人工知能学会が刊行する学会誌『人工知能』2021年7月号が発刊されています。
『人工知能』は編集委員がテーマを決め、AIに関連する有識者が記事を持ち寄って掲載している学会誌で、2ヶ月に1回発行されます。私たちに身近な分野や話題のAI研究などが扱われていて、AIの現状の課題や最新のAI情報を得ることができる、30年以上の歴史がある学会誌です。AINOWでは各号の特集内容を、研究者の方々へのインタビューを通して紹介しています。
前回の学会誌紹介記事(5月号)はこちらから▼
今回は、小特集『「仮想空間を介したインタラクション」にあたって』の企画を担当された田和辻 可昌氏(早稲田大学)、山元 翔氏(近畿大学)にインタビューしました。
AI研究とインタラクションは密接に関係しており、人とロボットやコンピュータはどう関わっていくべきなのかを研究するHAI(Human Agent Intaraction)やHCI(Human Computer Intaraction)という分野があります。仮想空間を介したインタラクションというと、ロボットやコンピュータ、VRなどの技術に、時にはAI技術を導入して構築された、試験的な場でのインタラクションが主で、一般的に普及しているとは言い難い状況でした。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でさまざまな場面でオンラインでのコミュニケーションが増えました。特に「Zoom」などのビデオ会議ツールは企業や大学で多く活用されるようになり、仮想空間を介したインタラクションが身近で行われるようになりました。
特に、学びの場においては学生と教師の対面でのコミュニケーションが重要視されていたために、仮想空間でのインタラクションでは相手が内容を理解できているのかという不安やディスカッションをうまくできないことから議論が深まらないなどの課題が発生しています。反対に、webリンクからアクセスするだけで授業に参加できることへの気軽さなど、これまでの対面での学習とは異なる環境へと変化しています。
仮想空間におけるコミュニケーションが人の考えや行動にどう影響し、どういった学習環境が学びに適しているといえるのでしょうか。お2人に伺いました。
2020年早稲田大学人間科学研究科博士後期課程修了.博士(人間科学).同大学人間科学部助手を経て,現在同大学グローバルエデュケーションセンター講師.関心はHuman-Agent Interaction,他者モデル,不気味の谷を実現する神経機構など.人工知能学会では編集委員,研究会専門委員や過去大会運営に従事.
2014年広島大学大学院工学研究科博士課程後期修了.博士(工学).同大学大学院特任助教,近畿大学工学部情報学科助教を経て,2017年同大学工学部情報学科講師(現職).次世代基盤技術研究所、情報学研究所兼務.主な研究分野は知識工学,学習工学,AR/VRの活用.情動や身体情報なども視野に入れた,人の学習とそのプロセスを工学的に処理する技術の研究に従事.人工知能学会においては,研究会幹事や,過去大会運営にも従事.
「学習とはなにか」を再考する企画|コロナ禍におけるオンライン教育の課題
今回の特集ではこのような仮想空間を介したインタラクションについて
1.教師─学習者間のインタラクション 2.学習者─学習者間のインタラクション 3.人─エージェント間のインタラクション |
という3つのインタラクションの場を想定し、それぞれの場で活躍している7名の研究者の方たちの寄稿が掲載されています。対面インタラクションとの違いや仮想空間におけるインタラクションでの課題、有用性、今後の展望についてそれぞれの視点で解説されています。
ーー今回の企画が立ち上がったきっかけについて教えてください。
田和辻氏:こういう新型コロナウイルスの感染が広まった状況になって、大学や企業ではオンラインでのコミュニケーションがかなり増えています。人と人との対面でのインタラクションとは全く違っていて、「相手はどう思ってるんだろう」というような感情的なところが分かりにくくなっています。例えば、授業で「この子、理解できてるかな」と不安になって聞いてみるとやはり伝わってなかったということがあったりします。
この問題自体はオンラインビデオを通じたやりとりの課題として長く指摘されてきてはいますが、コロナ禍になり特に教育ではどういう状況になっていて、どのような問題が発生しているのか、対面との違いなどいろいろ整理をして読者の方に届けたいと感じたのが事の発端になっています。
ーー今学生が授業を受ける手段としてはオンラインが主流ですよね。ですが学生側はビデオオフ、教授が画面共有しながら1人で話し続けるというようなことも多く、一方通行のようにも感じます。こういう状況を考えると「インタラクションとはなにか」と考えてしまうのですが、どうでしょうか。
田和辻氏:そうなんですよね。実際会えばふわっと話を始められたり、「この人は今何か別のことに集中しているのかな」と感じ取れたり、そういうことが往々にしてありますよね。ただオンラインだとその情報を取得することが非常に難しいと感じています。こうして(取材してるときも)カメラ越しに相手の顔を見てることにもなるので、実際に相手がどこを見てるのかっていうのはよく分からなかったりしますし、相手の意図を察しにくい状況にあるのかなと思います。
ビデオ会議ツールでカメラオフにしてる状況も多くありますが、人間はインタラクションでは非言語情報を頼りにしているので、その情報がない中でのインタラクションというのはかなり難しいと思っています。教育の現場だとより顕著にそれを体感しているところです。
ーー小特集の企画者であるお2人からみて印象に残っている内容や視点についてお聞かせください。
山元氏:どの方のお話も非常に面白かったです。内容をそれぞれ俯瞰してみると、EdTech(教育(Education)× テクノロジー(Technology))に関心のある方々も楽しめるのではないかと思われる話もありました。
他には、先ほどの田和辻先生のお話にも通じますが、通常の空間だとあるけど仮想空間だとなくなる情報っていうのがありますよね。視線や人の振る舞いなどです。おそらく今こうやって僕が振舞っているのも画面上に映ってるときには普段と変わらないような感覚かもしれませんが、無意識で手や顔を動かしているだけなので、画面から外れている部分はほとんど伝わってないと思います。そういった情報はシステムや機能に左右されてしまうところです。
それに着目して、例えばVRでいかに埋め合わせるかとか、情報技術を利用してターンテイキングをうまくやるなど、人の情報共有をどのようなインタラクションで、どのようにやるか、インプットの振る舞いをきれいに整理されてる方もいらっしゃいました。それ以外には、学生がつまらなそうに授業受けてるという感情的な情報のような、人の覚えた感覚はカメラでは伝わりづらいということに対して、今後のAI研究でどうシステムに解釈させて人に伝えていくか、とフォーカスを当ててる先生もいらっしゃいました。
そもそも仮想空間を考えたときに、ついつい僕らはこういうZoomのような(技術に制限を受ける)空間だと捉えて書いてしまってるところがあります。でも実は仮想空間というのは、裏を返せば「なんでもできる空間」でもあり、うまくデザインすることで強力なコミュニケーションが成立するのではないかと指摘する記事もありました。これからインタラクションっていうのをオンラインを介したときにどう考えるべきかというところを学習文脈でさまざまな振る舞いや心理的作用、社会的影響、そもそも仮想をどう捉えるかっていうところまで広く述べていただいてるような企画になっています。
田和辻氏:山元先生におっしゃっていただいた通りで「そもそも学びとは何か」みたいなところが全面に出ている記事が多く、さまざまに考察されていたと思います。学習ってすごい根源的なものだと思うので、それが一体どういう様相なのかをきちんと踏まえた上で述べられている記事が多かったかなと思います。
教育におけるインタラクションの今後
ーーこれからの教育におけるインタラクションはどういう方向に進んでいくのでしょうか。
田和辻氏:多くの対面授業では教育と言えば先生1,生徒多数という状況を想定した中で検討されてきたことが多いと思うんですけど、そうではなく、むしろその人が一体どこに着目して、なにを学習しているかをきちんと押さえた上でシステムを設計することが、今後ますます重要になってくると思います。より個に焦点を当てた支援ということが大事です。
そうすると、「その子がどう感じてるのか」というのを配慮した支援も必要になってくるかなと思います。ただ、もちろん技術が進歩して高度化すればするほど、それに伴っていろんな問題点もあると思うので、その辺はよく見極めながらAI技術が教育の中でうまく振舞っていければいいのかなと思います。
ーー確かにそうですね。インタラクションが本当に研究され尽くした結果の未来って少し怖い気がします。
田和辻氏:そうですね。極限まで突き詰めるとすごく危険な使い方もできてしまいます。技術のことをきちんと理解した上でどこまで組み込むかみたいなところも必要になってくるのかなと思います。
ーー山元さんは今後の教育インタラクションについてどうお考えですか。
山元氏:本当にインタラクション研究が全てやられ尽くされたら、人の行動が全て分析され尽くして、結局、究極的には面白いインタラクションが、みんな自然にできるようになるのかなとも考えます。
結局は機械が示唆して人がその通りに動いてしまう、っていうのも1つのインタラクションです。なので、そのメカニズムがなぜ起こるのかっていうのはおそらく分析可能で、そうするとメカニズムを踏まえた上でどうシステムを設計するかというところも考えることができます。機械設計の方が言ってたんですけど、「人って思ってるより機械みたいに正確ではない」という話が僕は気に入っています。例えば、機械のアームでコップをここに置いてください、と決めると毎回同じ場所に機械は置けますよね。ただ人って、ここに置いてくださいって言ったら別にちょっとずれてたぐらいだと誰も気に留めないです。それぐらい”遊び”は絶対に残るし、その遊びがあるからうまくインタラクションを取れてるところもあるはずです。
人とエージェント、それぞれにできることを分けて協調的な学習支援を
ーーなるほど、人間らしさは何かというのを考えていかなくてはいけないですね。機械との関わり方という話のつながりで、エージェントとの関係についても伺いたいのですが、我々人間と教育エージェントとの適切な関係性というのはどういうものでしょう。
田和辻氏:今回の僕の記事ですと、教育学習の中でコンピュータープログラムとして存在してるキャラクター「ペダゴジカルエージェント(Pedagogical Agents)」というものを対象としていますが、学習者と付き合っていくというような存在っていうことが、今後さまざまな形で現実の中の学習の中にでてくるのではないかと考えています。
そのときにどういった立場でそのエージェントとが存在しているかっていうのはとても大事です。空間的には1人でいて、(コンピュータ環境にキャラクターの)先生と他の学習者がいるときに、そのエージェントがどういう存在としてそこにいてくれるのか、という役割を十分意識した機能付与が必要になってくると思います。
機能付与というのも重要だと考えていて、技術というのはなんでもできるわけではないので、一体何ができて何ができないのかというのをきちんと分けることが必要です。なので僕個人の意見としては、エージェントっていうのは、教育学習支援を助けてくれるというよりはむしろ、自分たちは一体どういう存在としてそこにいるべきかを振り返らせてくれるような存在になっていくのかなという風に考えています。
ーー先生は教えるという役割・生徒は受けて聞くという役割があって、その役割を1度しっかり立ち返って、その上で足りていない機能をエージェントで補い、教育という目的を最大化できるようにしていくということでしょうか。
田和辻氏:そうですね、それがすごく大事です。僕が教育を見ていて思ったのは、人間の教師ってすごいな、ということです。やはり対面で授業をやっていると「この子困ってるのかな」っていうのが感じ取れたりするわけです。「この子はもしかしたら今ちょっと分かってないのかもしれない」と気づくことができる。そういった教師が感じ取れる力がAIではまだ無理なところがあります。なので教師にしかできないこととAIが得意とすることの機能区分をして、協調的に今後は学習支援できればいいと考えています。
ーーそうしたエージェントを活用した結果としての学習効果はどのように計測できるのでしょうか。
田和辻氏:学習効果の計測は難しいかなと思っています。
なぜなら、なにをやればその子の学習の効率が上がるのかというのはその人に依存しているところが大きいと考えているからです。学習効果はいつ現れるか分かりません。例えば大学で授業を受けていても、「話を聞いているときは全然分からなかったけれど、あのときあの先生が言ってたの実はこういう意味だったんだ」とのちに気づくというようなことありますよね。そういう意味で学習効果が遅れを伴って出てくることもあるので、システム自体の評価は難しいと思います。今回の記事にもありましたが、僕自身はエモーショナルなところの支援が必要になってくると思っています。例えば学習がつらいって思ったときに何か寄り添ってあげられるようなパートナーのような形です。効果の計測はできないかもしれませんが、学習者をサポートするエージェントというのは今後必要になってくると考えています。
ーー山元さんはこうしたエージェントとの関わりや学習効果に関してどうお考えですか。
山元氏:お2人のお話を聞いていて、学習の場においてエージェントが学習に関わるとき、おそらく2通りの関わり方があると思いました。1つは学習そのものに関わる方法、もう1つは励ましたりするようなエモーショナルな方法です。
前者の場合、個人的にはまだ実用には届いていないと感じています。プロの先生が勉強を教えるとき、マンツーマンだったらある程度のコストをかけたらできるけど、学習者側が10人、100人、1000人と増えていくと教える側も厳しくなってきます。そこで、最近流行っている、いくつかの個別学習用のアプリのように、AIで学習を効率化・高速化することができるようになっています。ですが、「あれだけAIで高速化できるんだったら、そもそも勉強の仕方から変えられるのではないか」というところにはおそらくまだ踏み込めていません。そうした部分も効率化できるのかと個人的には思ってますし、研究を進めているところです。
なので学習効果という話では、今の学習の仕方でどうやって効率的に習得するかと考えていると頭打ちになると思いますが、今やってる方法をAI技術に様々なメディア機器を利用して、違ったやり方で効率よくシフトチェンジしていくという考えができるのであれば、さらに学習効果をあげていくことができると思います。
その傍らで、後者のエモーショナルな、人に寄り添うAIです。学習者がつまずいたときに「頑張れ」と言ってあげたり、あるいは悩んでるときに声かけたり、逆になにも声をかけずに見守ったりと、個人の感情を見分けて励ましてあげる親のようなAIができあがったりすると、どんどん学習効率も上がるのではないかと思います。
特集に込めた想い
ーーさいごに、今回の小特集をどういった方に読んでもらいたいですか。
田和辻氏:教育や学習というのは普段から触れているのでついついわかった気になりがちですが、今一度「教育とか学習ってどういうものかな」って振り返ってほしいです。教育・学習ってなんですか、と聞かれたときにこうですってうまく言えない人とか、そもそも教育とか学習ってなにかなってちょっとでも感じた人にはぜひ読んでほしいと思いました。
僕たちの記事を通して少しでも学習ってなんだろうということを考えるきっかけになってくれるとすごい嬉しいです。「仮想空間を介した」というテーマにもなっているのでオンラインでの教育をやってる方にも読んでもらえるといいなと思います。
山元氏:最初に田和辻先生におっしゃっていただいたように、人がそもそもどう学んでいるかを改めて考え直すというところにフォーカスしているので、「普段授業でこう教えていたけど、実はそれってこういう活動だったんじゃないのか」ということを改めて考え直すための新しい視点を提供できるのではないかと思います。なので、学生の方にも読んでいただければ自分が今後どうやって学んでいくんだろうということを考えるときのヒントを思いついたりとか、研究者の方もまた違った観点で自分の研究の新規性を見つけられたりするかもしれません。
あるいは教師の方であれば、普段教育をしてるとある程度感覚的に授業をこなせてしまうと思いますが、こうやって(コロナ禍になって)インタラクションに制約がかかったことである程度感覚的にやってたことを考え直さなくてはいけなくなったと思うんですね。そういうところが浮き彫りになってきた分、教育者の方にも読んでもらうことで、学習という活動をより深掘りする手助けにもなるかもしれません。
ーーありがとうございました!
おわりに
学習環境や学習のあり方は時代の変化とともに大きく変わってきています。
私自身、コロナウイルスの影響で大学の授業がオンラインという「仮想空間」に移り、学びに制限がかけられたように感じていました。しかし、オンライン環境になることで話し合う時間に柔軟性が生まれたり、さまざまなデジタルツールが使われるようになりました。つまり、現実世界でのインタラクションでは足りないものを補おうとするコミュニケーションやツールが多様化してきているのです。
私たちは「学習」という言葉や行為が当たり前のものとして認識しています。ですが、コロナ禍をきっかけとして学習のあり方を見つめ直すことで、教え方や学ぶ姿勢に変化が生まれることもあるでしょう。お2人のおっしゃるような人に寄り添うエージェントとの協働で、より効率の良い学習が可能になる未来も近いかもしれません。
未来のの教育に関する最先端の研究内容が詰まっています。
人工知能学会 学会誌『人工知能』7月号、ぜひお手にとってお読みください。