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膨大な計算環境を要したAI技術も近年では身近なデバイス(エッジデバイス)上で活用できるようになり、エッジAIと呼ばれて活用が進んでいます。
デバイス上でAIを活用できれば、通信量を削減できるだけでなく、リアルタイムな認識ができ、ネットワーク環境に乏しい場所でもAIの活用を推進していくことができます。
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エッジデバイス上で画像解析AIなどを活用して、IoTシステムを構築・運⽤するためのプラットフォームサービス「Actcast」を提供するIdeinは、吉野家と協働し、新しい吉野家のカタチを共創するためのオープンイノベーションプログラム「牛丼テック」を発表しました。
吉野家はAIを活用して何を目指すのか、飲食の未来はどうなるのか吉野家の未来創造研究所の春木氏と、Idein株式会社 CEOの中村氏へのインタビューを通してお伝えします。
目次
長期経営ビジョンで「テクノロジー」を掲げる吉野家
吉野家は「吉牛」の愛称で知られ、1899年の創業から120年以上の歴史を築いてきた日本最大の牛丼チェーンです。特に、その美味しさだけではなく、価格のやすさ、提供スピードのはやさが人気を博し、日本を代表する外食チェーンとなりました。
120年以上の歴史を誇る同社は、長期経営ビジョン「NEW BEGINNINGS 2025」を策定し、飲食業の革新に向けて、新しい挑戦に取り組んでいます。
外食産業は深刻な人手不足に陥っています。帝国データバンクが実施した調査によると、飲食業界では飲食店スタッフの大部分を占めるアルバイトなどの非正社員が「不足している」と回答した企業は実に84.1%にのぼります。全業種の平均 34.4%と比較しても飲食業界は、深刻な人手不足に陥っていたといえます。
参考:人手不足に対する企業の動向調査(2019年1月) | 株式会社 帝国データバンク[TDB]
また、従業員が不足しながらも、安定した味、サービスの高いクオリティを維持するために、多くの飲食店が工夫を行っています。
吉野家でも、日本を代表するチェーン店として商品とサービスの質を維持・向上させるために多くの取り組みが行われてきました。
春木氏:吉野家では、お客様に新鮮で安全な商品を提供するよう心がけています。そのための取り組みの一つとしてに、需要予測を、数年前から行っています。
需要予測で重要なことは、過剰な在庫を入荷しないことです。業務用冷蔵庫に在庫がたくさんあるとその分だけ温度が下がりづらくなり、安全性が欠けてしまいます。
冷蔵庫の中が適正な量だと、最適な温度で保存できるので、新鮮で安全な商品の提供につながります。
最適な在庫は材料のロスを出さないことにもつながり、双方にとって喜ばしいことです。
その他にも、吉野家ではさまざまな技術活用に取り組んでいます。長期経営ビジョンの一つの軸でもある「テクノロジー」の推進のため同社では、作業効率の向上、従業員の負担軽減につながる未来型店舗の構築に向け、さまざまな実証実験を行っています。
「顧客満足度の向上」と「サービス品質改善」のための「牛丼テック」
牛丼テックは、吉野家の顧客満足度向上や、店舗運営の質を上げることをテーマに、幅広く共創パートナーを募集し、センシング技術やAI, IoT技術を活用し、アイデアを形にするオープンイノベーションプログラムです。
AIのアイデアを具現化するには、AIのモデルを構築する以外にも多くの作業が伴います。
「牛丼テック」ではIdeinが提供する「Actcast」が開発環境として提供されることで、アイデアの体現に注力できるのも特徴です。
牛丼テックでは、「顧客満足度の向上」と「サービス品質改善」の2つのテーマが採択されています。この2つのテーマに沿った研究を進めるためにあたり、次のような施策が想定されています。
- 共創パートナーによるアプリケーション開発
- 実店舗でのセンシング
- データをエッジ処理、プライバシー保護に配慮してデータ収集
- 収集データを活用した付加価値情報の創造
- 店舗運営に活用し、顧客満足度の向上と顧客セグメント拡大を実現
ーー吉野家はなぜ「牛丼テック」を開始しようと考えたのですか。
春木氏:吉野家は「ひと・健康・テクノロジー」を長期ビジョンに掲げています。
吉野家が提供する商品の味や生産性の高さに自信がありますが、人が担当する仕事ですから、どうしても味や効率にばらつきが出てしまいます。
テクノロジーを活用することで、「本当に最高の商品を提供できているか」がわかれば、吉野家としては大きな一歩になります。誰が作っても、どの時間帯でも、常に美味しい商品を提供できることになるのです。
吉野家の未来に向けて、テクノロジーを活用して吉野家が抱える課題を解決したいと思い、Ideinに協力いただき、PoCの場を提供することにしました。
AIが吉野家に生み出す価値とは?
いままでもテクノロジー活用を進めてきた同社ですが、どんな課題が潜んでいるのでしょうか。
ーー吉野家が特に解決したい課題はどのような課題ですか。
春木氏:従業員の作業に対する付加価値がまだまだ少ないと考えています。
例えば、紅生姜が減っているかどうかを確認する時に、席まで行って確認しなければいけません。この作業だけでは、お客様に満足していただけず、その作業労働に対する付加価値が少ない現状があります。
ーー「従業員の付加価値」がキーワードということですが、牛丼テックでは、どのような価値の創出を期待していますか。
春木氏:従業員が関わることで、さらに付加価値が増すような施策を開発していきたいです。
私も過去に5年ほど、吉野家の店舗で店長をしていました。お客様に「今日おいしかったよ」と言っていただけると、とても嬉しかったことを今でも覚えています。
私は、接客業の楽しさや、従業員に対する付加価値はこの「おいしかった」という言葉にあると思っています。
共創パートナーに協力していただくことで、従業員は調理や接客に集中できるようになり、その結果、お客様の「ごちそうさま」という一言につながるような施策を期待しています。
ーーあくまでも人の付加価値を高めるためのAI活用、人とAIが共存していくモデルということですね。
中村氏:AIを活用することで、すべてを無人化、省人化すればいいということではありません。
「人が携わることでの価値」というものが必ずあるので、紅生姜を補充する機械や、お客さんに水を入れる機械があればいいということではなく、従業員の付加価値に着目する施策を期待したいですね。
共創し、実験を通して価値を生み出す
牛丼テックでは「ごちそうさま」につながるAIの活用を進めるべく、共創パートナーを募集し、オープンにイノベーションが展開されようとしています。
想定される共創パートナーの主な属性の例は以下です。
- AIアルゴリズム開発者
「牛丼テック」の参加者はActcastプラットフォームを利用することで、アイデアと機械学習モデルの作成に専念でき、それを実店舗でのPoCを実施できるだけでなく、将来的なビジネスのスケールを目指すことが可能になります。 - BI(分析)ツール提供者
吉野家の実店舗で収集された生きたデータを分析し、店舗競争力の強化に資する付加価値情報を創造する機会が提供され、将来的なビジネス機会となり得ます。
ーー共創パートナーはどのような点を重視して採用するのですか。
中村氏:実際に協力いただくパートナーの属性は2つに限りません。
今はAIを活用してさまざまなことができるようになりました。パートナーが保有するスキルや技術を活かして、吉野家のビジョンに沿った企画を提案し、アイデアを実現できるかということを軸に考えています。
今回は店舗でのPoCを積み重ねながら開発を進めるので、素晴らしいアイデアだけではなく、カタチにできるかという点を重要視しています。
AIはソフトウェアと違い、物理世界を対象に活用するので、開発当時に想定した時と、現場で使う時ではなにかしらのギャップが生じてしまいます。
そのため、共創パートナーから提案された企画の中で、改善するシーンが出てくるでしょう。店舗で実験して終わりではなく、店舗での実験を踏まえながら改善してスタート時よりも良いものを開発・提供したいと思っています。
BIツールも、提供していただいたツールをただ使うのではありません。「共創」することを心がけ、店舗で得たデータを共有しながらディスカッションを重ねてブラッシュアップしていきます。
当然ですが、ビジネスに繋がるような提案や、持続して価値を生み出せる提案を受け入れて、実装していきたいです。
今回の実験を通じてお互いにノウハウを貯め、その先の価値も見いだせるパートナーとともに開発に取り組みたいです。
ーー店舗でAIを活用して改善できることはたくさんあります。AIに精通している人が吉野家の店舗を見ることで、気づくことがたくさんありそうですね。
中村氏:そうですね。
実際に共創パートナーの方々には、吉野家の店舗でご飯を食べながら、どこでどのようなことができるかを議論しながら、開発に着手できればいいなと思っています。
テクノロジーを活用し、従業員が輝く業界へ
「付加価値の向上」が掲げられた吉野家の技術活用ですが、これから吉野家での従業員の働き方はどのように変化していくのかをお聞きしました。
ーーAI技術の活用が進むことで、飲食業界の従業員の働き方はどのように変化するのでしょうか。
春木氏:牛丼テックが進むことで、お客様からは「ごちそうさま」という声を今よりもいただき、従業員からは「仕事が楽しい」という声が上がり、企業としては生産性が上がれば、成功と言えるのではないかと思います。
これによって、飲食業界での仕事が、今よりもずっと輝く楽しい仕事になると思っています。
ーー今回のプログラムの成果は、今後どのように他店舗に広げていく予定ですか。
中村氏:実験する店舗やエリアもパートナーからの提案次第で、柔軟に対応しようと考えています。例えば、店舗でPoCを積み重ね、まずは同じエリアで拡散していくことになると思います。
提案される内容次第では、「このようなエリアのこの課題を解決したい」ということも想定されるため、その店舗の形態に合わせて実験していきたいです。
ーー今後の「牛丼テック」の展望を教えて下さい。
春木氏:今回の牛丼テックでは、社内では出ないような、考えてもいなかったアイデアが出ることを期待しています。
AIを使うことで生まれる従業員の付加価値を、全国の吉野家でどんどん広げていきたいです。
中村氏:特にAIのスタートアップ企業にとって、実験できる機会はとても貴重です。実際に試すことでプロダクトの改善点が見つかり、成長に繋がります。
今回の吉野家のように先進的な取り組みをしていただける企業が、先行した利益を取れるようなサイクルが生まれれば、似た動きも加速するはずです。
牛丼テックでは、店舗での実験により、持続して価値を生み出せるサービスが生まれればいいと思っています。Ideinもインフラの面でサポートして、価値を生み出すサービスを作っていきたいです。
さいごに
吉野家で心がけられていたのは、「牛丼テック」を通してAI活用が進み、従業員の付加価値が向上して、お客様の「ごちそうさま」という一言につながることです。
牛丼テックのように、AIの導入を検証していける環境が他の業界にも波及することで、今後のAIの価値創出につながることでしょう。
ぜひ、みなさんも、自身のAIサービスやスキル、アイデアで、吉野家に変革を起こしてみませんか?
▼牛丼テックの説明会の様子はこちらから
駒澤大学仏教学部に所属。YouTubeとK-POPにハマっています。
AIがこれから宗教とどのように関わり、仏教徒の生活に影響するのかについて興味があります。