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2021.11.29

今こそ学ぶべき哲学。AIと哲学の関係性とは -第7回 人工知能学会誌コラボ

最終更新日:

人工知能学会が刊行する学会誌『人工知能』2021年9月号が発刊されています。

人工知能』は編集委員がテーマを決め、AIに関連する有識者が記事を持ち寄って掲載している学会誌で、2ヶ月に1回発行されます。私たちに身近な分野や話題のAI研究などが扱われていて、AIの現状の課題や最新のAI情報を得ることができる、30年以上の歴史がある学会誌です。AINOWでは各号の特集内容を、研究者の方々へのインタビューを通して紹介しています。

前回の学会誌紹介記事(7月号)はこちらから▼

今回は、レクチャーシリーズ『AI哲学マップ』対談(後編)に参加した谷口 忠大氏(立命館大学)平井 靖史氏(福岡大学)にインタビューしました。

「AI哲学マップ」はJSAIが製作・公開しているAIマップβに新たに追加される予定の俯瞰図であり、レクチャーシリーズではAI 研究者と哲学者の交互によるリレー形式の連載が計画されており、今回は第3回目です。

AI研究の歴史において重要な役割を果たしてきた哲学の議論は、どのようにして相互に影響、発展してきたのでしょうか。お2人にAI研究者と哲学者が対話する意義やAIと哲学は何が違うのかなど、哲学を知らない人にもわかりやすくお話していただきました。

谷口 忠大氏 プロフィール

1978年京都府生まれ。2006年京都大学大学院工学研究科精密工学専攻博士課程修了。「自分自身という存在は何なんだろうか?」「相手の頭の中を覗けないのどうして僕らは言葉の意味がわかるようになるのだろうか?」等の問いから、記号創発システムという概念を提案し、および、記号創発ロボティクスという研究分野を創出し、広範な研究活動を展開している。立命館大学情報理工学部教授。博士(工学・京都大学)。パナソニック客員総括主幹技師。書評ゲーム「ビブリオバトル」の発案者としても知られる。おもな著作に『記号創発ロボティクス(講談社選書メチエ)』(講談社)、『イラストで学ぶ人工知能概論』(講談社)『賀茂川コミュニケーション塾』(世界思想社)、『心を知るための人工知能』(共立出版)など

平井 靖史氏 プロフィール

福岡大学人文学部教授。武蔵野美術大学油絵科卒業後、東京都立大学哲学科・同大学院修士・博士課程を経て現職。ベルクソンおよびライプニッツを中心とする近現代哲学。時間と心の哲学。記憶の形而上学。 PBJ(Project Bergson in Japan)代表。国際ベルクソン協会(Société des Amis de Bergson)理事。共訳書にベルクソン『意識に直接与えられたものについての試論』(ちくま学芸文庫,2002)、『時間観念の歴史 コレージュ・ド・フランス講義1902-1903年度』(書肆心水,2019)、共編著に『ベルクソン『物質と記憶』を解剖する』および同シリーズ『診断する』、『再起動する』(書肆心水,2016,2017,2018)、共著に『物語と時間』(恒星社厚生閣,2017)『〈現在〉という謎』(勁草書房,2019)など。

AI・哲学との接点

AI研究を通して「現実とは、世界とは何なのか」を再考する

ーー谷口さんはあまり哲学というイメージはありませんでしたが、なにか接点があるのでしょうか。 

谷口氏

そもそも哲学は、基本的に万人が行うものだと私は認識しています。

私の専門分野である記号創発ロボティクス※というのは、もともとある記号創発システムという概念を思想的な根拠として行っていく構成論的研究です。なので私自身、哲学に大いに取り組んでいると思っています。

※人間が成長する際に獲得する言語的コミュニケーションをロボットに行わせることで構造的に理解する研究。

平井氏

そうした考え方がもう哲学者ですよね(笑)。AIの研究では、「現実や世界とは何なのか」などの当たり前のことを1回再考するみたいなことが起こりますよね。

谷口氏

まさにそれが面白いんです。

AIの研究をやっていくと、とにかく「人間すごいな」と思うタイミングがあるんです。私が一生懸命モデルを構築し、実装をしても、結局人間はこうしたことを無意識にやっているんだよなと考えると非常に興味深いです。

AIが哲学を拡張していく

谷口氏はこのインタビュー冒頭に、「AIが哲学を拡張するんだと考えています」と話し、ご自身の哲学の捉え方を語りました。

ーー「 AIが哲学を拡張する」とはどういうことでしょう。

谷口氏

哲学というのは、思弁的にいろいろ議論されることがありますが、内容自体がフワフワしてしまうときもあります。

議論していることが一体どういう現象を表すのかは、コンピューテーショナルなモデル、つまり計算機を用いて動かせるモデルをつくることによって、違った形の記述ができるんです。私で言うと、ペンと紙の代わりにコンピューターとロボットを使って人間の知能というのを描いて研究していると思っています。

ーーAIを使うことで哲学のアウトプットの形が変わってきているんですね。平井さんは哲学を専門として研究していらっしゃいますが、谷口さんのお考えを聞いていかがでしょう。

平井氏

私も谷口さんと同じく、AIに関わる多くのことに哲学は通じていると思っています。

 

私は2016年から「ベルクソン『物質と記憶』を解剖する」を始め三冊の論集を出しました。ベルクソンは意識や心などを時間の観点から研究した哲学者です。意識や心とは何なのか、100年前はただ考えるしかありませんでした。ベルクソンは発生論的な観点を重視していましたが、実際に「(意識や心を)つくる」なんて発想自体がまずそもそも成り立たなかったんですね。

現代になるとオプションが増えてきて構成論的なアプローチ(つくることによる理解を目指す手法)で実際につくってみることができるようになり、生きた脳からリアルタイムでデータを取ることなど、違うアプローチを組み合わせることが可能になりました。今までは1本しか問題に対するアプローチがなかったのが2本、3本と増え、意識の問題に立体的な手応えを持てるようになったわけです。このことがここ数十年で起こった人類の意識の問題に対する変化だと思っていて、私の1つの大きな柱になっている考えですね。

AIと哲学の違い|「心とはなにか」「知能とはなにか」

ーーAIと哲学はどちらも世間が当たり前だと思っているのことについて深く考えている気がしますね。

谷口氏

そうですね。逆に挑戦的に言ってみると「AI研究と哲学って何が違うんでしょうか?」。改めて虚心坦懐に考えてみると、哲学という行為の少なくとも一部は人生とか自分の心、意識を考えることです。そしてAIとは、知能とは何か考えてつくる営みです。結局は、哲学は「心とは何か」、AIは「知能とは何か」と考えることですよね。そう考えると実際のところ、根本の問いは一緒な気がするんです

ーー平井さんはAIと哲学の違いに関してどう考えていますか。

平井氏

哲学というのは膨大な領域があります。私は意識や心に関係する哲学を研究していますが、時間や存在、言語とは何かなどたくさんの分野があり、それぞれの中で議論が蓄積されています。

人工知能」というテーマのなかには、身体性の問題や認知の問題、知能やクリエイティビティとはどんなものなのかとか、哲学の諸分野と重複する論点がたくさんあります。

そこが(AIと哲学の)化学反応として面白いところです。

特に工学における議論では、ベースとなる技術や知識を積んでいくことでどうやって形にしていくかという方向で議論が進んでいくことが多いかと思います。ですが他方で、従来の哲学というのを私たちはすでに持っています。さまざまな概念的ビジョンからトップダウン的な進め方をしてきたので、両者がうまく融合することで見えなかった観点が見えてくることがあると思います。

さらに、哲学というのは謎を対象にしています。「問題」と「謎」には区別があります。(コーラ・ダイアモンド(哲学者, 1937-))。問題というのはわかりやすく言うと、数学のテスト問題です。公式があって、それを使って答えを導くというものです。
それに対して、意識や心の問いにチャレンジするということは、問題ではなく「謎を立ち上げる」ということです。その謎にはまだ解法(公式)がありません。なので、一般的な方程式や公式を当てはめてもあまり意味がありません。謎は、解き方が分かって初めて意味がわかります。スフィンクスの謎もそうですよね。謎の面白いところは、解き方もわからないのに、それがチャレンジするべき謎であるということはわかってしまうという点にあります。

そういう意味で、現代の最先端で「人工知能」という問題を扱って研究している人たちも、同じような「問題そのものの不思議さ、謎」に向き合っているのだと思います。そこが面白いところだと感じています。

ーー平井さんのお考えを伺っていかがでしょう。

谷口氏

その通りだと思います。

応用哲学会などのイベントで登壇しディスカッションさせていただいたときに改めて思ったのは、哲学者は問いの投げかけ方がうまく、しかも次々と投げてくるなぁということです。議論を収束させまいとせんばかりに(笑)。

工学系はやはり「問い」を解かないといけません。解くことで価値を生みます。なので工学系の研究者は、哲学者のように次々と解けない問いを投げかけることにためらいを感じる傾向があると思います。しかし、平井さんがおっしゃったような「謎」に対し向き合う哲学には重要な意味があると考えています。

AI研究と哲学の交わり

AI研究と哲学の関わりを歴史的に振り返ると、これまで多くの議論を巻き起こしてきました。例えばJohn McCarthyとPatrick J. Hayesが提唱した「フレーム問題」や哲学者のStevan Harnadが提唱した「シンボルグラウンディング問題」などの議論は第3次AIブームの現代において再び喚起されています。

フレーム問題に関して詳しくはこちら▼

シンボルグラウンディング問題に関して詳しくはこちら▼

では、実際にはどういった場でどのようにAI研究と哲学の議論がされているのでしょうか。また、AIと哲学の関わり方についても伺いました。

AIと哲学の相互発展|互いの領域に無理やりにでも踏み込む話し合いを

 ーー哲学の研究というのはAIの登場やこれからの発展によってさらに加速するのでしょうか。

谷口氏

当然AIの研究によって加速されるでしょうし、加速されなければならないと思っています。世界的にみて、日本はAI研究の取り組みが相対的に弱いです。その要因はいろいろとあると思いますが、1つには哲学との接点を含めた議論があまり強くない点だと思います。

 

日本には技術はありますが、哲学的な議論にまで追求できる人は少ない印象です。AI研究に限らず日本における学術全体を見ても、やはり人文系と理工系のバランス派の研究者がいないとアカデミックな議論をするための基盤が構築されないと思います。だからAIにおける考え方そのものについてインパクトのあるペーパーが出ません。書けないんですよ、英語で。

今もイノベーション戦略のための予算の多くは理工系などに割り振られてしまいます。さらに、短い期間で実用性を求めてくるため、哲学系の発展が難しいというのが今の現状だと思います。

ーーAI研究者と哲学者との関わり、交流の機会はあるのでしょうか。

平井氏

ありますが、もっと多くてもいい印象です。それぞれの立場の人たちが対話できる場がもっとあっていいと思っています。

なかなか交流の時間が割けないのは、日々の研究や論文執筆、指導などで忙しいというのもあるのかもしれません。おそらく、AI研究者や他の理系の方々の中にはそういう哲学的なモチベーションや関心が高い人も多いはずです。

谷口氏

溝があり、その両側に立って声を掛け合う対話も多いと思います。そうした対話は、すでに両者に違いがあり、繋がっていないことが前提になりがちです。対話しては離れ、対話しては離れを繰り返してしまいます。

そうではなくて、AIと哲学の場合はお互いの領域に(溝を超えて)無理やり足を踏み入れ、なんとかしようという姿勢で話し合うことが必要だと思っています。そこをAI研究者も理解しないといけません。

加えて、対話する機会があまりない原因は非常に多様で、さまざまなことが絡みあっていると思います。

我々が何のために研究をやっているのかを聞かれたときに、「実用性」という言葉が出てきます。私は「経済発展のための技術開発」が正義のように、無批判に受け入れられているところが問題だと感じています。

経済発展ももちろん必要なのですが、文明として何を大事にするかを考えたときに、「世界や心を理解する」という哲学の観点が劣後して捉えられていると感じています。

その認識の違いが、両立場で対話する機会がなかなかつくられない要因の1つだと思います。

ーーたしかに、すぐ使えて役立つ実用性の高いものの方が社会で受け入れられやすい面はあります。ですが、文明や学ぶことそのものについての発展、理解に寄与してきた哲学の存在は重要なものと言えますね。平井さんは実用性に関してどのようにお考えでしょうか。

平井氏

実用性というのは時間スケールの問題だと思っています。

数ヶ月とか数年以内に役に立つという話は、研究から答えを出すための「時間」というものを、短ければ短いほどよい、できればなしで済ましたい必要悪としています。ですが、ゴール(期限)を設定してそれを目指すと、探求が扱う謎自体が、今の見えてる答えに合わせて矮小化されてしまうところがあり、それでは目先の問題は解決できても、学問全体の謎のスケールは小さくなってしまいます。

「もともと役に立つ予定じゃなかったけど何か環境が変わると拡大適用されて結果として有用なものになった」ということが、現実の生物進化ではよく見受けられます。それは、目的を先に設定した実用性ではなく、オープンな時間スケールでの探索の末に、あくまで結果論として見えてくる実用性です。このことは、時間を必要悪としてではなく、むしろ創造的・積極的なものとしてとらえることを意味します。

なので研究も、それがなにか革新的なことを目指すものであるなら、未来を忖度せずに開いた議論をするのが必要になってくると思います。

谷口氏

私が書いた書籍の中では最初に「なぜロボットを使うのか」という話を書いています。AIやロボットをつくる、使うことは「心を描き出す」議論をするための道具が増えるということがポイントだと思います。

あらゆる学問をみたときに、技術の変化がサイエンスの分野の発展を促進させてきました。例えば、脳科学でもファンクショナルMRIなどの測定装置ができて脳科学ブームが来ました。さらに昔の歴史を見ても同じことが言えます。あらゆる学問において技術ができたときというのは、「人間の理解、世界の理解」が加速するタイミングです

そういう意味で、哲学が発展するときはイノベーションが起きるタイミングであるというのは間違いありませんし、技術の進展とともに哲学も深化していくものだと思います。

互いに互いの分野へ理解が必要

ーー両者の交流を促すためには何が必要だとお考えですか。

谷口氏

AI研究者と哲学者でお互いちょっと遠慮している雰囲気はあります。最近、学会のようなボランタリーなものとは別に、大型プロジェクトの中で議論するネットワーク型の研究の場が多くなっています。ERATOCRESTなどです。この中では、技術開発などのゴールがはっきりしているプロジェクトが扱われることが多いです。人文系の研究者もプロジェクトに加わることもありますが、“おまけ”のような立ち位置のように感じることがあります。

 

そもそも、日本は人文系に対してあまり予算を割きません。私としては人文系にも予算を大きく充てていただいて、研究者の教育や長期のプロジェクトに力を入れるべきだと思っています。

あとは理工系の研究における評価は哲学的にはできないことも議論が活発に行われない要因でしょうね。

平井氏

組織の大きな動きをつくるときに谷口さんのような理工系と哲学系をまたいでいる人に頼って議論をしているような体制もよくないですよね。もっといろんな規模で多くの人を巻き込んで、お互いが刺激を受けて、何か新しい動きになっていくといいと思います。AINOWさんたちのこうした試みが、そのきっかけになることを願っています。

谷口氏

そうした議論をお互いにできるようになるには、理工系の人たちにある程度哲学や倫理の素養がなくてはなりません。高校の倫理でプラトンや「考える葦」などを暗記して覚えたような知識だけでは役に立ちません。

広く、バランスよく理工系のことも哲学系のことも学べる土壌が必要だと思いますし、狭い知識だけでは学術分野のさらなる発展には繋がらないと思います。

平井氏

逆も然りだと思います。

哲学者も、理系の分野に関して詳細まで知るためには時間が足りないと思います。忙しすぎるという背景もありますが、基本的な知識や手法の理解があるかどうかで、ビジョンの正確さも違ってくると思います。

いずれにせよ、互いの分野を理解し知識をもつというのは理系と文系の双方向的に必要ですね。そのハードルを下げるアイデアはまだまだ掘り出されるべき段階と思います。

哲学は今こそ学ぶべき

ーー他分野の人たちが哲学について学ぶ上での重要なポイントはなんでしょう。

平井氏

今って哲学する最高のタイミングだと思うんですよね。アリストテレスやデカルトが現代を生きてたらもうテンション上がって夜も寝れないですよ(笑)。日々いろんなことが明らかにされる地平に立ってるんですから。

 

先ほど谷口さんが「技術によって理解が加速する」とおっしゃっていました。それに関連して、私は理解というのは2種類あると思っています。

人は問題に直面した時、目的手段に話を落とし込んで「こういうメリットがあります」と説明・アウトプットすることで、“理解した”気分になり満足感を得ます。しかしこれは本当の理解ではなくて、“与えられたフレームの中で答えを出しただけ”という場合が多くあります。つまり、手持ちの知識の中の処理に終わっているということです。

これに対して、謎そのものとじっくり向き合って、顔馴染みになって、そのいわば本音の部分が腑に落ちるところまで理解を進めるには時間がかかりますし、かけるべきです。それはただパーツを組み合わせて還元的に理解できるものではありません。そのとき、技術は僕たちの知性の手足を拡張してくれると思うんですね。それを実地で使って、相互作用に介入していかないといけません。そのためには進化が用意してくれた生物学的な手足(脳)だけでは足りなくて、謎に合わせて、僕たちにできることも増やしていかないと。

概念や技術は拡張身体です。その拡張身体を用いて、日々謎にぶつかり稽古を挑んでいく。その中で、やっと謎は、僕たちに少しずつ打ち解けてくれると思うんですよね。だからこそ、時間をかけて研究を行える環境や研究自体の向き合い方を考えていくことも重要だと思います。

おわりに

AIの発展は技術の進歩によってのみ語られるものではありません。AI技術の発展の基盤となる部分には知能や心、認識の問題など幅広い視点からアプローチしてきた哲学の存在があります。

「AIに感情を与えるには?」

「創り出した知能が社会にどういった影響、価値を与えるのか?」

「そもそも知能ってなんだろう?」

このようなAIをつくるときに生じる疑問自体が哲学に繋がります。また、人の頭の中を説明している哲学は特別なものではなく、非常に実用的な学問であるようにも思えます。

AI研究者と哲学者がこれからさらに対話を深めることで、国際的に議論するための土台作りや相互の学問としての発展が期待されます。

2021年9月号では今回の記事で紹介した第4回レクチャーシリーズ『AI哲学マップ』対談(後編)の他にも、

  • 特集:社会に浸透するアバターの存在を考える〜アバターの社会倫理設計〜
  • 小特集:JSAI 2020 卒業オーガナイズドセッションの紹介

などが掲載されています。

ぜひお手にとってお読みください。

 

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