2019年10月11日、東京都内にてAI Quest PBL教育プログラムのキックオフイベントが開催されました。
「AI Quest」は経済産業省が進める“課題解決型”の人材育成プロジェクトで、AI人材戦略の解決策となるか注目のプロジェクトです。
この記事ではAI Questの概要や、キックオフの様子についてお伝えします。
目次
課題解決型のAI人材育成プログラム「AI Quest」
喫緊の課題であるAI人材不足
「AI Quest」は2019年に政府が発表した「AI戦略2019」に基づいて経済産業省が取り組むAI人材育成の取り組みです。
▼政府が発表したAI戦略について、詳しくは以下の記事からご覧ください。
近年、AI技術の活用に注目が集まり、AIを活用するニーズが企業において急増しています。しかし、機械学習などのAIプロジェクトを推進するエンジニアやデータサイエンティスト、ビジネスサイドの企画者やプロジェクトマネージャーは不足しており、その育成が喫緊の課題になっています。
そこで、経済産業省は、AI人材を育成する新たなプログラム開発を目指し、実証事業「AI Quest」をスタートさせました。
AI Questの概要
AI Questは、従来の人材育成手法とは一線を画し、企業の実際の課題に基づくケーススタディを中心とした「実践的な学びの場」を目指すプログラムです。
参加者同士がお互いにアイデアを試し、学び合いながら、それぞれがAI活用を通した課題解決方法を身に着ける学びの場を目指し、AIの知識を学ぶだけではなく、実際のプロジェクトに関わることでしか得られない「知恵」を学びます。
2019年度においては、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、このAI Questの実証実験を行い、参加者が自身の学びを深めながら、新たな課題解決型AI人材育成プログラムとしてあるべき教材、システム、運用方法について調査を行います。10月の頭から2月の中旬にかけ、教育手法の全体設計から始業の準備〜効果検証を行い、約200名の受講生を受け入れます。
この調査では
- 問題作成のあるべき姿
- PBLのノウハウ
- オンライン環境のあるべき姿
についてZaro to ONE、ボストン コンサルティング グループ(BCG)、SIGNATEの3社が協力して検証していきます。
フランスのプログラミング大学「42」がモデルとなったAI Quest
「AI Quest」はフランス生まれのプログラミング大学「42」がモデルになっています。「42」は授業料が無料で、大学進学適性試験の成績が問われません。20万平方フィートの校舎で数千台のMacが設置され、毎日24時間稼働しています。また、18歳から30歳までであれば誰でも学生として受け入れ、申込みはネットから可能です。
また、42には教室や教師が存在しません。学習はプログラミングのプロジェクトやゲーム形式を取り入れて行われ、3年から5年の期間を得て一人前のソフトウェアエンジニアに成長します。
- 2013年にXavier Niel氏(フランスの通信グループ IliadのCSO)が設立
- 18-30歳の若者をゼロからコーディングのプロに育成。高卒が約30%で、プログラミング未経験者が約40%。
- 4週間の厳しい入学試験をクリアした者が入学。年間約100名が入学し、倍率は80倍を超える。
- 就職率はほぼ100%
- 出身者によって70社が起業
- 授業料はなく、ゲーム形式を取り入れた自主学習のPBLを実施し、生徒同士が教え合う形式を採用。
- 実際の課題や実際のデータに基づいた問題作成を行う教務係は10名ほどで、年間1000人を育成
AI Questプログラムのキックオフの冒頭で挨拶をした経済産業省 商務情報政策局 局長の西山圭太氏は「42」に注目している点について「学位的な位置づけがなく型にはまらない」「学ぶ内容が実践的で、企業が具体的に困っている内容について学べる」「先生と生徒の明確な関係がない」の3点をあげました。
また、AI Quest事業の推進を行う経済産業省 商務情報政策局 課長補佐の小泉誠氏は、「42」が教務係10人に対して1000人を育成している点に触れ、「42」の”拡大生産性”を強調しました。また、同氏は、『拡大生産性を大事にし、みなさんも推し進められるように、「AI Quest」の結果は成功/失敗に関わらずオープンにし、大きなうねりにしていきたい」とも述べました。
実際のAIプロジェクトの現場では、教科書のように答えが決まっているわけではありません。まだ、企業によって異なるさまざまな障壁に対して、柔軟に対応する力が求められます。今後、PBLの普及によって、企業で即戦力となる人材の育成ができるかどうかが課題になっています。
「どんな人材育成が必要か」有識者が語る
小泉氏による「AI Quest」の概要説明の後には、AIに関わってきたスペシャリストたちによるパネルディスカッションが行われました。
ファシリテーターを務めたのは経済産業省 商務情報政策局 情報技術活用促進課 課長の瀧島勇樹氏です。
他の登壇者は以下です。
- 丹羽 恵久 氏(ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター & パートナー)
- 原田 博植 氏(株式会社グラフ 代表取締役CEO)
- 葉村 真樹 氏(東京都市大学教授 パナソニック株式会社 ビジネスイノベーション本部 事業戦略担当)
- 中山 浩太郎 氏(NABLAS株式会社 代表取締役CEO / 東京大学大学院工学系研究科松尾研究室所属)
瀧島「AIがどんな分野でも活用されていくようになったときに、我々はどういう形で人材を育成していったらいいのか、そんな問いが「AI Quest」にもつながっていくわけですが、ご意見を伺えますか?」
丹羽 恵久 氏:AIかどうかは抜きにして、自ら課題を発見して設定して、周りを巻き込みながら、一緒に解決できる能力を持った人材が分野を問わずに必要です。
その上で、圧倒的にAIをツールとして使って課題を解決する経験が足りていないと思います。
教えるということではなく、自ら学び、経験して理解していくことが大事だと思います。
具体的な手法でいうと、PBLと呼ばれるような、学ぶ側が主体になって自ら探求しながら学んでいく手法が大事だと思います。こういうことを経験して、「うまくいった / うまくいかなかった」も含めて体験していくような人材育成が大事になるのではないかと思います。
原田 博植 氏:人間はトラブルでしか成長しないという私の教示があります。教材はアルゴリズムだと思っています。「音楽や映画なども感性に訴えかけるので、アルゴリズム化できない」というのは全くお門違いで、現に音楽理論や映画学校があり、アルゴリズムがあると思います。
アルゴリズムの中での教材や学習はトラブルが発生しません。私のデータサイエンスのスクリプティングの技術が上がったのは、外資のスタートアップの立ち上げをやった際に、寝ずにスクリプティングをしていました。毎日トラブルが発生する環境で、いろんなデータサイエンスの武器を使って、それをものすごい集中力でこなしているときに、能力が開花していくような印象がありました。
人間である限り、直感にネストされていく構造は変わらないと思います。AIがロジカルになっていくと、もっと何次元も複雑に高度化された直感が最後に出てくるところしか人間がやる必要はなくなっていくと思います。
やはりトラブルで成長すると思います。
葉村 真樹 氏:PBLに関しては教育のプログラムの現場ではホットな言葉です。何が教育の中でアウトカムとして重要なのかというと、データが生み出す価値を体感することが大事だと思います。
データは、ログデータとリサーチデータと実験のデータなどがあります。前の2つが企業に必要でログデータだけじゃ何かできるわけではないし、リサーチデータだけで何かができるわけじゃありません。
データを生で扱って、与えられた課題に対して何ができるかを体験することが大事です。恋愛でも、なんで心が痛いのか、実際に失恋してみないとわかりません。データの生み出す価値を体感することが大事です。
中山 浩太郎 氏:AI時代に人材を育成していくかのテーマでキーワードになるのはコミュニティではないかなと思います。過去5年ほど、東京大学でディープラーニングやデータサイエンティストの育成講座を立ち上げたりしてきました。その中で感じたのは、これだけAIの技術が進化していって、スピード感がある世界の中では、今までの方法論は通用しないと思っています。
今までの教育は、先生がトップダウンで情報を伝えるスタイルでしたが、そんなスピード感ではではついていけない世界になってきています。
では、そこで学ぶ人たちがお互いに支えながら学んでいく仕組みとコミュニティをどうやって作っていくかが重要です。
「42」は私も視察に行きましたが、そこsで彼らが言っていたのは「学校だと名乗るのは失敗だった。我々はコミュニティであると感じている」と言っていました。明確な先生がいない中で、技術を高めあって、世の中に人が出ていくスタイルを作っていくことが重要だと思います。
さいごに
ただ、「42」のコピーを作るだけでなく、日本の教育体制や独自の文化に準じて、日本社会にしっかりと組み込めるプロジェクトとなるかが今後のポイントです。
流行りの「AI人材」で終わるのではなく、ツールとしてのAIの活用がさらに進むように、人材育成からコツコツと取り組んでいかなくてはいけません。
2020年2月以降にわかる実証実験の結果をもとに、国内でのAI人材教育がさらに加速されるか、引き続き注目していきます。
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