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2021.03.17

オードリー・タン氏 AI活用は「国民が参加し、フィードバックすることが大切」-Beyond AI 研究推進機構 発足記念シンポジウム 開催レポート

Beyond AI 研究推進機構は2月20日、Beyond AI研究推進機構 発足記念シンポジウム「Living with AI, Going Beyond AI」をオンラインで開催しました。

Beyond AI 研究推進機構は東京大学とソフトバンク株式会社、ソフトバンクグループ株式会社、ヤフー株式会社によって設立された、世界最高レベルの人と知が集まる産学連携の研究機関で、2020年7月に共同研究を開始しました。新たな学術分野の創出を目指す「基礎研究(中長期研究)」と、さまざまな社会課題・産業課題へのAIの活用を目的とする「応用研究(ハイサイクル研究)」の2つの領域で研究を推進しており、AI研究の発展とより良い社会の実現に貢献することを目的としています。

今回、Beyond AI 研究推進機構 発足記念シンポジウムの開催レポートとして

  • パネルディスカッション
  • 特別対談

をレポートしていきます。

この記事では、台湾のコロナ感染対策を講じて世界で賞賛されている台湾デジタル担当大臣のオードリー・タン氏が参加したパネルディスカッションをレポートします。

※本記事では、講演内容の一部割愛や表現の変更をしております。

参加者

パネラー:

オードリー・タン台湾デジタル担当大臣

スプツニ子! アーティスト/デザイナー/東京藝術大学デザイン科准教授

池内 与志穂 東京大学 Beyond AI 研究推進機構/生産技術研究所 准教授

モデレータ:

林 香里 東京大学 Beyond AI 研究推進機構/大学院情報学環 教授/総長特任補佐

(左から)オードリー・タン氏(台湾からリモート参加)、東大の林教授、アーティスト/デザイナーのスプツニ子!氏、東大の池内准教授

それぞれ異なるバックグラウンドを持つ3名の登壇

今回のパネルディスカッションではこのコロナ禍におけるデジタル活用の話から、近年大きく注目されている「AI倫理」の話まで展開されました。

まず冒頭、自身の経歴と最近の取り組みや興味事を3名それぞれから自己紹介がされました。

タン氏は、自身のデジタル担当大臣としての取り組みの中で「集合的な知能」(Collective Intelligence)の考え方の重要性を説きました。

「市民を信用すること、リアルタイムのオープンデータを使うことでマスク販売の情報を拡散することができました。集合知能の活用、そしてそこにAIがサポートに入ることで社会のニーズに合うような形に変えながら民主的に問題を解決することができます。これをassistive collective intelligence(支援集合知能)といいます。このことに関して今回みなさまからご意見をいただければと思います。」

 

スプツニ子!氏は、自身の研究テーマである「Speculative Design」について自身の作品や現代社会の課題と交えて語りました。

「将来に対して問題を提起することを始めとし、そこから問題を発見し問いを立て、テクノロジーをどういうふうに役立てていくのかを探っています。」

「現在、AIは素晴らしい進化や開発状況をもたらしてくれています。しかし懸念が高まるような問題も出てきています。『偏見』の問題です。過去に存在していた偏見をAIも学習をしてしまうことがあります。今日ここで問いかけたいのは、AIを偏見のないものにし、AIが多くの問題を解決するためにはどうしたらいいのか、どうしたらアシストしながら解決できるのか考えていきたいです。」

 

池内氏は、「脳内の神経回路についてもっと知ることができるのか」や「AIの開発をもっとワクワクするものにできるのか」を意識した研究をこれからBeyond AIで行なっていきたいと語りました。

「実際に人々がテクノロジーに何を求めているのか、何が今欠けているのかを社会的な視点で見た上で、そこをしっかり埋めたテクノロジーを開発していきたいです。」

パネルディスカッション本編

バイアスは制作段階からすでに存在する可能性がある

はじめに、タン氏から台湾におけるコロナ感染防止の取り組みで課題となった公平性の話が出ました。

タン氏:まず、(スプツニ子!氏の挙げた)偏見の問題は常に考えています。私自身トランスジェンダーとしてそうした偏見を受けることがあるので常に明確に考えています。

そして(コロナ対策として)マスクのAvailability Map(※)をいかに公平に使っていくのかが課題となりました。最初マップを見たとき、薬局の分布が人口の分布にマッチしていたので、「これはいい」と思ったんです。ただ一週間後、議会のメンバーから「公共交通機関の時間を考えていないではないか」という意見が上がりました。マップ上では同じ距離に見えますが、実際のコストや機会費用が異なっていて公平ではなかったのです。

エビデンスベースの文化の中で、なにかバイアスが見つかったときに隠すことはできませんし、もうすでにバイアスは存在している可能性があります。スプツニ子!氏も先ほどおっしゃっていましたね。

AIを民主的にコントロールしていく、フィードバックしていく、そして建設的に取り組んで公開していく。こうすることでバイアスを改善し、よりいい提供ができます。すると、24時間後には問題に対応できるというシステムを我々は運用しています。これが(コロナ感染拡大を防止するために)重要な役割を果たしました。

※ マスクのAvailability Map(マスクマップ)

2020年2月、世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた頃、マスクが不足することを早期に予測していた台湾ではタン氏が主導となってマスクの在庫状況が一目でわかるアプリを開発した。これによって国民のマスク不足への不安やパニックが抑制された。

現状の民主主義では十分なフィードバックはできてない

スプツニ子!氏:フィードバックシステムは素晴らしいと思います。

時々懸念することとしては、商業的なインセンティブも強くなるのかと思います。特に技術に関してです。例えば通信速度が速いものや強いもの、効率のいいものをつくりたいと考えるときには、同時に、おっしゃるようなフィードバックをできるようにしておくことが重要だと思います。

AIがそれを指摘できるように、研究機関の方にチェックできるように支援するシステムが必要なのかと思いますがどう考えますか?どうすればサステイナブルにフィードバックができる制度が作れますでしょうか。

タン氏:現状の民主主義はアナログシステムをベースに設計されています。ビデオやテレビシステムベースのものになっていますが、これらでは情報を拡散するというところに重視していてフィードバックには集中していません。フィードバックは投票するくらいでイエスしか言えません。なので情報としてはとても限られています。

私の考える「集合的な知能」というのを実現するためには、AI社会でなにか間違ったものを見つけたときに、国民的に参加してフィードバックすることが大事です。台湾では今、(フィードバックできるシステムに)国民の半分の人々が参加しています。学びの途中の18歳であっても投票できる年齢になることを待たずに参加できますし、そうすることでバイアスというものを理解できるようになります。

市民を巻き込んだ社会を形成するにはパブリックな場での討議が必要

タン氏は自らが発信していくことが大切だと繰り返し訴えました。

コンピテンス、つまり「自分で議題を社会に送り込むこと」が重要であると語り、これが台湾国民によるフィードバックシステムで可能になったと話しました。それに対して、市民社会への参加を促すためにはどのようなことができるのかが議論となりました。

林氏:理想的な子供達への教育として、彼らに力を与え、市民社会に参加してもらうにはどうしたらいいでしょうか。

タン氏:(前略)アルゴリズムは市民が使うことで社会を変えていくことができるツールだと認識することが大事です。また重要なのは、バイアスを検知したら公的な場で討議がなされなくてはなりません。今私たちはアカデミックな場で話をしていますが、こうした公開された場が必要です。みなさんが見える形でできなくてはいけない。

こうした討議の場がなければ資本主義社会、監視社会にとりこまれてしまうと思うんです。公的なインフラをしっかりと確立させた上でこのセクターをフォローしていくことが重要です。

スプツニ子!氏:コミュニケーションをどうとっていくか重要だと思います。近年ではフェイクニュースなどオンライン上で過激主義的な考え方も見受けられます。例えば似たような意見を持っている人を見つけ流すようなことをしていますよね。

タン氏:一方向だけでなくさまざまな人たちの意見も見れるようにしています。合意するようであれば合意された方向に進んでいきます。リプライボタンがあるのでフィードバックの機能はあり、トロール(荒らし)は存在することはできません。なにが問題があるのかをみなさんが見れるところで討議しているので、アイデアとして何があるのかをしっかり認識した上で、公開されたプラットフォーム上でさまざまな意見を認識することができるようになっています。

研究段階から社会とのやり取りを増やしていくことが重要

林氏:池内先生、ご自身の研究の分野から何かあればお願いいたします。

池内氏:我々のテクノロジーからしたら実装できることはまだ少ないという現状です。どんなニーズがあるのかを考えながらまずは科学的なソリューションを作り出そうとしています。例えば、脳のような細胞が作れたとしたら、人間の脳ほどはバイアスがないかもしれません。そうした可能性も今後発展させながら、意見をいただきながら議論して考えていきたいです。この研究所を活用して、社会とのやり取りや知識の共有をしていきたいと考えています。

クロージング:分断の進んだ社会をAIによってどう統合できるのか

林氏:私たち3人からの質問です。今、社会では不平等や分断が進んでいます。どうやって私たち市民の連帯感を高めていくことにAIが役に立つのでしょうか。

タン氏:インターネットの技術の希望というのは、ダウンロードできるだけではない。聞くことだけが利点ではありません。さまざまなプログラムを自分たちが作ることができ、それを許可を得ることなく世界に提案することができることがすばらしいところだと思うんです。

End to Endで許可を必要としないコミュニケーションができるということを担保していかないといけないと思います。

その中でAIを正しく使っていかなくてはいけません。私たちは幼い子供達に火の扱いを教えるとき「使ってはダメ」ではなくて、どうしたら正しく使えるのかを教えますよね。それと同じことです。より良い社会にするためにどういう風に私たちが考えていることを伝えていくのかを検討していく重要だと思います。

終わりに

今回のパネルディスカッションにおけるポイントは2つです。

  • 台湾では、AIのシステムに関して積極的な情報開示を行い、国民を巻き込みながらさまざまなフィードバックを反映することが、コロナ感染拡大防止に大きく貢献した。
  • そうした市民を巻き込んだ取り組みのためには、常にパブリックな場で討議し「市民がAIを使うことで社会をより便利に変えていくことができる」と市民に理解してもらうことが重要。

オードリー・タン氏の積極的な姿勢はデジタル社会に新しい風を吹き込んでいます。タン氏の今後の活躍にも目が離せません。

そして、今後進められていくBeyond AIでの研究もこうした「社会との対話」を意識した環境にしていくことが求められるでしょう。

次回は東京大学藤井輝夫氏とソフトバンク株式会社の宮川氏による特別対談をレポートします!

 

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