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2020.06.30

チャットボットは人になりすませるか?明智光秀AIから考えるAIの未来

AIによって、かつてその分野での名声を築いた人物を再現する取り組みが増加しています。

時には、それはAIに対する批判となり、不気味だと怖がるような意見も散見されています。

この記事では、NHK大河ドラマで焦点が当てられている明智光秀をAIによって蘇らせるという取り組みから、チャットボットで人を蘇らせるかについて考察していきます。

AIによって再現される人々

2019年には、NHKが、昭和の歌謡界を代表する歌手である美空ひばりの声や姿をAIで生成し、新曲を発表して、大きく話題になりました。故人の歌声をAIで蘇らせ、新曲としてCDがリリースされたのは世界初のことです。

美空ひばりAIについて解説した記事はこちら▼

また、日本漫画界の巨匠、手塚治虫の新作がAIによって生まれました。2019年にキオクシア株式会社(旧東芝メモリ株式会社)のキャンペーン「#世界新記憶」第1弾として、手塚治虫の新作をAI技術で生み出すという、前代未聞のプロジェクト「TEZUKA2020」が始動し、結果として、手塚治虫の新作「ぱいどん」が2月に発売されるに至りました。

手塚治虫AIについて解説した記事はこちら▼

歌唱、漫画だけでなく、人物、キャラクター、絵画などあらゆるコンテンツがAIによって生み出されるようになっており、5年後、10年後には更に多くのコンテンツがAIによって生み出され、時には人間が生み出したものとの差を見出すことが難しくなるかもしれません。

チャットボットとは?

チャットボットは、「チャット(会話)」+「ボット(ロボット)」です。つまり、対人間ではなく、対ロボットと会話ができる技術のことです。

チャットボットの一種として、LINEなどのメッセージングアプリを使ったサービスも増えており、気軽に利用できるサービスとして普及してきています。

このようなチャットボットは、「会話をやりとりするための自然言語処理」や「もっと円滑で自然な会話をするために会話を分析する人工知能」など、多くの技術の組み合わせによって実現されています。

▼チャットボットについて詳しくはこちら

チャットボットは人間のコミュニケーションを再現できるか?

2020年1月19日から放送開始したNHK大河ドラマ「麒麟がくる」でその生涯が描かれた明智光秀は、本能寺の変を起こした当事者として知らない人はいないでしょう。

明智光秀の人格や音声、歴史をAIで再現しようとしたプロジェクトがあります。一般社団法人 明智継承会は、明智光秀ゆかりの真実の歴史・伝承を保存、継承するために、2019年12月25日に「みつひでAI」を公開しました。

引用: https://mitsuhide-ai.com

「みつひでAI」は株式会社ZAIZENが提供するAIプロダクト『Personality Reverse』を活用して制作された明智光秀の人格や音声、歴史を再現することを目的とした対話型AIです。

例:実際に『みつひでAI』に好きな食べものを聞いてみた

同会によると、明智光秀やその一族に関する定説や通説は、敵対する勢力や江戸時代に創作された物語を現代の研究者や小説家が追認して広められたものがほとんどであり、フェイクニュースとして極悪人というイメージが広められたといいます。

そこで、同会は、『みつひでAI』を制作し、明智家の真実の歴史、伝承を整理してAIによって保存、継承し、世の中に公開・普及していくとしています。

今回の記事では、『みつひでAI』をテーマに、AIを用いて歴史上の人物を再現できるのかどうかについて考察していきたいと思います。

『みつひでAI』の裏側について

みつひでAIの裏側について、株式会社ZAIZENのマトリックスユニバース事業部の部長兼取締役 大谷 翔氏に話を伺いました。

ーー明智光秀AIについて紹介をお願いします!

株式会社ZAIZENでは、Personality Reverse(パーソナリティリバース)と呼ばれる、人物の話し方や思考などの情報を基にその人物を忠実に再現する「パーソナルAI」との対話システムを開発しています。

パーソナルAIは、実際の対話と同じように感情(喜怒哀楽)を声色、表情、対話内容で表現することができ、ユーザにまるで本物の人と話している感覚を与えることができます。今回取り上げていただいた、明智光秀AI(以下「みつひでAI」)は、歴史上の偉人である明智光秀を再現しました。

ーーなぜ、明智光秀AIの開発に至ったのでしょうか?

ZAIZENはPersonality Reverseを活用したサービス企画のひとつとして、地域の観光や歴史を紹介する偉人AIの開発に取り組んでおります。

2つの理由から、再現する偉人を明智光秀にしました。
1つ目の理由は、大河ドラマで大きく脚光を浴びていることです。
2つ目の理由は、明智光秀は研究者や地域によって諸説ある偉人であるため、各々の説をAIの教師データにすることによって、諸説の違いを分かりやすく一般の方々に伝えられるツールにできると考えたからです。

既に全国各地のイベント等に出展させていただいており、地域ごとに教師データを変えることによりご当地向けに独自学習したAIとして仕上げています。2019年末には、一般社団法人明智継承会様にこの独自学習AIを気に入っていただき、Webサービスとしてご利用いただいています。

ーーどの程度まで明智光秀らしさを演出できましたか?

簡単な受け答えでしたら、違和感なく使っていただけるものになっています。

本物の明智光秀を再現するにあたり、次の点を工夫しました。

まず、世に出回っている明智光秀の肖像画は劣化が激しかったのでデジタルレタッチ加工を行い、見栄えするよう仕上げました。

また、声優に依頼し、威厳のある声を収録して合成音声として明智光秀の声を再現しました。

そして隣に「のぶながAI」を並べると、感情を露にしながら当時の心境を互いに吐露する機能を付けるなど、リアリティのあるシーンを演出しました。

ーーどのように明智光秀をチャットボットで再現したのでしょうか?

明智光秀のチャットボットを作るにあたり、まず、AI技術(ニューラルネットワーク)に対話文言の教師データを入力して、イベントなどでデモ実証を行いました。

多くの方々に実際に利用していただいたところ、一般ユーザの多くは、会話の口火として日常的な雑談を始めることが分かりました。そこで、歴史や観光に関連した一問一答型の会話パターンだけでなく、できるだけ会話のキャッチボールができるような教師データが大量に必要となりました。

そこで、Lionbridge AIに会話のきっかけとなるような日常的な会話パターンの教師データ作成を依頼しました。

好きな料理、嫌いな飲み物、最近感動したことなど、日常会話でよく使われるような話題をテーマに1質問とそれに対する回答をセットで1対話とし、合計で5000対話のデータ作成を依頼しました。

また、将来的なAIのバージョンアップを見越して、連続した会話のやり取りの教師zデータの作成も依頼しました。

例えば以下です。
「好きな動物は何ですか?」「犬です。」
「どんな犬が好きですか?」「毛がふわふわでかわいいのが好きです。」
「どんな犬種が好きですか?」「ポメラニアンが好きです。」
「ポメラニアンを飼ったことはありますか?」「はい、昔飼っていたことがあります。」

連続した会話のやりとりについては、1つの話題に対して4対話ほど作成していただきました。

ーー開発で苦労したことは?(データの収集や整備など)

開発当初は、現代の人間が日常的に行う雑談のデータを収集・作成する作業にエンジニアの貴重なリソースを割いてしまっており、2つの問題が発生しました。1つ目は、エンジニアのシステム開発に充てる時間が短くなってしまったことです。2つ目は、対話文作成が本業でないエンジニアの作った教師データでは対話AIのクオリティが思うように上がらなかったことです。

これらの問題を解決するために、当社が所望するデータ取集の知見があるLionbridgeに会話コーパスの作成を依頼しました。その結果、エンジニアをシステム開発に集中させるとともに、クオリティの高い教師データを得ることができました。

また、依頼する段階でどのような手順で教師データを作成していくと効率的なのか当社には知見がなかったため、Lionbridge AIにZAIZENのAIの仕組みを共有しながら入念に打ち合わせを行い、教師データの作成手順を決めていきました。納品していただいた教師データは、十分に満足のいくものでした。

ーー明智光秀AIの開発を通じて感じたチャットボット技術の課題はありますか?

1番大きな課題は、教師データの確保です。

チャットボットのAI技術を大別すると、予め決められたシナリオに沿って回答をする「シナリオベース型」と大量のデータを解析して最も適切であろう回答を返す「機械学習型」の2つがあります。「みつひでAI」は後者の技術を採用しているため、AIの精度を高めるには大量の質の良い教師データが必要となります。

ーー今生きている人間の再現のほうが楽だと感じますか?

開発面で言えば、今生きている人間の方が再現はしやすいです。

最大の理由は、教師データの確保のしやすさにあります。再現対象となる方の協力が十分に得られれば、音声や話し方の癖など、量と質ともに十分取得できます。声であれば、防音と集音設備の整った専用ルームで収録します。

故人であっても声などのパーソナルな情報が多く残っている人物であれば、再現は可能です。明智光秀などの歴史上の偉人を再現するには、現存する情報を基に、ある程度の想像を含めて教師データを作っていきます。

一方、顧客満足の観点では、生きている人間を再現する方が格段に難しくなります。ユーザは、本物の人間を比較対象とするからです。例えば、有名なタレントや俳優を再現するとなると、ユーザは普段テレビで目にしている本物に似ているかどうかで判断されてしまいます。正解像が明確でない個人の方がアレンジを効かせやすくユーザには受け入れられやすくなります。

ーー美空ひばりや手塚治虫など、人間がAIによって再現されることに対して賛否両論があるがどう考えますか?

実在する人物を再現するAI技術に限らず、新しい取り組みや技術というものが登場した直後は、賛否両論が生じるものです。方針を示したうえで、賛否両論を聞き入れていく姿勢が大事だと考えております。

ZAIZENのPersonality Reverseを活用した取り組みでは、再現の対象となる方の意思と尊厳を守ることを大前提としております。

ZAIZENは、AIであることを明示する、対話内容に対する責任範囲を明確にする、故人であれば子孫の方にまで了承をいただく、といったことを最低限行います。

ーー今後、チャットボット領域の発展に何が必要だと考えますか?

教師データのバリエーションやモデルの精度向上といった技術の洗練はもちろん、ITならではの強みを活かした機能の拡充が必要だと考えております。

例えば、記憶容量です。本物の人間であれば、顔と名前を記憶できる人数は数百人が限界ですが、ITシステムであれば1億人を超えようがデータとして記憶することができます。

さいごに

明智光秀を100%完全に再現できていたかというと、そうではないかもしれません。しかし、史実に基づいて良質なデータを作成し、AIを構築することで、『みつひでAI』として成り立ち、多くの人に興味を持ってもらえるきっかけになる興味深い事例でした。

AIを活用することで、当時のデータを活用して、ある種、タイムスリップに似た体験ができるといえるかもしれません。

一方で、チャットボットの領域では、教師データ不足は課題として顕在化しています。チャットボットなど人間の言葉を処理する自然言語処理技術の分野では、日々技術革新が起きています。

ぜひ、これを機に自然言語処理技術について興味を持ってみていただけたら幸いです。

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