目次
はじめに
2022年の画像生成AIの台頭と2023年のChatGPTの流行により、AIの利活用は新たな次元に突入すると同時に、誤情報の拡散や著作権侵害など今まであまり想定されていなかったリスクに直面するようになりました。こうしたなかAIをめぐる新たなリスクに対応すべく、日本を含む世界各国がAI規制やガイドラインの策定に向けて一斉に動き出しています。そこで本稿では、2023年5月に開催されたG7広島サミットにおけるAIの議論を確認したうえで、世界各国のAI規制とガイダンス策定の動向をまとめます。
G7広島サミットで決まったこと
2023年5月19日から21日に開催されたG7広島サミットでは、生成AIの急速な台頭を受けて、生成AIの国際的ガイドライン策定が議題になりました。以下では同サミットの成果物にもとづいて、生成AIの国際的ガイドライン策定動向をまとめます。
G7広島首脳コミュニケ
G7広島サミットの成果をまとめた『G7広島首脳コミュニケ』第38~39項目「<デジタル>」のうち、第38項目にAIガバナンスに関する言及があります。同項目では「我々は、関係閣僚に対し、生成AIに関する議論のために、包摂的な方法で、OECD及びGPAIと協力しつつ、G7の作業部会を通じた、広島AIプロセスを年内に創設するよう指示する」とあり、広島AIプロセスでは以下のようなテーマが設定される見込みです。
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G7デジタル・技術大臣会合閣僚宣言
G7デジタル・技術大臣会合の合意内容をまとめた『G7デジタル・技術大臣会合閣僚宣言』第39~48項目「責任あるAIとAIガバナンスの推進」では、国際的なAIガバナンスの在り方が定められています。
以上の宣言によると、G7諸国は「人間中心で信頼できる AIを推進し、AI技術がもたらす全ての人の利益を最大化するために協力を促進するとのコミットメント」を再確認したうえで、「民主主義の価値を損ない、表現の自由を抑圧し、人権の享受を脅かすような AIの誤用・濫用」に反対する立場を表明しています。
具体的なAI政策や規制は「技術的・制度的特性だけでなく、地理的・分野的・倫理的側面を含む社会的・文化的影響に配慮」すべき一方で、「(各種AI政策のような)ツール間のグローバルな相互運用性を促進」する、と定めています。こうした地域的な差異を反映しつつも相互運用可能なAIガバナンス体制を構築するために、「附属書5 AIガバナンスの相互運用性を促進等するためのアクションプラン」を承認しました。このアクションプランは、以下のような5項目から構成されています。
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G7教育大臣会合「富山・金沢宣言」
G7教育大臣会合の合意内容をまとめた「富山・金沢宣言」の第2・4項目には、AIに関する言及があります。第2項目において「生成AIを含めた近年のデジタル技術の進展は、学習や指導に好機をもたらすと同時に、教育システムに対して課題を提示している」と生成AIを教育に活用する場合の問題意識を明示しています。
第4項目ではデジタル教育技術は対面の教育を補完するものであり、子供たち一人一人に対して公平かつ高品質な教育を実現するために「デジタルの格差が悪化しないようにしつつ、教育を目的とした生成AIの利用を含むがこれに限らず、教育のデジタル化の推進に伴う課題を継続的に把握し、リスクを軽減することの重要性」を認識している、と述べられています。
日本の動向
日本では、2023年になって政府が生成AIに関する規制とガイドラインの策定について活発に取り組んでいます。また、民間団体も声明や懸念を表明しています。以下では、そうした取り組みをまとめます。
AI戦略会議
画像生成AIや対話型AIの進化と普及をうけて、内閣府は2023年5月11日にAI業界の有識者を招集したAI戦略会議を発足し、同日に第1回会議を開催しました。この会議で配布された資料「AIを巡る主な論点」では、以下のような3つの論点が提示されました。
AIの利用 | 日本はAI先進諸国に比べてAIの利活用が遅れている。セキュリティを担保したうえで、ビジネスや教育分野でAIの利活用を進める方法を議論すべき。 |
AIの懸念・リスク | AIによる誤情報の蔓延、AIによる知的財産権の侵害等の問題に対して、国際的に強調しながら取り組むべき。 |
AIの開発 | 国産の大規模AIシステムを開発するには、人材、計算資源、学習データの確保が不可欠。 |
5月26日には第2回会議が開催され、同会議の成果をまとめた「AIに関する暫定的な論点整理(要旨)」によると、以上の3つの論点に関して以下のような3つの方針が打ち出されました。
AIの利用 | AI事業の環境整備に努め、政府機関もリスクに配慮しつつAI利活用を追求。生成AI利用に関するリテラシーの普及も推進する。 |
AIの懸念・リスク | AIをめぐるリスクに関して、既存の法制度で対応できる場合には当該制度を周知する。対応できない場合には諸外国を参考にする。将来に生じ得るリスク把握にも努める。 |
AIの開発 | 日本語を中心とするデータの整備・拡充に努める。計算資源を活用するための電力確保のために、地方のデータセンターの活用等を検討する。 |
第2回会議では生成AIも議題となりました。生成AIの台頭は産業革命・IT革命に匹敵する「歴史の画期」となる可能性があり、日本は生成AIとの親和性が高いという認識が共有されました。また、前述の広島AIプロセスに対して貢献することも確認されました。
また、AI戦略会議構成員各自による発表資料も配布されました。例えば、さくらインターネット株式会社の田中 邦裕代表取締役社長作成資料では、経済安全保障の観点から日本独自のAI言語モデル開発の必要性が説かれています。
同会議座長を務める松尾 豊東京大学教授作成資料では、以下のような大規模言語モデルの今後がまとめられています。
AI戦略チーム
AI戦略会議と類似する組織として、2023年4月より活動しているAI戦略チームがあります。この組織は、関係省庁の実務者(審議官・課長級)から構成され、AI戦略会議における議論等をふまえて、様々な課題に対して関係省庁が連携して迅速に対応することを目的として結成されました。
2023年6月8日時点までにAI戦略チームは4回の会合を行っており、特に2023年5月15日に開催された第3回会合時に配布された「AIと著作権の関係について」が注目に値します。この資料は、生成AIをめぐる著作権の問題をAI開発・学習段階と生成・利用問題に分けて現状を整理しています。
生成AIをめぐる著作権問題は、現状では以下のスライドのように整理され、次の2点が特に注意を要します。
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以上の解釈はあくまで現状のものであり、AIガイダンスに関する議論が深まるにつれて変更される可能性があるでしょう。
新しい資本主義実現会議
「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義の実現を標榜して活動している新しい資本主義実現会議は2023年6月6日、第19回会議において「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2023改訂版」を発表しました。同計画書の「Ⅳ.GX・DX等への投資」にはAIに関する章があり、AIのリスクへの対応が論じられていいます。
以上の計画書によると、「信頼できるAI」の実現がG7共通の目標であり、とくに生成AIについては「広島AIプロセス」に沿った議論が重要となる、とされています。また、今後の議論は「有識者によるAI戦略会議、関係省庁によるAI戦略チームを軸に、各省庁が協力しながら政策を立案・推進していく」と定めています。
構想委員会
日本の国際競争力の強化を目的として、2003年に設立された知的財産戦略本部が管轄する構想委員会は、2023年になってAIを議題としています。2023年3月3日に開催された第2回会合で配布された資料「AI生成物と著作権について」では、AI生成物と著作権の現状がまとめられています。日本では画像生成AIを使った画像制作の場合、プロンプトにある種の創造性が認められる時には、ユーザに著作権が生じる、と考えられます。しかしながら、どのようなプロンプトに創造性を認めるかについては、今後の検討事項としています。
特許庁が作成した「AIの作成・利活用促進に向けた方向性等について」では、世界におけるAI関連の特許出願状況がまとめられています。第三次AIブーム以降、AI関連の特許出願は増加傾向にあり、アメリカと中国がその傾向をけん引しています。
以上の資料では、日本の特許法におけるAIの位置づけも確認されています。現状の日本では発明者となり得るのは自然人のみであり、AIを発明者として特許出願しても却下されます。しかしながら、発明者の資格要件に関しては議論の余地があり、左記の件に関するプロジェクトが調整中です。
デジタル学習基盤特別委員会
文部科学省管轄の中央教育審議会は、2023年4月より教育のデジタル化推進を目的としたデジタル学習基盤特別委員会を設置しています。5月16日に開催された第1回会議では、議題に「生成AIの学校現場での取扱いに関する今後の対応について」があがりました。この議題については、今年夏前を目途にガイドラインver1.0を公表することが決りました。
現状では、生成AIの学校現場における利活用を例外なく禁止するような措置を講じず、生成AI自体を学ぶ授業等を想定しています。
生成AIに対する民間団体の発表
生成AIに関しては著作権侵害のリスクがあるため、コンテンツ制作や教育に関わる日本の民間団体が懸念やガイドラインを発表しています。そうした発表を時系列順にまとめて表にすると、以下のようになります。
発表日 |
発表団体名 |
発表名 |
2023/4/15 | クリエイターとAIの未来を考える会 | 画像生成AIの適正使用及びそれに伴う著作権制度の整備等に関する提言 |
2023/4/28 | STORIA法律事務所 | 生成AIの利用ガイドライン作成のための手引き |
2023/5/1 | 日本ディープラーニング協会 | 生成AIの利用ガイドライン |
2023/5/9 | 日本芸能従事者協会 | AIの急速な出現に関する日本芸能従事者協会との連帯声明 |
2023/5/17 | 日本新聞協会 | 生成AIによる報道コンテンツ利用をめぐる見解 |
2023/5/26 | 東京大学ポータルサイト「utelecon」 | 東京大学の学生の皆さんへ:AIツールの授業における利用について |
2023/5/29 | 国立大学協会 | 生成AIの利活用に関する国立大学協会会長コメント |
なお、日本芸能従事者協会は上記の声明発表時に「AIリテラシーに関する全クリエイターのアンケート」の実施も発表しました。このアンケートは5月28日が回答期限でしたが、毎日新聞が2023年5月15日に報じたところによると、14日時点で2万5,560名から回答を得ました。その回答を集計すると、94%が「AIによる権利侵害などの不安がある」と答え、「技術が奪われる」と回答したのが62%、「報酬が安くなる」という回答が51%でした。最終的な集計結果は近日中にとりまとめられ、政府に対策を要請する予定です。
アメリカの動向
AI研究開発をけん引するアメリカは、同国政府と世界的AI企業が協同してAIガイドラインを策定しようとしています。以下では、そうした同国の動向をまとめます。
ホワイトハウス
ホワイトハウスは2023年5月4日、世界的AI企業のAlphabet(Googleの親会社)、Anthropic、OpenAI、MicrosoftのCEOと会談したうえで、アメリカのAIガバナンスに関する3つの決定を発表しました。その内容は以下の通りです。
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2023年5月23日には、責任あるAIをめぐる以下のような新たな3つの政策を発表しました。
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アメリカ上院公聴会
アメリカ上院は2023年5月16日、「AIの監督:人工知能のルール」を議題とした公聴会を開催しました。この公聴会では、サム・アルトマンOpenAI CEOが参考人として証言しました。その証言は文書にまとめられており、見出し「政府との連携」にはAI企業のガバナンスに関する以下のような3つの提言が記録されています。
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アメリカ著作権局
アメリカの著作権を管理する同国著作権局は2023年3月16日、生成AIをめぐる著作権に関する問題に取り組むことを発表し、専用サイトも立ち上げました。6月28日には、AIが生成したコンテンツを含む著作物の登録ガイダンスが開催される予定です。
民間団体
AI企業を含むアメリカの民間団体も、AI規制・ガイダンスに関する見解や声明を発表しています。そうした動向を時系列順にまとめると、以下の表のようになります。
発表日 |
発表団体名 |
発表内容 |
2023/5/17 | Stability AI(Stable Diffusionの開発元) | アメリカ上院が開催した公聴会に対して、AI監視におけるオープンソースの重要性を説く論文を提出。 |
2023/5/22 | OpenAI | AGIをも凌駕する超知能のガバナンスに関する公式ブログ記事を公開。 |
2023/5/30 | CAIS(Center for AI Safety) | AIによる人類絶滅のリスクの軽減が、世界的な優先事項であることを宣言した声明を公開。この声明には、「ディープラーニングの父」であるジェフリー・ヒントン名誉教授とヨシュア・ベンジオ正教授、デミス・ハサビスDeepMind CEO、サム・アルトマンOpenAI CEOなどが署名している。 |
EU諸国の動向
EU諸国でも、ChatGPTをはじめとする生成AIに関する規制やガイドラインを議論しています。以下では、国別にそうした動向を列挙します。
EU
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イギリス
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ドイツ
フランス
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イタリア
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その他のヨーロッパ諸国
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中国の動向
中国の生成AI規制に関しては、共同通信が2023年5月9日に報じています。その報道によると、中国国家インターネット情報弁公室は4月中旬に生成AIの規制策を公表し、5月10日までの意見募集期間を経て規制を導入しました。その規制は、反体制的な文章の生成を禁止するといった言論統制を含むものです。
まとめ
以上にまとめたように、2023年6月時点では多くの国でAI規制とガイダンスが検討中です。世界各国のAI規制とガイダンスが整備されるのは、早くても2023年末ではないでしょうか。
AI規制とガイダンスが議論されているあいだ、AIスタートアップをはじめとしたステークホルダーはその議論を定期的に確認し、場合によっては規制当局に対して何らかのアクションを起こす選択肢を想定しておくと良いかも知れません。AI規制やガイダンスは決して他人事ではないので、ステークホルダーはその策定や運用に関して自分事として積極的に関与すべきではないでしょうか。
記事執筆:吉本 幸記(AINOW翻訳記事担当)
編集:おざけん