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機械学習に代表されるAI技術は、数年前までであれば、数理科学やコンピュータ・サイエンスの知識が求められ、いわゆる文系の人からすれば、やや敷居が高い技術であったでしょう。
しかし、技術進歩が進み、AI開発の敷居が下がるだけでなく、AIを活用したさまざまなサービスが生まれ、AI分野の職業の幅が広がっています。これからは理系や文系などの区別なく、あらゆる人がAIの産業に参画し、市場を盛り上げていくことが大切です。
ZOZOテクノロジーズののぐりゅー氏は、文系AI人材の可能性を提唱し、書籍「文系AI人材になる」を出版するなど、文系AI人材の可能性を幅広く伝えている人物です。
今回は、ZOZOテクノロジーズ VP of AI driven business /AI・プロジェクト推進部 部長ののぐりゅー氏(野口竜司氏)のインタビューをお届けします。
「文系AI人材になる―統計・プログラム知識は不要」
著者:野口 竜司
出版社: 東洋経済新報社 (2019/12/20)
出版日:2019年12月20日
目次
産官学で進むAI人材教育
AI分野の人材の育成に産官学が力を入れています。
産業においては、さまざまな企業が社内でAIのリテラシーを高める研修を開始しています。日本ディープラーニング協会(JDLA)が実施し、幅広いディープラーニング技術の産業応用力を問う検定「G検定」の累計合格者数は14,523名に達し、その多くが企業の事業を変革しようとするビジネスサイドです。
政府は、2019年に「AI戦略 2019」が打ち出し、戦略の軸の一つが「AI人材育成」です。経済産業省は、AI人材育成を目指した「AI Quest」を2019年10月に開始し、AIを作ることができ、事業で推進できる人の育成に、政府も取り組んでいます。
大学においてもAI人材育成の流れが加速しています。データサイエンスを専攻とする学部が滋賀大学、武蔵野大学、横浜市立大学に設置されたほか、東京工業大学は同大学の大学院生全員にAIの基礎知識を学習させると発表。その他、コンピュータ・サイエンス系の学部ではAIをカリキュラムに取り入れるケースも増えており、まさに産学官のそれぞれがAI人材育成に取り組んでいると言えます。
数学など数理の知識が必要なAIは、いわゆる「理系」の人が主に関わっていると思われがちです。
AI分野においてもコンピュータ・サイエンス領域の博士号を取得した研究者 / エンジニアも多く、また、学生時代に論文を世界有数の学会に通した経験を持つような人も多くいます。さらにKaggleをはじめとするデータサイエンスのコンペティションなどの成果も注目され、「理系」の人がAIに関わるというイメージも強いかもしれません。
しかし今後、AIの技術が発展し、さらに多くのビジネスがAIに関わるようになる頃には、マーケティング、広報、経営企画、商品開発など、企業のあらゆるセクションがAIに関わるようになり、いわゆる文系の出身者のAIの知識の必要性がさらに高まっていくでしょう。
文系AI人材とは?|必要なスキルは企画力から現場導入まで幅広い
今後は、文系の人材ならではの知識やスキルを生かすことで、AI分野をさらに活発にしていかなければなりません。
具体的には文系AI人材にはどのような職業があるのでしょうか?
のぐりゅー:こちらの図をご覧ください。下半分が理系AI人材の仕事で「基本的にはAIのモデルを作る(AIを学習させる)」「AIの本番のシステムを作る」「AIを運用する」ことがあると思います。
特に数学的な知識やプログラミングが必要な部分が多いです。
文系AI人材の仕事は、3つ挙げるとしたら「AI企画」「AIのプロジェクトマネジメント」「AIの現場導入定着」の3つかなと思っています。
学びづらいAI|専門的な単語が多い
AIの活用を成功させるためには、広報やセールス、マーケティングや企画など、売上を作る企業内のそれぞれの部署と密接につながり、企画を起こし、プロジェクト化させていく必要があります。
そのためにはまず、各部署特有の仕事の流れや課題を理解した現場の人が正しく企画を起こしていくことが必要です。また、そのプロジェクトを進め、現場への導入し定着する状態まで持っていくスキルが求められます。数学やコンピュータ・サイエンスの知識ではなく、ビジネスの現場の知識やプロジェクトを進める力など、文系の人材的な素養も求められています。
また、その上で、AIの基礎的な知識を学び、AI特有のプロジェクトの流れやAIにできること、できないことなどを学ぶ必要があります。
のぐりゅー氏自身、数学やプログラミングの知識が薄く、苦労した経験があるといいます。
のぐりゅー:私は、立命館大学の政策科学部出身です。文理両方の人が在籍している学部で、いわゆる文理系の出身です。プログラミングの経験はありませんでした。
社会人になり、会社でAIチームを立ち上げる際に、数学やプログラミングなどの理系的な知識が多く、自分自身が深くAIを学べなかった経験があります。イチからAIを学ぶのは困難でした。
そこで自分なりにいろいろなところから情報を集め、整理整頓をして、どんな順番で理解すればいいかを一つずつクリアしていきました。
その過程を記録し、社員に伝達したりしたものをずっと蓄積していて、一定の量になったので、これをみなさんに提供して、文系の人材がAIについて学ぶ参考にしてほしいと思い、「文系AI人材になる」の出版に至りました。
もちろんAIの知識も必要です。教師あり学習、教師なし学習、強化学習、PoC、アノテーションなど、AI分野の単語の数は膨大です。専門的な用語を理解した上で、それぞれのつながりを理解することも必要です。
のぐりゅー:AI関連の単語は専門的な上に量が多いんですよね。ただ、AIの全容を知るためには必要な単語群なんです。そのため、この単語を順番に整理整頓していかないと一つひとつの単語の意味が曲がって解釈してしまいます。
文系AI人材不足は本当なのか?
「AIのプロジェクトマネジメント」や「企画」が進まなければAIのプロジェクトがスケールせず、せっかく育成したエンジニアなどが活躍する場が減少してしまいます。
しかし、のぐりゅー氏が必要性を主張する「AI企画」「AIのプロジェクトマネジメント」「AIの現場導入定着」を担う人材の不足が騒がれることは比較的少ないように感じます。
なぜ、企業において文系AI人材が必要なのでしょうか。
のぐりゅー:事業会社側から見たときに、AIのざっくりとした知識があり、しっかりした企画を作れる人がいないからです。
さまざまなエンジニアやデータサイエンティスト、外部AIベンダーを引き連れて、AIのプロジェクトをしっかり管理できる人が少ない印象です。
また、業務プロセスの中で、AIをどのように組み込んで、誰を説得して、どんな順番で、業務プロセスに入れて、定着させるまでの面倒を見れる人が少ないという、先ほど挙げた3つの役割が、欠如していると思います。
一見、AIの活用を進めるにはデータサイエンティストや、AIエンジニアなどをたくさん雇用することが必要だと思われがちです。現実、多くの企業が好条件でAIエンジニアやデータサイエンティストを募集しています。
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一方のぐりゅー氏は強調するのは「社内調整スキル」の大事さです。
のぐりゅー:AIサービス系の会社であれば、作ったAIサービスの価値を伝え、クライアントを納得させAIを導入していく一連の流れにおいて、理系AI人材だけがやるべきではないことが多くあります。
大企業においては、データサイエンティストをたくさん雇用しても、事業と繋げられないケースもあります。社内における調整が難しいデータサイエンティストやエンジニアの方がいると思うので、それを埋める人も必要だと感じています。
文系AI人材に必要な知識
「AI企画」「AIのプロジェクトマネジメント」「AIの現場導入定着」を実現できる人材になるために、具体的にどのような知識が必要なのでしょうか。
のぐりゅー:AI系プロジェクトの推進の仕組みを理解するだけでなく、ディープラーニングなどの機械学習技術がどんな仕組みなのか、基礎的な理解をすることが必須です。
しかし、大事なのはビジネスを動かす力だと思います。とにかく、プロジェクトマネージャーや企画推進定着化をテーマに関係なくできる知識は必要です。
例えば、セールスフォースなどのツール導入でも構いません。どのように企画して、推進して、定着化させるかを企業内でできる人、もしくはコンサルタントとしてできる人が絶対必要です。
上記に、AIネイティブな知識をさらに入れるイメージです。
のぐりゅー氏が率いるZOZOテクノロジーのAI・プロジェクト推進部ではプロジェクトの流れやAIの基礎的な理解を進めるために、文系出身者でも一人でAIのプロトタイプを作る取り組みを行っています。
のぐりゅー:ZOZOテクノロジーズのAI・プロジェクト推進部では、文系出身者が9割ほどなのですが、一人でAIの予測モデルを作れるように教育を行なっています。
今は、データセットさえ用意できれば自分でAIを簡単に作れてしまいます。実際に自分の手を動かしてAIを作成してみないとプロジェクトの進め方などが腹落ちしません。自分事にしていくためにも、予測モデル は自分で作れるようにしています。
文系の学部出身者でもAIの構築を体験するというZOZOテクノロジーズの先進的な取り組みですが、企画からデータ収集、モデル構築といった基本的なAIプロジェクトのプロセスをほとんど体験することで、プロジェクト推進理解につながっているといいます。
のぐりゅー:まず作りたいAIを簡単に企画するところから始めます。
例えば、「◯◯を予測するAIを作りたい」みたいな提案をしてもらい、データセットをSQLなどを駆使して作成し、そこから予測モデルツールに入れて、最後に精度はどうだったかをフィードバックする流れです。GUIベースのAI構築プラットフォームを使っているので、新卒1年目でも予測モデルを作れます。
実際に、AI構築の流れを1から体験することで、思わぬメリットもあったそうです。キーワードは「共通認識」です。
のぐりゅー:データサイエンティストとのやりとりの中でも、説明変数の中身の話など突き詰めた議論ができるという副次的な効果もありました。
精度をあげるにはどうしたらいいかの仮説検証も同じ土壌で議論できるので、共通認識を作るというのは重要だなと思います。
AIという言葉が生み出す弊害|今後文系AI人材を増やすために
AI領域では、画像認識の精度向上などにより、技術に目が行きがちで、プロジェクト推進が技術先行になりがちです。
一方で今、組織においてDX(デジタルトランスフォーメーション)が注目されています。
デジタルトランスフォーメーションでは、技術だけでなく、組織的な風土や個人のマインド、データを活用する基盤の整備など、幅広い変革が求められています。
今後は技術だけでなく、ビジネスを変革していく組織文化なども求められそうです。
▼DX(デジタルトランスフォーメーション)について詳しくはこちら
AIの知識だけを身につければ、社会で求められる人材になるかのような論調も見かけますが、それは誤解だとのぐりゅー氏は警鐘を鳴らします。
のぐりゅー:AIの知識だけを学べばいいというのは、大いなる誤解です。新しいテクノロジーや概念をよく知り、それを器用にインストール(導入)する力が強い人が必要です。
一番大切なのはインストール力かもしれません。
プロジェクトの知識を持ち、現場にAIを導入するスキルを持った文系AI人材を増やしていくには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。
のぐりゅー:若いときから企画するトレーニングを積み重ねることが大切です。
今、「文系AI人材になる」を中学、高校に無料で書籍を献本していて、先日、とある高校に行って授業をしてきました。
そのときに実感したのが、「若い頃から教えるのが一番」ということです。
大学生に講義をしたことがあるのですが、目先の単位と就職活動のことばかりに目が行きがちで、AIを自分事として捉えられていませんでした。大学生は「AIを使いこなして社会を変える」という考えを持ちづらいと考えています。
一方で、中学生や高校生は純粋にAIのことを受け入れてくれました。
授業は、ワークシートにそって、AIの企画をするという内容でしたが、とてもいい企画が出てくるんです。自分で手を動かしてAIの企画を出す力を、中学、高校の時期からトレーニングしていれば、文系AI人材はもっと増えると思います。
中高生は、AIのことをちゃんと理解しようとしながら、さらに社会課題にぶつけていく力が強いんです。どんな課題を解決したいかを、純粋な変えたいという気持ちで企画してくれました。
若い時代からAIの企画を行う癖を作ることで、将来的にAIの活用を現場で進める人材を増やすことに繋がりそうです。
一方で、これから企業内で文系AI人材の育成を進めたい企業では、どのような取り組みが必要なのでしょうか。
のぐりゅー:まっさらな新人に一定量のAI教育を提供することが効果的だと思います。
ZOZOグループ内でもAIネイティブ度を上げていく活動をしています。
私が入社してからはまず、ZOZOグループ社内に向けて、AIの基礎講座を実施しました。エンジニアではない人も多くが参加してくれました。
結局、知識がギュッと詰まったものを提供すれば、はじめのハードルは乗り越えられます。理系、文系のAIの知識の偏りをなくことが大切だと実感しました。
文系AI人材の活躍場面を増やすには、まんべんなくAIの基礎知識を社員に定着させ、プロジェクトの大小に関わらずAIを活用を進められる企業体質が求められます。。そのためには企業が変革していく必要があります。
のぐりゅー:文系AI人材の活躍の幅を広げるには、企業側が変わらない限り難しいです。
企業におけるAIの採用度が上がって、あらゆる業務において、新しいAIの導入の話がどんどん出ている状態になれば、どの職種においても、AIに触れることができるようになると思います。
もし、これからすぐにでも文系AI人材になりたいと思った方は、AI採用度が高い会社を選ぶのが良い選択肢かもしれません。
おわりに
特にキーワードとなったのは「AI企画」「AIのプロジェクトマネジメント」「AIの現場導入定着」の3つです。プログラミングの経験がない方でも、何かしらの形でAIの活用を進める立場になることができます。
AIの発展が進むにつれて、AIについて学ぶ環境整備が進んでいます。以下の記事やのぐりゅー氏の書籍もぜひ参考にしてみてください。
▼AIに関する資格について詳しくはこちら
▼AIについて学べる講座はこちら
▼マウス操作(GUI)でAIを構築できるツールのまとめはこちら
▼のぐりゅー氏の書籍情報はこちら
「文系AI人材になる―統計・プログラム知識は不要」
著者:野口 竜司
出版社: 東洋経済新報社 (2019/12/20)
出版日:2019年12月20日
■AI専門メディア AINOW編集長 ■カメラマン ■Twitterでも発信しています。@ozaken_AI ■AINOWのTwitterもぜひ! @ainow_AI ┃
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