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目次
はじめに
IMF(International Monetary Fund:国際通貨基金)は2024年1月14日、AIが世界の仕事に与える影響について考察したレポート「生成AI:人工知能と仕事の未来」(以下、「IMFレポート」と略記)を発表しました。このレポートは、適切な政策が施行されないままAI導入が進むと、各国および国家間で経済格差が広がるメカニズムを明らかにしています。
本記事では、IMFレポートが考察するAI導入の影響および経済格差発生のメカニズムを要約したうえで、日本が「公平なAI先進国」になるために着手されている政策を紹介します。
なお、本記事の要点は見出し「サマリー」と「まとめ」を読むとわかります。
サマリー
以下では、本記事のサマリーとしてIMFレポートから得られる知見と、その知見を解説した見出しとの対応関係がわかる一覧表を示します。
見出し名 |
解説した知見 |
2つの重要概念と3つの職業グループ | 職業は「AIからの影響の受けやすさ」と「AI導入による効果」という2概念を用いて、「AI得組」「AI損組」「AI無縁組」の3つに大別できる。 |
職業グループから見るAIの影響 | 高年収の職業ほどAI得組であり、経済力のある国ほどAI得組が多い。 |
高年収になればなるほど、AI得組になりやすい。 | |
「AIによる職業分断」のリスク | AI得組とそのほかの2グループのあいだには、労働者が容易に転職できない「AIによる職業分断」がある。 |
AI得組をめぐる参入障壁には、「学歴の壁」と「年齢の壁」がある。 | |
AI導入が進んだ未来の予測 | イギリスのような先進国はAIによってより豊かになり、とくに金持ちはより豊かになる。 |
AIの導入が急激に進んだ場合、経済格差が広がる。 | |
AI準備度から見た日本 | AI導入によって国家間の経済格差は拡大するなか、日本は先進国のなかではAIによる経済成長が相対的に小さい可能性がある。 |
以上の知見をふまえたうえで、見出し「「公平なAI先進国」のなるための日本の政策」では、AIによる経済格差の緩和とAI導入促進を両立させる日本の政策として、義務教育段階でのAI教育、AIに関するリスキリング、基盤モデル研究開発支援を紹介します。
2つの重要概念と3つの職業グループ
「影響されやすさ」と「恩恵の受けやすさ」を概念化
IMFレポートではAIの職業に対する影響を考察するにあたって、2つの概念を用います。それらは、以下のようなものです。
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「AI得組」「AI損組」「AI無縁組」という区分
以上の概念を用いると、職業を以下のような3グループに分類できます(※注釈2)。
高暴露高補完な職業グループ(High Exposure, high Complementarity) | AIを導入しやすく、かつAI導入による恩恵を受けやすい職業。専門職や管理職が該当。 |
高暴露低補完な職業グループ(High Exposure, low Complementarity) | AIが導入されることによって、雇用が奪われる可能性がある職業。事務職や技師あるいは准専門職が該当。 |
低暴露な職業グループ(Low Exposure) | AIの導入が難しい職業。設備・機械の運転・組立工や単純作業の従事者が該当。 |
以上の職業の3グループは、AI導入による影響が異なるため、そうした影響による収入の増減も異なります。また、この3グループによる職業人口構成は国ごとに異なるため、次の見出しで考察するように、AI導入による各国の影響も異なってきます。
以下では考察をわかりやすくするために、高暴露高補完な職業グループはAIによって得しやすいので「AI得組」、高暴露低補完なそれはAIによって損する可能性があるので「AI損組」、そして低暴露グループはAIとは無縁なので「AI無縁組」と言い換えます。
職業グループから見るAIの影響
経済力から見た影響
前出の職業3グループから見た職業人口構成は、国ごとに異なります。各国を先進国(AE:Advanced Economies)、新興国(EM:Emerging Market economies)、低所得国(LIC:Low-Income Countries)の3タイプに分類した場合、各タイプの職業人口構成は、以下の画像の左グラフのようになります。AIの影響を受けやすいAI得組とAI損組の合計は、先進国で約60%、新興国は40%を下回り、世界平均では約40%となります。
職業人口構成を各国別に見たものが、以上の画像の左グラフになります。イギリス(GBR)は高暴露な職業が60%を超え、アメリカ(USA)も約60%となります。新興国に分類されるブラジル(BRA)は約40%であり、低所得国のインド(IND)は30%未満となっています。
以上のグラフより、AIが国に及ぼす影響は各国の経済力に比例する、言い換えると「経済的に豊かな国ほどAI導入の影響を受けやすい」ことがわかります。
職業分布から見た影響
各国の職業人口構成をさらに詳しく見たのが、以下の画像における各グラフとなります。画像中央のイギリスのグラフを見ると、AI得組の典型的職業である専門職と管理者がそれぞれ雇用全体に対して30%と10%を占め、合計すると40%となります。注意すべきなのは、専門職のなかでもAI得組、AI損組、AI無縁組が存在することです。つまり、専門職のなかでもAIによって代替されたり、AI導入の難しい職種があるのです。
画像左のグラフは、新興国のブラジルを表しています。同国にも管理職は存在しますが、その割合はイギリスより低い15%未満となります。画像右のインドのグラフを見ると、AI得組が少ない一方で、AI無縁組に該当する農業従事者や単純作業の従事者が雇用者全体の50%以上を占めています。
以上のグラフ群より、経済力がある国ほどAI得組の雇用割合が多いと言えます。
収入から見た影響
さらに収入と暴露および補完性の関係を可視化したのが、以下の画像です。画像左のグラフは、横軸にAI損組の被雇用者を年収帯の低い順から高い順に左から右にならべ、縦軸を被雇用者の割合としたものです。このグラフからわかるのは、AI損組は国の経済力や被雇用者各人の年収に関係なく、各年収帯に満遍なく分布していることです。言い換えると、AI損組は貧乏人から金持ちまで満遍なくいるのです。
画像中央のグラフは、画像左のグラフをAI得組を対象に換えて作成したものです。このグラフを見ると、被雇用者の割合が右側にいくにつれて増えることから、年収の大きい被雇用者が多いことがわかります。つまり、AI得組では貧乏人より金持ちが多いのです。
画像右のグラフは、横軸にすべての職業の被雇用者を年収帯に応じて並べ、縦軸に被雇用者の職業における補完性の平均を表しています。グラフの右側にいくにつれて補完性が高まっていることから、年収の高い職業ほどAI得組となることがわかります。
以上の考察から得られる知見をまとめると、以下のようになります。
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「AIによる職業分断」のリスク
前の見出しでは、高収入の職業ほどAI得組が多いことを明らかにしました。こうした知見をふまえると、AI得組を目指す労働者が増えても不思議ではありません。しかし、AI得組志望者の全員が、望みの仕事に就けるわけではありません。というのも、このグループへの参入を阻む障壁があるからです。以下では、この参入障壁を考察します。
職業グループ間の分断
以下の画像は、ブラジルとイギリスにおける大卒労働者を対象とした職業3グループからの転職を表したグラフです。画像右側のイギリスを対象としたグラフにおける、左側の3本の棒はAI得組から各職業グループへ転職した転職者の割合を示しています。これらの棒からは、AI得組からの転職者は、転職してもAI得組に留まる割合が高いことがわかります。
対してAI損組とAI無縁組からは、AI得組への転職者割合が少なくなっています。こうした知見から言えるのは、AI得組はグループから移動しない一方で、AI損組とAI無縁組からAI得組への移動は難しい、ということです。そして、この傾向は先進国と新興国で共通に見られます。
学歴の壁
AI得組にめぐる参入障壁のひとつには、学歴があると考えられます。以下の画像はブラジルとイギリスにおける学歴ごとに見た職業グループの割合を表すグラフです。
画像右側の2つのグラフは、イギリスにおける大卒者と非大卒者の職業グループごとの割合です。いちばん右側のグラフは、イギリスの大卒者を対象としています。このグラフは横軸に被雇用者の年齢、縦軸に被雇用者の割合としています。赤線はAI得組を表しており、このグループに転職する被雇用者は多いので、年齢が上がるにつれて割合が高くなります。相対的にほかの職業グループは、年齢が上がるにつれて割合が低くなります。
画像右側から2番目のグラフは、イギリスの非大卒者の職業グループごとの割合を表しています。非大卒者はAI得組に属する割合が低いうえにこのグループへの転職が難しいので、年齢が上がってもAI得組の被雇用者割合が増えません。
以上より、AI得組になれるかどうかは、大卒か否かに大きく左右されると結論できます。そして、画像左側2つのブラジルについてのグラフを見るとわかるように、この結論は先進国だけではなく新興国にも見られます。
年齢の壁
AI得組をめぐる参入障壁には、学歴のほかにも「高齢かどうか」という年齢の壁があります。というのも、一般に高齢になるとAIをはじめとするハイテクに対する適応度が低くなると見なされるからです。
以下の画像は、いわゆる「働き盛り」である35~55歳のプライム層(Prime age)と55歳を超えた老齢層(Old)を対象とした職業グループ間の転職成功確率を表したグラフです。画像右側のイギリスについてのグラフを見ると、各年齢層がさらにAI得組とAI損組の職業グループに分かれています。
プライム層におけるAI得組からの転職成功確率は「Former HEHC」の棒が表しており、70%を超えています。さらに同一グループへの転職成功確率はは45%程度となっています。対して老齢層の「Former HEHC」における転職成功確率は約50%であり、同一グループでもあっても30%となっています。
まとめると、高齢になるとAI得組に転職できる確率が低くなると言えます。この傾向は新興国のブラジルも同様です。
以上の考察から得られる知見は、以下のようになるでしょう。
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AI導入が進んだ未来の予測
以上では、現状の職業に関するAIによる影響を考察してきました。IMFレポートでは、AIの導入が進んだ未来における影響も考察しています。具体的には、AI導入が進んだ未来における収入帯ごとの収入の変化を試算しています。
AI導入効果から見た3つのシナリオ
以下の画像は、AIの影響を受けやすい(つまりAI得組とAI損組が多い)イギリスを対象として、AIの導入が進んだ場合の収入変化を表したグラフ群です。各グラフでは、横軸は全労働者を収入の低い順から高い順に左から右に並べたものとし、縦軸は収入の増減率を表しています。また、青の領域は労働収入の増減率、オレンジのそれは資本収入のそれ、黒線は労働収入と資本収入を合わせた総収入の増減率を意味します。
収入変化の試算では、以下のような3つのシナリオを想定しました。
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金持ちはますます金持ちになる
以上の条件で試算した結果、いずれのシナリオにおいても国全体の労働による総生産量は増加することがわかりました。それゆえ、イギリスのようなAIの影響を受けやすい国は、AI導入によってより豊かになります。
シナリオ間で違いが生じるのは、収入帯ごとの収入変化です。シナリオ1では、全収入帯の労働者の収入が増加します。とくに高収入の労働者の収入がより増えます。対してシナリオ2では、高収入帯では収入が増える一方で、低収入帯では収入が減ります。収入が減るのは、AI損組とAI無縁組の仕事に対する評価が急激に低下するからです。
シナリオ3では、シナリオ1と同様に全収入帯で収入が増えますが、シナリオ1よりもさらに増えると考えられます。
注目すべきのは、すべてのシナリオにおいて高収入帯ほどより多く収入を増やすことです。また、高収入帯ほど資本収入の割合が高くなります。というのも、高収入な仕事ほど直接的な労働よりAIへの投資から利益を得るようになるからです。
以上の考察から得られる知見をまとめると、以下のようになります。
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AI準備度から見た日本
これまでの考察からAI導入によって国が豊かになることは明らかになりましたが、AI導入がどの程度の速度で進むかは各国のAIを受容できる体制によって左右されます。IMFレポートは、こうしたAIを受容できる体制をAI準備度(AI Preparedness index)として評価しています。この値は、デジタルインフラの整備状況や労働市場の流動性、そして技術水準等にもとづいて算出されます。
以下のグラフは、縦軸にAI準備度(0~1.0の値をとり、1.0が最大値)、横軸に各国におけるAIの影響を受けやすい被雇用者(AI得組とAI損組の合計)の割合とした各国をプロットした散布図です。このグラフから以下のような知見が得られます。
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日本は先進国グループに属していますが、そのなかでもAIによる影響を受けやすい被雇用者が相対的に少ないことがわかります(グラフ中の「JPN」に注目)。それゆえ、日本は先進国のなかでもAI導入効果が得られないAI無縁組が相対的に多いために、AI導入による経済成長は他の先進国と比べて小さい可能性があります。
「公平なAI先進国」のなるための日本の政策
以上のような考察をふまえると、AI導入は各国を豊かにするものも、経済格差を拡大するリスクが大いにあります。それゆえ、AIによる社会の分断を回避するためには適切な政策が不可欠、とIMFレポートは指摘しています。
AIによる経済格差の緩和とAI導入促進を両立した「公平なAI先進国」になるためには、少なくともAI教育、AIリスキリング支援、AI研究開発支援の3つの政策が不可欠と考えられます。以下ではこれらの政策の意義を確認したうえで、日本における具体的取り組みを紹介します。
参入障壁があらわれる前のAI教育
AI得組への参入を阻む障壁には、「学歴の壁」と「年齢の壁」があります。参入障壁が立ちはだかる前にAI得組に仲間入りする準備を始めれば、容易にAI得組になれるでしょう。こうした発想に合致する政策は、義務教育段階のAI教育となります。
日本における義務教育段階のAI教育については、文部科学省・初等中等教育局が2023年7月4日、「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を発表しました(※注釈3)。このガイドラインでは初等中等教育における生成AI活用の指針を定めると同時に、生成AIを活用した先進的な教育を試みる生成AIパイロット校の指定も盛り込まれました。
生成AIパイロット校については、文部科学省作成のウェブページ「リーディングDXスクール生成AIパイロット校」において全国に52校あるパイロット校がまとめられています。「取組実践」では、パイロット校の取組が紹介されています。例えば東京都足立区のパイロット校では、小学校4年生を対象としてGoogle Bardを活用したプレゼンの改善点を見つける取組が行われました。
いつでもAI得組参入にチャレンジできる体制作り
AI得組への参入志望者は、個人の努力次第で参入可能であるのが望ましいでしょう。いつでもAI得組への参入にチャレンジできるように後押しする政策には、社会人や高齢者を対象としたAIに関するリスキリングが考えられます。
AIに関するリスキリングについては、2023年11月7日に開催された第6回AI戦略会議に提出された資料「経済対策における主なAI施策について」で、AI人材育成の一環として言及されています。この政策については、2024年中の具体的な発表が期待されます。
最先端AI技術をキャッチアップし続ける研究開発
公平なAI先進国を目指すには、最先端AI技術をキャッチアップし続ける研究開発体制の構築が不可欠なのは言うまでもないでしょう。
経済産業省は2024年2月2日、生成AI時代における基盤モデルの重要性を鑑みて、日本国内の基盤モデル開発力を増強するプロジェクト「GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)」を立ち上げました。2月2日には、第1期採択事業者を発表しました。
2月16日には、計算資源にはMicrosoft Azureを採用したことが発表されました。
まとめ
本記事はIMFレポートの解説を通して、AIは国を豊かにする一方で、無策のままAI導入を進めると経済格差を広げることを明らかにしました。そして、AIによる経済格差を緩和しつつAI導入を推進する「公平なAI先進国」になるために日本が着手している政策を紹介しました。
AIを積極的に利活用する「AI得組」に属する企業は、今後さまざまなバックグラウンドをもつ人材が流入することが予想されます。こうした人材を雇用することは、企業のダイバーシティ強化につながると同時に、公平なAI先進国という理念の実現に貢献するでしょう。
また、今後発表されると予想されるAIに関するリスキリング制度を活用すれば、自社のAI人材育成を円滑に進められるでしょう。
記事執筆:吉本 幸記(AINOW翻訳記事担当、JDLA Deep Learning for GENERAL 2019 #1、生成AIパスポート、JDLA Generative AI Test 2023 #2取得)
編集:おざけん