目次
はじめに
2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻したことで始まったウクライナ戦争では、さまざまな局面でAIが活用されています。この記事では、そうした軍事AIの活用事例を同戦争の大まかな進展に沿ってまとめていきます。
生成系AIによる偽情報の発信
ウクライナ戦争勃発直後には、生成系AIによる偽情報の拡散をねらった活動が多数ありました。アメリカ大手メディアNBCが2022年2月28日に公開した記事によると、FacebookとTwitterの偽アカウントからウクライナに不利になる情報が発信されていました。これらの偽アカウントはすぐに削除されました。
以上の記事を執筆したNBCNewsのシニアリポーターBen Collins氏は2022年3月1日、ウクライナを不利にする情報を発信した偽アカウントに使われていた画像に関してツイートしました。そのアカウントは「Vladimir Bondarenko」という名前で運営され、彼はキーウ出身の航空技術者でウクライナの航空インフラが崩壊したという嘘の情報を拡散していました。Collins氏によれば、偽アカウントに使われていた顔画像には生成系AIによって制作された時に時として見られる耳の欠落がありました。
“Vladimir” has a whole backstory on the Ukraine Today website. He was an aviation engineer, until he was forced into blogging when Ukraine’s aviation infrastructure “collapsed.”
He also has weird ears, which is what happens when you make a face on https://t.co/Gr3BMTJttU pic.twitter.com/n0ogfNXhqT
— Ben Collins (@oneunderscore__) February 28, 2022
またWIRED JAPANは2022年3月19日、ディープフェイクの軍事利用に関する特集記事を公開しました。その記事は、同年3月16日にFacebookとYouTubeで確認されたゼレンスキー大統領の偽動画に言及しています。この動画は同大統領がウクライナ軍に降伏を呼びかけていましたが、体がまったく動いていないことや声が同大統領とは異なるように聞こえたこともあり、すぐに偽動画と認められ対処されました。
A deepfake of Ukrainian President Volodymyr Zelensky calling on his soldiers to lay down their weapons was reportedly uploaded to a hacked Ukrainian news website today, per @Shayan86 pic.twitter.com/tXLrYECGY4
— Mikael Thalen (@MikaelThalen) March 16, 2022
明らかに政治的目的で制作された偽動画はゼレンスキー大統領のものが最初ではなく、2021年にはミャンマーで同国の元指導者アウン・サン・スー・チー氏が賄賂を受け取っているような動画が拡散しました。
画像生成AIの台頭と動画生成AIの研究開発が進む2023年3月時点では、ウクライナ戦争初期と比べてさらに高品質な偽画像や偽動画が簡単に制作できるようになっています。今後は世界的に注目される(アメリカ大統領選挙のような)イベントで生成系AIの悪用事例が報告されるかも知れません(注釈1)。
Making pictures of Trump getting arrested while waiting for Trump's arrest. pic.twitter.com/4D2QQfUpLZ
— Eliot Higgins (@EliotHiggins) March 20, 2023
テック系メディア『Ars Technica』が2023年3月22日に公開した記事によると、Higgins氏はこのツイートの後、Midjourneyのアカウントが利用禁止になった。
衛星画像認識による爆撃被害の評価
ウクライナ各地の都市は、現在もロシア軍による空爆の危険にさらされています。こうした空爆の被害を正確に知ることは、軍事的にも外交的にも重要となります。こうした事情を背景にして、アメリカ・サンフランシスコに拠点を置くAIスタートアップScaleは2022年3月8日、空爆による被害を評価したラベル付きのウクライナ都市に関する衛星画像を提供することを発表しました。
以上の画像提供を報じた安全保障専門メディア『Defense One』の2023年1月9日付けの記事によると、Scale社は2022年3月から2023年1月までにキーウ、ハリコフ、ドニプロを含むウクライナの衛星画像約2,000平方キロメートルを調査しました。こうした画像に含まれる約37万棟の建造物の被害状況について、AIによって評価したのでした。
以上の記事で取材に応じたScale社の幹部Shands Pickett氏によると、衛星画像からの被害状況をAIに学習させることで、特定の兵器による被害を予測できるようになります。
Scale社はウクライナの衛星画像提供のほかにも、地対空ミサイル基地の衛星画像から攻撃の兆候をAIによって解析するシステムや、大規模言語モデルサービスを展開しています。
AIによる通信解析で戦況を把握
AIによって無線通信を解析すれば、交戦する軍隊の状況をほぼリアルタイムで把握できるようになります。アメリカ・サンフランシスコにあるAIスタートアップPrimer.aiはAI支援型安全保障システムを開発・提供しており、同社が2022年4月4日に公開したブログ記事ではウクライナ戦争における同社システムの使用事例が解説されています。
ウクライナ軍に提供されているPrimer.aiのAIシステムは、ロシア軍の通信を傍受して同軍の動向を把握するのに活用されました。具体的には、まずインターネット経由で傍受されるロシア軍の通信からノイズや音楽を削除してデータを洗浄します。洗浄されたデータを同社の翻訳エンジンを使ってロシア語から英語に翻訳した後、安全保障用に開発されたAIモデルに入力データとして渡します。これらのAIモデルが実行するタスクは、以下のようなものです。
|
以上のようなタスクを実行すると、例えばロシア軍がある作戦地域で激しい攻撃を受けて戦車を破壊された、というような情報をほぼリアルタイムで取得できます。こうした個々の戦況を把握できる以上に重要なのは、継続的にAIによる戦況把握を続けることでロシア軍に対して情報戦に関して優位に立てることです。
なお、2023年3月6日に公開されたPrimer.aiブログ記事では大規模言語モデルを安全保障に活用する方法が解説されていることから、同社が提供する安全保障AIシステムは日々進歩しているのがうかがえます。
民間人と兵士を識別する顔認識
ウクライナ戦争では、顔認識も本格導入されました。ウクライナに顔認識技術を提供している企業Clearview AIは、同国に技術提供するまでの経緯をまとめたウェブページを公開しています。
以上のウェブページによると、Clearview AIのCEOであるHoan Ton-That氏はウクライナ戦争勃発直後、同社のサービスがロシアからの侵攻にどのように役立てられるかについて書いた手紙をウクライナ政府に送りました。その手紙には家族とはぐれた難民の再会、ロシア工作員の特定、戦争に関するソーシャルメディアの偽記事を政府が否定する手助けなどが挙げられていました。
ウクライナ政府はTon-That氏の手紙に応えて、Clearview AIの技術を活用することを決定しました。この決定後の1ヶ月後の2022年4月には同国の5つの機関、200人の職員が同社のサービスを使って、5,000件以上の顔検索を実施しました。4ヶ月後の7月にはユーザが7つの機関と600人以上の軍人となり、顔検索件数も60,000件に増えました。
ウクライナ政府は、同国の検問所でもClearview AIの技術を活用しています。同社はロシアのソーシャルメディアサイト「Vkontate」の公開画像から20億枚以上の画像を蓄積しており、この画像データを使ってロシアの工作員をすぐに特定できるのです。
ウクライナ戦争におけるClearview AIの技術について特集した2022年4月29日公開のWIRED UKの記事では、ウクライナのMykhailo Fedorovデジタル変革担当大臣が顔認識の活用について取材に答えています。この取材で戦死したロシア兵を顔認識によって特定することに関して、同大臣は2つの理由を挙げています。1つ目の理由は、戦死したロシア兵の親族に戦死という事実を教えることで、ウクライナ戦争は悪いことであると教えることがあります。2つ目は、純粋に戦死を親族に知って欲しいという人道的な理由からです。というのも、ロシアは兵士の戦死を親族に知らせたりはしないのです。
サイバーセキュリティ専門ニュースメディア『The Record』は2022年5月17日、Ton-That氏にインタビューした記事を公開しました。このインタビューにおいて「数年後、VRメガネにClearview AIの顔認識機能が実装されるようなことは想像できますか」という質問に対して、同氏はそれは非常にポジティブなユースケース、と答えました。この発言は近い将来、同社のサービスが搭載されたARメガネのようなものが各国の軍隊や警察に配備される可能性を示唆していると解釈できます。
「戦場の主役」となったドローン
ウクライナ戦争では、ウクライナ軍とロシア軍の双方でかつてないほどにドローンが活用されています。こうした戦況について2022年8月24日に公開された読売新聞の記事は、”「無人機の時代」の到来“と表現しています。2022年4月15日に公開されたCNET Japanの記事では、かつての戦争では戦車が重要だったのに対して、現在ではドローンが決定的な武器システムになっているかも知れない、という軍事研究家の発言が引用されています。
実のところ、ドローンとAIは非常に親和性のあるテクノロジーです。AIがドローンに搭載されることによって、2つの利点が生じます。1つ目の利点は、自律飛行が可能となることです。AIが航路を制御したり障害物を回避したりすることで、安全に目的地まで飛行できるようになります。2つ目は画像認識が可能となることです。画像認識が可能となることで、目標となるオブジェクトを発見できるようになります。
ウクライナ軍には、創業から50年以上にわたって兵器を製造するメーカーAeroVironmentがドローンを供給しています。同戦争で使われている同社の主力製品には、いわゆる自爆型ドローン「Switchblade 300」とより大型の「Switchblade 600」があります。これらのドローンは、筒状の発射装置から発射されると目標まで飛行して衝突します。こうした攻撃形態から「カミカゼドローン」という異名があります。
ウクライナ軍は、以上のSwitchbladeシリーズに全幅の信頼を寄せています。2023年2月22日に公開されたアメリカ大手メディア『USA TODAY』の記事では、Switchbladeについて「我々が持っている兵器の中で、最も安定的で正確な兵器のひとつ」と語る同軍上級指揮官の発言が紹介されています。また防衛ニュース専門メディア『Defense News』が2022年10月12日に公開した記事では、同軍が同年同月までにSwitchbladeE 300を頻繁に使い、Switchblade 600に「かなりの関心を持っている」と報じています。こうした状況をうけて、AeroVironment社はSwitchblade 600を従来に比べて3倍の年間6,000台の増産を検討している、とも報じられました。
その威力は未知数。戦闘用自律自動車
自律型兵器普及の波は、ドローンのような航空兵器だけではなく地上兵器にも押し寄せています。ニューズウィーク日本版は2023年1月17日、ロシアが開発した戦闘用自律自動車「Marker(マーカー)」がウクライナ戦争の前線に配備される予定だと報じました。
以上の記事によると、Markerは戦闘任務を「自律的に」遂行でき、約15キロメートル先の標的を特定できます。また、民間人と軍事要員を識別して「直接的な脅威」をもたらす相手のみを標的にできる、とも説明されています。
Markerの重量は約3トンでさまざまな兵器を搭載でき、将来的には「電子パルス」や「自爆型ドローン」を使ってドローンに対抗できるようになる、とも報じられています。ロシアメディア『Pravda.Ru』が2019年4月4日にYouTubeで公開した以下の動画には開発中と思われるMarkerが駆動する様子が収録されており、機関銃が搭載されているのが確認できます。
2023年2月1日には、欧州防衛機関(European Defence Agency:略称「EDA」)が高度に自律的な戦闘用の無人地上システム(Combat Unmanned Ground Systems:略称「CUGS」)を開発するための研究・技術プロジェクトの開始を発表しました。このシステムの開発には9つの加盟国と28の欧州産業界のパートナーが参加し、3,550万ユーロの予算で36ヶ月間にわたって取り組まれます。もっとも同システムは、人間がシステム運用のループに含まれる「ヒューマンオンザループ」として開発されます。
以上のように地上兵器の無人化は、もはや不可避と言えそうです。
まとめ
ウクライナ戦争における軍事AIの活用は偽情報の生成や顔認識といった情報戦から、ドローンや戦闘用自律自動車のような兵器にまで広がっています。こうした軍事AI活用の拡大によって懸念されるのが、自律型致死兵器システム(Lethal Autonomous Weapons Systems:略称「LAWS」)の実戦投入です。
LAWSの規制に関しては世界的に議論されており、その最新動向は2023年3月7日に公開されたYahoo記事『2023年のCCW-LAWS-GGEの議論について(2 Tier Approachを理解する)』でまとめられています。その記事によると、2023年3月6日から10日までLAWSの政府専門家会議が開催されたものも、いまだに結論が出ていません。日本におけるLAWS規制に関しては、2022年12月に外務省が現状をまとめた資料を公開しています。その資料によると、日本はLAWSを開発しない立場が明記されています。
LAWSの規制について議論しているあいだにも、ウクライナ戦争の進展によってはこうした兵器が投入されるリスクが否定できません。それゆえ、この戦争は「AIの軍事利用」という観点から引き続き注意を向けるべきでしょう。
記事執筆:吉本 幸記(AINOW翻訳記事担当)
編集:おざけん