最終更新日:

Microsoft Image Creatorを用いて著者が作成
目次
はじめに
生成AIの普及に伴って生じた問題のひとつには、教育現場における生成AI活用の是非があります。生徒学生が生成AIを利用できるようになった現在、こうしたAIの利用を一律に禁じるというのはあまりにも非現実的です。むしろ生成AIの活用法を教育に織り込むほうが得策であり、生成AIの活用は教職員にも恩恵をもたらすと考えられます。
そこでこの記事では、教育現場における生成AI活用ガイダンスに関して国際社会の動きを確認した後、日本、アメリカ、イギリスの発表を紹介することを通して、生成AIを教育に活用するメリットと注意点をまとめます。
「生成AI時代」における教育を模索する国際社会
生成AIを活用した教育の在り方に関しては、国際的な枠組みで議論されています。
2023年5月に開催されたG7広島サミットに関連して、G7教育大臣会合の合意内容をまとめた「富山・金沢宣言」が発表されました(この宣言については、AINOW特集記事『世界各国のAI規制とガイダンスの動向まとめ(2023年6月版)』の見出し「G7教育大臣会合「富山・金沢宣言」」で解説しています)。
世界の教育問題に取り組む国際機関であるUNESCOは2023年7月26日、世界の教育におけるテクノロジーの活用について論じたレポート「教育におけるテクノロジー 誰のためのツールなのか?」を発表しました。このレポートのサマリーでは生成AIについて論じた箇所があり、以下のような4つの論点を提起しています。
|
以上のような論点を提起したうえで、「インテリジェントな個別指導システムの意味するところは、AIが完全に教師に取って代わるということではなく、社会がこの重大な局面を乗り切るのを助けるために、教師がこれまで以上に大きな責任を託されているということである」と教師の重要性を強調しています。
2023年9月4日から7日にかけてフランス・パリで開催されるUNESCO主催のデジタルラーニングウィークでは、同機関からAIを活用した教育に関する政策ガイドラインが発表される予定です。
活用事例を具体的に示した「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」
日本の教育現場における生成AIの活用に関しては、文部科学省が2023年7月に初等中等教育段階と大学・高専向けにそれぞれガイドラインを発表しました。以下では、初等中等教育段階におけるガイドラインの内容をまとめます。
ガイドラインの位置づけと基本的な考え方
文部科学省・初等中等教育局は2023年7月4日、「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を発表しました。
以上のガイドラインは生成AIの急速な普及に伴って、児童生徒が生成AIの出力を鵜呑みにしてしまう懸念などが生じている現状を鑑みて、初等中等教育段階の教育現場における生成AIの取り扱いを国として示すことを目的として作成されました。
生成AIが日進月歩するなか発表された同ガイドラインはあくまで暫定的なものであり、何らかの禁止や義務づけを行うものではない、と位置づけられています。また、今後「広島AIプロセス」(※注釈1)に向けて整備される各種ルールに合わせて機動的に改訂されるものともされています。
同ガイドラインでは、初等中等教育段階における生成AIの活用に関して以下のような3つの基本方針を掲げています。
|
適切な活用事例と不適切な活用事例
同ガイドラインでは教育現場における生成AIの活用事例として、適切なものと不適切なものを挙げています。適切な事例には、以下のようなものがあります。
|
不適切な事例としては、以下のようなものが挙げられます。
|
長期休業中の課題における生成AIの活用に関しては、生成AIの出力を無批判に流用することは不正行為であると指導したうえで、生成AIによる推敲や新たな論点の発見に活用することを推奨することを定めています。

長期休業中の課題に対する生成AI活用の注意事項。画像出典:文部科学省発表ガイドライン
情報リテラシーの一環として教育する生成AI活用法
文部科学省は2019年より「児童生徒向けの1人1台端末」の実現を謳うGIGAスクール構想を推進しています。この構想が実現すれば、児童生徒による生成AIの活用は一層の拍車がかかることが容易に予想できます。こうした現状をふまえて、同ガイドラインでは情報リテラシーの一環として生成AI活用に際する注意事項を教育することを推奨しています。こうした情報リテラシーは、以下のような7項目を含むものです。
|
なお、ガイドラインの末尾には教育現場における生成AI活用に際する注意事項をまとめた「各学校で⽣成AIを利⽤する際のチェックリスト」も添付されています。

生成AIを学校で利用する際のチェックリスト。画像出典:文部科学省発表ガイドライン
「生成AIを日常使いする」教育を目指すパイロット校
ガイドラインの基本方針で言及したように、保護者の十分な理解が得られた一部の学校では生成AIを積極的に活用するパイロット的な取り組みを行うことも検討されています。そうした取り組みの事例として、以下のような「生成AIを検索エンジンと同等に普段使いする」児童生徒の育成を目指して、段階的に生成AI活用を推進することも考えられています。

パイロット校における取り組み事例。画像出典:文部科学省発表ガイドライン
校務での活用
以上までのガイドラインの内容は児童生徒による生成AIの活用に焦点を当てたものでしたが、生成AIは教職員が校務に活用することも想定されます。校務において生成AIを活用すれば、教師の負担を軽減することで働き方改革を推進できると同時に、教師自身が生成AIに精通することでAI時代における学校教育の水準を上げられます。
ガイドラインでは、校務での生成AI活用として以下のような4つのシーンを提案しています。
|

校務における生成AI活用事例。画像出典:文部科学省発表ガイドライン
大学・高専の自主性を重視した「大学・高専における生成 AI の教学面の取扱いについて」
2023年7月13日には、大学・高専における生成AI活用のガイドラインを示した「大学・高専における生成 AI の教学面の取扱いについて」が文部科学省・高等教育局より発表されました。以下では初等中等教育機関におけるガイドラインとの違いに注目したうえで同ガイドラインの内容をまとめます。
初等中等教育機関との違い
以上のガイドラインでは、生成AIの活用方針は各大学・高専の実情をふまえたうえで、各教育機関ごとに適切な運用方針を定めるのが望ましい、とされています。つまり、生成AI活用に関して文部科学省が指導するというよりは、各各高等教育機関の自主性に委ねるというスタンスが初等中等教育機関との決定的な違いとなっています。
また、生成AIが日進月歩する現状に鑑みて、生成AI活用方針を適宜見直すことも重要、と指摘しています。
想定される活用シーンと教育
ガイドラインでは高等教育機関における生成AI活用シーンと、生成AIに関わる教育として以下のような事項が挙げられています。
|
活用に際する留意点
ガイドラインでは生成AI活用に際する留意点として、以下のような4項目を挙げています。
|
なお、生成AIをめぐる著作権法については、文化庁著作権課が2023年6月22日に「A I と著作権」とこの資料を使ったセミナー映像を公開しています。
「適応的教育」と「教師とAIの望ましい関係」を探求するアメリカ
アメリカの教育現場における生成AIの活用方針を定めたガイドライン「人工知能と教育と学習の未来」は2023年5月23日、アメリカ合衆国教育省の教育テクノロジー室より発表されました。同ガイドラインを要約したコア・メッセージには、教育現場における生成AIとはロボット掃除機のように人間の労働を完全代替するものではなく、電動自転車のように人間の能力を強化するものであるべき、と述べています。言い換えると、生成AIとは教師を代替するものではなく、教師と協働して教育活動を強化するべきものなのです。
適応的教育を実現するための観点
同ガイドラインには、日本のガイドラインには明記されていない内容として生成AIを活用した適応性(adaptivity)のある教育の実現があります。この文脈における適応性とは、生徒学生各自の習熟度に合わせた教育を提供する、という意味です。この適応性には、障がいのある生徒学生のサポートも含んでいます。生成AIは「教育のパーソナライズ」を実現するとも言えます。
生成AIを活用した適応的教育に関して、ガイドラインでは以下のような5つの観点を挙げています。
|
教育現場における意思決定をめぐる教師とAIの関係
ガイドラインでは、教育現場における意思決定をめぐる教師とAIの関係も考察しています。AI教育システムは、理論的には教師による意思決定なしに教育活動を実施できます。その対極には、AIを一切用いない教師のみによる教育があります。実際の教育現場は、この両極のあいだのどこかに位置づけられると考えられます(以下の模式図を参照)。

教育現場の意思決定をめぐる教師とAIの緊張関係に関する模式図。画像出典:アメリカ生成AIガイドライン
教師とAIが協働する教育現場の意思決定の在り方を考える際には、以上の模式図に示した図のどこに位置づけるかをオープンに議論することが重要です。この議論の前提として、AIによる完全自律型教育は望ましくなく、あくまでヒューマン・イン・ザ・ループであるべきというスタンスがあります。そして、AIの意思決定に同意できない場合、それに意義を唱えられる制度作りが不可欠、とガイドラインは強調しています。
AIシステムが教師の監視システムになる懸念
教師とAIの協働を考えるうえで考慮すべき観点には、教育AIシステムが教師の監視システムとなる懸念があります。教師がAIシステムの効果を最大限に引き出すためには、教師がAIシステムをどのように使ったのかをトラッキングする必要があります。しかしながら、このトラッキングは潜在的に教師の監視につながります。そして、監視されているという思いが強くなれば、教師とAIの協働は難しくなるでしょう。
もっとも、この問題に関しても多数の解決策が考えられます。監視をめぐる教師とAIの関係についても、一方の極には一切のトラッキングがない状態、他方の極には最大限のトラッキングを想定すると、望ましい教師とAIの関係はこれらの極のあいだのどこかに存在することになるでしょう。この問題についても、オープンな議論が不可欠となります。

教育現場の監視をめぐる教師とAIの緊張関係に関する模式図。画像出典:アメリカ生成AIガイドライン
「AIによるチート」を見破る方法をまとめたイギリスのガイドライン
イギリス教育省も2023年3月29日、教育現場における生成AI活用に関するガイドラインとして「教育における生成的人工知能」を発表しています。もっとも、同国の取り組みで特筆すべきなのは、このガイドラインの関連資料として「評価におけるAI活用:資格試験の誠実性を守る」を発表したことです。この資料は、試験における生成AIの不正使用(すなわち「AIによるチート」)に対する対策をまとめたものです。
以上の資料には「不正使用の特定」と題された章があり、レポートの作成等で生成AIが不正使用された場合にそれを見抜くノウハウがまとめられています。
生成AIの不正使用を見抜く方法として、まず挙げられているのが不正行為が疑われる生徒学生の先行成果物との比較です。以下のような観点から比較して著しい違和感が認められる場合、不正行為が疑われます。
|
さらに先行成果物との比較とは別に、以下のような特徴が成果物にある場合、生成AIの不正使用が疑われます。
|
また、AI生成文検出ツールの使用を検討すべきことも明記されていますが、こうしたツールは完全ではなく、あくまで以上に挙げた不正行為チェック項目と併用することが推奨されています。
まとめ
教育現場における生成AI活用ガイドラインに関して国際社会、日本、アメリカ、イギリスの取り組みをまとめましたが、「生成AIを正しく使用すれば教育は改善される」「生成AIの出力をそのまま活用するのは不正行為」といった基本的な方針は万国共通と言えます。
その一方で、教育はその国の価値観や求められる人材と深く関わっているので、国ごとの独自性が表れるところでもあります。適応性を重視するアメリカの教育ガイドラインは、多様性や自主性を尊ぶ「お国柄」が表れています。
日本の教育現場における生成AIの活用を考える際には、日本の国民性や求めている人材を考慮したうえで議論すべきです。こうした議論は始まったばかりであり、他国の取り組みなどを参考にして深めて行くのが望ましいでしょう。
記事執筆:吉本 幸記(AINOW翻訳記事担当)
編集:おざけん