OSにインストールして利用するアプリ版、そして有料版のDeepL Pro(日本版は2020年6月16日より対応)の3バージョンがあります。DeepL Proのユーザになれば、オンライン版の文字数制限がなくなります。

翻訳業務と翻訳AIの関係

満を持してリリースされたDeepL翻訳日本語版について報じた日本メディアの多数の記事は、「翻訳ツールの定番であったGoogle翻訳を凌駕した」と報じました。AINOW翻訳記事担当者も実際にDeepL翻訳を試用してみたところ、以前から使っていたGoogle翻訳より良い結果が得られたので、現在ではDeepL翻訳を翻訳業務に導入しています。

しかし、DeepL翻訳を導入したとしても、翻訳記事作成業務の大部分が自動化されたわけではありません。というのも、DeepL翻訳をはじめとした翻訳AIは、実のところ、「英文和訳」を(不完全に)自動化するに過ぎず、「翻訳」は実行していないからです。

DeepL翻訳の性能とその限界を知るうえで、「英文和訳」と「翻訳」の違いを明らかにすることは非常に重要です。こうした違いを理解するためには、翻訳文が完成するまでのプロセスを振り返る必要があります。

翻訳文が完成するまでの4つのプロセス

一般に翻訳業務では、以下のような4つのプロセスが実行されています。

翻訳文が完成するまでの4つのプロセス

  • 第1ステップの原文リサーチとは、原文記事の内容を理解するプロセスです。このステップでは原文を読み込み、内容理解に必要な専門知識や関連知識を整理します。そして、原文に対する大まかな英文和訳を作成します。この段階では、日本語として不自然な直訳で構いません。
  • 第2ステップのストラテジーの決定とは、第1ステップで作成した英文和訳を自然な日本語に推敲するにあたっての方針を決めるプロセスです。具体的には、文体を「ですます調」または「である調」のどちらにするのか、翻訳文を掲載するメディアと想定される読者層を考慮して、どのような翻訳文を作成するか、といったことを決めます。AINOW翻訳記事であれば、AIに関するドメイン知識が豊富な読者層が想定されるので、精確で関連情報も充実させる、という翻訳方針を決めます。
  • 第3ステップの翻訳文の作成では、決定したストラテジーにもとづいて英文和訳を推敲していきます。推敲に際しては、後述する翻訳技法を活用します。
  • 第4ステップの校正と納品では、完成した翻訳文を再度チェックして納品します。この段階では、翻訳文にストラテジーから逸脱した箇所がないか、納品先が指定するフォーマットに従っているか、といったことを確認します。

高精度な翻訳AIの登場は、ステップ1「原文リサーチ」における英文和訳の作成に革命を起こしました。かつては手作業で行っていた英文和訳を翻訳AIは自動化したのです。しかし、翻訳AIが生成した英文和訳が一切の推敲なしで翻訳文となることは極めて稀です。現状の翻訳AIはまだ誤訳することがあるうえに、完全に自然な日本語を生成するには至っていません。

英文和訳と翻訳の違い

翻訳における業務プロセスで解説したように、翻訳とは英文和訳によって作成された日本語文を、ストラテジーにもとづいて翻訳技法を活用しながら推敲するタスクです。

具体的には

  • 文体は何にするのか
  • 日本語文のどの箇所で翻訳技法を適用するか

などを翻訳者が意思決定します。こうした意思決定は翻訳者によって異なるので、ひとつの英語原文から多様な翻訳文が作成される余地があります。

英語原文にもとづきながら多様な表現が許容されるという特徴こそが、英文和訳と翻訳のもっとも重要な違いです。この違いにより英文和訳に関する学習データは整備・拡充できる一方で、翻訳に関しては学習データ自体を用意することが極めて困難、ということが帰結します。というのも、英文和訳に関する「正解」はデータ化が容易な一方で、翻訳についてはそもそも何が「正解」かは翻訳者の意思決定に依存しているからです。

英文和訳と翻訳の違いを理解すると、翻訳AIの進化の行く末が予見できそうです。翻訳AIの英文和訳力に関しては、学習データの充実化が容易なので、今後も進化していくでしょう。対して翻訳はそもそも翻訳者が「正解」を決定するタスクなので、翻訳AIによる自動化というアプローチ自体がなじまないものがあります。翻訳については翻訳AIが翻訳者の意思決定をサポートするアプローチのほうが生産的と考えられます(翻訳サポート機能は後述します)。

DeepL翻訳の驚くべき英文和訳力

英文和訳と翻訳は質を異にするタスクなので、翻訳AIによって翻訳業務全体を完全自動化するのは困難だと言えます。しかしながら、翻訳AIの英文和訳力が向上すれば、翻訳者は翻訳に集中できるので、結果として翻訳業務の品質が向上します。

AINOW翻訳業務では2020年4月からDeepL翻訳を導入しました。その結果、Google翻訳を使っていた頃より英文和訳の作成に要する負担が大きく軽減しました。以下では、AINOW翻訳業務で体験した実例を参照しながら、DeepL翻訳の素晴らしい英文和訳力を示していきます。

原文)“This story is not meant to discourage you. Rather, it should serve as a long hard look in the mirror.
(AINOW翻訳記事『あなたがデータサイエンティストになれない9つの理由』原文より)

DeepL翻訳「この話は、あなたを落胆させるためのものではありません。むしろ、長い間鏡を見続けてきたあなたにとって、この話が役に立つはずです。」

Google翻訳「この話はあなたを落胆させるためのものではありません。むしろ、それは鏡の中の長いハードルックとして役立つはずです。」

AINOW翻訳「この話はあなたを落胆させるためのものではない。むしろ、長い間鏡を見続けてきたあなたには、この話が役立つはずだ。」

以上の原文で難しいところは、”as a long hard look in the mirror.”の箇所です。Google翻訳は直訳調で、日本語として意味不明です。対してDeepL翻訳は自然で意味の通る日本語が生成されています。

原文)” Caring for dementia patients is emotionally difficult for nurses and doctors. ”
(AINOW翻訳記事『人工知能における共感【前編】』原文より)

DeepL翻訳「認知症患者のケアは、看護師や医師にとって感情的に難しいものです。」

Google翻訳「 認知症患者のケアは、看護師や医師にとって感情的に困難です。」

AINOW翻訳「認知症患者の介護は、看護師や医師にとって感情的に辛いものだ。」

以上の原文に難解なところはなく、簡単に英文和訳が可能です。しかし、” emotionally difficult “の和訳で差異があります。この英文箇所の和訳を比較した場合、「感情的に困難」はやや不自然な日本語に感じ、「感情的に難しい」は相対的に自然に感じられます。こうした言葉の並び方から捉えた表現の自然さは、翻訳専門用語でコロケーションと呼ばれます。

以上の実例から、DeepL翻訳はGoogle翻訳より適切なコロケーションを備えた和訳を生成することがわかります。最終的な翻訳文では、さらにコロケーションを考慮して「感情的に辛い」としました。高品質な翻訳文を作成するには、こうした細部のコロケーションに配慮することが肝心です。

ちなみに、DeepL翻訳は関西弁のような日本語の方言を標準的な英語に和文英訳できることで話題になりました。こうした方言対応は、以下のような記事で検証されています。

以上のような方言対応は、DeepL翻訳のGoogle翻訳に対する優位点のひとつと言えるでしょう。

翻訳力は発展途上

DeepL翻訳は英文和訳力に優れている一方で、翻訳における基本テクニックである翻訳技法を活用した和訳を生成しません。もっとも、同AIが翻訳技法を使えないのは当然とも言えます。というのも、このテクニックは、自然な日本語文を作成するために、時として語順や文法に忠実であることから離れて翻訳文を作成する技術体系として歴史的に発展・整備されたものだからです。このような翻訳技法は、文法体系が著しく異なる英語から日本語にいかに自然に翻訳するか、という難問に先人たちが思い悩んだ末に考案され継承されてきたものです。

以下では実際のAINOW翻訳記事を引用しながら、DeepL翻訳が生成した英文和訳に翻訳技法を適用した事例の一部を示していきます。

代名詞の明示/省略

DeepL翻訳は、人称代名詞/指示代名詞を字義通り「彼/彼女」もしくは「それ/それら」などに訳します。しかし、代名詞が何を指示しているか明示しないと不明瞭な文になることがあります。そうした場合は、代名詞が指示している内容を訳出します。反対に、代名詞を訳出することによって、かえって読みにくい文になることもあります。この場合には、代名詞を省略します。

原文)“Layoffs haven’t hit too many data scientists just yet. So far only 3% of our alumni have been affected. That
includes both temporary furloughs and salary reductions that fall short of layoffs.”
(AINOW翻訳『今年3月に北米のデータサイエンス求人市場で何が起こったのか』(2020年6月18日時点で未公開)原文より)

DeepL翻訳「レイオフはまだ多くのデータサイエンティストを襲っていません。これまでのところ、影響を受けているのは卒業生の3%だけです。これには、一時的な解雇とレイオフに満たない減給の両方が含まれています。」

AINOW翻訳「レイオフについては、まだ多くのデータサイエンティストが見舞われていない。これまでのところ、影響を受けているのは我が社のサービスの卒業生の3%だけだ。この数値には、一時帰休とレイオフに相当しない減給の両方が含まれている。」

原文)“The panic button has been pressed by a lot of governments worldwide, people are anxious, and our healthcare professionals ( a big sincere thank you to all of them ) are on the frontlines, going through hell to cope with the situation.”
(AINOW翻訳『新型コロナウイルスの統計値を解釈する際によくある落とし穴を避けるためのショートガイド』原文より)

DeepL翻訳「世界中の多くの政府がパニックボタンを押し、人々は不安を感じ、私たちの医療従事者(すべての人に心から感謝します)は最前線で地獄のような状況に対処しています。」

AINOW翻訳「世界中の多くの政府がパニックボタンを押し、人々は不安に駆られ、(「私たちの」を省略)医療従事者(すべての医療従事者に心から感謝します)は最前線で状況に対処するために地獄に耐えるかのような努力をしている。」

態の変換

英語では日本語では主語にならないものが、頻繁に主語となります(文法的には「無生物主語」と呼ばれる)。そのため、英文和訳の段階では日本語として違和感のある主述関係の文章が訳出されることがあります。この違和感は、主語を変えて受動態的に訳すと解消します。

原文)“The mean for both sites is approximately the same, at 40%. However, we can see that the standard deviations are quite different. These metrics seem to be giving us conflicting results. Is there another way to quantify how similar these two distributions are?”(AINOW翻訳『ニュースは新型コロナウイルスに過剰反応しているのか?』原文より)

DeepL翻訳「両サイトの平均値は40%とほぼ同じです。しかし、標準偏差はかなり異なっていることがわかります。これらの測定基準は、相反する結果を与えているように見えます。この2つの分布がどれくらい似ているかを定量化する別の方法はありますか?」

AINOW翻訳「両サイトの平均値は40%とほぼ同じだ。しかし、標準偏差はかなり異なっていることがわかる。これらの指標からは、(平均は似ているが標準偏差は異なるという)相反する結果が得られているように見える。この2つの分布がどれくらい似ているかを定量化する別の方法はあるだろうか。」

訳順の変更

一般に翻訳は、「英単語が並んでいる通り」左から右に順に訳していくのが原則です。しかし、構文が複雑な場合、書かれている語順で訳すと日本語として不明瞭になることがあります。この場合は、訳する語順を変えると明瞭な日本語となります。

原文)“There are important factors that differ from country to country that can have a big impact on the numbers: like the age distribution, general population health condition, and quality of the healthcare system”
(AINOW翻訳『新型コロナウイルスの統計値を解釈する際によくある落とし穴を避けるためのショートガイド』原文より)

DeepL翻訳「年齢分布、一般的な人口の健康状態、医療システムの質など、国ごとに異なる重要な要因があり、それが数字に大きな影響を与えることができます。」

AINOW翻訳「統計値に大きな影響を与える重要な要因は国ごとに異なる。そうした要因には、人口構成、一般的な国民の健康状態、そして医療システムの品質のようなものがある。」

関係代名詞を基点にした分割

関係代名詞を含む文章を忠実に英文和訳すると、一文が長く、読みにくい日本語文となることがあります。この場合は、関係代名詞の前と後で文章を分割して訳すと、明瞭な日本語となります。

原文)“By evaluating these metrics for a Coronavirus article, we can determine how subjective and/or negative said article is, which can be an indication of the author “overreacting” to the situation.”
(AINOW翻訳『ニュースは新型コロナウイルスに過剰反応しているのか?』原文より)

DeepL翻訳「コロナウイルスの記事に対してこれらのメトリクスを評価することで、その記事がどの程度主観的であるか、あるいは否定的であるかを判断することができ、これは著者が状況に「過剰に反応している」ことを示している可能性があります。」

AINOW翻訳「コロナウイルスの記事に対してこれらの指標で評価することで、その記事がどの程度主観的であるか、あるいは否定的であるかを判断することができる。こうした判断によって、テキストの著者が状況に「過剰に反応している」ことが示される可能性があるのだ。」

文脈の補足

英語原文には書かれていないが、文章をより明確に理解するために文意を補ったほうがよい場合があります(いわゆる「行間を読む」こと)。この場合には、原文に書かれていなくても、文意を明瞭化する文章を追加するのが望ましいです。DeepL翻訳をはじめとした翻訳AIは、現時点ではこの「文脈の補足」をまったく実行できていません。

原文)Another lesson is that A.I. seems to be part of Starbucks’ journey of learning to use data. It’s not something that happened because of a burning desire to use A.I. It was just the next thing to do in each area when the time was right.”
(AINOW翻訳『スターバックスはコーヒー事業者ではない ― データテック企業なのだ』原文より)

DeepL翻訳もう一つの教訓として、A.I.はデータを使うことを学んだスターバックスの旅の一部のようです。A.I.を使いたいという燃えるような願望から起こったことではなく、時期が来れば各分野で次のことをするべきだっただけなのです。」

AINOW翻訳スターバックスの事例から得られるもう一つの教訓として、AIの導入過程が同社がデータ活用を学んでいく旅の一部になっているようだ、ということがある。同社のイノベーションはAIを使いたいという強い願望があったから起こったのではなく、時期が来たときにそれぞれの分野で次にやるべきことを行った結果であったのだ。」

※注記:以上の翻訳技法の解説を執筆するにあたっては、『翻訳スキルハンドブック~英日翻訳を中心に アルク はたらく×英語シリーズ』を参考にしました。

統計から見たDeepL翻訳の性能

以上のような翻訳技法は、AINOW翻訳記事においてどの程度使われているのでしょうか。未公開記事を含む11本のAINOW翻訳記事を対象として、翻訳技法の活用頻度を調べてみました。調査は、DeepL翻訳が生成した未推敲の英文和訳と推敲済みの(冒頭解説文と訳註を除いた)翻訳文をMicrosoft Wordの「文書の比較」機能を使って差分を検出する方法で行いました。調査結果の一部は、以下のような表にまとめられます。

AINOW翻訳記事における翻訳技法適用頻度の統計

上表の「翻訳率」とは、翻訳で生じた「変更箇所」を「DeepL翻訳文の文字数」で割った値です。この数値は、DeepL翻訳文の文字数に対する変更箇所の割合を表します。AINOW翻訳記事の平均翻訳率は、約10%でした。この結果は「4,000字のDeepL翻訳文に対して、平均して400箇所の変更を加えている」ことを意味します。この変更には、「です」を「である」に置き換えるものから「文脈の補足」のような高度な翻訳技法の適用まで含まれます。

「加筆率」とは、「翻訳文の文字数」を「DeepL翻訳文の文字数」で割って、1を引いたものです。この数値は、DeepL翻訳文から翻訳文を作成した際に生じた文字数増加の割合を表します。AINOW翻訳記事の平均加筆率は、約10%でした。この結果は「DeepL翻訳文から翻訳文を作成すると、平均して10%文字数が増える」ことを意味します。文字数が増える原因は、DeepL翻訳文には訳が抜ける箇所があるうえに文脈の補足も行うからです。

以上のように、DeepL翻訳を活用したとしても、AINOW翻訳記事のような専門的な内容の翻訳文を完成させるには、少なくない推敲が必要なのです。

翻訳文読者のメリットとその限界

専門的な内容の文章ではその限界を露呈するDeepL翻訳は、日常的な内容の文章ではかなり信頼できる性能に達していると考えられます。本記事を執筆しているAINOW翻訳記事担当者は、AINOW以外の業務で英文記事にもとづいた記事を作成しています。この記事を作成する際に、Google翻訳を使って短時間に大量の英文記事を読んでいますが、体感的には70%程度には正しい精度の翻訳文が得られています。DeepL翻訳を使えば、さらに高精度な結果が得られるでしょう。今後の進化を考慮すれば、おそらく専門的ではない英文記事のほとんどは、翻訳AIのちからを借りれば大意をほぼ理解できるようになるでしょう。

ちなみに、大量の英文記事を読む時にGoogle翻訳を使う理由は、Google翻訳をChromeブラウザのアドオンとしてインストールすると、クリックひとつで翻訳文がブラウザ画面上に表示されるからです。対してオンライン版DeepL翻訳は、翻訳したい英文をコピー&ペーストするという手間がかかるため、大量に英文を読む際には面倒になるからです。

※注記:Windows対応のアプリ版DeepL翻訳は、翻訳したい英文を選択後、ctrlキー + cキー押下を2回実行すると、オンライン版DeepL翻訳から翻訳文が出力されます。こちらも、Google翻訳に比べると面倒です。

DeepL翻訳が限界を露呈するケースは専門的な内容の英文翻訳のほかに、英語文芸作品の翻訳が挙げられます。文芸作品には、原作者が独自な文体を彫琢するという側面があります。こうした文芸的な文体を翻訳するには、「意味が同じであれば何でもいい」というわけには行きません。英語文芸作品の翻訳には、英文学の専門知識に加えて、文体を日本語で再現する高度な文章表現力が要求されます。それゆえ、翻訳AIだけを使って英語文芸作品を翻訳するのは、(少なくとも現状では)あってはならないことです。

翻訳者を強化する翻訳AI

DeepL翻訳をはじめとする現代的な翻訳AIは、高精度な英文和訳を生成することによって、翻訳業務の負担を大きく軽減します。それでは、翻訳AIの英文和訳力がさらに高精度になると、翻訳者にはもはや語学力が不要になるのでしょうか。この疑問に答えるには、翻訳者に求められるスキルを整理する必要があるでしょう。

翻訳業務に求められる3つのスキル

翻訳業務に求められるスキルは、以下の図のように3種類考えられます。

翻訳業務に求められる3つのスキルと翻訳プロセスの関係図

  • 上図の「言語能力」とは、英語を理解する狭い意味での「語学力」と翻訳文を作成する際に必要な日本語の国語力をふくめた総合的な言語スキルを意味します。
  • 「ドメイン知識」とは、英語原文の内容を理解するために必要な専門知識を意味します。AINOW翻訳記事で言えば、AIに関する技術および業界の知識です。
  • 「ビジネススキル」とは、(「どんな読者層が読むのか」というような)翻訳文が読まれるコンテクストを理解したり、編集部と交渉するスキルを意味します。

前述した翻訳記事作成に際する4つのプロセスは、必須3スキルを以下のように組み合わせて使いながら遂行します。

  • 原文リサーチには、英文和訳を理解するために必要な言語能力ドメイン知識が求められます。
  • ストラテジーの決定には、英文和訳を理解する言語能力と翻訳記事が読まれるコンテクストを理解するビジネススキルが求められます。
  • 翻訳文の作成には、言語能力、ドメイン知識、ビジネススキルのすべてが求められます。ビジネススキルが必要なのは、翻訳文の作成を進めるなかで時としてストラテジーを見直すこともあるからです。
  • 校正と納品には、専門用語が正しく使われているかをチェックするドメイン知識、そして納品フォーマットなどを確認するビジネススキルが求められます。

翻訳AIは、今後ドメイン知識をふまえたさらに高精度な英文和訳を生成できるようになると予想されます。したがって、原文リサーチにおける負担がますます軽減されるでしょう。しかしながら、今後も翻訳者に語学力は必要とされるでしょう。というのも、専門分野における新概念や新アイデアは、定義上それが語られている学習データがないために、翻訳AIが誤訳する可能性が高いからです。こうした場合には、翻訳者が原文にあたって翻訳しなければならないのです。

翻訳者に求められるスキル分析を通してわかることは、翻訳AI導入による効用は翻訳必須スキルの一部を強化するに留まり、翻訳の完全自動化は当分のあいだ不可能、ということです。

翻訳サポート機能の具体例

本記事では、翻訳AIの役割を「英文和訳の生成」に限定して考察してきました。考察を未来の翻訳AIにまで広げた場合、その役割を英文和訳に限定する必要はありません。

翻訳業務の要である翻訳文の作成は、翻訳者の意思決定が深く関与するため、翻訳AIによる自動化には向かないタスクです。しかし、翻訳時の意思決定をサポートするような機能を翻訳AIに実装することは可能なのではないでしょうか。以下では、役に立ちそうな翻訳サポート機能の事例を列挙します。

  • 文体の選択:英文和訳生成時に「ですます調」または「である調」で出力することを選択できる機能。さらには、「くだけた文」「法律文書風」「小説風」のような大まかな文体も選択できる。
  • 類義語の提案:動詞や形容詞にカーソルを当てると、類義語が提案される機能。翻訳文が単調になるのを防止できると同時に、より適切なコロケーションをさがすのにも役立つ。
  • あいまい文の指摘:主語と術語が離れ過ぎている「あいまい文」を指摘して、修正をうながす。
  • 冗長文の指摘:長過ぎる文を指摘して、2文に分ける修正をうながす。

以上の機能は、おそらくは技術的に実装可能なものばかりです。とくに「ですます調」または「である調」の選択は、今すぐにでも実装してほしい機能です。現状だとDeepL翻訳とGoogle翻訳は、「ですます調」でしか英文和訳しません。そうした和訳を「である調」に修正する作業は、非クリエイティブな苦役でしかありません。

「With AI」に向かう未来の翻訳業務

前節で述べた翻訳サポート機能が実装された場合、翻訳AIは「英文和訳作成の労力軽減」以上の働きをすることが期待できます。

翻訳AIの校正者としての翻訳者

翻訳AIが高精度な英文和訳に加えて翻訳サポートも担うようになると、翻訳者には「AIが生成した和訳をサポート機能を使いながら推敲する」校正者のような立ち位置が求められると予想されます。現状のAINOW翻訳記事作成業務においても、まったくの白紙の状態から翻訳文を作成することはほぼなくなりました。

校正者としての翻訳者に重視されるようなるのは、ドメイン知識とビジネススキルです。というのも、これらにもとづいて校正的翻訳における意思決定が行われるからです。

校正的翻訳の時代が到来した時、苦境に立たされるのは(現状でも少ないでしょうが)「ドメイン知識のない翻訳者」です。ドメイン知識が不要な英文の翻訳は、翻訳AIが生成した和訳を多少修正するだけで終わる単純労働となります。そうした単純労働には、高単価は望めないでしょう。

来たるべき校正的翻訳の時代において、あえて翻訳AIを使わない「人力翻訳」に価値はあるのでしょうか。文芸作品の翻訳については、芸術的な文体が求められるので人力翻訳に価値はありそうです。しかし、こうした芸術翻訳を除いた(圧倒的に需要の多い)実務翻訳においては、もはや人力翻訳に価値は見出せなくなるでしょう。それゆえ、未来の翻訳者には翻訳AIを上手に使うスキルこそが最も求められるかも知れません。

人間こそが責任を負うべき

もっとも、たとえ校正的翻訳が普及したとしても、翻訳業務のそもそもの目的は変わりません。その目的とは「外国語で書かれた文章を母国語で読んでもらう」ことです。翻訳者と翻訳文を公開するメディアは、こうした目的に対する責任を負っています。そのため翻訳文が素晴らしければ彼らは称賛され、稚拙であれば非難を受けます。

翻訳業務における責任は、どんなに翻訳AIが進化しても人間が負うべきです。というのも、人間が翻訳AIに責任転嫁してしまうと、翻訳AIの誤作動あるいは暴走、さらには翻訳AIの悪用に歯止めがかからなくなってしまうからです。

本記事で論じた翻訳サポートの拡充に向かう翻訳AIの進化は、結局のところ、AIと人間の協働作業が増えていく過程と見ることもできます。この過程は「by AI」から「with AI」に向かっている、とも表現できます。そして、with AIな翻訳業務において翻訳者に求められるのは、スキル以上に「頼れるAIを生かすためにも、仕事の責任を負う」という倫理なのではないでしょうか。


記事執筆者:吉本幸記(フリーライター、JDLA Deep Learning for GENERAL 2019 #1取得)

編集:おざけん

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