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今や日本にはAIビジネスの事例とAI技術に関する記事が溢れています。AINOWでも今までに3万件以上のAI関連の記事を収集してきました。とはいうものも、こうした記事を読めば「AIビジネスをどう始めていいかわからない」状態からすぐに脱却できるわけではありません。
そこでこの記事では、海外AIレポートにもとづいて企業がAIビジネスを立案する方法について解説します。AIに関連するビジネスをはじめたり、既存の事業にAIを取り込んでいくための参考にしてください。
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目次
技術とビジネスをつなげる「AIビジネスプランニング」の必要性
AIに関する知識は有り余るほど見つかるのに、AIビジネスを立ち上げようとすると見通しが効かなくなる原因は、AI技術をAIビジネスに結び付けるノウハウが不足しているからだと考えられます。AIビジネス事例記事を読めば、確かにある企業がどのようにしてAIビジネスを導入あるいは起業したかについて知ることはできます。しかし、こうした事例はあくまでAI技術をビジネスに応用したひとつのケースを解説しているに過ぎません。記事に書かれた他社のAIビジネス経験談を安易に真似たところで、置かれている状況が異なる自社での成功はおぼつかないことは誰にでもわかるでしょう。
AI技術をビジネスにつなげるために必要なのは、それぞれのAI技術によって可能となるタスクにはどんな種類のものがあり、そのタスクはどのような業種で活用されうるのか、という技術とビジネスの対応関係を明らかにすることではないでしょうか。そして、こうした対応関係にもとづいて各企業がAIビジネスの可能性を検討できるような「AIビジネスプランニング」とでも呼べるノウハウを整備できれば、AIビジネスの敷居が低くなるだろうと推測されます。
そこで、この記事では以下にごく初歩的にして基礎的なAIビジネスプラニングについて解説していきます。
AIビジネスプランニングの基盤
まずはじめに、AIビジネスプランニングにおいて基盤にあたるであろう知識を確認していきましょう。その基盤的知識とは、世界のAI市場の予測とその市場における日本の立ち位置です。
成長予測
世界のAI市場に関する成長予測は、多数の調査会社が発表しています。そうした発表のひとつとして、調査会社Forresterが2016年11月に発表したレポート「Predictions 2017: Artificial Intelligence Will Drive The Insights Revolution」(「2017年の予測:人工知能は洞察における変革をもたらすであろう」)があります。このレポートでは、AIの進化とビックデータの増加があいまって、AIの分析にもとづいたビジネスから得られる収益は2020年には1兆2,000億ドル(約130兆円)規模になると予想されています。この予想を年平均成長率から見ると、世界のGDPの予想年平均成長率である3.5%を大きく上回るものとなります(グラフ1:世界AIビジネスの成長予測)。
日本のランキング
成長著しいAI世界市場における日本の立ち位置を示すレポートには、ヨーロッパのAIスタートアップに投資するベンチャーキャピタルAsgardが大手調査会社Roland Bergerと共同で2018年5月に発表した「THE GLOBAL ARTIFICIAL INTELLIGENCE LANDSCAPE – BY ASGARD AND ROLAND BERGER | 2018」(「世界の人工知能を俯瞰する ― AsgardとRoland Bergerによる」)があります。同レポートには、世界のAIスタートアップの分布に関するグラフが掲載されています(グラフ2:各国ごとのAIスタートアップの分布図)。
グラフを見ると、アメリカは他国に大差をつけてもっともAIスタートアップが多い国となっています。2位は中国、3位がイスラエルと続き、以下先進諸国がランクインします。日本は6位でフランスやドイツより上位となっています。
以上より、成長著しい世界AI市場において日本はAIビジネスが活発な「AI先進国」のグループに属することがわかります。
技術とビジネスの対応を可視化する
AIビジネスの基盤がわかったので、つぎに個々のAI技術とAIビジネスの対応関係を見ていきます。この対応関係を知るには、大手調査会社マッキンゼーが2018年4月に発表したレポート「NOTES FROM THE AI FRONTIER INSIGHTS FROM HUNDREDS OF USE CASES」(「何百ものユースケースにもとづいたAIの最前線に関する洞察についてのノート」)が参考になります。このレポートは19の業種における400にのぼるAIビジネス事例にもとづいて、AI技術がどの業種でいかなる目的で活用されているか調査したものです。以下では、同レポートで解説されているさまざまな観点から見たAI技術とAIビジネスの対応関係を紹介します。なお、対応関係を示す表とグラフは、用語を日本語に訳したうえで再構成したものとなっています。
業種ごとのポテンシャル
AIを導入したことによって、各業種が創出するビジネス的価値が増加するポテンシャルを増加率で表したのが「グラフ3:業種ごとのAI導入によるポテンシャル」です。旅行業がもっともポテンシャルが高く、128%の増加となっていて、次いで輸送とロジスティクス※が89%と続きます。
反対に航空機産業と国防は30%程度しか増加が見込めません。しかしながら、調査した19の業種すべてにおいてAIを導入することによってビジネス的価値が高まっており、平均増加率は62%でした。
ロジスティクスについて論じられる場合は単独の企業における物流の最適化が語られ、サプライチェーンはこうしたロジスティクスが複数つながった「物量網」として捉えられることが多い。しかし、ロジスティクスとサプライチェーンはしばしば混同して使われる。
課題と技術の対応
AIが解決するべき課題の種別を解説し、その課題に関する具体的事例をまとめたものが「表1:AIが解決すべき課題」です。
表1:AIが解決すべき課題
課題タイプ | 解説 | 事例 |
---|---|---|
分類 | 予測モデルにもとづいて、新規の入力が属するカテゴリーを予測する。 | 画像内のオブジェクト認識 |
連続的評価 | 予測モデルにもとづいて、未知の時間点における時系列データの値を予測する。 | 製品の売上予測 |
クラスタリング | 互いに独立したデータをその類似性や共通性にもとづいて、いくつかのカテゴリーに分ける。 | 顧客情報にもとづいた顧客の分類 |
その他の最適化 | 特定の入力に対して最適な出力を予測する。 | 燃料と所要時間に対して最適な自動車の移動経路の算出 |
異常検知 | 任意の入力が異常であるか否かを判定する。この課題タイプは分類のサブクラスと見なすことができる(「異常」に分類された入力を検出する)。 | 機械の振動から機械の異常を検知する |
ランキング | 何らかの情報検索システムにおいて、特定の基準にしたがってデータを整列する。 | 購入おすすめアイテムのランキング |
おすすめシステム | ユーザに選択することを推奨するデータを提示する。推奨データの選定は、類似したユーザの行動やユーザの選択傾向にもとづく | おすすめ購入アイテムの提示 |
データの生成 | 予測モデルにもとづいて新規のデータを生成する。 | 特定の音楽ジャンルに属する楽曲の生成 |
AIが実行するべき課題に適用されるAI技術をまとめたものが「表2:課題とAI技術の対応関係」です。
表2:課題とAI技術の対応関係
課題タイプ | 代表的な使用技術 |
---|---|
分類 | CNN、ロジスティック回帰 |
連続的評価 | フィードフォワード・ニューラルネットワーク、線形回帰 |
クラスタリング | K-means、Affinity Propagation |
その他の最適化 | 生成的アルゴリズム |
異常検知 | サポートベクターマシンによるによる1分類、k近傍法(k-nearest neighbors)、ニューラルネットワーク |
ランキング | サポートベクターマシンによるランキング、ニューラルネットワーク |
おすすめシステム | 協調フィルタリング |
データの生成 | 敵対的生成ネットワーク、隠れマルコフモデル |
以上の各課題にAIを導入した時に見込まれるポテンシャルの増加率を示したものが「グラフ4:課題ごとのAI導入ポテンシャル」です。
なお、以上のようなAIが解決すべき課題とAI技術の対応に関しては、AINOW翻訳記事「デザイナーのための機械学習入門」でも言及されています。この記事はデザイナーに機械学習のエッセンスをレクチャーするという主旨で書かれており、本記事とはコンテクストが異なりますが機械学習とその技術が解決することの関係をわかりやすく解説しています。
タスクとデータ形式の対応
AIが処理するデータの形式は、AIが解決すべきタスクによって異なります。こうしたタスクとデータ形式の対応関係を表したのが「グラフ5:AIタスクとデータ形式の対応関係」です。このグラフでは、任意のタスクが処理するデータ形式のデータ量を5段階の青色の濃淡で表しています。例えば、「雇用と離職の分析」タスクでは「構造化/半構造化データ」と「テキストデータ」がもっとも多用され、かつ他のタスクと比較してもこの2形式のデータを処理する量が多い、ということがわかります。
対応関係からAIビジネスを見通す
以上に示した各種対応関係を活用すれば、AIのビジネス導入を検討すると生じる一連の疑問に対して、以下のような見通しを立てることができます。
そもそも自社の業種とAIは相性が良いのか?
「グラフ3:業種ごとのAI導入によるポテンシャル」を参照すれば、それぞれの業種におけるAI導入による効果がわかります。AI導入による効果が相対的に薄いとしても、悲観することはありません。というのも、そうした業種では競合他社がAI導入に消極的な可能性が高いからです。それゆえ、AI導入による効果が他業種と比べて薄くても、AIを導入することで競合他社と差をつけられることでしょう。
自社のどのようなタスクにAIを導入できるのか?
「表1:AIが解決すべき課題」を参照すれば、自社のどのタスクにAIを導入できるのか判明します。自社が行っているタスクのなかから、AIが解決すべき課題があるかどうか探してみましょう。もし自社のタスクのなかにAIが解決すべき課題があれば、そのタスクの実行にAIを導入することが可能なことがわかります。そして、その導入効果は「グラフ4:課題ごとのAI導入ポテンシャル」を参照すれば、見積もることができるでしょう。
AIを導入するためにどのようなデータを整備すべきなのか?
以上の疑問は、「グラフ5:AIタスクとデータ形式の対応関係」を参照すると解決するでしょう。
AIを自社のビジネスに導入するに際して、どのような人材が必要なのか?
この疑問に答えるには、まず表1を用いてAIによって解決すべき課題の種別を確定しておく必要があります。課題の種別がわかったら、「表2:課題とAI技術の対応関係」を参照して解決すべき課題に適用されるAI技術を確かめます。こうして確かめたAI技術に関する知識とノウハウを持っている人材が、AIの導入に必要な人材となります。求人を出して必要な人材を募集する場合は、求人情報における「求められる知識・技能」には表2を使って確かめたAI技術を掲げるとよいでしょう。
この記事で紹介したAI技術とAIビジネスに関する各種対応表/グラフを活用すれば、以上のような自社でAIビジネスを始めたり導入していくための知見が得られるのではないかと思われます。そして、この知見を得る意思決定プロセスこそがAIビジネスプランニングの実行過程にほかならないのです。
なお、この記事で解説したAIビジネスプランニングに関して、1点だけ注意事項があります。以上のプランニングは、マッキンゼーが作成したレポートにもとづいて実行されています。このレポートは、おもにアメリカのAIビジネス事例を素材として作られています。それゆえ、日本で同レポートを活用した意思決定を実行する場合、各業種・業界におけるアメリカと日本の差異を考慮して判断を修正するとより信頼できる意思決定となるでしょう。
これまで解説してきたAIビジネスプランニングは、実のところ、AI大国のアメリカではすでにその重要性が認識され、この意思決定にたずさわる職種も誕生しています。
AINOW翻訳記事「なぜデータサイエンスのゼネラリストになるべきではないのか」は、こうしたアメリカのAIビジネスにおける現状をふまえて職種としてのデータサイエンティストの細分化を提案しています。この記事で言及されているデータアナリストは、まさにAIビジネスプランニングを実行する職種と言えます。また、「【要約つき】AINOWがおすすめの海外記事を紹介!(2018年10月)」に収録されている「なぜ機械学習ビジネスは失敗するのか」は、AIをビジネスに導入する際に必要な知識とノウハウに長けた「知能決定エンジニア(Decision Intelligence Engineer)」をGoogleが養成していることを報告しています。
AIビジネスプランニングの重要性は日本においてもいずれ認識され、この業務を実行する職種と人材が誕生することでしょう。
記事執筆者:吉本幸記(AINOW翻訳記事担当ライター)