目次
はじめに
近年、ChatGPTをはじめとする生成AIから望んだ出力を得るために適切な指示を入力する技術である「プロンプトエンジニアリング」が注目されています。そこで本稿では、求人市場における注目度やプロンプトエンジニアの給与などといったビジネス面に焦点を当てて、同技術を解説していきます。
なおプロンプトエンジニアリングの具体的な記述方法といった工学的な側面については、後述する学習リソースを参考にしてください。
プロンプトエンジニアリングとは何か
プロンプトエンジニアリング(prompt engineering)とは、生成AIから望んだ出力を得るために入力する自然言語で書かれた指示に関する技術体系を意味します。この用語は、生成AIに入力する指示が「プロンプト」と呼ばれることに由来します。
プロンプトエンジニアリングが注目されるようになったのは、OpenAIが大規模言語モデル「GPT-3」を公開した2020年頃からです。同AIの出力結果は人間が書いた文章と区別がつかないほど自然だったのですが、ユーザが望んでいる出力結果を得るには指示を工夫する必要があることから同技術が誕生しました。
2022年にはDALL-E 2をはじめとする画像生成AIが多数公開されたことで、「画像生成AIから望みの画像を出力させる技術」として再びプロンプトエンジニアリングが注目されるようになりました。そして2022年末、対話型AI「ChatGPT」が公開されたことで「対話型AIから望みのテキストを出力される技術」として同技術が急速かつ決定的に世間に周知されるされるようになり、今日にいたっています。
最近ではテキスト入力から動画や3Dオブジェクト、さらには音楽を生成するAIモデルが研究されていることから、プロンプトエンジニアリングによって得られる出力は多岐に及んでいます(※注釈1)。
プロンプトエンジニアリングは、本稿のトップ画像制作にも使われます。具体的には、DALL-E 2で駆動するMicrosoft Image Creatorで制作されました。この画像の生成時に用いたプロンプトは、「パソコンにキーボード入力して、チャットする猫型ロボット。パソコンの画面には、プログラミング言語が表示されている。カートゥーン調で。背景は明るい。」というものでした(※注釈2)。
プロンプトエンジニアリングの注目度
プロンプトエンジニアリングの注目度に関しては、機械学習を活用した履歴書作成支援サービスを提供するアメリカ企業ResumeBuilder.comが2023年4月13日、アメリカ企業を対象とした同技術に関する意識調査を実施した結果を発表しました。
多数のプロンプトエンジニアを雇用したいアメリカ企業
346のアメリカ企業に対して、プロンプトエンジニアを雇用したいか尋ねたところ、29%の企業が速やかに雇用したいと回答しました。さらにプロンプトエンジニアを雇用したい企業の21%が、10人以上雇用したいと答えました。以下に引用するグラフは、企業の従業員規模別に見た雇用したいプロンプトエンジニアの人数を表しています。従業員501~1,000人の企業の44%は、6~10人のプロンプトエンジニアを雇用したいと考えています。
また、調査した企業の75%がプロンプトエンジニアの雇用によって雇用削減につながると考えており、そのうち27%が雇用削減効果が「非常に高い」と回答し、38%が「やや高い」と答えました。
緊急度の高いChatGPT業務経験者採用
調査対象企業のうち、代表的な生成AIであるChatGPTの業務経験者の採用を検討している企業に採用の緊急度を尋ねたところ、30%が「非常に緊急」、19%が「やや緊急」と答えました。
ChatGPT業務経験者の採用が急務である理由を自由回答形式で尋ねたところ、以下のような回答が得られました。
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幅広い分野で求められるChatGPT業務経験者
調査対象企業を1,000社に拡大してChatGPT業経験者を必要している分野を尋ねたところ、ソフトウェア開発が58%、カスタマーサービスが33%、人事が32%、マーケティングが31%という結果になりました。さらに詳細な結果は、以下のグラフを参照してください。
またChatGPT業務経験者に求める職務レベルを尋ねたところ(複数回答可)、エントリーレベルが50%、ミドルレベルが39%、マネージメントレベルが43%と回答しました。
以上の調査結果にもとづけば、プロンプトエンジニアの需要は高く、幅広い分野での活躍が期待されている、と言えます。また、需要が高いものも要求される職務レベルがそれほど高くないので、プロンプトエンジニアは完全に「売り手市場」と見なせます。
この調査結果はアメリカで行われたものですが、日本におけるプロンプトエンジニアの認識も似たようなものと予想されます。
プロンプトエンジニアリングはどのくらい稼げるのか
プロンプトエンジニアの給料については、前出のResumeBuilder.com実施の意識調査によると、調査対象企業の25%近くが同職の初任給として最低でも年俸20万ドル(約2,900万円)支払うと回答しており、従業員1,000人以上の大企業のうちの17%は、30万ドル(約4,300万円)を支払うと答えました。
2023年5月4日にアメリカ・ホワイトハウスでAI倫理に関してハリス副大統領と会談したアメリカAI企業のひとつAnthropicは、2023年7月時点でプロンプトエンジニアの求人を出しています。その求人によると、年俸は25万~37万5,000ドル(約3,600万円~5,400万円)に設定されています。
興味深いのは、上記Anthropicの求人の望ましいスキル・経歴には「工学系大学院卒」や「データサイエンスの修士号」といった典型的なAI人材に求められる学歴が書かれていないことです。ただし、「大規模言語モデルのアーキテクチャと運用について、少なくとも高レベルの知識を有すること」や「少なくとも基本的なプログラミングスキルがあり、小さなPythonプログラムを書くことに抵抗がないこと」といった要件があります。
生成AIに各種タスクを遂行させるサービス提供するcopy.aiのプロンプトエンジニアであるアンナ・バーンスタイン(Anna Bernstein)氏にビジネスインサイダーがインタビューした記事によると、同氏は前職でフリーライターや歴史研究アシスタントをしており、専ら図書館でマイクロフィルムを閲覧していた、とのこと。そんな彼女は、自身の言語に対する人並外れた執着がプロンプトエンジニアリングに役立っている、と語っています。同職を「文学的素養と分析的思考が交差する仕事」とも述べています。
以上のようにプロンプトエンジニアは高収入が期待できるうえに、文系大学出身者でもそのポジションを狙えるチャンスの多い職種と言えます。
プロンプトエンジニアの資質と学習リソース
新興の職種であるプロンプトエンジニアは、大規模言語モデルを操作するという点において従来のAI職種と重なるところがありますが、プログラミング言語ではなく自然言語によってプロンプトを記述するという既存AI職種には見られない特徴があります。こうした職種には、新たなスキルセットが求められるようです。以下では、そうしたスキルセットを確認したうえで、プロンプトエンジニアになるための学習リソースを紹介します。
プロンプトエンジニアに求められる資質とは
Amazonのシニアソフトウェアエンジニアであるポーヤ・アミニ(Pooya Amini)氏が2023年5月5日にMediumに投稿した記事『プロンプトエンジニアリング:AI雇用市場の未来か、あるいは単なるトレンドか?』では、プロンプトエンジニアに求められる資質として以下のような4項目を挙げています。
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テック系メディア『Geekflare』が2023年5月4日に公開したプロンプトエンジニア特集記事では、プロンプトエンジニアには以下のような知識またはスキルが必要と言われています。
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以上をまとめると、プロンプトエンジニアになるには言語に対する深い造詣と大規模言語モデルに関わる工学的知識とスキルが求められるので、文系と理系を架橋するようなハイブリッドな人材がこの職種のロールモデルとなるでしょう。
プロンプトエンジニアになるためのの学習リソース
プロンプトエンジニアになるための学習リソースは、急速に整備されつつあります。以下には日本語で受講・独学できるリソースの一部を紹介します。
学習リソース名 |
概要 |
TechAcademy「はじめてのプロンプトエンジニアリングコース」 | プログラミング等のテックスキル講座を提供するTechAcademyのプロンプトエンジニアリング入門コース。基礎から実践まで学習でき、メンターのサポートもある。4週間Liteプランで149,600円。 |
パイソンメイカー「ChatGPT活用DXスクール」 | ChatGPTを企業で活用する方法をレクチャーする法人向け講座。経営層と数名の社員が受講することを想定している。本講座のほかにも、ChatGPTによるPythonコードの生成をレクチャーする講座もある。 |
Prompt Engineering Guide(日本語訳) | 「プロンプトエンジニアリングの教科書」として有名なサイトの全訳版。プロンプトエンジニアリングの基礎から研究開発レベルの知識まで網羅している。 |
スタビジ「プロンプトエンジニアリングのコツや例文をまとめていく!テキスト版と画像版!」 | テック系スキルの情報をまとめたサイト「スタビジ」が公開しているプロンプトエンジニアリングに関するウェブページ。同技術の基本をまとめている。 |
Learning Prompting | プロンプトエンジニアリングに関する世界的コミュニティLearning Promptingが無料公開している教材。Prompt Engineering Guideに匹敵する網羅的かつ高度な内容だが、日本語訳されている内容は一部。 |
プロンプトエンジニアリングは過渡的な技術?
以上のようなプロンプトエンジニアリングは、長期的にも価値の高いものなのでしょうか。この疑問に関しては、異論を唱える有識者がいます。
ビジネスインサイダーが2023年5月2日に公開したプロンプトエンジニア特集記事では、プロンプトエンジニアリングの将来性に関するイギリス・ケンブリッジ大学で機械学習を研究するエイドリアン・ウェラー(Adrian Weller)氏の見解を引用しています。同氏によれば、この技術の現状は長く続くとは思えない、とのこと。というのも、AIの進化は早いので、AIに指示を出すプロンプトエンジニアリングも現状とは異なったものに進化しても不思議ではないからです。
プロンプトエンジニアリングの未来については、Open AIのサム・アルトマン(Sam Altman)CEOも発言しています。同CEOは2023年2月21日に「チャットボットのペルソナのために本当に素晴らしいプロンプトを書くことは、驚くほど活用度の高いスキルであり、自然言語を少し使ったプログラミングの初期の例です」とツイートし、プロンプトエンジニアリングを自然言語によるプログラミングとして評価しています。
writing a really great prompt for a chatbot persona is an amazingly high-leverage skill and an early example of programming in a little bit of natural language
— Sam Altman (@sama) February 20, 2023
その一方で、テック業界における注目の人物にインタビューするYouTubeチャンネル「Greylock」が2022年9月22日に公開したアルトマンCEOが出演した動画では、「5年後にもプロンプトエンジニアリングが通用しているか」という聴衆の質問に対して、同CEOは「そう思わない」と答えています。5年後にはプロンプトエンジニアリングに代わって、AIとやり取りする基本的なインターフェースは自然言語による対話になる、と同CEOは考えています。
プロンプトマーケットの台頭
プロンプトエンジニアリングは即戦力となる技術ですが、知識ゼロから習得するのは難しく時間がかかります。しかしながら、この技術を習得しなくても、目的に合わせたプロンプトを入手する方法が急速に整備されつつります。その方法とは、プロンプトマーケットの活用です。
プロンプトマーケットとは、既成のプロンプトを売買するマーケットを指します。この場所ではプロンプトエンジニアリングを習得していない人は、目的のプロンプトを購入できます。この技術を習得した人にとっては、自作したプロンプトを販売する場所となります。
現在、日本国内外で多数のプロンプトマーケットが運営されています。以下では、その一部を紹介します。
マーケット名 |
概要 |
Prompt Plus | BizTech株式会社が2023年6月7日に運営開始。ChatGPT、DALL-E 2、Midjourney、Stable Diffusionのプロンプトを購入・販売できる。 |
Prompt Space | 株式会社ピカブルが2023年4月18日に運営開始。DALL-E 2、Midjourney、Stable Diffusionのプロンプトを購入・販売できる。プロンプト検索では「アニメ」「アバター」のようにカテゴリーを指定できる。ChatGPTのプロンプトにも対応予定。 |
Prompt Works(β版) | 株式会社ユニソンプラネットが2023年6月21日に運営開始。ChatGPT、DALL-E 2、Midjourney、Stable Diffusionに加えて、Canva AI、Notion AI、Bard、Bing AIのプロンプトも購入・販売可能。プロンプトは「マーケティング・広告」のように目的別に検索できる。 |
PromptBase(英語サイト) | ChatGPT、DALL-E 2、Midjourney、Stable Diffusionのプロンプトを購入・販売できる。目的別にプロンプトを検索でき、Stable Diffusionのプロンプトを実行できる画像生成機能もサイトに実装。 |
ChatX(英語サイト) | ChatGPT、DALL-E 2、Midjourney、Stable Diffusionのプロンプトを購入できる。自作のプロンプトを販売できないものも、ChatGPTとMidjourneyに関するプロンプトジェネレーターを実装。この機能は、例えば「(製品またはサービス)に関する記事を生成するプロンプト」と用途を入力すると、入力内容を実行するプロンプトを生成するというもの。 |
まとめ
以上のように現在注目されているプロンプトエンジニアリングは、あらゆる立場の生成AIユーザにとって有益かつ重要な技術です。そして、高度なプログラミングスキルを必須としない一方で、言語に関する深い造詣が不可欠なプロンプトエンジニアは、文系学部出身者でも目指せる技術職と言えます。
プロンプトエンジニアリングは、長期にわたって現在のような技術体系で有り続けるどうかについては疑問の余地がありますが、当面のあいだは需要の高い技術と見なされるでしょう。
記事執筆:吉本 幸記(AINOW翻訳記事担当)
編集:おざけん