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連日の暑さで疲れたカラダを癒やすには辛口の冷酒とお刺し身の組み合わせが最高ですよね。
日本酒造組合中央会によると日本酒のはじまりは遡ること奈良時代。「播磨風土記」に初めて米を原料とした酒について明示されたといいます。日本では1000年以上の長きに渡って日本酒が愛されてきました。酒造りはまさに日本の伝統の1つです。
時間をかけ丁寧な手法を重視する伝統産業では、高齢化による従事者の減少による後継者不足問題や、大量生産による安価な製品の普及など、多くの課題に面しています。
長きに渡って伝統を引き継いできた日本の酒蔵においても例外ではありません。
「戦前には国内で5500蔵の酒蔵があったのですが、今は1600蔵※ぐらいになっています。」株式会社ima(あいま)の三浦さんは顔を曇らせます。
※平成28年時点 参考:国税庁 http://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2018/pdf/100.pdf
伝統産業が厳しい状況にある理由は多くあります。その中の1つとして挙げられるのが最新テクノロジーによる「大量生産」によって「安価」な物の提供が可能になったこと。人の手を介さない合理的な手法が追求されることで、多くの「伝統」が消滅しようとしています。
しかし、積み重ねられた伝統と最新のテクノロジーをつなぎ、新たな価値を創出するべく取り組みを進める企業があります。今回お話を伺ったのは株式会社ima(あいま)のCEO 三浦亜美さんです。
今回は、imaが取り組む「AI酒」を紹介しながら「伝統産業とAIは対立するのではなく、共存することが可能」だということをお伝えします。
目次
社会問題としての伝統産業の課題
後継者が不足している
2018年2月、東京23区内で唯一残っていた酒蔵が清酒製造事業から撤退し、事実上の廃業になりました。
その酒蔵は1878年の創業から伝統を引き継ぎ、丸眞正宗という銘柄を造ってきた「小山酒造」です。売上が回復していたにも関わらずの廃業。その背景にあるのが「後継者不足」だといいます。
三浦さん「本当にショックなことがありました。味、経営共に評価が高かった東京の酒蔵があったのですが、廃業してしまいました。その理由が『杜氏が造った味の酒を作れる人がもういないから』だと聞いています。
若手が長い修行期間、杜氏のところで修行しようとしても、働いていられる人は、少ないんですよね。酒蔵は季節労働がまだまだ多い産業なので。若者の職場定着率が高いとは言えない環境が多いそうです。後継者を簡単に育てることができないんです。
自分達の味がもう再現できないから、たとえ黒字であっても「辞める」という意思決定をする蔵元があるのが現実です。」
本当にスゴイ杜氏の勘
三浦さんのインタビューを通じて私が一番感じたのが「杜氏」への敬意でした。長年の修行期間を経て熟練した杜氏には並ならぬ「勘の力」があります。5年間、酒蔵とともに活動した三浦さんでも、全く見抜けないほどの力だといいます。
三浦さん「杜氏は酒づくりに使う米の磨きの5%の差もわかってしまいます。磨きが5%変わるだけで、わかるんですよ、彼らは。
米を見て『これ多分あれだね』とか『ヤマダ(酒米の銘柄 山田錦)だね』とか言うんですよね。米の種類までわかってしまう。私たちには見えない、何かが見えているのだと思います。
私は酒業界で5年ほど数多くの蔵を訪ね、造りを見てきましたが、さっぱりわかるようにはなりませんでした。そこで、画像で認識して吸水率を区別できる装置を作ろうと思いました。」
imaが取り組む「AI酒」は熟練の杜氏の技術を一部AIで実現しようというもの。ただ“AIで美味しい酒を造る取り組みをしている”と恥ずかしい勘違いをしていた私はこの後、とても感銘を受けます。
ただ美味しいお酒を造るわけではない。杜氏の技を引き継ぐための「AI酒」
先述のような課題に向き合った三浦さんは最先端技術であるAIを酒造りに活かすプロジェクトを始めます。
「AI酒」とは ー人間の目としてのAIー
三浦さん「酒の製造の過程で米に水を吸わせる工程があるんですね。お酒は米や水、麹などの微生物で作られています。
微生物が米を分解できるように米に水を吸わせるのですが、実は職人さんがその過程をずっと目で観察して、ちょうどいい吸収率のタイミングを判断しているんですよ。
どこの産地の米なのか、造る酒の種類によっても米の削り具合が変わってきます。どれぐらい米を削っているかで吸わせる水の適正な量というのも変わります。
そして適切な水の吸収量が日々変わるんです。同じだけ削っていても米の条件は完全に一様ではないですし、気温も同じく一様ではなく日々変化しています。
それを考慮して杜氏が目で見て、判断されているんですね。その目で判断している部分をAI化していこうということをプロジェクトでやらせてもらっています。」
積み重ねてきた経験はその人しか知りえない暗黙知となっています。酒づくりの匠だけが理解している知識を、AIに代替させる。それがimaのAI酒の取り組みです。一人前の杜氏になり、酒造りの意思決定ができるようになるまで、勘のいい人で約10年の年月が必要と言われています。
早くて10年の修業が必要な杜氏への道。それに伴って、やむなく事業を畳んでしまう酒蔵があることは先述のとおりです。
答えがない酒造り
三浦さん「どれだけ米に水を吸わせるかで、出来上がる酒の味が変わってくるのですが、杜氏がどういう酒を造りたいかによって必要な吸収率が変わってきます。
「あの杜氏だったら、このタイミングだよね」と杜氏によって答えが違っていて、ここが正解というのは実はないのです。
だからこそ『美味しい酒を造ろう』とは、私たちは考えていません。杜氏がいなくなると、その蔵は、自分達の味を再現できず廃業してしまう。
そこで、私たちが着目をしているのは、この先日本の気候が氷河期になろうが亜熱帯になろうが、この杜氏であればこういう意思決定をしていただろうという吸水における意思決定の情報を一番のコアとして、その蔵元の味を守れるかどうかを最も重要な使命にしています。」
AI酒の仕組み
AI酒では、画像認識の技術を用いて水を吸収する米の「サイズ」を認識し、吸水量を推定します。
三浦さん「米の吸水過程を画像認識の技術を使って把握しています。
かなりシンプルな過程ですが、まず米のサイズを認識しています。」
「そのために、このような装置を作っています。
米を水に浸すときに、もともとは手でサンプルを取って杜氏が目で見て判断していたんですが、それと同じようにケースの中に水と米を入れて、水中の画像を撮るような装置です。
米は水を吸うと白くなったり、膨らんでいったり、割れたりしていくんですね。
それを数値化していきながら、どんどんデータを貯めていこうと思っています。
現状でもどれくらい水に浸けたという記録は残っているのですが、その判断に至った具体的な状況は記録されていないんですよね。
そこで、一粒一粒の米の状況や刻々と変わる米の様子のキャプチャーなど、数値的な変化をきちんと記録していって、最終的には、いつ水を吸わせ終えるかの判断がAIにも必要だと思っています。」
なぜAIだったのか
Art of Artificial Artisanプロジェクト
三浦さん「昔そろばんだったものが今はエクセルに変わったように、今後この業界の中に、AIがツールの1つとして入ってくるはずだと考えています。
今までは時間で測っていたものを画像で認識するとか、何か新しい事をやろうと、『Art of Artificial Artisanプロジェクト(AAAプロジェクト)』というプロジェクトを始めました。日本の伝統技術を現代の先端技術の活用することによって、未来へつなぐ事を目的としたプロジェクトです。そしてその中で「AI酒」というのを、第一弾としてさせていただいている形です。
AIって、『なんかすごい』というイメージがあると思うんですが、結局人こそがやっぱりすごいと思うんですよね。
人のどの部分をAIで代替できるかを人が本当に理解したうえでAIを利用できるかが肝心だと思っています。
酒づくりには、たくさんの工程があります。全部AIで代替できるわけではなく、データがたくさんあるからAIを使うとうまくいくかというとそうでもない。いよいよデータの罠にハマってしまうと思っています。
伝統産業にAIを導入するにあたっては、職人に寄り添うからこそ見えてくる世界があるので、職人のことを理解した上で、その技術の最先端で、一番痒い所に手が届くのは何かという事を考えて相談しています。」
AIを導入する一方で、「人」を大切にすることの重要性
伝統的な産業は閉鎖的な印象がある人も多いのではないでしょうか。しかし、三浦さんは自ら酒造業界に関わり、長年に渡ってアプローチをしてきました。
三浦さん「まずは酒業界の内側を知る必要があると考え、株式会社imaが主体となり一般社団法人awa酒協会(以下awa酒協会)を立ち上げました。awa酒協会とは、スパークリング日本酒に特化した団体です。
当初は、お手伝いという形で、市場調査の実施や、海外の展覧会などで彼らのプロダクトを売ることで、信頼関係を築きました。
2年目に『awa酒』のさまざまな基準を酒類の専門家である国税局の先生方と確立し、awa酒協会を本格稼働させるに至りました。その際に、組織自体は協会の理念に賛同し参画してくださった蔵元の皆様にお渡しし、現在は株式会社imaは事務局として運営に携わっています。
awa酒は、すべての商品にQRコードとシリアルナンバー、そして真贋機能という偽物ではないことを証明するホログラムシールでしっかりと管理されています。また、厳しい商品基準や開発基準、品質基準を設けています。」
地道に信頼を築き上げてきた三浦さん。その結果、蔵元からも相談を受けることが多くなったといいます。
三浦さん「AI酒は、むしろ先方から相談をいただきました。
蔵元って、私の中では非常に希望があると思っています。自分の酒蔵をどうやってこの先何百年と続けていくか、それを酒蔵はすごく考えているんです。
今まで約400年に渡って最先端の世界で生きてきた人たちですから、非常にアグレッシブです。なので、自分達の技が未来に残る方法は果たして何なのかというのを、日々模索されています。
酒造りも、杜氏が勘と経験によって造っていると思っている方も多いと思います。しかし、全部データを取っているんですよ。全部、ノートに残して、数値化し、数値管理を徹底しているんですね。もう化学の領域です。
非常に論理的な経営をされている方もたくさんいらっしゃいますし、そういう方からは相談をいただくことが多くなりました。」
本当は対立しない伝統産業と最先端技術
最後に伝統産業とAIの関係性について伺ってみました。伝統がおざなりになりがちと言われる現代ですが、AIと伝統産業はどのように向き合えばいいのでしょうか?
三浦さん「善と悪がいたほうが映画は成り立ちやすいように、伝統産業と最先端技術の対立構造を誇張している気がしています。
しかし実際AIを相棒としてみている蔵元はたくさんいます。
「AI酒」においてはAIを導入することは、杜氏自身が自分の再現性を高めるためにやることなんですよね。
昔の杜氏自身がやったことを、ふわっとした記憶だけではなく数値や画像などの情報で残しているんです。
『去年は酒が上手く出来たよね』という時の杜氏自身の判断が、数値化されて情報として残る形でできるので、そういう意味でも狙った味の酒をより造りやすくなっていくと思います。
だからこそ、美味しいお酒よりもその杜氏が造りたい理想のお酒作りをまずはサポートしていく、その意味でAIは伝統産業の相棒だと思っています。
教育もしやすくなる
また、熟練の杜氏の判断基準が数字として明示されていると、後身の育成にも活かすことができるといいます。
三浦さん「まだ習熟していない杜氏見習いみたいな蔵人にとっては、ふわっと背中を見るよりは、明確な情報が提示されたほうが学びやすいですよね。逆に熟練者にとっては自分の再現性を高める、そんな方向で使ってもらえるかなと思っています。
そういうものじゃないと、使ってもらえないと思っているんですよね。今の工程に役立つものじゃないと絶対に使わないので。
『あなたが死んだあとにこのデータを使うので、データを取らせてください』なんて、ナンセンスかなと思っています。それよりもより良い酒造りに今、役に立つほうが使ってもらいやすいと思います。」
あとがき
AIは伝統産業を殺さない。むしろ共存していくものです。
世間的にAIが仕事を奪うと言われますが、奪われなくても減っていく大事な職種があります。高度なAIだからこそ、そのような職種の減少防ぎ、時として引き継ぐことができます。
社名であるimaは日本の「匠」と「旨味」を世界につなぎ、ima(あいま)をとりもつという想いが込められているそうです。
日本の伝統産業が抱える課題をAIがどのようにサポートし、協力しあっていくのか。これから未来永劫日本酒が世界で愛され続けるようにAIがサポートしてくれたら嬉しいなと思います。
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