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日本経済新聞社が主催するカンファレンス「AI/SUM」が東京 丸の内にて2019年4月22日から24日にかけて開催されました。今回は100以上のセッションの中からセッションタイトル:「人とAIの共進化とエンパワーメント」の内容をお伝えします。
AIが人間の雇用を代替するかどうかの議論が今でもなお続いています。人間とAIの対立構造が強調されることが多い中、日本政府は人間と共に進化(共進化)するAIを戦略に位置づけ、「人間中心のAI」を掲げています。
このセッションは、経済産業省でAI・データ政策を統括する商務情報政策局 総務課長の伊藤 禎則氏がモデレータとなり、最前線でAIに関わっている以下の4名をお招きして人間とAIの関係性について語られました。
- 辻井 潤一 氏
国立研究開発法人産業技術総合研究所 産総研フェロー・人工知能研究センター センター長(兼務) - 石角 友愛 氏
パロアルトインサイト CEO - 青砥 瑞人 氏
DAncing Einstein Co., Ltd. Founder CEO & Neuro-Inventor - 松尾 豊 氏
東京大学大学院 工学系研究科・教授
目次
日本が世界に発信する2つのコンセプト | 伊藤 禎則氏
セッションのはじめに、経産省の伊藤氏が、日本が打ち出すAI戦略の2つのコンセプトを語りました。
伊藤氏:このセッションでは日本のAI・データに関する課題を浮き彫りにしていこうと思います。世界では昨年からフランス・ドイツ・中国・アメリカなど各主要国政府がAI戦略を策定しています。日本政府もこの夏にAI戦略を策定します。
そして今年、日本がはじめてG20という大きな国際会議をホストすることになっています。このG20のメインテーマが「デジタル・AI・データ」です。
こちらのスライドをご覧ください。
- 「DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)」= 信頼に基づいた国際情報流通圏(2019年1月のダボス会議で安倍総理が世界の首脳の中で先駆けて提唱)
- “人間中心のAI”に基づいたAI戦略
この2つのコンセプトを世界に発信していこうと思っています。その中で人とAIの関係性が問われています。このセッションでは、4名から今思っている日本のAIの問題意識についてご意見をいただきます。
人間とAIの関係はゼロサムゲームではない | 辻井潤一氏
国立研究開発法人産業技術総合研究所 産総研フェロー・人工知能研究センターセンター長の辻井 潤一 氏が人間とAIの関係について語りました。
人間とAIが異質なものだからこそ、お互いのメリットを有効活用し合い、欠点を補い合う関係が重要で、「ゼロサムゲームではない」ことを強調しました。ゼロサムゲームとはゲームの理論の一種で、複数の参加者が存在する中で、それぞれの得点と失点の総和(=サム)が、常にゼロであるというゲームのことです。(参考:ビジネス心理学)
人工知能と人間をゼロサムゲームのように考えていて、「AIが人間の仕事を取っていく」という議論があり、特にヨーロッパでその傾向が強いです。
しかし、基本的には人間と人工知能は知能の性質が違うんじゃないかと思います。そういう意味で、ゼロサムゲームではなくて、お互いの利点をうまく使い、お互いの欠点を補うことで次の高みに上っていく、そういう共進化を考えたほうがいいんじゃないかと思っています。
以下の図をご覧ください。
シンプルな図ですが、右に人工知能 = データに基づく知能があります。データに基づく知能というのは、現実世界のデータ化できる部分を観察している知能です。左側は人間の知能なのですが、複雑な機構を持っており、現実世界を観察してデータ化できる部分は限られています。
しかし、人間は人類全体が形作ってきた知識とデータを噛み合わせて判断することができます。例えば、医療の場合だと医学という分野があり、人間の病気に関する知識を整理しています。
人間は人工知能に対して「こういうデータを取ったほうがいい」と教えることができます。この能力を人工知能は持っていません。
人工知能による画像認識など人間を超える部分は助けてもらえばいいわけです。しかし、人間が人工知能を補う部分のほうがかなり大きいと考えています。
人工知能はフェーズシフトを起こしていると考えています。今までのサイバースペースのデータを使う人工知能から製造業や医療や介護、移動、物流、農業などの分野での人工知能にシフトしています。
そういう意味で今、人工知能が多くのところに使われる、ごくはじめの段階であると考えています。今までの人工知能とは違って、いろんな分野に人工知能を使っていく時代が来たんだろうと思います。
これから日本の強みを活かした人工知能を作っていくべきだろうと思っています。日本は製造業、医療、介護などが強く、それぞれの専門家が課題を把握しています。農業においても日本独特の形があります。
日本が持っている豊かな人材やデータを取れる場所をもっと有効に使っていくことで、日本の強みを活かしていくような人工知能を作っていくべきだと思います。
アメリカや中国が大きなデータを使って、さまざまな人工知能を作っていますが、その後追いではないような日本の特徴を持った人工知能を作っていくべきです。
その特徴は、先述の通り日本の豊かな人材や、データを取れる現場の数だと思います。また、製造業や医療で使うとなると今までの人工知能になかった性質が必要になります。
一つは信頼できる技術を作っていくこと。そして、いろんな分野で人工知能を使うとなると、開発の工程を整備していき、今までのソフトウェアエンジニアリングでやってきたような効率化をする必要があるでしょう。
これからのAI技術は人間とAIがどのように共存していくかの話と、AI以外の分野の人とどのように協力関係を作って日本の持っている豊かな人材を生かしていくかが問題になるだろうと思っています。
今までの人工知能と人間が対立して考えられていましたが、うまく協力させる枠組みが必要です。大事なのはゼロサムゲームではなく人間と人工知能がお互いに協働して進化していく、高みに持っていくような社会を作るべきだろうと思っています。
AIと人間が協業するハイブリッドモデルの働き方 | 石角友愛 氏
ハーバードビジネススクールでMBAを取得後、Google本社で多数のAIプロジェクトをシニアストラテジストとしてリードしてきた石角氏。2017年にパロアルトインサイト社を創業し、日本のクライアント企業に対してどの領域でAIを活用するかの提案から、ビジネスモデルの組み立て、プロトタイプ作成等戦略から技術まで一貫した支援を提供しています。
そんな石角氏からはAIが人間の仕事を奪うわけではない「人間とAIのハイブリッドモデル」の働き方を強調しました。
人間とAIが高め合う関係に関して、まさしく私がシリコンバレー発のAI技術を現場でどのように活用しているのかをお話したいと思います。私は、パロアルト・インサイトという会社で最先端のAI技術とAI戦略を日本企業へ導入する支援をしています。
まず、ビジネスの観点でAIとビジネスサイドの人が一緒に仕事をするスキームを持つ会社はすごく伸びます。
以下の画像の「Machine Only」の部分はAIが得意としているタスクの領域です。左の「HUMAN ONLY」の部分が人間が得意とされている領域です。
そして、真ん中の緑の部分がハイブリッド領域で、AIと人間の協業スキームのエリアだと思っています。人間がAIにものごとを教えたり、AIが出力したものを人間が他のステークホルダーにわかりやすく説明したり、ビジネスの現場において、このハイブリッド領域にはいろんな可能性があると思います。
石角さんは、このハイブリッドの領域の例としてダイセーロジスティクス株式会社でのAI活用事例を紹介しました。ダイセーロジスティクスはパンやお菓子を全国に配送している会社です。
多くのトラックを抱えるダイセーロジスティクスでは、配車マンというトラックの配車の専門家がいて、オーダーに合わせてトラックがどのように動くのかを割り付けていました。
配車マンはAI導入前は1日に何時間もかけて手動で割り付けていました。しかし、AIを導入した後は、割り当てがほとんどAIで完了し、配車マンがそのまま配車作業を始められるようになったといいます。
配車マンは作業時間が6分の1に短縮し、その結果、トラックの運転手とのコミュニケーションを取れるようになり、AIトレーナーという新しい仕事についているそうです。
今後重要になるAIビジネスデザイナーの存在
さらに石角氏はシリコンバレーの最前線でAIの開発、導入現場を見てきた立場から、政府も掲げる「人間中心のAI」の実現に向けて、人間とAIの相乗効果のデザインが必要であると語りました。
アメリカと中国はビッグデータの戦いになっています。ここでキーワードになるのが、スモールデータの活用だと思います。局所的な現場の課題を解決するためにはスモールデータで十分できることもたくさんあります。ビッグデータでないと何もできないと感じている方は、その考えを直していきましょう。
また、ラベルがついていないデータでも、ラベルが簡単に集められるデータとラベルがついていないデータをかけ合わる新しい取り組みも生まれているので、データ収集やラベル付け作業が大変だという考え方の方は一度立ち止まってみましょう。
人間が人間らしい仕事をできるようになるツールとしてのAIを入れることが大事です。配車マンの多くも最初はAIに懐疑的でしたが、今となってはAIを信頼して使い、コミュニケーションが円滑になり、副次的には働き方改革の実現にもなっています。ポイントは人間とAIの相乗効果をどのようにデザインするかだと思います。
AI人材というとデータサイエンティストや機械学習エンジニアを思いつくと思います。それと同時に、新しくどのような価値を創造するのかを考える人材も育てなければいけないと思います。それをAIビジネスデザイナーと呼んでいます。
新しくビジネスを設計し、現場の人間のワークフローと課題に寄り添ったAIを作れる人材がいないと、導入の壁や定着の壁を超えられません。AI的なロジックで頭ごなしで導入しては使ってくれないので、AIをどのようにデザインするのかを考えられるAIビジネスデザイナーのニーズも増えると思っています。
人間と人工知能の本質的な違い| 青砥瑞人氏
脳神経科学を教育や人材育成などのヒトの成長を支援する分野へ応用するべく脳神経科学x教育xITを掛け合わせ、NeuroEdTechという分野を開拓しているDAncing Einstein CEOの青砥氏。青砥氏は脳神経科学の知見から、人間と人工知能の本質的な違いを指摘し、人間と人工知能がお互いの強みを活かして支え合う必要性を語りました。
DAncing Einsteinで脳神経科学と人工知能を掛け合わせる事業を行っています。DAncing Einsteinでは3つの「アイ」を大切にしています。
1つ目はAI(人工知能)です。人工知能が何かを教えてくれても、そのとおりに意思決定できずにネガティブになってしまうことがあります。「それはだめだよね」ということで、2つ目の「アイ」がRI(Real Intelligence = 現場における知能)です。実際のユーザが何が欲しくて、その人間にどのように貢献するのかという人工知能です。3つ目がBI(Biological Intelligence)です。人間の脳をモデルとして作られた知能です。
人間の脳を生モノとして捉えると、人間の脳と人工知能は全く異質なものだと思います。人間と人工知能を対比して人間を人工知能が超えるんじゃないかと言われていますが、そもそも「知能」が何であるかを明確に定義できる人はほとんどいません。知能がなんであるかをわからないものを比較して「超える、超えない」の議論を行うことは「どうなんだろう」と思います。
また、本質的にたどって考えると生モノである人間は、有機物でできています。だからこそ、有機物の人間の脳と無機物由来の人工知能はできることが違くて当然だろうなと思います。
それぞれにメリット・デメリットがあります。有機物は放っておくと劣化していきますが、エネルギー効率がよく、いろいろな情報処理ができます。一方で無機物の人工知能はわたしたちが瞬時に計算できないような膨大なデータから、さまざまな推定をしてくれます。それぞれできることが違うんです。これからの時代は人間と人工知能の共存だと考えています。
あくまでもお互いの強みを活かして支え合う必要があると思います。AIは敵ではなく助けになってくれる存在です。
多数パラメータの科学が生まれつつある | 松尾 豊 氏
AIを語る上で切り離せないキーパーソン。東京大学の松尾豊教授です。松尾氏は、まずはじめにディープラーニングの技術について注目している動向を紹介し、さらに高専生が持つ可能性について語りました。
私はディープラーニングの技術が本当にすごいと思っています。AIはさまざまな技術を含んで言われていますが、ディープラーニングは時代を変える技術だと思います。
この瞬間に、私が何に興味を持ち、ワクワクしているかをお話したいと思います。
一つはTossingBot というトスをする、今までのようなピッキングロボットではなく投げるロボットです。
投げる技術はとても実現が難しいです。そこでResidual Policyという技術を使っています。
物体を投げると放物線を描きます。これはニュートン力学で知られています。これをベースのポリシーにして、そことの差分をニューラルネットワークで学習するんです。
その差分だけをニューラルネットワークで学習すると、非常に少ないサンプル数で上手に学習できます。
今のディープラーニングはエンドツーエンドでやるので、データ数が多く必要で、従来わかっていた知見が使えない問題がありましたが、このResidual Policyという考え方は相当イケてると思います。
もう一つがLottery Ticket Hypothesis(宝くじ仮説)というものです。
ディープラーニングではCNNで画像認識ができます。このCNNのモデルはパラメータ数がとても多いんです。オーバーパラメータライゼーションといって、パラメータ数がデータと比較してとても多いにもかかわらず、うまく最適化できるのかがなぜか、ずっと謎でした。過学習してもおかしくないのにうまく学習できてしまいます。
ところが面白い事実があります。プルーニングといって、学習結果として弱い枝を切っても精度は落ちません。ところが学習結果の枝を切った後に重みを初期化して再学習すると精度が出ないんです。
つまり、オーバーパラメータライゼーションはパラメータがたくさんある中で、ある構造とある初期値だけがたまたま当たりくじを引いているんです。その構造と初期値を残せば良い学習結果になります。その構造と初期値のセットが、そのタスクで良い結果を残しています。
AIの説明性の問題などといいますが、たくさんのパラメータがあるにもかかわらず、実はかなり少数のネットワークで表せるのかもしれないため、説明性も上がってくるのかもしれません。
これが私が今とても興味を持っているところです。
結局ディープラーニングで起こっているのは、多数パラメータの科学が生まれつつあるということです。今までの科学は少数パラメータの科学だったんです。人間が分かる程度の変数に落とし込んでその間をモデル化することしかやってきませんでした。
これからの科学は多数のパラメータを使ってモデル化するということができるようになりつつあります。その中で人間が理解できるものだけが従来の科学と呼ばれていましたが、そうではない科学の領域がこれから広がりつつあります。科学技術のあり方そのものを変える動きが生まれつつあると思っています。
GAFAやBATと違う戦い方ができる高専生のポテンシャル
高等専門学校(高専)が重要だと思っています。ディープラーニングの技術はハードウェアと結びつくので、ハードウェアがわかっている人にディープラーニングを教えるのが一番効率的です。GAFAやBATと違う戦い方ができるのではないかと思っています。
松尾教授が理事長を務める日本ディープラーニング協会は、高専生の可能性に注目し、高専生がディープラーニングを活用した事業アイデアを競うコンテスト「DCON 2019」をAI/SUM内で開催しました。
ベンチャーキャピタリストを審査員に招いたDCON 2019ではそのアイデアで起業したら企業価値がいくらになるのか、バリュエーションの金額を示しました。最優秀賞を受賞した長岡高専プレラボチームには4億円の企業価値、投資総額として4,000万円が示され、高専生の可能性が事業としても大きく評価されていることがわかる結果となりました。
また、JDLAは「DCON実行委員会」を組成し、「DCON2020」の開催を決定したと発表しました。JDLAは日本の強みが発揮されやすいものづくり領域と連携したディープラーニングの事業活用を奨励しています。
そこで、潜在的に大きな可能性をもつ高等専門学校生から、新しい事業が生み出されることに強く期待をし、「DCON2020」を継続して開催することになったといいます。
また、JDLAでは、JDLA認定プログラム事業社である3社(株式会社アイデミー、ASAH 株式会社、株式会社 zero to one)の協力を得て、国立高等専門学校機構を通じ、全国の高等専門学校の教員を対象に、無償で「DCON2020 高専教員向け教育コンテンツプログラム」を提供することも決定したと発表しました。
おわりに
人間とAIが対立せず、共存して一緒に進化していく方向性が強く示されたセッションでした。AI/SUM 初日に行われた世耕経済産業相のセッションにおいても、「ドラえもん」のように人間とAIが共存していく姿が強調され、日本政府のAI戦略においても「人間とAIの協調」が大きなテーマになっていきます。
しかし、人間とAIが共存するためには、AIができることを知り、活用を進めていかなければなりません。アメリカや中国が技術的な優位性を示す中、簡単な道ではありませんが、短絡的なAI脅威論ではなく、「AI活用論」が多くの人々の間で語られればいいなと感じました。
また、松尾氏は継続してディープラーニングの可能性を強調し、多数パラメータの科学が生まれつつあると述べました。今までにない科学のモデルが生み、社会をさらに豊かにするためにAI(ディープラーニング)の活用を大きく進めていく必要があります。その点では高専生のように若年層でありながらなにか得意領域がある人材がディープラーニングなどのAIを活用していくことが大切です。
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