最終更新日:
ディープラーニングなどのAI技術の注目が高まる中、人間の言葉を認識し理解する自然言語処理技術の研究開発が進み、チャットボットなどの技術の活用が進んでいます。
例えば、ECサイトにアクセスすればポップアップでチャット画面が表示され、LINEのようなユーザ体験を通して商品のレコメンドを受けることができます。また、企業への問い合わせの際にもチャットを通して、簡単な問い合わせ対応であればボットが解決してくれます。
また、ロボットの研究・開発も進められています。特に、ビルの警備や介護、レスキューなど、人間の労働力では限界がある分野では、ロボットの活躍が期待されています。
人間とAI(ロボット)の関係性を築いていく研究開発は今後も求められていくでしょう。
株式会社サイバーエージェントは国内トップシェアを誇るインターネット広告事業を手がける企業です。同社はAI Labなどを通して HAIの研究開発を行い、チャットボットを活用したクレーム対応手法の開発や、ロボットが会話を代行する婚活パーティやロボットがもてなすホテルの実証実験を行うなど、人間とAIの関係性にフォーカスして研究開発を進めてきました。
そのサイバーエージェントは、2020年4月に発足した日本大学文理学部の大澤研究室と共同研究を行うと発表しました。大澤研究室は「ともにドラえもんをつくる」をビジョンとして掲げ、人間とAI(エージェント)の関係性を研究するHAIなどの研究を行う研究室です。
今回の記事では、大澤研究室の大澤氏と、サイバーエージェントのAI Labの馬場氏、岩本氏に共同研究の概要と、テーマ選定の裏側についてお話を聞きました。
目次
共同研究概要
意図を理解し、人の行動を変化させる対話エージェントの実現のため、サイバーエージェントは日本大学大澤研究室と共に共同研究を開始し、「認知的不協和を解消しようとする人の特性」と、「人に対話エージェントの意図や欲求を認知させる技術」を組み合わせた、人の行動を促すインタラクションの実現に取り組んでいくとしています。
▼詳しくはこちら
研究と産業を両立するサイバーエージェントのAI Lab
ーー現在、サイバーエージェントのAI Labで研究する分野の柱はどれくらいあるのですか。
馬場氏:研究する分野の柱は大きく分けて4つあります。
1つ目は、この共同研究でも取り組む、ロボットやエージェントを取り入れて接客や集客を行うことで、リテール領域のマーケティングを支援する研究です。私たちのチームでこの研究を進めています。
2つ目は、広告クリエイティブの自動生成、もしくは制作を支援する研究です。
今まで人が制作してきた広告クリエイティブである画像や動画、テキストを自動で制作したり、レイアウトを自動で配置したりする研究を行っています。
3つ目は、主に経済学チームを中心に行う、広告配信の因果効果推定という分野の研究です。
効果測定に用いられるABテストだけではさまざまなバイアスが残っているため、バイアスを一切なくした“因果推論”という手法を使い、広告の効果の有無や、施策と施策の関連性などを調べています。
4つ目は、機械学習のパラメーターの最適化を行う研究です。
強化学習や、原理理論などの繰り返し試行錯誤する中で成長していくモデルを開発しています。パラメーター最適化というものもあらゆる分野に適応可能なので、そのような研究もしています。
ーー共同研究はどのようなきっかけで始まったのですか。
馬場氏:2017年の「全脳アーキテクチャ若手の会」に参加した際に、大澤さんと初めてお会いしました。その時からHAIの話で盛り上がっていました。
全脳アーキテクチャ若手の会は、人工知能や脳に関する研究をする方々が集まるコミュニティなのですが、その後もさまざまな学会でお会いしていました。
大澤氏:当時から「両者が組めたら面白くないですか?」という話をしていましたね笑
その後、ご縁があり、サイバーエージェント社内の技術カンファレンスにも呼んでいただいて講演する機会がありました。
このような経緯で、研究室設立の情報が公開された瞬間に馬場さんに連絡して「研究室ができるんですけど一緒に研究をしませんか?」と声をかけました。
組織から出て研究を拡大させる
ーーサイバーエージェントのAI Labは大澤さんから、どのように映っていますか?
大澤氏:大澤研究室はHAI(Human-Agent Interaction)という研究領域を主軸としています。しかし、研究だけに閉じ込まっていてもドラえもんをつくれるとは思っていません。
今後は、人とエージェントが関わる研究が価値あることを示すと同時に、社会に実装して利益も生み、サスティナブルに研究規模を拡大していかなければ、ドラえもんをつくるビジョン達成に辿り着けないと思っています。
サイバーエージェントのAILabは世界で1番、HAIの研究や社会実装にも取り組んでいるチームだと思っています。研究成果をトップカンファレンスに通しながらビジネス化をしっかり見据えて研究を行っていて、強い軸を持ち、有言実行しているチームだと思っています。
このような組織をHAIの領域では他に知りません。
馬場氏:研究とビジネスの両立に関しては、数々の試行錯誤がありました。
基本的に「ビジネスに活きる」ということが前提となる研究テーマを選定します。
その上で、私たちが重視しているのは、研究テーマを決める際に研究者が「そのテーマがビジネスとして成り立つ」「事業に活きる」ということを信じることができるかどうかです。
特に確信できるポイントやビジネスへの活用シーンまで具体的に考慮して研究を行っています。
これらの視点に共感した人が参画するなどのメリットもあり、トップカンファレンスに論文が通るようになり、開発したモデルが実際に事業に取り入れられるようになりました。
ーー岩本さんの、大澤さんの印象はどうでしょうか。
岩本氏:大澤さんは複雑な物事も魅力的に伝え、聞いている人をワクワクさせることがとても上手だと思っています。
僕らも心を動かされたように、相手が研究者や他の人でも「やりたいな」と思えるように、相手の興味に即した話し方をしてくれます。
私たちはHAI研究に取り組む中で“意図”や“無意識”という領域を研究しており、とても関心がある領域です。
この意図性について先行的に研究している大澤さんと一緒に研究を進めることで、どのように研究が発展していくのか、とてもワクワクしています。
そして大澤さんは、我々と同様にHAI技術の社会実装にも強い関心をお持ちなので、とても心強いです。
人の行動を変える“認知的不協和の解消”
ーー「HAIにおける認知的不協和の解消を用いたユーザの行動変容」というテーマはどのような経緯で選定したのですか。
馬場氏:HAIという領域だけ決まっていて、議論を重ねる中で、メンバーで1番盛り上がった話題が「認知的不協和」でした。
「エージェントにしかできない動きや影響を作りたい」と話した時に、さまざまな仕掛けを用意するよりも、人とエージェントが接した時に、一発で行動が変わってしまうことが面白いよねという話で盛り上がりました。
そこで、「認知的不協和の解消」が共同研究のメインテーマになりました。
大澤氏:「あるシチュエーションの、特定の瞬間だけ使えるインタラクション」という研究ではなく、汎用性が高い研究をしたいという気持ちがありました。
この機会に研究するなら、HAIのビジネス化を進めたり、HAIの価値をみんなが理解できるように新しい産業の形を生み出すなど、クリティカルでコアになりそうな研究をしたいと考えています。
そこで、納得感がある仮説になった分野が「認知的不協和の解消」でした。HAIの文脈で理論化したらそういうことができるのではとワクワクしながら決めましたね。
心を想定してもらうことでインタラクションが向上する
ーーエージェントの代表としてチャットボットの活用が進んでいます。例えば、チャットボットの技術は、この共同研究の成果によってどのように発展すると考えていますか?
大澤氏:私の立場からすると、HAIをみなさんに理解してもらうための入り口にあるのは“意図スタンス”と“設計スタンス”だと思っています。
哲学者Dennettによって提唱された他者の振る舞いを理解して予測する際の「物理スタンス」「設計スタンス」「意図スタンス」3つのスタンスで、他者のふるまいを何に帰属させて予測・解釈するかを分類したもの。
物理スタンスは、物理法則に従って動きを予測するスタンスのことで、例えば浮き輪が水に浮くことを予測するのは物理スタンス。
設計スタンスは設計を想定したスタンスです。アラームを7時にセットすると7時にアラームがなると予測するのが設計スタンスで、これを物理スタンスで見ると時計の中でバネが物理法則で動いていて、ベルを鳴らすという見方になる。
意図スタンスは、意図を想定したスタンスで、例えば母親が7時に起こしてくれるだろうと思う人は、母親の意図を感じて行動を予測している。
大澤氏:チャットボットも含めた今の人工物は設計が想定されています。インタラクションされている多くの部分の設計が想定されている時は中のルールが分かるため、上手にインタラクションが可能です。
しかし、設計の範囲で満たしたい機能が満たせなかった場合、使えない道具であると思われてしまいます。
そのため、チャットボットのパターンを増やすことや、自然言語処理の技術を向上させて理解できるようにすることで、設計スタンスとしてのチャットボットの有用性は高まります。
しかし、私はHAIを活用することで、チャットボットに他者の心を想定してほしいと考えています。
それが意図スタンスです。人と話す時に「この人にこう言えば必ずこう返ってくる」と予測することは難しいですよね。
同じように心を想定し、人間と話すようにチャットボットと話すことで、単純に機能としてではなく、チャットボットに人間が歩み寄ってくれるようになると考えています。
その時に、人と人工物との関係性が変わったり、求められる技術レベルが下がって、さまざまな技術が世の中に出ていきやすくなるなど、すごく面白いことが起こるかなと思っています。
岩本氏:私もその通りだと思っています。
例えば自分がトイレに行きたいと思った時、トイレに行きたいと思っているだけでトイレは探していませんよね。
その時に周りにいるロボットやチャットボットが「お客さん、トイレそっちにありますよ。」という話が出てくることが次のステージだと思っています。
意図がないと、これは受け入れづらかったり、気持ち悪いと思ってしまいますが、そこに意図が想定すると、自発的でプロアクティブな働きかけはどんどん受け入れられやすくなるはずです。
この研究により人間とエージェントの関係性が大きく変わると考えています。
ーーサイバーエージェントのビジネスモデルの中で、この共同研究の成果をどのように活用していきたいと考えていらっしゃいますか?
馬場氏:私たちは、Webメディアやゲームなど多岐に渡る事業を行っていますが、当社の売上の半分以上は広告代理店事業によるものです。広告主のマーケティング支援を行うことで生み出されています。
オンラインのデジタル広告のマーケティング支援を軸としていますが、オンラインとオフラインが繋がってきている今、店舗などでさらにマーケティングを強化したいとなった時に、1つのソリューションとしてこの共同研究の成果を活用していければいいなと思っています。
そうした形で現在のサイバーエージェントのビジネスに取り入れることもできますし、それとは別で一つの新規サービスとして切り出すという道もありそうだなと思っています。
フィールド実験を通してHAIの研究価値を広めたい
ーー今後の共同研究の展望を教えて下さい。
馬場氏:今はリモートワークの環境下でオンライン会議での議論がメインになっているので、今一緒に作っているモノをみんなで生で体験できていません。
そのためまずは、私たちでプロトタイプを体験できる機会を設けたいと思っています。その後で、社会実装してリアルな人達のリアルな反応を見てどのような影響があるのかを調べたいですね。
また、汎用的なモデルの事例として、ある場所で実現できたインタラクションを取り上げて理論化して、他のところでも調べるということもやっていきたいです。
今年度中にはどこかのフィールドに入れて実験してみたいなと思います。
岩本氏:話にもありましたが、研究を社会の役に立つサービスにしたいですね。
社会で実際に使われることで見えてくる課題もあると思うので、それをまたさまざまな研究者と解決・改善していきたいです。
大澤氏:私も思いは一緒です。
変に謙虚さを出さずに、むしろHAI研究者としての覚悟と責任を持って、「HAIの根幹を作っていく、HAIを社会実装し、社会に認めさせる」ということをこのチームでやっていきたいです。
さいごに
チャットボットやサービスロボットの市場規模は、年々拡大しています。
チャットボットは2022年で約135億円の規模に、サービスロボットは約129億円の規模に拡大すると推測されています。
日本人の労働力が減少するとともに、これらの分野の需要は拡大していきます。
今後、研究が進むことで人の意思を読み取り、会話や行動の提案ができるようになると、人間とロボット(エージェント)の接し方が大きく変わるでしょう。
HAIの研究により、サイバーエージェントのマーケティング施策にも活用することができ、さらに、大澤研究室のドラえもんの開発にも一歩近づくのではないでしょうか。
研究のフィールド実験や、今後の研究成果が楽しみです。
駒澤大学仏教学部に所属。YouTubeとK-POPにハマっています。
AIがこれから宗教とどのように関わり、仏教徒の生活に影響するのかについて興味があります。