ゲーム人工知能の行方 (日本デジタルゲーム学会理事 三宅陽一郎氏)

2017年 アドベントカレンダー企画「AIの未来予測」の記事です。寄稿してくださったのは日本デジタルゲーム学会理事の三宅陽一郎さんです。
毎日が出会いの連続である。その出会いに感謝して生きている。だから、ここでは特定の人物を出すことはできない。出すのは、ポストペット、モモさんである。「アドテック東京」という広告テクノロジーの高名なカンファレンスで、講演前、緊張のあまり準備室を抜け出した僕は、モモさんに偶然(!)出会ったのである。

ポストペット!なんと甘美な響きだろう。たぶん僕は最後まで(3Dになっても)ポストペットを使い続けた一人である。2000年初頭には、たくさんのキャラクターたちが、コンピュータ上で活躍していた。有名な助っ人イルカ、カイル君から、インストールを手伝ってくれる魔法使いのおじいさんまで、しゃべって人間の手助けをしてくれる素敵なキャラクターたちいた。インターフェースとしてキャラクターを使うという手法は「エージェント指向」とか「キャラクター・インターフェース」と呼ばれる技術である。

2000年初頭は、マルチエージェントと融合して、エージェント指向がブームだったのである。ところが当時は今ほどコンピュータの計算パワーやメモリ容量が足りなかったため、ポストペットもカイル君もいつの間にか姿を消してしまった。世は「効率化」と「高速化」の時代だった。僕は寂しく去って行くその背中を見送ったのだ。再会の日を願って。

あれから10年が経ち、コンピュータはパワーをみなぎらせ、世は人工知能ブームである。今こそ、エージェント指向が復活する日である。立てよ!ポストペット、よみがえれ!カイル君、さらにディープラーニングでパワーアップして帰って来て欲しい。あざやかに質問に答え、メイルの返信も自動的に書いてしまう、そして、ご主人を慮ってくれるエージェントたち、サービスと人間の間にキャラクターたちが介在してくれる世界。その頭脳に人工知能を搭載して、世の中に溢れ出す。世はパーソナリゼーションとコグニティブの時代になろうとしている。

僕は毎日キャラクターに命を吹き込みたい。木で出来たピノキオが人間になるように、ポリゴンで出来たキャラクターたちに知能と意識を与えたい。なぜなら、それによって世の中が変わるからだ。大袈裟な話ではない。人と人の間の関係はこの何千年も変わることはなかった。だが、人工知能だけは人と人の間に入り込むことができる。人格を持つ知能だから、人間関係を変化させ、世間を変え、社会を変え、世界を変える可能性を持つのだ。ここでは、そんな夢を抱いた一人のゲームAI開発者の一年を通して、ゲーム人工知能の未来の行方を汲み取っていただきたい。

1月

今年から人工知能学会の編集委員となった。担当は表紙である。1月号の表紙はアプモン(東映アニメーション)となった。アプモンは有名なデジモンシリーズの最新作で、携帯電話からARの形で飛び出す人工知能だ。人間と自然言語で会話し、デジタル空間で人間をバディとして手助けして活躍する。元旦に届いた。アプモンは人工知能と人間がいかに共存するかを描いたアニメーションである。共存するか、敵対するかは、どうなるか、というより、人間がどう選ぶか、ということが本質である。そのためには、技術のみならず、社会も、人の心も含めて、望むべき方向に変化して行かねばならないのだ。

人工知能学会
https://www.ai-gakkai.or.jp/published_books/journals_of_jsai/

ジュンク堂池袋店では、自著「人工知能の作り方」(技術評論社)の出版イベントをトロチチこと、南治さんと行った。この本は平易にゲームAI技術をエッセイ風にまとめた本である。デジタルゲームの人工知能の特徴はインタラクティブでリアルタイムで、あとキャラクターに関しては身体を持つ、ということである。身体を持つということは、身体は身体が属する世界の法則、たとえば物理法則に従わねばならず、一方で知能は異なるロジカルな秩序であるから、二つの異なるシステム、すなわち離散的なシステムと連続的なシステムを結ばねばならない。これが人工知能における心身問題である。本書は、そういったシステムにおいて、どのような人工知能が可能かについて書いた本であり、執筆に三年近く費やしてしまった。しかし、いまだ人工知能における心身問題は未解決の問題であり、暫定的なアーキテクチャが敷かれている。

人工知能の作り方
http://gihyo.jp/book/2017/978-4-7741-8627-6

青山大学にはMITで人工知能を牽引されてきたPatrick Winston教授が来日講演された。ウィンストン教授の教科書(「LISP」「Artificial Intelligence」「The Psychology of Computer Vision」)で人工知能を学んだ研究者は多く、三百人を優に超える研究者が集まった。アカデミックとゲーム産業をつなぐのは自分の使命だと思っている。

僕は修士課程の時には、高エネルギー加速器研究施設の地下で研究していた。科学の知識を実際に自分で形成したかったからだ。またその過程を知りたかった。日本のゲームAIのパイオニアである森川さんのつてで、KEKが作り上げた次世代加速器の中心部を閉じる前に見学できた。

実は実験機器の解析(ビームパターンの評価)にもニューラルネットを使うという研究もある。ゲーム開発の現場も、物理実験の現場も携わる人数の増加が著しい。ゲーム開発では、人工知能を導入することで、開発の一部やマネージメントに人工知能に担わせようとしている。同様にいずれ物理実験の何割かは人工知能が担うことになるだろう。そうすると大規模科学の人数の増大もある程度、抑えることができるかもしれない。

KEK Belle2 twitter https://twitter.com/belle2japan

2月

人工知能学会誌で特集「デジタルゲームAI」を組んで頂けることになった。執筆者の取りまとめや自分の執筆などを行ったが、特別インタビューとして、会話ゲーム「シーマン」(ビバリウム、1999年)を作られた斎藤由多加さんにインタビューを行った。現在、自然言語会話の研究が盛んであるが、なぜあの時期にあれほど自然な会話が実現できたのか、を学会メンバーからも聴かれることが多く、インタビューに至った経緯である。本ゲームでゲームデザイン、脚本、声優までをこなした斎藤さんから、その真髄をうかがった。斎藤さんは現在、「シーマン人工知能研究所」を設立され、さらにシーマンの先を行く日本語会話研究を推進されている。斎藤さんのインタビューは人工知能学会誌(2017/3)からも、人工知能学会「AI書庫」からもオンラインで読むことができる。

シーマンは来たるべき会話型エージェントの福音となるか?:斎藤由多加インタビュー
https://jsai.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=8633&item_no=1&page_id=13&block_id=23

3月

毎年、3月にはサンフランシスコでゲーム開発者会議(GDC)が開催される。2万人ぐらいが来場する世界最大のゲーム開発者イベントである。最初の2日間には、AI Summit というゲームAIに特化したチュートリアル+専門セッションが行われる。後半3日間がレギュラーセッションで、ビックタイトルのAI事例などが発表される。ゲームAIの歴史は、ここで発表された成果の積み重ねが大きな役割を果たしている。講演資料はGDCVault というサイトで公開されている。

GDC http://www.gdconf.com/
GDCVault http://www.gdcvault.com/

三月は学会の季節である。私が理事をつとめる「日本デジタルゲーム学会」(DiGRA JAPAN)の大会が星城大学(愛知県)で行われた。日本デジタルゲーム学会はまだ四百人ほどの学会だが、デジタルゲームの広範な範囲に渡る専門家や開発者が集う学会になっている。夏季大会は東京開催と決まっているので、まずはこちらに来られるのも良いかもしれない。何れにせよ、これから重要度が上がって行く学会です。ちなみに自分は広報委員長で、学会長はパックマンの生みの親である岩谷徹教授、理事にはゼビウスを作った遠藤雅信教授がおられて、産学一体となった学会である。

DiGRA JAPAN
http://digrajapan.org/

「オトナに!」という番組に出てゲームAIについて話しました。紀里谷和明さん、いとうせいこうさん、ユースケサンタマリアさん、は一瞬で、人工知能の本質に切り込んで来るので、見た目は笑っていても、気の抜けない収録でした。なので、笑いながら緊張感のある良い番組になっているというか、そのように仕上げている、まさにプロの仕事だと思います。
https://otonani.themedia.jp/posts/2170846

4月

4月は心のふわふわする季節である。心が世界に解けて行くような気持ちになる。僕は
「ゲームを現実に溶かしたい」と思っている。ゲームはスクリーンの前でするとは決まっていない。現実全体に、この世界全体を舞台にしたゲームを作りたいと思っていた。そんな中で登場したのがNiantic社の「Ingress」だった。ゲーム開発者の多くが衝撃を受けた作品だ。後続として「ポケモンGO」も大ヒットした。ゲームのリアリティとは、いかにユーザーが普段、現実を形成するために使っている能力をゲーム空間に向けて引き出すかにかかっている。Ingressは場所に対する領土欲をうまく引き出した画期的なゲームだ。ゲームAIでも「アージ理論」を参照して作ることがある。「アージ」(urge)とは促す、という意味で、生物も自分の巣やテリトリーがあり、そこに敵が近づくと「怒り」が促される。感情と環境を結びつける理論である。これについて川島さんと対談できたのも大きな刺激となった。

ゲームの真髄は「身体性」–Niantic川島氏×スクウェア・エニックス三宅氏【対談】
https://japan.cnet.com/article/35107546/

長い歴史を経たゲームは、これからゲーム以外のものと結びつきながら発展して行くだろう。ゲームはより大きな空気を吸って呼吸しなければならない。アートとゲーム。健康とゲーム、経済とゲーム。ゲームというのは一つの場であるから、そこにいろいろな要素が流れ込むことで面白くなる。人工知能もその一つなのだ。

5月

今年は全六回の「人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇」を行った。昨年、刊行した「人工知能のための哲学塾」(BNN新社)は全六回の人工知能と西洋哲学の関係を連続講演したものである。身体を含む丸ごと人工知能を作るということは、大袈裟に言えば、人造人間を作ろうとすることだ。そのためには、知能とは何か、身体とは何かという強い足場を必要とする。哲学は人工知能を作る足場なのである。そのような足場を必要とするのは、私のような人工知能に日々向き合う人間だけだと思っていた。だが、facebook でこういう話題を5回ぐらいで講演したらどうかとタイムラインに書くと大きな反響があり、ついに西洋編、東洋編合わせて12回の講演を行うこととなった。まず、最初に自分の講義が1時間ほどあり、次にグループディスカッション、そして発表という3部構成である。この形式もイベントを続けながら模索して来た。足場があれば、つまり哲学があれば、議論が可能なのだ。そして、より大きな足場の基礎こそは、新しい人工知能の可能性へ通じるものである。

人工知能のための哲学塾
http://www.bnn.co.jp/books/8210/

6月

「AI・人工知能エキスポ」第一回が開催された。AIでエキスポが開かれるとは驚きである。展示会場は広くなった東京ビックサイトの一角で他のイベントの併設イベントとして開催されていたが、あまりの来場さの多さにごった返していた。第二回の開催もすでに決定していた。会場の一角の会議室で講演が開催されていて、僕も音楽・音声の音響信号の自動理解研究の第一人者の産業技術総合研究所の後藤真孝教授と一緒に講演に招待して頂いた。演壇に立つと、ご来場者の熱気が伝わって来た。人工知能はどこへ向かうのか、誰もが知りたいと思っている。いろいろな角度からこういった展示会と講演が増えれば良いと思う。

AI・人工知能 EXPO
http://www.ai-expo.jp/

7月

東京芸術大学「ゲーム学科(仮)展」が開催された。自分も登壇して、7月の終わりに10日ほど、大学にゲーム学科が出現した。ゲームは総合芸術であり、総合科学である。技術と芸術が折り合わさって、一つの運動を作る。それは運動する芸術であり、展開する時間であり、なにより新しい体験を与える新しいメディアである。人工知能さえその一部として取り込まれてしまう、人を巻き込む底知れぬ渦である。こういった芸術が新しい学科になれば、あらゆる科学と芸術を結びつける場となるだろう。

東京芸術大学ゲーム学科(仮)展
http://game.geidai.ac.jp/

8月

ロサンゼルスのSIGGRAPHに参加した。SIGGRAPHは、世界最大のACM(計算機学会)のグラフィクスを主題として分科会だが、1万人を超える大きな学会で、コンピューターグラフィクスの進化そのものと言ってもいい。最近は、人工知能をグラフィクスに応用する方向の研究が多くなりつつある印象である。自分も会場の一角で、人工知能について講演させて頂いた。会場で感じたのは、CGとAIの融合、である。AIでCGに息吹を与えるのが、ゲームAIだが、その潮流をSIGGRAPH に流し込む一翼はゲーム産業が担わなければならない。

日本SF大会でハードSF読書会の仲間と「物語生成ワークショップ」とトークショーを行った。物語生成ワークショップは、自分の語りの終わりに、4つのエンディングを書いておく。次の人はそのうちの一つを選んで続きを書いて行く形式で、ツイッター上でも「選択肢リレー小説」として展開している。これは。プランニングでいうチェイニングシステム(連鎖システム)からヒントを得た方法でもある。物語生成は長らくAAAI の分科会 AIIDE (AI and Digital Entertainment)の分科会 INT (Intelligent Narrative Technologies)や、Interactive Storytelling という国際学会で探求されて来た分野である。特に米では、日常型ゲーム(キャラクターが日常清潔を営むゲーム、「The Sims」など)が盛んであり、物語・シナリオ・会話自動生成の研究が盛んである。

Intelligent Narrative Technologies
http://www.aaai.org/Library/Workshops/ws17-20.php

8月の終わりは、毎年、横浜パシフィコで、日本最大のゲーム開発者会議(7千人ぐらい)CEDEC が開催される。講演を軸として、ワークショップや展示などが3日間にわたって開催される。自分は12年程続けて講演させて頂いているが、今年もゲームAIに関する講演を2つほど行った。かつては、講演の数も少なかったが、現在では、講演申し込みにも審査があり、ほとんどの講演は満席の状態である。日本のゲーム開発の現状を知るには一番いい会議だ。自分は委員もしているが、学会担当になることが多く、今年はNTT メディアインテリジェンス研究所から東中先生をおよびして、自然言語会話の講演をしていただいた。超満員であった。実はゲーム産業は今、とても自然言語会話をゲーム内に実現したいと思っているが、物語を伝えるために、台本を用意した台詞を喋らせる、という手法を徹底して来たせいで、その技術をほとんど持っていない。そこで、自社開発やミドルウェアの導入などに積極的なのである。

CEDEC 2018
http://cedec.cesa.or.jp

9月

僕は定期的にアニメ上映会という私的なイベントを開いている。友人を集めてお酒と食事を取りながら、一つのアニメを一日見るというイベントである。だいたい13話ぐらい見ることができる。今回で第25回目は「サイバーフォーミュラ」(サンライズ)を取り上げた。90年代に10年近く作り続けられた、人工知能を搭載したカーマシンと、ドライバーの間の葛藤を描いた作品だ。今でいう自動運転の人工知能で、ドライバーの癖や性格を学びながら、一緒に育って行く。時にすねたりもする感情を持った人工知能だ。超高速になるとドライバーはコース取りについて行けなくなる。そんなとき、アスラーダ(主人公ハヤトのマシンの人工知能)は「俺を信じてアクセルを踏め」と言う。マシンと人の信頼関係をテーマにした、改めて見ると、いろいろと考えさせる、まさに今見るべき作品であった。

自著「なぜ人工知能は人と会話ができるのか」(マイナビ新書)が刊行された。これは、キャラクターの人工知能は言語によって構造化されており、それゆえに言語によってコミュニケーションが可能であることを、さらに、それがゲーム的状況で行われるがゆえに深い事柄についても伝達し合えることを説明した本である。現代の自然言語解析の初歩も解説している。また、商業のゲームAI分野では、最も大きな影響力を持つ「GAME AI PRO 3」が刊行された。本書は、ゲームAI開発者がそれぞれ記事を投稿する形になっており、自分も何本か寄稿している。前シリーズ「Game AI Programing Wisdom」シリーズは4巻までだったので、合わせて7巻目となる。この書籍はゲームAI開発者の団体である、AI Game Programmers Guild が中心となって編纂している。


AI Game Programmers Guild
http://www.gameai.com/

Game AI Pro (過去の記事はここからダウンロードして読める)
http://www.gameaipro.com

なぜ人工知能は人と会話ができるのか
https://book.mynavi.jp/ec/products/detail/id=77034

10月

虎ノ門で「AI & Society」という大きな人工知能カンファレンスが開催された。国内外から、講演者が招かれて、さまざまな角度から、今後の人工知能の未来が語られた。人工生命でNeuro Evolution というニューラルネットワークを遺伝的アルゴリズムでトポロジーご進化させるアルゴリズムで有名な Kenneth Stanley 教授に合えたのも印象的だった。とにかくすごいカンファレンスであった。


AI & Society
http://www.aiandsociety.org/

哲学の本を出したおかげで、哲学の学会からもお呼び頂けることになった。学生時代から哲学の学会に参加したいと思っていたので、とても光栄である。Project Bergson in Japan「ベルクソン国際シンポジウム」第三回である。ここで尊敬する谷淳先生と登壇することになった。環境と身体と共に内部のダイナミクスとして知能を考えるというのが、自分のスタンスである。谷先生は、環境の中でニューラルネットが予測しつつ世界を認識するシステムをずっと開発されている。谷先生の講演や著作からはいつも大きな刺激を受けて来た。まじかで谷先生の環境から自然に自律する多層ニューラルネットワークの姿を見て、より一層その価値を知ることになる。

Project Bergson in Japan
https://matterandmemory.jimdo.com/

また乃木坂のソニーミュージックで「キャラクターと人工知能」という講演をした。30分ほどの講演であったが、日本の強みとはキャラクターであるという話をした。海外では実は人工知能にキャラクターをかぶせるということはあまりない。それはとても子供っぽいと思われるし、「神、人間、人工知能」という序列が絶対の社会においては、人工知能はサーバントなのである。しかし、日本は八百万的な自然観であり、万物が平等であり、人工知能も例外ではない。だから初音ミクもたまごっちも、そしてアニメキャラクターも、本来生命のないものを生命があるように見なすことができるのである。日本の人工知能の再興の鍵はまさに「キャラクター文化と人工知能の融合」なのである。

技術で遅れる日本 AI×キャラクターの合体が勝負の鍵
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/102600341/

東京大学の鳥海先生が、「強いAI弱いAI」(丸善出版)を出版され、代官山蔦屋のイベントに呼んで頂いた。強いAI・弱いAI、というのは、とても慎重に使わなければならない言葉である。それは一つの哲学的立場を言明しているとさえ言えるだろう。何が強いAIで、何が弱いAIである、というのは技術的な話ではない。その人工知能が真に深い知能に到達しているか、或いは、その真似をしているのか、とその人がどう考えることによって、強いAIと見るのか、弱いAIと見るのかが決まるのである。

11月


1月から続けてきた全六回の「人工知能のための哲学塾 東洋哲学篇」の講演が終了した。東洋哲学は、直接、人工知能の設計に関係するというよりは、一度、東洋哲学を経て、人工知能(西洋)に戻ってくると、新しい発見があるのである。それはほんの少し、人工知能の設計を変更するが、それがとても本質的である。来年初頭をめどに書籍化する予定である。西洋にとって人工知能は一つの装置であり構築されるものである。東洋にとって知能とは一瞬一瞬生成し消滅し運動する動的な混沌である。

また、日本テレビのSENSORSという技術を語る番組に出演させて頂いた。時代の息吹を受けていらっしゃる方々と話し合えて、短い時間だったが、有意義な時間だった。

SENSORS
http://www.sensors.jp/

本年をふりかえって


話題をキャラクターの人工知能に戻そう。西欧における知能に対する感覚(知能感)と東洋における知能に対する感覚は異なる西欧は「神-人間-人工知能」の絶対的な垂直の序列がある。だからこそ人工知能は必ず命令されるサーバントとしての立場にいる。一方、東洋的知能感は水平的である。「八百万の神」の感覚、森羅万象が押し並べてあるという感覚であるから、人工知能はむしろ自分たちと同列にあるものと捉えたいと願う。

人工知能がサーバントという形で導入されることは、日本ではいささか居心地が悪い。少なくとも、日本人にとって、人工知能はパートナーでなければならない。思えば、今年初旬まで支配的だった「人工知能脅威論」というのは、日本人にとって人工知能の立ち位置はどこなのだ、という模索の時期だったのかもしれない。

日本で人工知能が社会に浸透するかたちは、キャラクターのインターフェースを持つかたちである。人の似姿、動物の似姿、キャラクターの姿が必要だろう。それは日本、アジアの特性であり、欧米では支配的とならないファクターでもある。日本が世界に対して突出できる分野は、キャラクター文化と人工知能が融合した分野である。それは開発者のみならず。それを受容する人々においても、ここには共通の土壌があるのである。

AINOW
人工知能専門メディアAINOW(エーアイナウ)です。人工知能を知り・学び・役立てることができる国内最大級の人工知能専門メディアです。2016年7月に創設されました。取材のご依頼もどうぞ。https://form.run/@ainow-interview

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